イマココ

 1+1は2。

 太陽は東から昇り、西へ沈む。人は生まれて、いずれ死ぬ。


 そんな風に、世の中には絶対にありえないって言うか、覆らないことってあると俺は思う。

 ……そう、例えばなんだけど。

 新作のネタって言うか、資料として色々、読ませて貰いはしたけどさ?


「僕の笑顔を見破るなんて……気に入りましたよ、真白(ましろ)」

「何言っ……んんっ!?」


 仮に俺達に気づいていないとしても、朝っぱらから男(眼鏡)が、同じ男(眼鏡でボサボサ頭)にキスしたとすると。


「痴漢……変質者?」


 どちらがより的確かは悩むが、見てしまった者に悪印象を与えるのは間違いない。そう、ちょうど今の俺に対してみたいに。


「このっ……ふざけんなっ!」


 怒声、次いで鈍い音。

 俺の不快感は次の瞬間、キスされた方が相手の腹に見事な蹴りを叩き込むのを見て、スッキリ解消された。

 そんな俺に気づくことなく、モジャ男――は酷いか、王道君は足早に立ち去った。蹴られて吹っ飛び、気絶した犯罪者――副会長?を残して。

 出迎えた副会長が、鬘と眼鏡で変装した王道転校生に偽笑顔を見破られ、嬉しさのあまりキスする――以上、王道学園物のお約束だ。

(そうか。出迎えイベントでの王道君の反撃は、この爽快感の為に必要なんだな)

 読んだ時は過剰防衛じゃないかって思ったけど、可愛い我が子に手を出された書き手としては、中途半端だとむしろイラッとする。

 成程、と納得した俺はまだ気を失ったままの副――解らないから変態でいいか、の元へ駆け寄った。流石に、外に放置はまずい。

 そして肩に担いで校舎へ連れて行こうとしたら、今まで黙ってた守衛さんから声をかけられた。


「おい、チビが無理すんな。俺が、運んでおいてやるし……ちゃんと、お前のことも伝えておくから」


 紺色の警備服に身を包んだ守衛さんは二十代後半くらいだろうか? 黒髪短髪の、精悍なイケメンさんだった。担いだ変態も、顔だけは綺麗だし――流石、金持ち&美形で構成され、リアル王道学園って噂されるだけはある。

 ……そこまで考えて、俺はあることに引っかかった。断っておくが、チビってところではない。悔しいが、事実だからだ。

(守衛さんに運ばせる? この変態に、俺のことを伝える……自分が楽して、金持ちのボンボンに恩売るとか、そういう意味か?)

 思いがけないことを言われて、俺は首を傾げた。そんな俺に、守衛さんもまた首を傾げる。年上だけど可愛いな、おい。

 とは言え、いつまでも無言でコントも何なので俺は答えた。


「守衛さんは、仕事中ですよね? だったら手が空いてる俺が、運びますよ……って言うか、伝える必要ないです。むしろ、気絶してるうちに運びたいんで、失礼します」


 放っておいて恨まれるのも、知られて色々勘ぐられるのも困る。だからそう続けたら、何故か守衛さんが噴いた。

 忙しい人だなぁと思いつつ、肩の変態を引きずって行こうとしたら、不意に軽くなる。

 驚いて顔を上げると、守衛さんが変態を軽々と横抱きにして口を開いた。


「巡回の『ついで』に運ぶから、大丈夫……お前は、さっきの奴追いかけろよ。同じ転校生だから、行き先はお前も行く理事長室だ」

「……ありがとう、ございます」


 ここまで言われたら、断れない。仕事を増やして申し訳ないが、俺は素直に守衛さんの言葉に甘えることにした。

 お礼を言って下げた俺の頭を、守衛さんが撫でてくる。


「どう致しまして……俺は、岡田黒江(おかだくろえ)だ。外部生は、馴染むまで大変だろうから……愚痴言いたくなったら、いつでも来い」


 すごいな。守衛だけじゃなく、生徒の心のケアまでしてるのか――保険医の仕事じゃないかと思うが、まあ、好意はありがたく受けよう。

 守衛さん――岡田さんにもう一度頭を下げて、俺は王道君を追いかけた。

(言動までイケメンな岡田さん、ありがとう。お礼に、カッコ良く書い……って駄目か、ホモにしちゃ)

