助言と決断

 結局、あの後もろくに眠れなくて――月曜日、俺は学校を休むことになった。

 ただの寝不足だと伝えても、真白達は納得してくれなくて。病院に行けと言う真白達と、病気じゃないから大丈夫だと言う俺との間を取って、こうして休んで部屋で寝ていることになったんだが。


「谷君! この紫子ちゃんが来たから、もう安心よっ」

「……神丘、具合の悪い奴の傍で騒ぐな」


 白衣の紫子さんと、何故か岡田さんが部屋に来て、俺はどこからツッコミを入れれば良いか悩むことになる。


「俺と神丘は、同級生でな。夜勤明けに、保健室で珈琲飲んでた」

「その時、北原君達が谷君のことを心配してアタシのところに来たのよー。そんな訳で、出張診察♪」

「俺は、コイツの暴走を止めるのと……これ、差し入れな」


 そう言って、岡田さんはコンビニで買ったらしいスポーツドリンクやレトルトのおかゆ、あとプリンなどが入ったビニール袋を差し出してきた。


「ありがとうございます……でも、あの、ただの寝不足ですから」

「谷君? 眠れないのなら、その原因を聞くのもアタシのオシゴトよー?」


 お見舞いを受け取りながら答えると、紫子さんが俺に笑顔を向けてきた。笑顔、なんだけど――原因を聞かれるのは、ちょっとマズい。

(刃金さんのことを話すって、ことだもんな)

 紫子さんは、紫苑さんの兄貴(姉貴?)だから――って、訳じゃない。仕事はキッチリする人だから、生徒のプライベートは守ると思う。

 ただ、乙女(オネェ?)心から刃金さんを諦めるなって言われても、はい、そうですかとは頷けない。いや、まあ、諦めるも何も嫌われただろうけど。

(どう言えば、ごまかせるかな……いっそ、携帯小説書いてることバラすか?)


「……安来が、原因か?」

「…………えっ?」

「土曜日に、あいつと帰ってきて……お前、お姫様抱っこされてただろ?」

「まぁ!」

「具合が悪くなった俺を、運んでくれただけです」


 岡田さんの思いがけない発言に、紫子さんが声を上げる。慌てて(幸い、声には出なかったけど)否定したけど、内心、俺は焦っていた。

(何で見てるんだよ、岡田さん……いや、警備員さんだからだろうけど)

 心の中でツッコミを入れていた俺を、しばしジッと見つめて。


「岡田、席外してちょうだい?」

「……解った。谷、お大事にな」

「えっ……えっ?」


 紫子さんがそう言うと、岡田さんは素直に従って部屋を出て行った。そして、戸惑う俺に紫子さんが言う。


「岡田が、ごめんなさいね? アイツも、谷君のこと気に入ってるから……それにしても、いきなり踏み込みすぎだけど」


 何か、思いがけないことを言われたけど――気に入ってる云々はともかくとして、紫子さんが俺を気づかってくれたことは解った。


「これで、二人きりだから……谷君の話、聞かせてちょうだい? それとも、無理矢理聞き出しちゃう方が良い?」

「……解りました」


 そしてウインクをしながら、無理矢理は困るって『言い訳』まで作ってくれた紫子さんに、俺は観念して頷いた。


「海道から、Fクラスの子が他校受験の為に自宅学習になったって聞いたけど……そう言う事情だったのね」


 念の為、俺の個人スペースで安来さんの話をすると、紫子さんは納得したように呟いた。

 それにしてもサラッと理事長の名前が出たけど、もしかして岡田さんみたいに同級生なのか?


「そう、アタシ達同級生で、生徒会役員だったのよ。岡田は、高校卒業後に警備会社に入ったけど」


 疑問に返された紫子さんの答えに、俺は少し驚いた。さっきは何気なく聞いてたけど、この金持ち校にいたってことは岡田さんも良家のご子息ってことで――それが何で、高卒で警備員になってるんだ?

