朝: 政庁一階緊急対応所 [須佐政一郎]

 明け方からの喧騒が途切れることなく続いている。

 無理もない、そう思う。何せ外町へと続く関所が破られたのは、記録が残っている数百年間で一度しかないのだ。

 しかも、こちらの警備隊と建物に多大な打撃を与えた襲撃犯二名は以前逃走中である。

 襲撃犯の確保と関所機能の再開、それを迅速に実行するために政庁一階の吹き抜けの広場が急場の対応所として確保されたのは自然な流れだろう。

「須佐政務官! こちらにおられましたか」

 私を見つけ、息を切って駆けてきたのは若い警備の者だ。<思い出す>……警備局壱係、通称羽々斬はばきり衆に今年から配属された幹部候補生エリートだ。鳥上学園を優秀な成績で卒業したと記録にあったはずだ。名前は——……

「報告します! 山ノ手の教会での尋問ですが、水野審議官と山部審議官の両名が四名全員を諮問致しましたが、疑わしき点は見受けられなかったとのことです」

 それはまずい。

「また室内を再度探索致しましたが、地下にある扉以外の不審点はありませんでした。扉は封印されており、最近開いた形跡は見られなかったとのことです。現時点では襲撃犯との関連性は見受けられません。ただ奴らの手形の居住地先となっていたとしか……。如何致しましょうか?」

「報告ご苦労。諮問したのは四人かね?」

「はっ、四人全員であります」

<思い出す>……おかしい、四人で全員とは。

「警備隊が最初に教会へ到着した時には、怪我人が一名教会にいたはずではなかったのかね? その者はどうした?」

 エリザベート管区長、ヴォルフハルト嬢、シャルロッテ嬢、テレジア嬢、これで四名だ。治療中の怪我人がいたのなら、五名を諮問していなければならない。

「は、はぁ……。尋問中には四名しかおりませんでしたので、恐らくは鳥上中央医院に移送したものかと……」

「鳥上中央は関所の怪我人で昨晩の襲撃時点からいっぱいのはずだよ」

「ですが、こちらには何も伝わってきておりませんが……」

「そうかね。どちらにせよ処置中の怪我人を敷地外へ連れ出せたとは思えないな。処置を終えたところを我々が追い出したのだろう」

 色々とまずいな。

「はぁ……」

「そろそろ学園が始まる時間か。教会にいる者達にヴォルフハルト嬢とシャルロッテ嬢を学園へ登校させるよう伝えてくれないか」

「な! お言葉ですが、政務官!」

「すまないな。これは政治だよ。あの二人の留学はが了承したものだ。現時点で襲撃犯との繋がりはないし、水野君と山部君が諮問したのなら、今後とも関連性は見つけられないよ。万が一、あの教会にいる者全員が結束して襲撃犯を匿っていたとしても、それはでのだ。それよりもが優先されるのは仕方ないことだ」

「ぐ——、はっ、了解しました」

 宜しく頼むよと言い、彼の肩を叩いて送り出す。

 納得したとは言い難いだろうが、命令違反を犯す程の人物でもあるまい。せいぜい、遠回りをして教会に到着するのを遅らせるぐらいだろう。

 彼が表通りに向かったのを確認し、広場へと足を踏み入れる。

 机が所狭しと並べられ、書類、刀、槍、弓矢、具足が辺りに散乱している。その間を武装した人間が走り回っている。

 あちこちから人の怒声がしているが、血の匂いより塗り薬の匂いの方が強いのがせめてもの救いか。

「須佐殿! 襲撃犯についての現時点での調査結果が届きました!」

「須佐政務官! 犬飼殿からの伝言をお伝えしに参りました!」

「政務官、外町と連絡がつき、増員についてのご報告があります」

 事態を把握する上での報告は有り難いが、頭痛の種が増えそうだ。

「報告してくれ。三人同時で構わない」

「えっ!? は、はっ!」

「りょ、了解しました!」

「承知しました」

 三者三様に報告を開始する。

「遺留品についてです! まず黒騎士が兵装解放時に発した言葉です! 英吉利イギリス英語、独逸ドイツ語、伊太利亜イタリア語、いずれの言語でもありません! 欧州圏のものと推測していますが、外部へ協力を仰いでいないため難航しています! もう一人、例の少年が創り出した『兵隊』達ですが、死骸は一切残っておらず、絵札の切れ端があるだけでした! 既に使えなくなっておりますが、参型兵装であることは間違いありませんッ!!」

