ノーパソとノーパン

 暗い玄関で2人して、立ち止まった。

 帰って来たが、家にこのまま上がれるような状況ではない。

 とりあえず、なんとかして洗面所までタオルを取りに行くしかないか。


 「俺が服脱いでタオルを取ってくるから、優美はドアのほうを向いててくれないか?」


 「はい……」


 返事は聞こえたが、普通に廊下のほうを向いたまま動かない優美。


 ダメだ。

 けど、このままじゃ俺だけじゃなく優美も濡れたままだ。


 ポタポタと優美の銀色の髪から玄関の床に雨の雫が垂れている。

 ボーダーのロンTは水を含んで、優美の肌にピタッと張り付いていた。

 黒のスカートから、雨の雫が真っ白な優美の足を流れて靴下まで一直線に進んでいる。


 まさに、水も滴るいい女といった感じだ。

 憂いを帯びた表情が、雨に濡れたことによりその魅力をさらに引き出している。


 俺は、女の人の悲しむ顔は見たくないと思っている。

 ましてや、自分のせいで女の人を傷つけたくはない。

 けど、今は優美の表情に引き込まれてしまっているのだ。


 パンっ!


 両手で、自分の顔を力いっぱい叩いた。

 こんなこと考えている場合じゃない!


 靴下を脱ぎ、ジーパンにTシャツもいっきに脱いで、玄関に投げ捨てた。


 走って、洗面所からバスタオルを持って来て優美の頭にかけた。

 俺はバスタオルで体を拭いて、洗面所に置いてあったジャージに着替えた。

 優美は、バスタオルを頭からかけたまま動かない。


 「優美! はやくタオルで体を拭かないと風邪引くぞ!」


 「はい……」


 震えた声で、小さな返事が微かに聞こえた。

 しかし、動く気配がない。


 このままじゃ、ダメだ。

 けど、さすがに玄関じゃどうしようもない。


 優美の靴を脱がせて、バスタオルで優美を包み、抱き上げた。


 「え……」


 「いいから、じっとしてろ!」


 そのまま、優美の部屋まで運んだ。

 お姫様抱っこというのは、かなり力が必要なんだといういい勉強になった。

 優美は、太っているわけではないが、水を含んだ服を着たままだし、やはり力が入っていない人間というのはかなり重いものだ。


 「とりあえず、ベッドに降ろすぞ」


 「はい……」


 「服脱いで、体を拭いて着替えろ。 本当に風邪引くぞ」


 「はい……」


 ベッドに横になったまま、俯せになってしまい返事をするだけで動かない優美。

 やるしかないのか?

 けっきょく、着替えさせるしかないというのか?

 誰が、優美をこんな風にした?

 原因は、俺だ。


 「優美、自分で着替えないなら俺が脱がせるぞ」


 「…… はい……」


 マジか? いいというのか?

 いやいや、こんな状況で何を考えているんだ!

 賢者だ。 賢者タイムに突入すればいいんだ。

 賢者タイム中ならば、人は人を傷つけないのだ。


 よし、いける!

 優美を野菜だと思えばいいんだ!


 「じゃあ、脱がせるからな」


 「はい……」


 「まずは、足を上げるんだ」


 「はい……」


 ゆっくりと優美が足を上げる。

 まずは、右足からだ。

 真っ白な足から黒の靴下をゆっくりと脱がした。

 少し湿っている靴下は、脱がしにくいが優美の肌は摩擦0なのかと思う程にスベスベで苦戦することなく脱がせられた。

 左足も脱がし、膝上の黒のミニスカに生足という状況。

 片足ずつ下から上にバスタオルで拭いていく。

 優美の足はすっかり冷え切っていた。

 冷たい肌が手に触れた瞬間、急激に胸が高鳴ってきた。

 なんだか、血液の巡りが体中はやくなっているかのような感覚に陥る。


 落ち着け! 野菜だ! 大根だ! いや、大根にしては細いから白ネギだ!

