遭遇と画策と予想外と

 真白は、方向音痴だ。数日後に控えてる、新歓(一茶によると、王道学園物らしく『鬼ごっこ』らしい)が不安になるくらい、方向音痴だ。

(外に出てないといいんだけど)

 食堂を出てすぐ、校舎一階に向かう廊下と階段がある。足が早いのは知ってるが、姿が見えないとなると階段を上がったんだろうか?

 そこまで考えて、俺は携帯電話を取り出した。

 そして、真白に電話すると――二コールで出て、ちょっと驚いた。


『もしもし、谷!?』

「真白、今どこにいる?」

『えーと……三階!』

「……早いな。理事長室にでも、行く気だったのか?」

『違う! オレはただ、屋上にでもって……でも、ここだと屋上って無いよな』


 話しながら気づいたのか、電話で顔が見えないのにしょんぼりとしているのが解った。

(確かに、上二階が特別フロアだからな……今までも、何かあると屋上行ってたのかな?)

 煙と何とかは、高いところが好きで――馬鹿な子程可愛いって言葉もある。


「一緒に、教室戻らないか。今、二階行くから」

『……おう! 待ち合わせだなっ』


 途端に、真白の声が嬉しそうに声が弾む。単純だな、と思いつつ電話を切ると――待っていたかのようなタイミングで、声がかけられた。いや、ようにじゃなく待ってたんだろうけど。


「スルーか? おれとは、口もきけないって?」


 黒髪に、金のメッシュ。お坊ちゃま校の生徒とは思えない着崩しぶりと威圧感。そして何より美形っぷりに、廊下にいたのは気づいてたけど俺は無視を決め込んでいた。

 顔だけなら文句無しのSクラスだけど、この感じだと――Fクラス、不良クラスの生徒の可能性が高い。口調とか雰囲気からして、一匹狼って言うよりは不良のリーダー系か?


「いいえ。お手数おかけしたら、申し訳ないと思っただけです。失礼します」

「おれが怖いか?」


 そう言って、一歩踏み出そうとしたけど止められた。ったく、どうせなら真白に絡んで足止めしてくれりゃあ良かったのに。


「怖がるようなこと、されていません」

「何だ。見た目なんて気にしないってか?」

「まさか。見た目は大事ですよ」


 即座に答えたら、軽く目を見張られた。

 だけど、ガン見されたままだから――ちゃんと答えないと、解放してくれないか。仕方ない。

 第一印象は大事だ。それこそ今朝みたいに、悪印象を持たれたら始まるものも始まらない。


「大事ですけど……相手のことなんてある程度、やり取りしないと解りません。だからあなたのことも、会ったばかりなんで判断出来ません」


 だって俺、エスパーとかじゃないし。有名なのかもしれないけど、転校生だからこの人のこと知らないし。

 ……逆に言えば生徒会とか、あと真白。

 見た目じゃないとか、本当の自分を見てくれたとか思うのって――相当、見た目がコンプレックスって言うか、振り回されてるんじゃないのかな? だから、求めてるものが同じだから惹かれたんじゃないかと思う。

 そんな訳で目の前の、見た目について口にしたこの人も真白と仲良くやれるって思ったんだけど。

(っと、真白待ってるよな)


「失礼します」

「……おれは、安来刃金(あきはがね)。お前は?」

「北見真白」

「それは、さっきの毬藻の名前だよな?」

「……谷出灰、です」


 ちっ、覚えてたか――渋々答えて、一礼する。

 そしてもう会わないことを祈りながら、今度こそ階段を駆け上がった。



 食堂での騒ぎは直ぐ様、広まったみたいで――真白と教室に戻ったら、午前中以上に睨まれて罵られた。いや、まあ、幸い一茶達が戻って来てくれたから、手は出されなかったけど。

(そろそろ、呼び出されるかな)

 俺は何もしてないけど、王道展開的には生徒会が真白を(親衛隊から守るのに)呼び出して、手が出せなくなるから代わりに――って流れが想定される。今日みたいに、一茶や奏水がいれば無事かもしれないけど。

(嫌なことは、さっさと終わらせた方が良いよな)