(……って、これじゃあ俺も踏み込みすぎか)

 疑問を打ち消した俺に、紫子さんがあっさりと答える。


「アイツの場合、家庭の事情がね……確か、安来君もでしょう?」


『家庭の事情』で、安来さんも。それで解ったのは(おそらくだけど)本妻さんの子じゃないってことだ。

 かー君もだけど、ここで刃金さんが出てきたってことは『父親に認知されていない』ってことなんだろう。金持ちの坊ちゃん校な白月学園では、割とよくある話だって一茶が前に教えてくれた。


「安来さんの場合、あのカリスマなんで父親はむしろ跡継がせる気満々らしいけど……母親が、頑として拒否してるんだって。訳あり不良って本当、良いよな!」


 ……なんて、一茶の萌えについての力説はともかく。

(そう考えると、刃金さんよく家との縁切れたな)

 しかも、キチンと学校に話を通して受験対策まで――本気なんだって、改めて実感する。


「俺、刃金さんを応援したいんです」


 だから、邪魔をしたくない。社会に出るんなら、男に好かれるなんて迷惑にしかならないだろう。

 そんな俺の話を聞いていた紫子さんが、しばしの沈黙の後で口を開く。


「それで、本当に良いの? 駄目だから、寝不足にまでなるんじゃないの?」

「限界になったら、気絶して寝ると思います」


 良いとか悪いとかって問題じゃない。だからそう答えると、紫子さんはやれやれって言うようにため息をついた。


「医者としてはそう言う無茶は止めたいし、アタシ個人としては谷君の恋を応援したいけどね」

「……すみません」

「良いわよ。恋は尊く素晴らしいって思うけど、確かにマイノリティが生き難いのは事実だし」


 マイノリティは生き難い。紫子さんが言うと、すごく重みがある台詞だな。


「オネェだからってだけじゃないわよ? この学校では当たり前だけど、恋愛対象が男って言うのもそうだしね」

「やっぱり、そうですよね……」

「だけど、そんな理屈が通用しないのも恋よ?」


 続けられた言葉に、俺は驚いて紫子さんを見返した。そんな俺に、紫子さんが優しく笑いかけてくる。


「知り合いに『考えるな、感じろ』って言われました」

「まぁ、勇ましい」


 コロコロと笑う紫子さんのさっきの言葉は、マイノリティ発言以上に説得力があった。

 聞けないけど、紫子さんも誰かに、そして男に恋してるんだと思う。


「アタシの愛しいハニーは、異母弟君と同じ子を好きになっちゃったりしてるしね」

「……はぁ」

「理屈じゃないし、止められないわよねぇ……アタシ達、つき合ってる訳じゃないし。ま、おかげでつけ込む隙が出来たけど」


 そう話を締め括った紫子さんは、笑ってはいたけど何だか悪い顔をしていた。

(ご愁傷様)

 誰かは知らないけど、紫子さんに好かれている『ハニー』さんとやらに、俺は心の中で合掌せずにはいられなかった。



「いきなり薬って訳にもいかないから、まずはコレ、試してみて?」


 そう言って、紫子さんが淹れてくれたのはハーブと紅茶のブレンドティーだった。ハーブはレモンバームって、心の疲れを癒してくれるものらしい。

 効果を先に聞かされてたのもだけど、紫子さんに話を聞いて貰ったからなのか――おかげで俺は、昼までグッスリ眠ることが出来た。久しぶりに腹が空かなければ、もっと寝ていたかもしれない。

 コンコンコン。

 そんな訳で、差し入れのおかゆを食べていた俺の部屋のドアが、不意にノックされる。

 時計を見ると、昼休みの時間帯で――誰だろう、と首を傾げた俺の耳に、思いがけない声が届いた。


「いず、大丈夫か?」

「……マリア、さん?」

「差し入れだ」

「ありがとうございます」


 そう言って、マリアさんが差し出してくれたのはコンビニスイーツの栗ぜんざいだった。今なら食べられそうなので、お礼を言ってありがたく受け取る。

 と、そんな俺をしばしジッと見つめてきて。


「いず、大丈夫か?」


 尋ねられたのはさっき、ドアの前でされたのと同じ言葉で。

 ……だけど、何となくだけどさっきと少しニュアンスが違う気がした。

(さっきは体調で、今は……精神的な意味、かな?)