 でも、守衛攻めってあんまり聞かないよな――などと考えていた俺には、岡田さんの呟きは聞こえてなかった。


「面白い奴だな……気に入った」


 王道君を追いかける俺、その目に飛び込んできた風景。

 視界に入りきらないくらい、だだっ広い敷地。

 そしてその先には、洋風の城(日本のだと、それはそれで驚くけど)としか思えない学校。

 良家ご子息御用達の全寮制男子校・白月(しづき)学園にどうして平凡庶民な俺・谷出灰(たにいずりは)が通うことになったのか。

 ……それは、数日前まで遡る。


 平凡庶民って言ったけど、俺には一つだけ普通と違うところがある。それは『職業・ケータイ小説家』ってことだ。

 あ、サイトで書いてるだけじゃないぞ? ありがたいことに中三の冬に書籍化が決まり、同じシリーズで更に二冊出版して貰ってる。

 ……良家のお嬢様が通う、ミッション系学園。

 そこでのお嬢様達の日常を書いたら、ありがたいことにサイトで評判になった。ちょうど百合系雑誌とか、漫画が流行ってたせいもあると思う。

 ただし俺はさっきも言った通り百合、つまり女の子同士の恋愛は書いてない。限りなく恋愛に近いとは言われるけど、年齢的にも経験値的にも乏しい俺には、むしろ踏み込んだ話は書けないと思ってる。

(百合化された、薄い本は出てるらしいけど)

 だから俺としては、キラキラしたファンタジーのつもりで書いてたんだけど――数日前、俺の担当である桃香(ももか)さんから思いがけないことを言われた。


「実は、出灰君に新シリーズを書いて欲しいの」

「えっ……」

「昨日、デリ☆(スタ)で後期スケジュールが出たでしょ?」


『デリ☆』って言うのは、俺が小説を投稿してるサイトだ。スター出版って会社が運営してて、今まで数多くの小説が書籍化されたり、漫画化されたりしてる。

 そのきっかけになるのが、隔月で行われてるイベントだ。書き手がテーマに合わせた作品で参加し、スター出版の人達が目を通して書籍化作品を決めている。

 ちなみに、書籍化した書き手には俺みたいに担当さんがつく。まあ、俺だけじゃなく複数の書き手を担当してる訳だけど。

(……あれ?)

 そこで俺は、あることに引っかかった。

 確かに五月になり、後期スケジュールが出てたけど――一昨年、俺が参加した『少女小説』イベントは無かった筈だ。


「桃香さん。俺、ホラーとかオフィスラブって書いたことないですよ?」

「もう、やーね。出灰君ってば、天然なんだから。ほら、もう一つあったでしょ?」


 ……もう一つって言われて、思い出しはした。

 だけど嘘だと思いたかったので、冗談めかして聞いてみた。


「まさか、ボーイズラブな訳ないですよね? アハ」

「まさか、からのボーイズラブよ。出灰君!」


 グッと親指を立て、すっごく良い笑顔で言われたのに、俺は口を「ハ」の形にしたまま固まった。

 そして、言われた内容を理解したところで――首と手の両方を、思いきり横に振った。


「い……や、無理です。無理無理無理っ! 勘弁して下さいよっ」

「そんなことないわよ、お嬢様を金持ちイケメンに置き換えれば」

「あります! 女の子だとスキンシップで済んでも、男でやったら暑苦しいじゃないですか! それにボーイズラブって、スキンシップだけで終わらないしっ」


 小説概要で『微エロ』とか『裏あります』って見た。それを男の俺が書くって、セクハラかよ!

 そりゃあ、女の子からすると俺の書く話もありえないって、ツッコミどころ満載だろうけど。俺は、夢を見ていたい。そう、色んな意味で。


「うんうん、夢見ててもいいわよ出灰君」

「無視! そして心、読んだんですか!?」

「でも、今回お願いしたいのは『体験取材』だから……男の子で、高校生の出灰君にしか頼めないのよ」

「…………は?」

「白月学園って知ってる? 幼稚園から大学までの、エスカレーター式名門校。勉強に専念出来るように、人里離れたところにあるけど……一部の人間には『リアル王道学園』って呼ばれてるわ」