「犬飼殿の追跡調査ですが、やはり表通りと大通りの交差点で突然プッツリ匂いが途切れているとのことです! 『関所を突破し、政庁一階で破壊工作をした後、大通りまで進み、そこで突然消え去った』と仰っています! 島内にいる者が匿った可能性もあります。狼煙が上がった後の各警邏隊の集合状況を時系列で確認しましたが、犬飼殿の仰る通り、奴らは消えていなければ何処かの部隊と接触していなければ辻褄があいません」

「こちらへの外町からの隔離措置は、本日夕方までに九割方済むそうです。外町にいる島内出身者をこちらに全員回して貰うことが決まりました。大量の食料や武具と一緒に彼らには島に来て貰います。ただし、これ以上、敵を島に招かないためにも関所の機能を一時的に復活させる必要があります。捜査の人員を割くことになりますが……。また黒騎士について仔細を報告したところ、数日中に対処可能な増援を派遣するとのことです」

 何も分からないな。日本語も多人数が同時に喋るとこうも不思議に聞こえるのか。

 報告した当人達も話が被り合っているのが分かっているので困惑している。

 さて……<思い出す>——、一人ずつ、喋った言葉を一言一句、順々に。

「言語の調査、ご苦労。大変だっただろう。これ以上進めるとなると教会にいる彼女らの手助けが必要になるな。一先ず小休止しようか。それよりも襲撃犯二人の詳細な情報と分析が必要だ。手形に書かれていた情報を鵜呑みにするのは危険だ。確定している情報から恩寵の推定を進めてくれ。一つに特定する必要はない。そうだな……本人と兵装についてそれぞれ三通りぐらいは想定できるかな。となると、二人で六通り、ロザリオ、鎌、兵隊、絵札をあわせると十八通りになるかな。この情報を全員に通達、共有し、対策を立ててくれ」

「は、はい!」

「特に絵札の残骸に注意してくれ。何か規則性が見つけられるかも知れない。ある程度の人数の兵隊を瞬時に展開、撤収させられるとなると、黒騎士以上にやっかいかも知れないな。頼んだよ」

「ししし、承知致しましたぁ!!」

 まさかきちんとした返答が得られるとは思っていなかったのか、驚いた表情のまま大声を上げて走り去っていく。

 次は——

「犬飼君の報告、ご苦労。一度彼女には休んで貰おうか。消えたと言うのが気になるな。その地点に人員は配置しているよね? よし、結構、そこはそのままでいこう。犬飼君には休憩後、昼ぐらいからかな? 各地を回ってやつらの匂いがあるかどうかを調べて貰うとするか。その時には国司君と日鉢君をつけてあげてくれ。あの二人なら伍係だから予定は簡単に変えられるだろうし、黒騎士と遭遇しても簡単にはやられないはずだ。夜になったら犬飼君は匂いが消えた地点で待機、国司君達は夜間警備に回ってもらおう」

「りょ、了解です!」

「ああ、そうだ、言い忘れていた。こんな状況だ、始末書の提出は後日で良いよ。ただ給与はしっかり天引きさせてもらうと国司君に伝えてくれるかな?」

「ははっ! 了解致しました!」

 こちらの彼は驚きと尊敬が混じり合った眼差しを私に送ってから走り出した。

 これが私に授けられた力だ。どんな物事も<思い出す>ことができる。五十年以上この力と付き合ってるせいか、先程のような会話の再構成もお手の物だ。

 一族が受け継いできた恩寵『鳥上結界』は私には授けられなかった。幸か不幸か、どちらだろうか。

「さてと、弥生やよい君、最後にしてしまいすまないね」

「いえ。問題ありません」

 最後に残った彼女は私の補佐官だ。非常に良く働き、とても仕事ができる。島の『外』から派遣されてきた人材の一人だが、島の人間とも特別衝突を起こさずに仕事をしてくれている。私とは大違いだ。

 有能な部下を持つのは上役としての幸せの一つだろう。

「外町からの隔離措置は速く進めて貰いたいところだが、万が一と言うこともあるね」

「と、仰いますと?」

「私達が襲撃者に敵わず、尻尾を巻いて島から逃げ出すと言うことだよ」

「……政務官、ご冗談もほどほどに」

「これでも本気のつもりだがね。人員が増えるのは嬉しいが、君の言う通りチェックは必要だね。一時的に島内の警備が薄くなるリスクはあるが、得るものの方が多いか。あちらさんがこちらへの隔離措置を取ってくれればこちらの関所に人員を置く必要は無い。これは極論になってしまっているかな」

