朝: 僕は信じます! [東雲萌]

 ——うぅ〜、どうしよぅ〜。

 教室のドアを開けるのは毎朝何時ものことだけど、今朝程緊張して開けるのは初めてだ。

 それは、今朝、目が覚めると何故か僕は学園の保健室のベットの上にいたからだ。

 上半身は包帯でグルグル巻きで、おでこにはおっきな絆創膏がペトって貼ってあった。ベッドの脇には、先っぽがぐにゃりと曲がった鉄棍と、真っ赤に染まった具足と体操着が置かれていた。

 それを見て昨夜のことがやっと思い出せた。

 国司さんと日鉢さん、橋での戦い、ヒトガタ、そしてやられちゃったことを。

 リズさんがまた僕の手当をしてくれたのは間違いなさそうだ。うぅぅ〜また迷惑かけちゃった……。

 でも、どうして僕が保健室にいたのかは思い出せなかったし、思いつきもしなかった。

 そうやって、うわーやっちゃったーどうしよー、って僕が頭を抱えていたら保健の岸先生が湯呑茶碗を片手にひょいと顔を覗かせた。僕がおはようございます、と挨拶をするよりも早く、先生はお茶をずずずっとすすりながら壁にかけている同調時計を指差した。

 時刻は何と朝のホームルームが始まる十分前!

 急いで体操着を着て、教室へ来てドアの前で固まっていると言う訳だ。鉄棍と具足は保健室に置かして貰っている。

 ——やっぱり緊張するなぁ……。

 制服を着ていないって言うのもあるし、体操着は胸のところがざっくりと裂けていて真っ赤に染まっている。

 昨日の夜、変異したヒトガタに切られた部分だと思うんだけど、実感が湧かない。でも、リズさんがまた助けてくれたのは確かなはず。何よりも先にお礼を言いたいんだけど……。

 ——うぅぅ……どうしよぅ……。

 真っ赤に染まった体操着を着て教室に入るのも変だし、胸のところに切れ目が入っててピラピラしてるのもおかしいし、左の袖が半分位切り取られているのも変だ。

 いや、大丈夫! 僕って存在感が薄いからクラスの皆は気付かないと思う! うん!

 ——うぅ、自分が情けないよぉ〜……。

 よし! っと、大きく深呼吸をしてお腹に力を入れてから、教室の前のドアに手をかける。

 本当は後ろのドアから入りたかったけど、『使用禁止!』って書かれた大きな紙が沢山の亀裂の走ったドアの上に貼られていた。

 ふと、思っちゃった。昨日教室に入る前のリズさんやシャルロッテさんも、こんな感じだったのかな、って。

 扉を開ける音が、何時もより大きくした気がした。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 ——…………ぇ??

 何故か、教卓の前にクラスの皆が集まっていて、皆の視線が扉を開けて入ってきた僕に集まる。

 皆と目を合わせないように気をつけながらリズさんの姿を探す。

 う〜ー〜ん、リズさんもシャルロッテさんもまだ教室に来てないみたいだ。

 よし! なら二人が来たら真っ先にリズさんに昨日のお礼を言わないと。

 ——あっ! しまった! 僕、鞄持ってきてないや! うわわっ、今日の授業どうしよう!?

「って、萌ェ!! お前、何すました顔して自分の席についてんだ、オィィィ!?」

「おいー! 東雲ぇーーー! 驚きたいのはこっちの方だ、このヤローー!?」

「東雲くーーーーん!? その赤い体操着どうしたのよーー! 制服何処ー!?」

「まさかその赤いのって血ー!?」

「おー、血染めの体操着ってちょっとかっくいいー」

「東雲ぇぇ! 胸チラするならサラシはつけちゃダメだろぉぉーー!?」

「ちょっとアンタ何言ってるのよ! 東雲君なんだからサラシつけなきゃだめでしょぉーー!!」

「そのおでこどうしたの、ねぇねぇねぇ!?」

 ——わひぃー!?

 皆がどかーんと一斉に僕の方に詰め寄ってくる。

「皆、落ち着け」

「学級長!?」

「これを見て落ち着けって無理だって学級長ー!」

「どー考えてもおかしいべぇー!?」

「言ってくれよ、学級長! サラシはダメだってよぉぉー!」

「学級長さあ、このバカに教えてあげてよ! サラシをつけない東雲君とかマジあり得ないって!」

「待て待て、皆よ。我々が慌ててどうする。萌よ、一つ聞くが、」

 学級長が皆をかき分けて僕の前に出る。

「その傷、よもやリズ君によってつけられてものではあるまいな?」

 ——……へ?