「王道?」

「人里離れたところにあって、中等部からは全寮制の男子校。閉鎖的で同性愛に発展しやすいから王道、つまりはお約束って訳」


 眼鏡のブリッジをクイッと上げて、桃香さんは話し始めた。

 肩までの黒髪と、スーツ。見た目はクールビューティーだけど、口を開くとパワフル――慣れはしたけど本当、見た目とギャップのある女(ひと)だ。


「で、そこの理事長が私の大学の同級生なんだけど……この前、甥っ子を転入させることになったって相談を受けたの」


 相談って、何か問題でも――そう続けようとして、やめた。全く知らない相手について、いきなり踏み込んじゃいけないと思う。

 だけど、そんな俺の気遣いを余所に桃香さんは話を続けた。


「んー、子供の頃は病弱で学校通ってなかったのと……高校に入ってからは、暴力事件で四校退学ですって。そんなところも、王道転校生よね」

「……それも、お約束なんですか?」

「そうよ。でも、見た目は美少年なの。そんな王道君だけだと不安だから、誰か一緒に転入してくれる子がいないかって」


 バイオレンスな遍歴と美少年と言う単語が結びつかず、眉を寄せた。不良と美形。それぞれ魅力があるだろうが、どちらか一つでは駄目なんだろうか?

 一方、そんな俺の困惑には構わず、桃香さんは更に先へと進める。


「幸いって言うのも何だけど出灰君、今、学校行ってないでしょ?」

「……資格は、取りましたよ?」


 そう、桃香さんの言う通り、俺は高校に通ってない。

 実は書籍化の話と同じ頃、中三の冬に母親が死んだ。父親も早くに亡くなっていて、天涯孤独。遺産は残してくれてたけど、進学するより書籍化に没頭したくて高校には行かなかった。

 もっとも、ずっとケータイ小説家を続けられるとも思ってないんで去年、高卒資格は取ったけど。


「それに、そんな坊ちゃん校に通うようなお金ないです」

「大丈夫! 試験結果では、余裕で特待生ですって」

「試験なんて俺、受けてな」

「あぁ、この前、親戚の子の受験勉強に使うって言ってヘルプしたでしょ? あの過去問って言ってたのが、編入試験♪」

「…………」

「あ、このアパートと仏壇については私が責任を持って管理するから。出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」


 騙し討ちか。そして金と家の話で駄目なら、他に断る理由がない。

 逆に『体験取材』なら自分で一から考える訳ではない。それが書籍化を検討されるのなら、むしろ俺にとっては得な話だ。

(精神的には無茶苦茶、キツそうだけどな?)

 暴力的な王道君に、金持ちの坊ちゃん達――そんな連中と学校だけでなく、寮でも一緒だなんて。


「……禿げる」


そう呟いて、俺はガックリと肩を落とした。



 王道君の転入に合わせて、俺は光熱関係の手続きをした。桃香さんが管理するとは言え、年に二回の休み以外使わないからだ。

 卒業まで一年以上空けることにはなるけど、このアパートを手放す気はなかった。亡き両親の思い出が残ってる――だけじゃなく。すぐに、俺がお払い箱になる可能性があるからだ。

(王道君が退学になったら、そこで終わりだよな)

 桃香さんの話によると、暴力事件って言っても王道君が自発的に起こした訳じゃなく、誰かを助けようとしたり複数から喧嘩を売られてやむを得ず、らしい。

(ただ、その理由だと……懲りてないよな、多分)

 本人が反省してないからこその結果が、四校の退学だ。いっそ、最初から白月学園に入っていればと思ったが、本人が普通の学校に通うことを熱望したらしい。

(悪い奴じゃないんだろうけど、甘いって言うか……世間知らず?)

 そこまで考えて、俺はガラケーを手に取った。スマホにも惹かれるが、布団に寝転がっての読書だとガラケーの方が楽だ。

 転入準備の合間に、デリ☆で桃香さんに薦められた王道学園物を読んでいる。

 どうやら、変装(鬘に眼鏡)はほぼ必須だが、王道転校生には二つのタイプがあるらしい。一つは、訳ありの愛されキャラ。もう一つはアンチと呼ばれ、愛されるのが当然と思ってる困ったちゃんだ。切り分け方としては、下の名前呼びを強要するかどうからしい。

(名前呼び、ねぇ)

 桃香さんに呼ばれてはいるけど基本、下の名前を呼ばれるのは苦手だ。平凡な見た目に似合わない、変わった名前だからだ。

(……それに)

 実は、この名前呼びについてある疑問がある。

(明日、王道君に聞いてみよう)

