第15話深淵の森

 深淵の森に到着した俺は、辺りを探りながら少しずつ奥に進んでいった。

 道中は特に変わったことはなく、襲ってきた魔物もFUO時代と同じ魔物しか出てこなかった。

 そのまま進んでいき、襲ってきた魔物を返り討ちにしながら深淵の森の深部にまでたどり着いた。


「なんだこれは…」


 俺が深淵の森の深部にたどり着き目撃したものは、ここら辺一帯に生息する魔物達の亡骸であった。

 中には人間の遺体も混じっていたが、そのどれもがグチャグチャに引き裂かれたり食い荒らされたりしていた。


 俺が魔物達の亡骸に近づいた時、上から恐ろしい程の殺気を放つ何かが降ってきた。


「グッ!」


 俺は咄嗟にガードしたが、あまりの衝撃にその場から吹き飛んだ。

 なんとか体勢を整えて受け身を取り、襲い掛かってきた何かを視界に捉えた。


「なんだこいつは…」


「グルルッ」


 そいつの見た目は猿の様だったが、大きさは三メートルに届くかと言うほどだった。

 そして、体は薄暗い森に溶け込むような深緑の色をしており、筋肉は異様に盛り上がっていた。


 俺はこんな魔物を見たことがなかった。

 FUOに猿型の魔物はいくつか存在していたが、少なくとも深淵の森にこんな魔物がいると言う情報は聞いたことがなかった。


「ウキィヤァァァァ」


 猿型の魔物は木々を器用に使って、三次元的な動きでこちらに近づいて来た。

 しかし、目前でそいつは掻き消えた。


「なっ!?」


 次の瞬間、左側からもの凄い衝撃を受け、吹き飛んだ俺は木に叩きつけられた。


「カハッ」


 肺から空気が漏れ出て、うまく呼吸が出来ない。

 しかし、敵は待ってはくれない。


 猿型の魔物は俺を殴り飛ばしたあと、すぐさまこちらに突撃してきていた。

 そいつの攻撃をギリギリで回避すると、そのままそいつは俺が叩きつけられた木に体当たりし、ぶつかった木はいとも簡単にへし折られていた。


「なんてバカ力だ、このままじゃ不味いな…」


 猿型の魔物は圧倒的な速度とパワーを持ち合わせており、それに加え森の中では木々を自由に動き回れるこいつを捉えるのは難しい。

 しかし、場所を変えるにしてもここら辺一帯は全て森林であるため、少し移動した程度ではあまり意味がない。


「なら、俺が戦いやすいようにするまでだ」


 俺は腰を落とし、抜刀術の構えをとる。

 あわよくば猿型の魔物に当たってくれるといいんだが。


「弐の太刀『花月』」


「ウキァ?」


 猿型の魔物は、俺の放った攻撃を余裕で回避して見せた。

 しかし、元々当たることに期待していなかったので落胆もなく、邪魔な木を斬り倒す事は出来たので目的は達せられた。