 一度、言葉を切り一息つきながら考えと指示をまとめる。

「関所の人員は二割り増しにしてくれ。ここで不穏分子に入り込まれたら猫の手もかりたくなるほど忙しくなる。それに、襲撃された話は伝わっているだろう。熱り立った人間に冷静さを求めるのも酷な話だ。何時もより長い諮問で頭を冷やしてもらおうか」

「町の警備を手薄にしておびき出すおつもりですか?」

「おいおい、滅多なことを言うものじゃないよ。手薄になるのは不本意ながらだよ。だが一理あるかも知れないね。ことがこれ以上大事になってくれれば緋呂金の緋狐ひぎつねも動いてくれるかも知れない」

『緋狐』は緋呂金家の持つ少数精鋭の私兵集団だ。我ら警備局もエリート達を壱係『羽々斬衆』と呼び、優秀な人材を揃えているが、残念ながら彼らは格が違う。腕や技術と言う面ではなく、装備している兵装の面で、である。

 何せこの島を仕切る鍛冶宗家に仕える大事な兵隊達だ。島で採取できる各種幻想鉱石、緋々色金ヒヒイロカネ青生々魂アオイポダラ皇鋼すめらぎのはがね星砂鉄せいさてつ、それらをふんだんに使い鍛えられた武具一式などそう見られるものではない。

「夕方に予定している鍛冶組合との会合では緋狐を警備に貸してくれるよう議題に挙げるつもりだが、ダメだろうな」

<思い出す>までもない。『何処までバカなんだよ、お前?』——間違いないな。当主代理殿の歪んだ表情が目に浮かぶ。

「黒騎士を対処する増援については何か情報は貰えたかな?」

「いえ、ただ送るとだけしか」

「それは困るな。こちら側としては完全通行許可証フリーパスを持った人員が暴れ回った訳だからね。身元のしっかりした増援でないとね。ふぅ、考えてもしょうがないな。以上、宜しく頼むよ」

 彼女に別れを告げ、歩き出そうとすると、

「政務官」

「まだ何かな?」

 不味いな。この渋顔は不味いことを言う時の彼女の顔だ。仕事ができすぎるのも時として問題ではある。

「その、差し出がましいと思いますが、島内に内通者がいる可能性を考え、教会だけでなく住民全員を諮問すべきかと思いますが……?」

 頭痛がするな。

「まだ不要だよ」

「しかし……」

「懸念も対処も妥当だとは思うよ。だけど、の九割が内通者は教会関係者だと信じているのが現状だ。の我々が内通容疑を教会の外の者に向けるのはね。これ以上溝が深まると血の気の多い連中が反乱し暴徒化しかねない」