 そんな訳で夕飯の後、俺は三人に話を切り出した。


「明日以降、親衛隊に呼び出されたら行って来るから。心配しないでくれ」

「「……えっ?」」

「親衛隊って、何だ?」


 一茶と奏水は揃って声を上げ、信じられないって感じの視線を向けてきた。

 そして真白は、そもそも親衛隊を知らない(当然だよな)からもっとも質問をしてきた。


「イケメンのファンクラブだな」

「イケメン……一茶とか?」

「って、ちょっと待って谷君!」

「そうだよ、男前平凡受けも萌えだけど! 何、実は族潰しとか!?」

「まさか」


 少し的外れ(確かに、生徒会と結びつく方が変だけど)な真白とは対照的に、奏水と一茶が慌てて止めてきた。

 一茶なんて、チワワ可愛いとか言ってた筈だけど――あと族潰しとか、そんな裏設定は俺にはないから期待をするな夢見るな。


「そのリアクションだと、過激派って奴か?」

「……生徒会と、あと奏水のは」

「ねぇ、谷君。少し落ち着くまでは、僕達といよう?」

「そう言ってくれるのは、ありがたいけど……引き延ばして、逆にムキになられても困るし」


 そして俺は、嫌なことはさっさと終わらせたい。大切なことなんで、二回言った。

 願うべきは王道通り、最初は警告(注意)で終わることかな――変質者が会長と副会長だからって、いきなり強姦とかはやめてくれよ?


「何だよ、過激派って……親衛隊って、悪い奴らなのか?」

「違う」


 流石に不穏な雰囲気を感じたのか、真白が尋ねてくる。それを否定したのは、真白に妙な思い込みを持って欲しくないからだ。

 喧しいとか心が狭いとかは思うけど、好きだからこそと思えば可愛……くはないか。好きだからって、何でも許される訳じゃないし。

(ただ、それを真白が闇雲に否定するのも違うからな)

 まあ、ともかく。

 生徒会の連中は、自分の理解者である真白に親衛隊の悪い噂を聞かせるんだろうけど――鵜呑みにして、真白に暴れられたら悪循環に陥ってしまう。

 真白の退学云々もだけど、流石に学校崩壊は見逃せない。

 真白の暴走と、生徒会の職務放棄――この二つを回避出来れば、最悪の事態は免れるんじゃないか? 王道(フィクション)の世界だと、リコールだの入院(過労&刃物沙汰)だのと深刻だけど、俺のはリアルな体験取材なんだから。複雑だけど、真白の恋を見守ればいいよな?

 そんな訳で、小さな子供に言い聞かせるように俺はたとえ話を出した。


「真白も、好きな奴に他の奴が近づいたら面白くないだろう?」

「何でだ? 皆で遊べばいーだろ?」

「……そうくるか」


 とってもピュアな答えを返されて、ちょっと困った――っと、そうだ。真白には、もう一つ言っておかないと。


「真白? もし生徒会の連中に遊ぼうって言われたら、新歓準備の邪魔にならないか聞けよ」

「えっ?」

「遊んじゃって、中止になったら大変だろ? 俺、イベントって好きなんだ。鬼ごっこ楽しみだなー」

「そーなのか? 解った!」


 多少、棒読みになった気はするけど、今度は素直に頷かれて安心した。本当、さっきはどうしようかって思ったよ。

(っと、そう言えば)


「なぁ、安来って人にも親衛隊っているのか?」

「……っ!?」

「何々、谷君もいつの間にかフラグ立てたの!? しかも『あの』Fクラスのキングと!」

「……少し、話しただけだ」


 名前を出した途端に奏水が青ざめ、一茶が盛り上がった――うん、関わらない方が良いんですね解りました。

(ってか、キングって……妙に似合ってるのがまた、何とも)

 学校は社会の縮図だって言うけど、だからってヤクザとかマフィアはいらんだろ。

 そう思ってたら、不意に部屋着のTシャツの裾を引っ張られた。

 何かと思ったら、真白がジッと見上げていた。瓶底眼鏡だけど、昼間のキング――って呼ぶのも何だな、安来さん並にガン見された。


「誰だそいつ、いつ会ったんだ!?」

「食堂出た後」


 隠すことではないんで話したけど、そもそも何で聞かれてんだろう? 内心、首を捻ってたら一茶が真白に話しかけた。


「さっきの、谷君のたとえ話だけどさ? 今みたいに、真白の知らないところで谷君と誰かが話すのって、何でってならない?」

「は?」

「なるっ」

「親衛隊のチワワちゃん達も、今の真白と同(おんな)じ。だから谷君は、ちゃんと話して解って欲しいんだよ」

「そっか……解った!」


 ちょっと待て。このたとえ話だと、真白が俺のことを好きみたいじゃないか。

(……あれか。友達を、他の奴に取られたくないってのか)

 お子様な真白には、下手に恋愛とか言うより解り易いか。説明が上手いな、一茶。


「無自覚……だと!?」

「谷君? 今は真白も無自覚だから、それでも良いけど……ちゃんと考えてね?」


 感心する俺に一茶は後ずさり、奏水はそう言って微笑んだ――失礼な。俺はちゃんと『恋愛対象にはならない』って、自覚してるぞ?