 邪魔な木が無くなったとは言え、こいつの速さは抜刀術で捉えるのは難しいだろう。

 なので、俺は抜刀術用装備から二刀流用装備に換装した。


 しかし、換装に要した一瞬の時間が致命的な隙となってしまった。


「ウキャアッ!」


 猿型の魔物はその一瞬の隙も見逃さず、俺に強烈な殴打を与えた。

 俺は剣を抜く暇もなく、吹き飛ばされた俺に追撃を仕掛けてくる猿型の魔物の対処に追われた。


 俺は吹き飛ばされながら空歩で軌道をずらし追撃を躱すが、地面に着いた瞬間、猿型の魔物の尻尾での凪ぎ払いで再び宙に弾き飛ばされた。

 しかし、弾かれた時に背中に携えている2本の剣を抜き放ち、俺を切り裂かんとする敵の爪をなんとか弾き返した。


「はぁはぁ、一瞬の油断が命取りだな…」


 俺はまだ猿型の魔物に攻撃を当てれていないが、こちらは既に何度も直撃をくらってしまっている。

 これ以上直撃をくらってしまうと体が耐えられないかもしれない。


 だが、俺はこんな状況で楽しさを感じてしまっていた。

 悪魔のプルソンもオブシディアンワームも中々強い敵だった。

 だがしかし、俺がこの世界に来て、全く余裕がなく勝てる確証が持てない程の敵はこいつが初めてだ。

 蹂躙ではなく本当の戦い。

 ゲームでは味わうことの出来ない本物の命の取り合いが、俺に生きていることの実感と喜びを与えてくれる。


 そうだ、俺はこんな戦いを望んでいたんだ。

 俺は今生きている。

 そして、生きている事を最大限に実感できるこの時を全力で楽しませてもらうとしよう。


「行くぞッ猿公!」


「キョキィャァァァッッァアアアアア」


 真っ直ぐ相手に向かって進んでいく両者。

 後数瞬でぶつかり合うだろうというとき。


「抜刀術スキル『真眼』体術スキル『縮地』」


「ウキ─」


 俺は知覚速度が上昇し、不意に距離が近づき反応が遅れた猿型の魔物に連撃を繰り出した。

 相手が攻撃を繰り出す前に、関節などを突き刺し事前に攻撃を止め、俺は攻撃の手を休めずに一方的に斬り続けていった。


「ウ゛キ゛ィ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」


 猿型の魔物の咆哮によって俺の体は一瞬竦んでしまい、その隙に猿型の魔物は俺を蹴り飛ばした。


「あー、痛ってー。流石にあのまま決めさせてはくれないか」


 猿型の魔物は、先程の俺の攻撃で激怒したのだろう。

 今にも俺を殺すというような、殺意と怒りの籠った目でこちらを睨み付けていた。

 もうさっきのようなチャンスは2度と無いだろう。

 後は不意打ちじゃなく実力でこの猿を斬り伏せる!