 そう考えると「大丈夫」と答えて良いかどうか、ちょっと悩む。

 マリアさんが俺に求めていることはシンプル(確か健康で、美味しそうに物が食べられているだった)なことで。

 ……だからこそ、マリアさんには嘘をついたりごまかしたりしちゃいけない気がした。

 ちょっと浮上したけど、今朝までは寝不足&食欲不振だったしな。

(しかもそれは、刃金さんが……マリアさん以外の相手が、原因で)

 そこまで考えて、俺はふと引っかかった。

(原因って何だよ、俺。これだと、刃金さんが悪いみたいじゃないか)


「大丈夫です」


 だから俺は、今度は躊躇せずに答えた。

 確かに、寝れなくなったりはしたけど――それは、刃金さんのことが好きだから色々考えた訳で。刃金さんは悪くないし、紫子さんと話したことで伝えて迷惑をかけなければ、好きになったこと自体は悪いことじゃないって思ったからだ。


「そうか、良かった」


 俺の答えに、そう言って微笑むと――マリアさんは少し身を屈め、俺の前髪をそっと払った。


「どうか主が、お前を祝福して下さるように」


 そして祈る言葉と共に、マリアさんは俺の額に唇を落としてきた。

(……流石ですね、マリアさん。ナチュラル過ぎて、全く抵抗出来ませんでしたよ)

 バナナはおやつに入りますか、じゃないけど、これ(祝福)もキスのカウントに入るんだろうか?


 マリアさんからのお土産を食べて、昼寝して――目を覚ました俺は、真白達にメールをした。

『心配かけた。今日の夕飯は、俺が作る』

 一応、学校は休んだんでコンビニには行かずにあるもので。幸い、前に冷凍しておいたコロッケが残っていたんで、ご飯と味噌汁を作れば何とかなる。


「……出灰っ!」

「真白、危ないから近づくな」


 途中、ダッシュで帰って来たらしい真白に抱き着かれそうになり、待ったをかける一幕はあったけど。

 久しぶりに夕飯を作り、三人と一緒に食べられて嬉しかった。


「……あのね?」

「ん?」

「うん、あの……」


 だから真白と奏水が部屋に戻った後、一茶に声をかけられのに俺は何も考えずに振り向いた。

 そんな俺に、珍しく歯切れの悪い様子を見せた後――一茶は、思い切ったように顔を上げて口を開いた。


「もしかして、だけど……本命の相手が出来ましたか、三愛先生?」



「それって、一茶の好きなケータイ小説家の名前だよな?」

「うん、まあ、素直に認めて貰えるとは思わなかったけどね」


 俺の返事に、一茶がそう言って笑う。うん、その通り。よく解っていらっしゃる。


「その三愛先生が今、王道学園物書いてるんだよ。学校とか生徒会が、うちの学校みたいなんだ」

「あぁ、白月って王道だもんな」

「そうそう、だから萌えばっかりで……って、そうじゃなくて。主人公が出灰、そっくりなんだよ」


 ……そうなんだよな。

 私小説って言うのもあるけど、意外と俺みたいな平凡主人公っていないんだよな? この先は、解らないけど――と、なると。

(『もしかして』は俺の正体についてじゃなく、俺に本命が出来たかどうかについて、か)

 つまり、俺の話を読んでくれている一茶にも、主人公――俺が誰を好きかってことが、現段階では解ってないってことだ。

(だったら)

 嘘をつこう。

 伝えられないけど、刃金さんのことが好きだから――せめて、ケジメだけはつけよう。


「半分正解で、半分ハズレだ。確かに、俺はお前の言う『三愛』だけど……本命は、いない。誰も選べなくて、悩んでたんだ」

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