 学級長のいきなりの発言に、朝起きてからずっと混乱しっぱなしだった頭の中が真っ白になった。


 昨日の夜から一体この島で何が起こっているのか、皆が僕に教えてくれた。

 昨晩未明、西欧人の二人組が島の関所を襲撃し、死者と重軽傷者が多数出た。それと同時に島内の各地でヒトガタが発生し、警備局が鎮圧にあたった。襲撃犯は捜査の網をかいくぐり島内に潜伏しており、今現在も厳戒態勢が敷かれている。

 襲撃犯を手引きし匿っている内通者が島内にいると考えられ、その疑いをかけられているのが山ノ手の教会にいる人間——リズさん、シャルロッテさん、シャルロッテさんの付き人のテレジアさんて人、司祭のおばあさんの四人で、朝からずっと教会で取り調べられていると言う。

「朝、学園に来る途中に警備のおっさん達見かけたんだけど、超殺気立ってたよな」

「俺なんか『教会の奴らと同じクラスだな』とか因縁つけられて鞄の中身全部道にぶちまけられて調べられたし」

「生徒会も武道系の部長連中集めて緊急会議やってて、島の警備に参加するボランティア募集するらしいぞ」

「昇武祭近いのに参加する人いるのかなぁ?」

「実戦に勝る稽古なし、とか聞くし。そりゃいるんじゃん?」

「この島で西欧人——てか外国人なんてシャルちゃん達しかいないよね」

「しかも聖教だっけ? 同じ宗教信仰してるんでしょ?」

「噂で聞いたんだけど、リズさんの持ってたロザリオと一緒のを犯人達も持ってたんだって!」

「噂ってんなら、壱組の風間の親父が顎砕かれたとか聞いたぞ、俺」

「どうなっちゃうのかなぁ、二人とも。強制送還されちゃうのかなぁ?」

「えぇー、せっかく友達になれたと思ったのに〜」

「うっそー! あたしまだ二人のスリーサイズ計ってないし! それよか女子なぎ部存続のピーンチ!!」

「その前に捕まっちまったしどうするんだべ?」

「容疑がかかってるだけで逮捕されてないんじゃないの?」

「いやいや、今朝会った警備の連中の様子じゃもう犯人扱いしてるっぽいぜ。しかもうちらのクラスまで殴り込みにきそうなヤバい感じだったし」

「うわー、何それ。じゃあ他のクラスの連中もうちらのクラスに喧嘩吹っかけに来るってこと?」

「そりゃーそうだろ。風間みたいに家族とか親戚が襲われて大怪我したって奴もいるだろうし」

「それでうちらにキレる訳ー? 意味分かんないよぉ」

「ま〜ぁ、しゃーねーじゃん?」

「なんたって、うちら悲惨散々の参組だしなぁ」

「それでだ、萌よ」

 委員長がずいっと一歩進み出る。

「君は昨夜リズ君と一緒に警備をしていたのだろう? 彼女に何か不審な点はなかったか?」

 ——え? えぇぇぇー!? そんなことある訳ないよ! 何言ってるの学級長!

 何度も何度も力いっぱい首を横に振る。

「そうか」

「そうか、じゃねーって! いきなり何とちくるってるんだって、学級長!」

「東雲君の胸チラ見ちゃったからって変になっちゃったの?」

「やだ……学級長ってやっぱりソッチ系!?」

「どうしよ、アタシなんかドキドキしてきた……」

「いや、ちゃんと包帯巻いてるし。チラしてないからな」

「だからサラシはダメなんだってばよぉぉぉぉーー!!」

「あーもー! うっさい、うっさーい! ちょっとアンタ黙ってて!」

「ぶげぅぁ!」

 あ、柏木さんのものすっごい右が入った。

「関所の襲撃とヒトガタの襲来が同時だった。もしリズ君が襲撃犯と繋がっているのなら、夜間警備の最中に何らかの方法でヒトガタを呼び寄せ、島内の警備隊を関所へ向かわせなかった可能性がある——と言うことだ」

「あっ」

「へー」

「言われてみや、そうか」

「どうだ、萌? ——……そうか、やはりなしか。萌が気付かぬ内にしていたか、あるいはただの偶然か……。初陣の緊張は格別だからな、萌には悪いが、見落としていた可能性も否定できない」

 ——えぇ!? そんなことないよ! リズさん、何もしてないよ! 絶対違うよ、学級長!