 とにかく落ち着くんだ! 


 フゥー……


 靴下を脱がし終えただけで、深い深呼吸をした。

 まるで、時限爆弾の解体でもしている気分だ。

 爆発しそうなのは俺のほうだが。


 いや、これ以上は確実にヤバい。


 「よし、優美! 後は、自分でなんとかできるか?」


 「いいえ……」


 !?


 ここにきて、否定するだと!?

 さっきまで、イエスしか言えない日本人状態だったのに……。


 「いや、さすがにこれ以上はまずいんじゃないかな?」


 「大丈夫です…… 問題ありません……」


 あれ?

 なんか、ちょっと顔色が良くなっている。

 やっぱり、冷えていた足先の靴下を脱がせてタオルで拭いたからか?


 「じゃあ、続けるぞ」


 「はい……」


 次は上か?

 いや、上は一番難易度が高い。

 なぜなら、優美の服装は黒のミニスカにボーダーのロンT。

 下ならジャージか何か履かせてから脱がせることも可能。


 部屋の中を見渡すが、今朝着ていたドット柄のチュニックパジャマの上は発見できたが、下だけが見当たらない。

 そういえば、今朝も下を履いていなかった。


 タンスを開けるわけにもいかないし……。


 そうなると、下からは危険だ。


 「優美、ちょっと座れるか?」


 「はい……」


 ゆっくりと体を起き上がらせて足は伸ばしたまま、ベッドに座る優美。

 俺は、チュニックパジャマとバスタオルを近くに置いて優美の背後に回り込んだ。

 前から見るのは危険だ。

 前には、大きな野菜が2つある。

 いや、見てしまったら野菜だと思い込むのは不可能だろう。


 「優美、手をあげてくれ」


 「はい…… 痛くしないでくださいね」


 !?


 待て待て! 今、そういうセリフは止めてくれ!

 いや、ピタッと張り付いてるロンTだ。

 たしかに、慎重に脱がさないと爪で肌を傷つける可能性はある。

 そういうことだ。

 賢者だ。 賢者になるんだ。


 ゆっくりとロンTの裾をめくり上げていく。

 雨水が染み込んでいて、雫がポタポタと手に落ちてきた。

 胸までは順調。

 問題はここからだ。

 背後からは見えないがここに大きな壁がある。

 越えられない壁。

 いや、山だ! そう、エベレストだ!

 しかも、2つあるのだ!


 フゥー……


 再び、深呼吸をして生唾をゴクリと飲む。


 そして、一気にいった!


 山を越えた後は、なんとも言えない達成感があった。

 最大の難所を越えた後は、手を順番に抜いて無事にロンTを脱がすことに成功した。

 そして、バスタオルで体を拭いていく。

 ちなみに、山には触れないように心がけた。

 山には神様がいる。

 そう、神の領域でもあるのだ。

 思春期の男子が触れたらどうなるかわからない。

 たちまち、脳を支配されかねないのだ。


 よし、後はチュニックパジャマを着せてしまえばいい。


 それからならなんとかスカートも脱がすことができるだろう。


 前開きのチュニックパジャマのボタンを全て外し、後ろから手を通して前にヒラリと布が舞う。

 後は、ボタンを閉めるだけ。


 衣類のボタンは男女で逆についている。

 しかも、背後からでボタンホールがよく見えない。

 手先の感覚だけを頼りになんとか下から3つは成功したが、ここからがまた難所だ。

 残り3つ。

 一番上はいつも優美も外しているので、正確には残り2つ。


 「優美、残り2つは自分でやってくれないか?」


 チッ


 「手が冷えていて自分ではできそうにありません」


 なるほど。

 手が冷えているからできないという理屈はわかる。

 しかし、気のせいだろうか?