 実際、血を流しているのは彼ら武官なのだ。

 日頃から武術を怠っていた己のつけがこんな形で出るとは。

「ただ、山ノ手の教会にいる彼女達が白となると、いずれ島の皆にも事情を聞かないとね。水野君と山部君が教会から戻ってきたら内々に準備を進めておいてくれるかい?」

「はい、了解しました。二人には内々にと念を押しておきます」

 と彼女は言うが渋顏を崩さない。

 これはまずそうだ。

「まだあるかな?」

「その——……長官殿に、ご報告すべきではないでしょうか?」

「ああ、既にしてきたよ」

「なぇ!?」

 珍しいな、彼女の驚く顔が見られるとは。

「長官殿——ご島主様には結界の強化をお願いしてきた。ついでに昨日からの状況を伝えてきた。だいぶお小言を頂いたがね」

「その、長官殿が結界の強化を了承したのですか?」

「ああ。私はずっと罵倒されっぱなしだったけどね。側女の、そうそう、みゆきさんと言ったかな、彼女が猫なで声で頼んでくれたらご島主様は実に快く実行してくれたよ」

 その時のやり取りは——いけない、<思い出す>とあの時の嫌悪感で頭がおかしくなってしまいそうだ。

「安心してくれ。ご島主様はあの部屋から出てくることはないよ。陣頭指揮なんぞもっての外さ」

 この島の主にして鳥上地方政庁の長官、須佐孝二郎こうじろうは私の実の弟だ。

 弟には一族の力が発現し、その結果長官すなわち島主となった訳だが、彼を嫌っていないのはその人物を知らない者だけだろう。

「はっ。政務官のご心労も知らずに数々の無礼なる言動、お許し下さい」

「君は仕事をしただけだよ。許すことなど何もないさ」

「はっ!」

 律儀にも敬礼をして去る彼女の背中を見守る。ふぅ、真面目なのは良いことだが、肩がこってしまうな。

 私から離れた彼女は、周囲の者を呼び集め、的確な指示を出す。

 一人また一人と集まった者が散っていく。騒がしく混沌としていた緊急対応所が彼女によって新たな政務室へと変貌を遂げていく。

 私がいなくても大丈夫だな。さて、

「カッカッカ! お見事ですな、須佐政務官!」

 目的地へと足を踏み出そうとした瞬間、活発な老人の声が私を呼び止める。

高木たかぎおう、見ていたのですか」

 着物の隙間からは腹部に巻かれた白い包帯が見える。

 高木翁——諮問所の長にして、昨晩の襲撃での負傷者でもあり、私が生まれた時から鳥上政庁に務めておられる方だ。私の弟であるご島主殿や、鍛冶宗家当主代行殿とは一味違った意味で頭の上がらない人物だ。

「三人同時に会話をするとは! いやはや! 旧史に登場する伝説の太子殿かと見間違えましたぞ!」

「買いかぶり過ぎです。私のような凡夫と比べるのは失礼にあたりますよ」

もってとうとしとす』——この国の精神の根幹を数千年以上も前に示した御人おひとだ。私などとは比較するのもおこがましい。

「傷の具合は如何ですか?」

「なぁに、はらわたが少々はみ出したぐらいでは、傷とは呼べませんぞ!」

 大声で笑いながら包帯で巻かれている胴を何度も叩いてみせる。

 刀を振り回さない内勤の私には、この発言自体が驚きだ。この『少々』と言う言葉が表す程度にも私と高木翁では大きな隔たりがあるのだろう。

「持つべきものは友、そして優秀な医の一字ですな、カッカッカ!」

「もう公務に復帰されて大丈夫ですか? 翁がいらっしゃるのならこちらとしては大変助かりますが……?」

「何を仰る! 復帰も何も、この高木、老いたとは言え休んでるつもりなぞありませんぞ! 関所を抜かれる不覚を取りながらおちおち寝ていろと申されるか!」

「そのお元気があれば大丈夫ですね。風間君の方は如何ですか?」

「風間ですか。傷自体は一週間もすれば物を食べれるようになると言われておりますので、問題無いのですがのぅ……」

 と、声を落とす。

 さて、『一週間しないと物を食べれない程度の傷』は問題無いのか……意味が分からないな。家系の恩寵は持てなかったが、武官ではなく文官の道を選んだことは間違っていないようだ。

「やはり、刀、ですか?」

「左様。先祖伝来の刀を失ったとあって、ご先祖の墓前で腹かっ捌いて死んで詫びると暴れましてな。あれには困りましたなぁ〜」

「は、はぁ……」

「そもそもですな! 風間が腹を切らねばならぬのなら、その前にですな、襲撃を許し、若い命を散らした咎をこの老骨が腹を十字にかっ切って詫びねば筋が通らぬではありませぬか?」