 思い出す、昨夜の戦いを。

 彼女の振るった剣の輝きと、ヒトガタと対峙し一歩も引かない勇壮な姿を。

 何よりも——ただ震えているだけだった僕に向けてくれた案じるような暖かい眼差しは忘れられるものじゃない。傷を負って意識が朦朧とした僕を抱えてくれた温もりと、僕を呼び戻そうとする悲痛な叫びは、僕の記憶にこびりついている。

 絶対に、絶対に断言できる。出会ってから一日しか経ってないとか、ろくに話したこともないとか、そんなこと全然関係ない! リズさんはそんなことするような人じゃない!

「えぇー」

「学級長、何か感じ悪るー」

「ただの偶然じゃない?」

「さて、どうだろうな。私達の班が退治したヒトガタは十数体程だったが、それでも多かったそうだ」

 ——え……? 十数体で多い方?

 あれれ、うーん……変だぞ。僕が覚えている限りでも国司さんとか、日鉢さんとか、リズさんとか、もっといっぱい倒してた気がする。僕は全然ダメダメだったけど。

 でも、でも——!

 ——僕は、僕は! 僕はリズさんを信じます!

 心の底から大きな声を発する。気付かずに握っていた拳を机に打ち付けながら、僕は椅子から立ち上がる。

「む?」

「おおぅ?」

「へ、東雲?」

 僕は喋ることができないから、声に出しては皆に僕の思いを伝えられない。

 だから僕は、皆をかき分けて黒板の前に出る。

「ん?」

「おっと! 萌っちってば熱血モード突入!?」

「東雲?」

 白墨を掴み、僕の思いを皆に伝えるために、黒板へ文字を書く。絶対に譲れない僕の思いを!

『僕はリズさんを信じます』

 書き終えた僕は皆の方に振り返って、もう一度叫ぶ。

 ——僕は、リズさんを信じます!

 僕の前にいるクラスの皆、一人一人の顔を見ながら。静かになった教室で皆の視線がもう一度僕に集まる。

 恥ずかしいとか、もどかしいとか関係ない。僕はリズさんを信じるんだ——そう決めたから!

「おーっす、俺も萌に一票」

 志水君がのんびりした声を出しながら手を挙げる。

 ——志水君!

「つーかさ、でき過ぎてねぇ? あからさま過ぎっつーかなんつーか。疑って下さいって言ってるようなもんじゃん。ここまで酷ぇと逆に潔白だと思うぜ、俺は」

「おおーっと。陰謀論大好ッ子の志水らしからぬ発言」

「ノンノンノン。微妙な匂いを嗅ぎつけるってのが陰謀のミソだぜ? これじゃただの濡れ衣。俺はそんな浅くねーって」

「俺も二人に賛成だ」

 ——大豪寺君!

「眼鏡野郎、ダサ過ぎんぞテメェ。昨日の今頃、全力でおもてなしとかぬかしといて、次の日には犯人扱いかよ。一度ダチ扱いしたんだぞ、オイ。大和男子おとこだったら背中から刺されようが何されようが、信じきるのが筋だろうが。犯人より先にテメェの頭カチ割るぞ、アァン?」