 一瞬、舌打ちのような音が聞こえたのだが。


 「優美、今舌打ちしなかったか?」


 「静電気です。 それより、最後までちゃんとしてください」


 静電気の音か。

 たしかに、あれは舌打ちの音に似ている。

 優美もだいぶ元気になってきているように思うが、指先が動かないなら仕方がない。

 このままにしておくわけにもいかないしな。


 糸通しゲームだ。

 あの時の集中力を思い出すんだ!

 俺は、糸通しゲームをかつて極めていた男。

 一瞬だ。

 一瞬で、できるはずだ。


 まずは、ボタンとホールの位置を肌に触れないように布を引っ張り確認。

 いける!


 残りは、1つ!


 エベレストの山頂付近にその位置がある場所。


 それを触れないで止めるのは人間には不可能だろう。


 神の領域に眠る神よ!

 貴方の聖域を汚さないためにも、俺に力を貸してくれ!


 一瞬だ。


 一瞬だが、神が俺の手に宿った。


 親指がかすった気がしたが、ノーカウントだ。


 どんなに検証しても、指紋は出ないはずだ。


 とにかく俺はなんとか優美を着替えさせることに成功した。


 「じゃあ、最後だな。 もう寝転んでいいぞ」


 「はい、お願いします」


 どんどん返事が良くなってきている。

 優美の背後にいたから表情はわからなかったが、スカートを脱がすために優美がベッドに仰向けになり、表情を確認。

 さっきまでは、青ざめていた顔色が少し赤くなっている気がする。

 血色が良くなってきているのだろう。

 瞳はなんだかうるうるしていたが、泣き出したらどうしようか?

 はやく終わらしてちゃんと優美に説明して謝ろう。


 残る濡れた衣類は黒のスカートのみ。

 ロングスカートなら苦戦するかもしれないが、ミニスカだ。

 脱がせやすいはずだ。

 昔、美香と着せ替え人形でオママゴトをしていた時の知識だが。


 とにかく最後だ。


 寝転んでいる優美の腰の少し下辺りの横に立ち、準備完了。


 左手で奥を持ち、右手で手前を持った。

 持っているのはスカートの裾の部分ではなく左右の真ん中辺り。


 フゥー……


 三度目の深呼吸をして、一気にスカートをずりおろした。


 スカートは腰から離れて、太もも、ふくらはぎを通りすぎ、つま先を一気に通りすぎた。

 最後のつま先から脱がす時にスカートが若干かかとに引っかかった。

 引っかかったせいで力を入れすぎ、スカートは俺の手から離れて勢い良く宙を舞う。


 水を含んだスカートは、俺から少し離れたとこにビチャっという布らしからぬ音を立てて床に落ちた。


 そして、もう一枚俺のすぐ近くに白い布が落ちてきた。


 全体は白く光沢のある生地に黒いレースがついている。


 パンツだ。


 スカートと一緒にパンツを脱がしてしまった。


 俺は、優美の方を見ないままバスタオルを優美の下半身にそっとかけた。


 「隼人さん、意外と最後は大胆ですね。 でも知ってますか? 女の子は、スカートとパンツを同時に脱がされるのを嫌がる子が多いんですよ」


 クスッと笑いながら気付けば優美が体を起き上がらせていた。

 声をかけられてその表情を見てなぜか少しホッとした。


 「優美、けっこう元気そうだな」


 「おかげさまで。 途中から笑いを抑えるのに必死でしたが」


 「こっちは、めちゃくちゃ真面目に頑張ってたんだぞ」


 「それが、隼人さんらしくておもしろかったんですよ」


 どうやら俺はいつの間にか優美の手の平の上で踊らされていたらしい。

 いつからかわからないが、もうすっかりいつもの優美だ。


 「私、今ノーパンですよ」


 「あぁ、知ってるよ。 悪気はなかったけど俺のせいだからな」


 「このことは、2人だけの秘密ですね」


 「そうしてくれると助かるな」


 1つ目の秘密はノーパソ。

 そして今日、2つ目の秘密ができた。

 俺が優美をノーパンにしたという秘密だ。 

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