 そう結論づけると、俺はネットを切ったガラケーを枕元に置き、目を閉じた。



 そして次の日、つまりは今日の昼に俺はバスで白月学園へと到着した。

 王道学園物を読んでると、朝に着いてそのまま授業に出てる。けど、人里離れた山の中にあるのでそれは無理だった。ここの導入部は、リアルにするか様式美にこだわるか桃香さんと相談しよう。


「……でかい」


 そして俺は門を見て、王道転校生のようなことを呟いてしまった。いや、だって本当、無駄にでかいしデザイン凝ってるんだよ。

(王道展開だと閉まってる門に文句言って、飛び越えるんだよな)

 とは言え、俺はどっちもしない。

 敷地内に寮も学校もあるから、むしろ閉まってるのがセキュリティ的に当たり前だし。アスリートじゃないんで、三メートルくらい高さがある門を飛び越えるのも無理だ。

 だから俺は正門の左少し横、塀にひっそりとある通用門へと向かった。それから、そこにあるカメラ付インターホンを鳴らして「はい」と聞こえてきた声に答えた。


「二年に転入する、谷です」

「あぁ、お前が……もう一人には、会わなかったか?」

「はい」


 そう、不思議なのはバスで王道君に会わなかったことだ。

 朝・昼・晩の三本しかないから、もう着いたんじゃなければ、一緒だと思ったが――授業は明日からだから、ギリギリに来るんだろうか?


「今、開ける」


 通用門越しの立ち話も何だと思ったのか、その言葉と共にカチンと音がした。

 そして、開けて貰った通用門から中に入ろうとしたら――。


「デカ……ってか、閉まってるのかよ」


 車のドアが開く音と、男にしては高い、澄んだ声が聞こえた。

 まさか、と思いつつ声の方へと目をやって、俺は固まった。


 来た方向へと走り去る高級車。

 その車から降り、正門に気を取られて俺に気づいていない声の主――モジャ男君。

(……うわー、あんなんなんだー)

 ボサボサの黒髪と、瓶底眼鏡。確かにアレだと下の素顔なんて解らないし、毬藻や毛玉なんて呼ばれもする。

(王道的には髪とか目の色が珍しい、美少年らしいけど)

 くり返すが、素顔は解らない。って言うか、頭と眼鏡のインパクトが強すぎて、その下の顔まで頭が回らない。

 ……何てことを考え、呆然としていた俺の前でモジャ男君が担いでたバッグを門の向こうに放り投げた。

 そして、少し下がり――助走をつけて走り、軽々と門を飛び越えたモジャ男君を追いかける為、通用門を慌てて潜(くぐ)った。

(ちょっ、オリンピック出れるぞ!?)

 恐るべき身体能力に内心、ツッコミを入れながら中に入ると――出迎えらしい眼鏡が、何やらモジャ男君に話しかけてた。

 その内容はよく聞こえなかったが、パターン的には役職付きの自己紹介と、転校生の名前の確認だろう。今回は二人いるしな。

 それに対するモジャ男君の声は、不思議なくらいハッキリと聞こえた。


「オレは、北見(きたみ)真白……なぁ、無理して笑わなくてもいーぞ?」


(……へぇ)

 作り笑いをズバリ「気持ち悪い」って言わない、マイルドな対応もだけど。元凶(お前)が言うなって見方はあるが、スルーしないでいっそ突っ込めって言ってるなら意外と真っ当かもしれない。

 天然と生真面目、どちらともとれるけど、さて作り笑いを指摘された眼鏡はどう出るか。

 ……まあ、この後のリアクションは王道通りであり、現実(リアル)としては痛かった。


「僕の笑顔を見破るなんて……気に入りましたよ、真白」


 そう言って、眼鏡がモジャ男――いや、王道君にキスをする。

 そして冒頭に戻り、俺は王道君を追いかけながら考えた。

(早くも一人、陥落か……でも)

 無理してって王道君は言ってたが、作り笑い自体は別に悪いことじゃないと思う。周りと円満に接する為には有効な手段だからだ。

 非王道だと、余計なお世話だって突っぱねる場合もあるみたいだけど――あの変態は、素直に落ちたみたいだな。

(それにしても、あの状況って)

 強烈な出来事の連続に、吊り橋効果が働いたんじゃないかって分析をした――俺、イマココ。

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