ウィリアム・ウィルソン

「一千万の首、氷のウィリアム・ウィルソン」

 名前を呼ばれた少年は相手の顔を薄ら笑いを浮かべながら見つめ、そうだよ僕がウィリアム・ウィルソンだ――と芝居がかった調子で答えた。

「まさか適当に付けた名前がここまで浸透するとは思わなかったよ。まあ名前なんてものは所詮記号。何とでも好きなように呼べばいいさ。それで――」

 お目当てはやっぱり僕の首かい――不敵な笑みを浮かべウィリアムは確認する。

「当然そうだ。まさかこんな子供だとは思わなかったが――貴様の能力はわかっている」

「『氷を操る』。だから『氷の』ウィリアム・ウィルソン。ふふふ」

 ウィリアムは腰に下げた水鉄砲を取り出した。

「これは第一世界で今世紀に入ってから作られた玩具さ。大容量かつ高威力。危険だなんだの言われてすぐに販売中止になったっていう優れものだよ」

「俺は第九世界『血染めの満月』からここに来た」

「それは脅しかい? 第九世界ということはミトロプーロスの支配した世界。だから君は彼の死徒。吸血鬼には敵わないから諦めろとでも言いたいのかな? ふふふ。君はキューテインの説教を聞いた方がいいね」

 ウィリアムは水鉄砲の引き金を引いた。高圧の水は銃弾の如き速さで相手に迫る。そして水は空中で凝固し、氷の弾丸となった。

 しかし相手はそれを目視し、無駄のない動きでかわす。

 吸血鬼は真祖――自らの力のみで吸血鬼となった者――ともなればならば、至近距離で放たれた音速を超える銃弾も避けることが出来る。この男は真祖ではなく死徒――真祖によって吸血鬼にされた眷属――であるが、第九世界「血染めの満月」より現れたということは恐らく焦点街が出来る前より死徒となっていたということになる。自分の力を磨き高めた死徒ということだ。

「すごいすごい。ただの死徒じゃないみたいだね」

 引き金を引き続け、水を出し続けるウィリアム。見る見る地面には水溜まりが出来ていく。

「凍れ」

 一瞬で全ての水は凍り付き、地面に氷が張る。

 相手の足も濡れた地面に触れていたため凍り付く。

「氷などで俺の動きを止められるとでも思ったか?」

 相手はまず右足に力を込めて高く上げる。氷は砕け、足は自由になる。左足も同様に引き抜き、相手は自信に満ちた笑みを浮かべる。

「吸血鬼は何よりもその力が強い。怖い怖い」

 しかしウィリアムも依然不敵な笑みを浮かべている。

 ウィリアムは水鉄砲の銃口を何やら弄くり、それを相手に向ける。

「無駄だ。そんなものはさっきかわして見せたはず」

「さてさて、それはどうかな?」

 引き金を引くと、打ち寄せる大波の如き大量の水が発射された。視界いっぱいに広がる水に、相手は思わずだじろぐ。だが――

「避けるまでもない。氷程度では俺の動きは止められんぞ」

 水が身体にかかり、一瞬で凍り付く。量が量だけにかなり分厚い氷塊となったが、吸血鬼の力を持ってすればこの程度は何ともない。

 気付くと、ウィリアムが眼前にいた。水で視界を奪われていた間に駆け出し、接近していたのだ。にやりと笑い、氷に覆われていない相手の右手にそっと触る。

「『触れた』よ」

 同時に、目が掠れ、意識が朦朧としてくる。

 その時の姿形のまま、固まり、息絶えた。

「心臓を止める、首を切り落とす。吸血鬼を殺す方法なんてのはいくらでもあるのさ」

 ウィリアムはもはや話す相手がいなくなったというのに、実に愉快げに言葉を垂れ流し続ける。

「体内の水分全てを全て凍らせた。吸血鬼ならもしかすると助かるかもしれないけれど――悲しいかな、もうすぐ夜明けだ。哀れな吸血鬼は太陽に焼かれて死んでしまいました。ふふふ」

 ウィリアム・ウィルソン。深紅の夜空団により一千万円の懸賞金をかけられた賞金首。

「深紅の夜空団は、本当に身勝手だよ」

 しかしその口調は何処か楽しげでもある。

 世界の焦点街に集まる有象無象共の夜が終わる。

 そして焦点街は、また朝を迎える。

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