「親衛隊のこと、庇ってくれてありがとう」


 真白と奏水が部屋に戻った後、一茶がポツリと呟いた。


「別に庇った訳じゃない。クラスの奴らもだけど、俺個人としては煩いとしか思えない」

「確かにね……まあ、あれはストレス発散だから。大目にみてやって?」

「ストレス発散?」

「遊びたい盛りが、こんな山奥に閉じ込められてるからさ」


 一茶の言葉にふむ、と俺は考えた。

 確かに、出かけられるのは土日祝。しかも、外泊は基本不可(例外は実家に帰る時のみ)なら、ストレスも溜まるだろう。大声を出して解消出来るなら、むしろ健全だ。


「ストレス云々は解った。けど、やっぱりお礼は解らない」

「親衛隊のこと、悪く言う奴ばっかりだからさ」


 ……まあ、奏水ですらあれだけ嫌がってたからな。

 ただ理由は解ったけど、一茶がどうして親衛隊に思い入れをするのかはやっぱり解らない。


「親衛隊に、好きな奴でもいるのか?」

「俺は、ノーマル! でも健気で、可愛いじゃないか……よしっ、谷君に親衛隊の良さを教えてあげるよ!」

「いらない」

「オススメ小説のURL、送るね」


 俺の話を全く聞かず、一茶がスマートフォンを取り出して操作をし――携帯電話に送られてきたURLをクリックした途端、思わずゲンナリした。

(『デリ☆』の小説かよ)

 思わぬ接点に頭を抱えたくなったが、作品数およそ二百万のサイトなんで俺のことなんて知らないだろう。

 そう思いつつも念には念を入れ、俺は話を逸らすように口を開いた。


「腐男子親衛隊長総受けが多いな……お前も、その気になれば」

「ならないからね!? 親衛隊サイドの話の、チョイスの結果だから!」


 一茶の反論を聞き流し、まあ、勉強させて貰うか――とこっそりため息を吐いた俺に、一茶が更なる爆弾を投下してくる。


「チワワちゃんも可愛いけど、俺は、可愛い女の子が好きなんです! そんな訳で、そっちのオススメも送るから」

「はいは……」


 届いたURLをクリックした途端、俺の小説が出てきて固まった。イベントで頼み込んで、絵師様に描いて貰った表紙なんで間違いない。


「『天使の花園』略して、てんはな! 俺の一推しは、一年の香澄ちゃんね。ちょっと天然で、ふわふわしてて可愛いんだ♪」

「……へー」


(二次元かよ)

 思いっきり身近にいた読者に対し、俺はそうツッコミを入れるのを何とか堪えた。


 各部屋には、当然のようにインターネット回線が用意されている。やっぱりホテルだ、と思うが俺にとっては好都合だ。

(おかげでネットも、メールも出来るからな)

 そんな訳でプロットって言うか、あったことを箇条書きしたファイルを桃香さんに送る。

 ……すると五分くらいで、携帯にメールが届いてちょっと驚いた。


『キタ━━━(゜∀゜)━━━!! 出灰君、噂通りの王道学園ね(≧▽≦)』


 相変わらず、見た目のクールさからは想像出来ないメールを打つ女(ひと)だよな。

 とは言え(色んな意味で)腐ってても編集者だ。あとは普通に締め切りなんかを打ち合わせして、俺の濃い転校初日は終了した。



「「「「…………」」」」


 そして、次の日。

 昨日同様、一緒に朝飯を食べて登校した俺達を待っていたのは、真白の机にある菊の花瓶だった。


「誰?」


 最初に、口を開いたのは真白――じゃなく、奏水だった。静かだけどよく通る声に、可愛い見た目に反した男気を感じる。


「奏水、いいって」

「でも!」

「気に食わないんなら、仕方ねぇよ」


 そして真白もまた、毬藻だけど男前だ。それってつまりは「嫌がらせされても、態度を変えない」ってことだろ?


「良くありませんよ、真白!」


 だけど、そこで割り込んできた声に教室中の空気が凍った――声の主が変態、改め副会長だったからだ。


「誰ですか? 僕の真白に、こんな酷いことをしたのは!?」


 きつい口調で問い詰められるのに、皆がビクッと肩を竦ませる。まあ、俺は「美形は怒っても美形なんだな」と思ってたけど。


「紫苑、いいって」

「真白!」

「それより、今日はどうしたんだ?」


 そんな中、真白が副会長に話しかけた。名前呼びに生徒達の眉が寄るけど、お前ら、下手に刺激するなよ?