 俺は真っ直ぐ相手に向かって進んでいく。

 そして、俺に直撃するタイミングで放たれた拳を、2本の剣で軽く押し出すように軌道を反らし、猿型の魔物の懐に潜り込んだ。

 回転しながら2度斬りつけ、その勢いを殺さず流れるような動きで、敵の繰り出した蹴りをジャンプして躱した。


 空中にいる俺に猿型の魔物は殴りかかってくるが、空歩を使って空中で加速した俺は、その攻撃を真っ正面から受けて弾いた。

 その後も連続で攻撃を仕掛けてくるが、俺はその攻撃躱したり受け流したりし続けた。

 猿型の魔物は両手を振り上げて握りしめ、俺にその拳を振り下ろした。

 俺はそれを2本の剣でなんとか受け流した。


 俺は剣を戻していたのでは追撃が出来ないと判断し、すぐさま剣を手放し、両手の拳を受け流されて無防備な状態の敵の胴体に俺は両手で攻撃を放った。


「体術スキル『双竜』!」


 俺の放った攻撃は見事クリーンヒットし、猿型の魔物を吹き飛ばした。

 俺はすぐさま手放した剣を回収し、敵が体勢を整える前に止めを刺しに行った。


「二刀流単発スキル『ファストストライク』!」


 俺の体はスキルの発動と同時に加速し、まだ体勢の整っていなかった猿型の魔物の右足を切り裂いた。


「二刀流二連撃スキル『ダブルブレイク』」


 次に左足を高速で2度斬りつけ、体勢を整えさせないようにした。


「二刀流四連撃スキル『フォースエイジ』」


 そして、敵の息の根を止めるべく、四連の斬撃を胴体に叩き込んだ。

 だが、猿型の魔物は普通の魔物とは桁違いの生命力を見せ、未だにその命が尽きることはなかった。

 しかし、俺の連撃はまだ終わってはいない。


「ありがとう、楽しかったぜ」


「ウキゥィアアアアア」


「二刀流八連撃スキル『オクタグラム』!」


 最後の力を振り絞って俺に攻撃を仕掛けてくるが、俺はそれよりも速く攻撃を打ち込んだ。

 計15連撃の攻撃をくらった猿型の魔物は、力なくその場に倒れた。


「殺ったの…フラグだなやめておこう」


 俺は息絶えた猿型の魔物をアイテムボックスに突っ込み、自動で分類されたアイテムの一つの説明文を開いた。


名前:カルネージモンキーの頭部


種類:素材


備考:カルネージモンキーの頭部


 ふむ、やはりカルネージモンキーなんて名前の魔物は聞いたことがないな。

 この世界がゲームの法則に囚われていないのか、もしくはアップデート予定の物が全て実装された後の完成形の姿が今の世界なのか。

 まあ今は材料が少なすぎるので考えても仕方ないだろう。


「疲れたし帰るか」


 朝に出発して、深部に到着したのが夕方位だったので片道八時間か九時間位か。

 カルネージモンキーとの戦闘を行っている内に辺りが暗くなって来てしまっていた。


 帰ろうと思ったが今帰ると、光源のない暗闇の森林を進むことになってしまう。

 木々を斬り倒して視界が開けたこの場所で野宿してもいいのだが、ここは一応高難易度ダンジョンであるし、もう一匹カルネージモンキーが居ないとも限らない。


「よし、グリルド喚ぶか!」


 疲れていて早く帰りたかったので、後で面倒くさいことになるかも知れないが、それは考えないことにしよう。


 翌日、やはり近くに巨大なドラゴンが現れたと、ノースラナードで騒ぎになってしまった。

 騒ぎにしてしまったことへの謝罪とカルネージモンキーの報告の為にギルドに向かった。


「リデルさん!よかった、無事に帰ってきたんですね」


「ええ、まあなんとかね」


「いきなりで申し訳ないのですが、奥の部屋でギルドのマスターが待っておられますので、見たことのお話を窺ってもよろしいですか?」


「はい、分かりました」


 そのまま俺は案内され、奥の部屋に連れていかれた。

 受付のお姉さんが仕事に戻った後、俺はフードを外してから部屋の扉を叩いた。


「どうぞ、開いているので入ってくれ」


「失礼します」


 俺は扉を開けて中にはいると、部屋の中には顔立ちが整った黒髪オールバックの見た目30代前半の男性が椅子に座っていた。


「まあ掛けてくれ、俺はこのノースラナードのギルドでマスターをしているクラッドだ。それで今回呼んだのは他でもない、君が深淵の森の調査に向かったと聞いてね、それで何か分かった事があれば教えてもらいたい。もちろん、情報の重要性次第でお金は払おう」


 なるほど、情報も立派な商品と言うことか。


「俺の事を信用してもいいんですか?まだDランク冒険者ですけど」


「まあ正直なところ完全に信用しているわけではない。しかし、こちらもあの森の事は警戒しておきたくてね、でも情報も少ないから少しの可能性にもすがらざるおえないんだよ」


「あー、なるほど」


 確かにあの森はFUO時代でも結構高難易度に分類されていた。

 それに、俺が今まで見てきた人達の実力では、深淵の森を攻略することは出来ないだろう。


「ああ、それに少し君の事を調べさせてもらってね。殆ど情報は無かったが、リーデットでの大量の魔物の襲撃事件、オリビエでのベオウルフ夫妻の救出と指名手配の盗賊団捕縛。リーデットの方は君と確定したわけではないが、君の顔を見て確信したよ。そう言うわけでDランク冒険者であっても、君の情報は判断材料になると判断したわけだ」


 そこまで調べられるものなのか。

 それより、やっぱり俺の見た目は目立つのかな?