 一番後ろの席なのに、大豪寺君の大声は凄く良く通る。

「流石だな、大豪寺。昨晩、ヒトガタを目の前にして小さくなりだした男は言うことが違う」

「オイ!! コラァ! それは誰にも言うなつったろ!?」

 椅子が後ろに蹴飛ばされる音すらかき消えるような大豪寺君の大声が教室に響く。

「あーれー? 大豪寺って小さくもなれるの?」

「拡大率が一より小さい数値なら、結果的に小さくなるじゃん? 零点五0.5倍に拡大すれば、今の半分になるってことっしょ」

「おー、西田すげー」

「頭いいなぁ、西田」

「西田かっこぃぃー」

「えっ? いや……そんな注目されると俺困るんだけど。意外とマジで……」

「大豪寺よ、そう猛るな。初陣とあれば仕方なかろうに」

「え〜ー、大豪寺ってば怖くて小ちゃくなっちゃったの?」

「幾らなんでもそれは一発ギャグすぎっしょー」

「さっきまではスゲー格好良かったのに、急に何時もの大豪寺になっちまったなぁ……」

「なんでか締まらねぇよなぁ、大豪寺っていっつも」

 男子達は一斉にため息をつき、

「えっ、大豪寺君って——小さい、の?」

「やだ……。それじゃ、あの噂ってマジ?」

「えっ——じゃあ東雲君って……?」

 女子達はヒソヒソと囁き合う。

「テメェら……全部聞こえてんぞ、コラ……!」

 あの噂……? うぅ、すっごい悪寒がする……。知らない方が、良いよね……うん。

「あたし、志水とかに賛成ー!」

「私も賛成!」

「わたしも〜わたしも〜」

「俺もー。てかさ、東雲、俺達を忘れんなって」

「シャルちゃんの名前もちゃんと入れてあげないと!」

 クラスの皆が僕の字に思い思いの言葉を付け加えてくれる。

「友達見捨てるなんて弐の参うちららしくないぞー、学級長ー!」

「そーだぞ、学級長。他の奴らの言う通り、俺らって落ちこぼれかもしんねーけど、クラスの仲間見捨てる程落ちぶれちゃいねーぞー」

「そーだ、そーだ。学級長、腹黒きちく眼鏡ボーイになってるぞ〜」

「む……」

 ——皆……!

「なっ、似合わねーって。憎まれ役なんてお前さんにはさ」

「むむ」

 学級長は自分の眼鏡をクイッと右手であげ、左手で皆からのブーイングを制す。

「皆、すまない。試すようなことをして。度が過ぎた」

 学級長が、スッと皆へ、僕へ、大豪寺君へ頭を下げる。

 そして、何故か自分の机の上に立つ。

「さりとて——学園外、そして学園内の彼女達に対する扱いや見方は昨晩で一変してしまっただろう。丁重にお迎えする海外の客人から、卑劣な犯罪者を手引し、匿う下賎な罪人へと」

「この島っていうかこの学園もそうだけど、結っ構閉鎖的だからねぇ〜」

「しかも彼女達が配属されたのが我らが誇るべき弐年参組だ。恩寵至上主義者や鳥上純血派の格好の標的となろう。その上、襲撃犯の協力者たる可能性あれば排除すべし、と言う大義名目を奴らは振りかざす。ならば、諸君——我らが言うべきことは分かるな?」