(せっかく、真白が話題を変えてくれてんだから)


「真白を、迎えに来たんです。昨日は、ほとんど話せなかったので」

「そっか。でも、これから授業だぞ?」

「こんなところに、真白を置いていくなんて出来ません」


 副会長も煽るなって。『こんなところ』にも、あんたのファンはいるんだからさ。


「……今日だけだぞ?」

「はい……!」


 そして誘われたからって言うより、この場を収める為に真白は副会長と一緒にSクラスを後にした。

 二人がいなくなった途端、また教室中に罵声が飛びかったけど。


「ここの生徒会の決め方って……」

「王道の『抱きたい・抱かれたいランキング』上位者だよ。人気ないと、生徒はついて行かないからね」

「……だからって」


 それ以上は、口には出さなかった。ちなみに『抱きたい・抱かれたいランキング』とは、文字通りのランキングだ。男同士は差し引いても、そう言うのは芸能人だけにして欲しい。

 おかげで、あんな空気の読めない馬鹿が副会長だよ。恋で盲目状態ってことで読者は許すかもしれないけど、生徒としちゃたまったモンじゃない。

(行事とかはほぼ、生徒会がしきってんだろ……学校崩壊、まんざらフィクションじゃないな)


「真白には、悪いことしちゃったけどね……まさか、あんな表情(かお)するなんて」

「……一茶?」

「菊の花見た時、何かホッとした感じだったんだよね。もしかして、今までは直接手出しもされなかったのかなって」

「よく見てたな」

「腐男子には、観察眼必須だからね」


 ドヤ顔で言う一茶にイラッとしたが、反論は出来ない。そして見逃した俺は、腐男子失格なんだろう(そもそも、腐ってないけど)

 ……ただし、物書きの俺には代わりに妄想、いや、想像力がある。

(だから、同じように距離を置かれてる生徒会の奴らを、ほっとけないんだろうな……けどなぁ。あんまり同じすぎたら、逆に恋に進展しなくないか? 真白、別にナルシストじゃなさそうだし)

 そんな訳で、菊の花瓶を片づけ(担任まで騒いだら面倒だし)午前中の授業が終わるまで、俺はどうすれば真白が恋に落ちてくれるかを考えていた。

 仮にも友達に対してって思うかもしれないけど、元々がキャラのモデルなんで。流石に本人には言わないけど、罪悪感は全くない。

(真白の為には、変装やめた方がいいんだけど……見た目で距離を置かれてたなら、素顔がバレる前にアクション起こした方が好感度高いよな。ただ、キスされても真白、意識してないみたいだし……ベタだけど、告白か? たとえば俺様会長だと、どう言うんだろ?)

 そんな風に、各キャラクターの台詞を、頭の中でシミュレーションする――とは言え、俺は生徒会の連中をほとんど知らない(流石に、名前は一茶に聞いたが)んで、本当に妄想でしかないんだけどな?


 親衛隊が誘いやすいように、昼はしばらく食堂に行かないことにした。心配する一茶と奏水を見送った。そして教室で、朝にコンビニで買ったコロッケパンを食べていた。

 ……そんな俺に対して、クラスメイト達は文字通り距離を置いている。うん、思いっきり遠巻きだねぼっちだね。

(雰囲気悪いなぁ……とは言え、下手に出歩くと薮蛇になりそうだし)

 生徒会の癒しスポット(王道学園で多いのは、温室や中庭)に迷い込むのは論外だけど、ただ歩いているだけでも油断ならない。昨日の安来さんの例もある。

 そして、早く親衛隊が来ればいいなと思いつつ、牛乳を飲んでいたら。


「谷って奴、いる?」


 名前を呼ばれたのに、待ち人(親衛隊)かと顔を上げて――俺は、首を傾げた。

 髪を青く染めた声の主は、美形ではあるけどイケメンで。一茶の言うチワワ(小さくて女顔)って感じじゃなかった。

 王道学園物によると、親衛隊の中には制裁要員(荒事担当)もいるけど、呼び出しは警戒されない為かチワワが来るらしい。

(親衛隊隊長とかだと、イケメンの場合もあるみたいだけど……でも、初回の呼び出しでそんな大物くるか?)


「お前が、谷?」

「……はい」


 俺が不思議がっている間に、周りの視線から特定されたらしい。机の前までやって来た青頭に、俺は仕方なく返事をした。

 そんな俺に、イケメンはにっこり笑って思いがけないことを言った。


「ウチのキングがお呼びなんで、来てくれる?」

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