 やはり苦手だ、このご老人は。

「いえ、その……非常事態ですので、こちらとしては高木翁も風間君もそう簡単に命を投げ出されては困りますよ」

「カッカッカ! それはありがたいお言葉ですな、須佐政務官! では彼奴きゃつらを捕縛した後に武士もののふの死に様をお見せすると致しますか!」

「……いえ、私が申し上げたいのはそう言うことではなくてですね……」

 頭痛だ。頭痛がする。

「おぉう、こうしている場合ではありませんな、須佐政務官。ささ、参ると致しましょう」

「は、はぁ……?」

「どちらかへ行こうとしていたのではありませんかな? 目的地は、同じでしょうぞ」

 これだから……このご老人は苦手なのだ。


 歩くこと十数分、政庁一階の奥まった通路を通り、目的地へとたどり着いた。

 朝だと言うのに光の届かない暗がりの廊下——そこに二人の衛兵が立っている。

「二人ともご苦労様。もう大丈夫だよ。諮問所のお手伝いに行ってくれるかな?」

「はっ!」

 彼らは私と高木翁に揃って最敬礼し、私達の来た道を早足で駆けて行く。

「これ、ですな」

「ええ。これ、です」

 彼らの立っていたすぐ後ろの廊下の床が抜け落ち、穴ができている。

 近づき覗いてみると、下へと続く梯子があるのが分かる。

「ほほぅ、これが例の開かずの間ですかな。数十年、噂を聞けども現物を見る日が来ようとは」

 それもそうだろう。このとこの先の祭壇へは限られた者しか入ることができない。残念ながら諮問所の長と言う役職ではこの先へ進むことは許されない。

 だが、それも昨夜までだろう。

 こここそが犬飼君の報告にあった襲撃者が破壊工作を行った場所なのだから。

 彼女には襲撃者の足取りを追跡するよう命じておいた。扉を破壊したのが襲撃者である以上、この先の祭壇へ行っていなければおかしい。そして彼女はそれを追跡したはずだ。本来ならば限られた人間しか入ることを許されない空間ではあるが、既に三人の人間が侵入してしまっている。三人が四人に増えても問題無いだろう。

 長く続く梯子を下りると、大人一人がやっと通れるぐらいの幅の通路に出る。

 光など全く差さない密閉された空間ではあるが、暗闇ではない。床、壁、そして天井が淡く青白く光っている。

 この地下廊が幻想鉱石『青生々魂アオイポダラ』によって練成されている証拠だ。燃え上がるような赤色を発する『緋々色金ヒヒイロカネ』と異なり、この鉱石は打ち手によって様々な色を見せる。

「うむ、実に見事」

 高木翁の言葉には応えず、ただこの通路を先へ先へと進む。

<思い出す>——<心音聴覚>、それがこの老人の持つ恩寵だ。相手の心の音を聴くことができると言う代物だ。

 具体的にどう聞こえるのかは本人しか知る由もないが、問いかけに対し嘘や隠し事をしようとすると、その動揺を音として聞き取れるそうだ。故に、長い間諮問所で勤め、その長となるまでになった。

 壁の明かりをたよりにただ真っ直ぐに歩く。

 指揮系統的には鳥上行政府の下に警察機構である警備局と外部への通路を取り締まる関所局がある。

 島内に潜む襲撃者二名を捕縛するためにも関所と警備、そして政庁の連携は不可欠だ。本来ならば不可侵であるはずの山ノ手の教会へ政庁側の人間が踏み込み、なおかつ尋問する失態をしてしまっている以上、連携はこれまで以上に密にしなければならない。