 学級長が溜めを作り、クラスの誰もが固唾を飲む。

「覚悟は決まった——ただそれだけだ! 違うか諸君!?」

「うぉぉぉぉぉーーー!!」

「いぇぇぇぇぇーーーぃ!!」

 そして皆が爆発する。

「義を見てせざるは勇なき也! 例え才などなかろうと、勇なき者は我ら弐の参には一人としてあらず! 我らこそが彼女達へ降り掛かる千辛万苦への防波堤である!!」

「おおおぉぉぉぉーーーー!!」

 皆が拳を突き出しながら雄叫びをあげる。

「弐の参の強者達よ! 燃えよ! そして舞い上がれ! その弐の参魂を! 友のため、我らが本分を発揮する時は今をおいて他になし!!」

「だらっしゃぁぁーーーーー!!」

「うぉぉぉぉーーーーー!!」

「いぇぇぇぇーーーーー!!」

「きゃぁぁぁぁーーーーー!!」

 学級長が両手をガバッと掲げ、皆の雄叫びがそれに呼応する。

 やっぱり、このノリにはついてけないかも……。

「おーっし! 俺っち、気合い入れてシャルロッテちゃん守っちゃうもんねー!」

「おいおい、昨日までヴォルフハルトさん派だったのにもう裏切るのかよ、お前!」

「うるせーなー、可愛いは正義なんだよ!」

「いや、シャルロッテちゃんを守るのは俺だし!!」

「何言ってんだって。お前ら、それは俺の台詞だろぉ?」

「俺の他に誰がシャルロッテちゃんを守るんだって。そして始まる二人の恋、みたいな!?」

「いやいやいや、それはないない」

「いやいやいや、それはないだろ」

「いやいやいや、それは俺だろぉ?」

「いやいやいや、シャルロッテちゃんを守るのはヴォルフハルトさんだろ!?」

 そして男子の皆は暴走し始め、

「シャルちゃんは守ってあげたいって感じだけど、リズさんは守ってあげるって言うより、守って貰いたいよねー」

「あー、それ分かる分かる!」

「こうさ、バシバシーッてリズさんが敵をやっつけてさ、『お姫様、お怪我はございませんか?』的な!?」

「あー! スッゴイそれ分かるー!!」

「しかも片膝でかしづかれて、差し出した手の甲にチュってされるみたいな!?」

「きゃ〜!」

「マジ最っ高ー!!」

「分かる分かる分かるぅー!!」

「もうダメ! あたし、今リズさん見たら鼻血出してぶっ倒れそう」

「あー、そうやってお姫様だっこされるの狙ってるでしょー!?」

「リズさんにだっこされるんなら、あたし、留年しても良い!」

「ちょっと! リズさんのお姫様だっこってそんなに安くなくなー〜い!?」

 男子に負けず劣らず、女子の皆もご乱心な様子だ。

 大丈夫なのかな、僕のクラス……今更だけど。その、うん、色々な意味で……。

「……あ……」

 そんな中、窓の外を一人静かに眺めていた青江さんが、ぽつりと声を出した。

「ん〜? 静っちどーした?」

「……二人、いる……」

「えっ!? ホント!?」

「えぇ!? 何処何処!?」

「……ん……」

 青江さんが指差す先を見ようと、皆が窓際へと一斉に駆け寄る。

「あっー! いたいた!」

「おー〜ぃ! シャルちー! リズっちー〜! ハーロー〜!!」

「おーい! 二人ともー! おー〜ーっす!」

「キャー! シャルちゃーん!」

「シャルロッテちゃーん、大丈夫〜!? 俺が守ってあげるから安心してー!」

「いやいや、俺が守るから!」

「いやいや、俺が俺が!!」

「いやいやいや、それはヴォルフハルトさんだって!」

「二人とも〜! 早く来ないと授業始まっちゃうぞー〜!!」

「リズさ〜ん! アタシを抱いてぇ〜ー!!」

「リズさん、私抱っこ二番目予約だかんねー!」

 皆、窓から身を乗り出して、思い思いの言葉を二人へと投げかける。

 僕も二人を見ようと窓際へ移動するけど、僕の身長じゃ窓の外が見えない。

 それでも、ピョンピョンと小さくジャンプを繰り返して、何とか隙間を見出そうとしてたら、

「おらっ、萌! 踊ってないでお前もこっち来いって!」

 ——わわっ!

 志水君が僕を窓際へと引っ張り出してくれた。

 ——あっ……。

 教室の窓を、眩しいものを眺めているかのように見上げているリズさんとシャルロッテさんが見えた。

 一瞬、僕とリズさんの目と目が合ったような気がした。

 だから僕は右手じゃなくて左手を——昨日、僕が不甲斐ないせいで怪我してしまって、そしてリズさんが治療してくれたはずの左手を、精一杯振ってみせる。

 ——昨日はありがとうございましたー!!

 そんな僕を見て二人は驚いた表情になる。

 それもそう。だってクラスの皆が制服を着て、窓から身を乗り出してるのに、僕だけ体操着でしかも血塗れなんだもん。驚かない訳ないと思う。

 それでも、僕は手を振るう。昨日のありがとうございますと、今日の宜しくお願いしますを精一杯込めて。

 リズさんが、笑顔になって小さく手を振ってくれた。

 胸がかぁって熱くなる。昨晩、意識が途絶えたところから今朝保健室で目覚めるまで何があったのか全然分からないけど、リズさんが笑ってくれるんなら、それでいい。

「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!! 何を騒いどるかぁぁぁぁお主らぁぁぁぁぁーーー!! 外まで丸聞こえであるわぁーーーー!! 席につかんかぁぁぁぁ!! 喝ぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 大音量の喝が落ちる! 教室を振るわす沢庵先生の声に、窓に集まっていた僕達は超特急で自分の席へと逃げ帰る。うぅ、もう完全に条件反射になっちゃってる。

 沢庵先生が慌てて椅子に座る僕達をギョロリと睨みつけながら、僕の、そして皆の書いた黒板の字を見る。

 先生の足が止まり、ふむ、と右手を顎にあて唸る。そのままつかつかと教卓を通り過ぎて、窓の外にひょいと顔を出す。

「こるぅぅぅぁぁぁぁぁぁあああーーーーーーー!! ルツェルブルグゥゥーー!! ヴォルフハルトォォーー!! お主らそこで何を笑っとるかぁぁぁぁーー!! とうの昔にホームルームは始まっておるぞ!! 遅刻である!! 早足、駆足ィィーー!! さっさと教室へ入らんかぁぁぁーーーー!! 喝ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 窓の外に響き渡る先生の大声を聞きながら、僕達はピシッと背筋を伸ばして椅子に座る。

 皆、声を立てずに——リズさんとシャルロッテさんがさっきまできっと浮かべていたはずの笑顔で——クスッと微笑んでいた。


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