 まあ、とりあえず俺は森の中であったことをクラッドさんに話したのだった。


「なるほど、カルネージモンキーという魔物のせいで深淵の森の生態系が崩れていたんだな。しかし、そんな魔物の名前は聞いたことがないな、もしかしたら新種か突然変異の魔物かもしれないな」


「突然変異?」


「ああ、数百年か数千年に1度位しか無い現象なんだが、まだ原因は分かっていないが、魔物が何らかの原因で強力な魔物に変異する事例が数件報告されている」


「なるほど…」


「ああ、でも新種かも知れないから、見た目や特徴なんかを教えてもらっていいか?」


「あ、ちょっと待ってくださいね」


 俺はアイテムボックスからカルネージモンキーの頭部を探して、それを取り出して目の前のテーブルに置いた。


「こいつです」


「ちょっと待て、今どこから出した?」


「…インキーチ商会の新商品のカバンからです」


 クラッドさんが俺の顔をジーッと見つめてくるが俺は目を合わさなかった。


「まあいい、しかしこいつは強そうだな…。何か特徴なんかがあったら教えてくれ」


「そうですね…木々を自由に動き回るのと、パワーとスピードが並外れていましたね」


「具体的に分かりやすい例えとかはないか?」


「パワーはオブシディアンワームの防御も上回ると思いますよ、スピードは…インフェルノジャガー並か上回る位です」


 深淵の森の深部にはオブシディアンワームの死体もあったので、カルネージモンキーのパワーがオブシディアンワームの防御を上回るのはほぼ確実だろう。

 俺も体術スキルの柔が無ければ一撃で全身の骨が折れていただろうし。

 スピードの例に出したインフェルノジャガーは、俺が目指しているラグル火山に出てくる上位の魔物である。


「なんだと…君はそんな化け物を倒したと言うのか?」


「まあ、死ぬかと思いましたけどなんとか倒しましたよ」


「それほどの実力者は個人ギルド暗黒の門番のマスター黑々かアクエリアスのマスターティア位しか居ないと思っていたが、世界は広いな」


「え?今なんて?」


「ん?世界は広いなか?」


「違う、その前!黑々とティアって言わなかったか?」


 ビックリしすぎて口調が大分適当だが今はそれどころではない。


「ああ、そう言ったがそれがどうしたんだ?」


「その二人がどこにいるか教えてもらってもいいか?」


「別にいいが…暗黒の門番がラークノアと言う国のアストシュバルツと言う街にあって、アクエリアスがアトランティスと言う国のポセイドニアと言う街にあるはずだ。マスターの二人もそのギルドに居るだろう」


「なるほど…」


 どっちも遠いなぁ。

 行くのは神刀・火之迦具土ヒノカグツチを作ってからでもいいか。


「他に聞きたいことはないか?」


「あ、もう大丈夫です」


「そうか、有益な情報だった、ありがとう」


「いえ、こちらもいい情報をもらいましたし」


「そうか、ところで話は変わるんだが」


「はい?」


「君にしか頼めない仕事があるんだ、話を聞いてくれないか?」


 まさか、他にも強力な魔物が出現しているのか?

 クラッドさんの真剣な眼差しに、俺は話を聞くことを決めた。


「話を聞かせてください」


「ああ、実は…この街に富豪のロナリータという人物がいてね、そのロナリータが裏で極秘の取引をしているという噂があってね」


 あれ?なんだか思ってたのと違うぞ?


「そこで、潜入捜査をできる人材を探していたんだが、如何せんロナリータのガードが硬くて中々情報が手に入らないんだ。しかし、君のその見た目はロナリータの好みに合致しているんだよ、そこで─」


 クラッドは机の中に入っていたものを取り出して俺の前に広げた。


「君にこの服を来てロナリータに近づき情報を引き出してきてほしい」


 俺の目の前に出された服は、黒を基調としたワンピースで、所々にフリフリの白のフリルが散りばめられている。

 付属品として白のカチューシャとフリフリの白のエプロンまで付いていた。

 そう、それはまさに─


「メイド服じゃねーか!」

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