 故に、今まで伏せていたこの島の秘密を共有するのが私の取る一手だ。

 全員に知らせる必要はないが、各部局の長には分かって貰った方が動いて貰いやすい。

「ここ、ですかな?」

「ええ」

 空洞に突き当たった。

 これまでよりも強い光が中から発せられている。

 空洞には、何もない。本来ならば中央にあるべき祭壇の姿はなく、残骸と思しき破片が地面に転がっている。

 私は腰を下ろし、地面に残っている破片を注意深く手に取る。

「どうやら、彼奴きゃつらの狙いはここでしたかの?」

「ええ。残念ながら、ここのようですね」

「何ぞ盗られましたかな?」

「いえ、恐らくは盗られてはいません。が、破壊されています」

「ほほぅ、それは一体?」

「刀を納めた祭壇があるはずなのですが、祭壇、刀、どちらも粉々になっていますね」

「刀と祭壇ですか? ふむ、下の破片がそれですかのぅ?」

「ええ。確信はできませんが」

「ふーむぅ。しかし、某も噂しか聞いたことのない開かずの間によう入れましたのぅ」

「ええ。ですが入口の扉を破壊している以上、鍵は持っていなかったようですね」

「鍵ですと? これはまた、謎が深まりましたな」

 カカカ、と笑う声色は何故か楽しげだ。

「本来は鍵で扉を開けるのですが……。翁の仰る通り良く入口が分かりましたね」

「とは?」

「ここ自体が一種の恩寵建築物でしてね。『この先にある祭壇に用のある者』にしか入口自体が現れないのですよ」

「ほぅ!」

「ここにお務めの皆さん、一度は開かずの間探しをなさっているかと思いますが、そもそも、かつでないと、扉自体絶対に見つからないのですよ」

「カッカッカ! それは愉快! 道理で道理で! 新人が入ってくる度に肝試しがてらに探索させておりましたが、無駄骨だった訳ですかな! 政務官殿もお人が悪い!」

 開かずの間、すなわちこの祭壇の間に入るには、ここに刀を納めた祭壇があると知っていて、かつそのものに用がないといけないのだ。ある意味、矛盾している構造だ。

 それに加えて、政庁地下へと続く扉は特別に施錠してあったのだ。鍵が盗まれていないことは確認済みだ。

「遠呂智初代兼智かねともの作ですからね、この空間は。いくら異国の兵装が優れていようとも、この島にある以上、そう容易く破れる訳がないのですが……」

「ほほぅ。なれば、彼奴きゃつらが扉を探し当てたのも不可解ながら、破れたのも不可解と?」

「ええ」

 暫しの間、私達の間に沈黙が訪れる。

「この秘密、政務官殿の他に知っている御仁は?」

「確実に知っている人物は、断定はできませんが、十人程でしょう」

「その中に山ノ手の老婆殿は入りますかの?」

「ええ。エリザベートさんもご存知です」

「ふーむぅ。まずいですな、ますます嫌疑が深まりましたな」

「ええ、まずいですね」

 誰かが教えなければ扉にたどり着けない。そして教えることのできた人物の一人は、共犯者である疑いが現在最も高い人物だ。

 とは言うものの、彼女は嘘を見破る恩寵を持つ審議官の尋問をパスしている。私としては別の容疑者をあたるのも手ではあると思うが、そう思っている人間は片手で数えられるだろう。

 しかも彼女と我々の組織は本来ならば不可侵の約束を結んでいるのだ。嗚呼、ややこしい。

「ですが、解けた謎もありますぞ」

「それは?」

「あの黒騎士についてですな。扉の破れたカラクリがおよそ検討つきましたぞ」

 高木翁が地面に散らばった破片を手に取りながら、唸るように声を続ける。

「『恩寵を破れるのは、より優れた恩寵のみ』、この基本を地で行ったのでしょうなぁ。異なる属性は効かずとも、同じ属性のものでしたら強弱で優劣が決まりましょう」

 なるほど。<思い出す>——確か……

「風間君の喰われた刀は……<風切かぜきり>。三代兼長かねながの作でしたか」

「左様。遠呂智の兵装であるのであれば、より強き遠呂智の兵装に破れるは必定。喰らいて己のものとする——彼奴きゃつの異様な硬度も説明がつきますな。純粋な硬さを問えば、我が国より優れた鉱石は異国にありますからのぅ。それに、どんなにバラバラに分解しても元の形に戻る生き物のような宝石もあると聞き及んでおりますぞ」

金剛不壊アダマン鉱、永劫回帰ノスフェリウム永遠の翠エターナルグリーンですか。あの黒騎士が持つ恩寵はこれで決まりですね。しかし、風切が取り込まれたとなると厄介ですね」

<風切>——その字の如く、ものを切り裂く烈風を発生させる日本刀だ。この島の旧家の一員でもある風間家は代々、風を操る術を一族の恩寵として継承してきた。

『風使い』と言う恩寵と同質の兵装を重ねがけすることによる爆発的な斬撃、それが風間君の剣士としての力量だ。彼の居合はこの島の中で随一と断言しても良い。

 しかし、その一撃を、あの黒騎士は兵装を展開することなく退けたと言う。悪夢と言っていい。胴を半分まで断ち切ったと報告にはあったのだから、首を刎ねること自体は可能だったかも知れないが。

「不壊に再生、さらには操風ですか。頭が痛くなりますね」

「カッカッカ! 何を仰る! 強者との死合いほど血沸き肉踊るものはございませんぞ! 昨晩の死合いのお陰でこの老骨、十年は若返りましたぞ!」

 今のは不謹慎ですかな、とこの老人は笑う。老人の活発な大声が空間に反響する。頭痛が酷くなった気がする。

「高木翁、他にもここと同じような場所が数カ所あります。襲撃犯の狙いがこの祭壇だとしたら次に襲われる場所を絞ることができます」

「ほほぅ。合点がいきましたぞ! 人員を適所に配置するために某にこの秘密を打ち上げて下さったのですな?」

「直截に言ってしまえばその通りです」

 このご老人は愚かではない。ここの秘密を漏らすこともなければ、対応を誤ることもない。そもそも武は私の領分ではない。餅は餅屋に、馬は馬方うまかたに、弓馬の道は武士もののふに、そして泥棒は警備に任せるべきであろう。

「一つだけ、最後に宜しいですかな?」

「はい、何でしょうか?」

彼奴きゃつらを手引きした内通者ですが、」

 このご老人は、声色一つ変えず、表情を全く変えることなく、こちらの心臓が凍るような台詞を、まるで朝の挨拶のようにすらりと言い放つ。


「須佐政一郎政務官殿、貴方かも知れませんな?」


 だから私は——

「ええ、その通りです」

 このご老人が苦手なのだ。


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