おとぎ話: 第八の蛇

八岐大蛇

 その山奥に鎮座するは八の首と八の尾を持つ八岐やまたに分かれし大蛇だいじゃなり。

 その牙の鋭きに裂けぬ鎧は無く、その鱗の硬きに貫ける矛は無い。

 幾度首を断とうとも無限に生え替わり、尾撃の一つにて野原の全てを薙ぎ払う。

 鬼火の如く揺らめく瞳から逃れられる術はなく、吐かれし毒は紅く燃え上がり、塵の一つすら残らず。

 その大蛇こそ八の数字を持つ原初の獣、皇国に語り継がれし神獣の写し身——<八岐大蛇やまたのおろち>なり。


 しかし、我ら、神代を駆け抜けた猛き武神にあらず、力を得ども唯の人間なり。

 倒すこと能わず、止めること叶わず、できるはただ時を稼ぐのみ。

 流した血が瀑布を作り、黒き雷雲は永遠の夜となり、降り続く豪雨が我らの血飲み込みし大地を赤に変色させる。

 幾度もの季節が通り過ぎ、誰しもが諦め、望みを捨てようとしていた。


 そんな中、ある夏の日、西方より一人の賢者が来たりて曰く、

 “獣を止めんとする兄弟達よ、勇猛なる極東の騎士達よ、自らの命をもって子羊達に安らぎを与えんとする戦士達よ。信じるものは違えども、遠く離れしこの地に我らと同じ魂を持つ兄弟達を見いだせたこと嬉しく思う。

 八なる大蛇、残念ながら我らの聖典を持ってしてもその所業を罰することはできぬ。

 だが、お主達の血がこれ以上無益に流れぬよう、我らの聖跡を持って地に縛り付けることはできよう。もし、我らの聖跡をこの地に喚び出す暫しの間、彼の蛇を大地に留めてくれるのなら——。

 お主達と、お主達の罪無き子らが永劫に続く悲しみに沈まぬために、その命を私に預けてくれないか?”


 賢者の呼びかけに、八人の若者が名乗りをあげた。

 決して帰れぬ道と分かっていても、八人の若者は蛇を抑える柱となることを選んだ。

 若者はその身をもって大蛇の首を大地へと抑えつける。

 腕が千切れ、はらわたが飛び出し、足を吹き飛ばされようとも、

 神経を毒液に侵され体中の穴と言う穴から血が噴き出しても、

 その半身を濁流に吹き流されようとも、

 己の命などとうに燃え尽きていたとしても、

 後に残る者達の幸せを信じ、この大地の底に大蛇と共に眠りにつく。


 我ら、決して忘れてはならぬ。

 八人の若者の貴い犠牲と誇り高き献身を。

 若者達が見せた日の本の武、皇国に流れる熱き大和魂を。

 我らの立つこの大地こそが、その証なのだと言うことを。


(『鳥上島八勇士伝説』より)


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