パーティーナイト

 突然降り出した、春の終わりを告げる雨と共に現れた女の子。

 長い黒髪に、眼鏡と泣きぼくろが印象的で、大人っぽくクールな印象は相変わらずだ。

 そして、どこか冷たく感じる瞳。

 常に孤独感を感じているような雰囲気だ。


 「さようなら、隼人」


 「待ってくれ! 何か用があったんじゃないのか?」


 「ないわ。 たまたま、通りかかっただけよ」 


 「たまたまって、お前九州に引っ越したんじゃないのか?」


 「あら? 何も言わずに引っ越したはずなのに知ってたのね」


 「なんで何も言ってくれなかったんだ? 引っ越すことぐらい教えてくれても良かったんじゃないか?」


 「教えたら何か変わっていたの? 意味ないわ」


 「あのさ、今日美香の誕生日なんだけど、覚えてたか? もしかして、覚えてて美香に会いに来たのか?」


 「さぁ、忘れてたわ。 もう、私には関係のないことだから」


 「そうか。 もう、関係ないか……」


 「そんなことより、他に聞きたいことはないの?」


 もちろん、聞きたいことはある。

 だから引き止めたのに、いつまでも本題を切り出せない俺の心情を見透かされたのかもしれない。


 「お前はまだ…… いや、なんでもない」


 「あいかわらずね。 それじゃあ、私もう行くね」


 雨の中を歩き出した奈保。

 夜道は薄暗く、街灯の光が所々でチカチカとしている。

 このまま、また離れるのは嫌だ。

 我ながら女々しい考えかもしれないが、それだけは嫌だと思ってしまった。

 だから、追いかけてしまった。

 大事なことは何も聞けないし、何も言えないのに。

 あの時みたいに、また奈保を追いかけてしまった。 


 「行くってどこに行くんだ?」


 すぐに奈保の腕を掴み、俺は再び奈保を引き止めた。


 「たいした、用事もないのに何回も引き止めないで。 家に帰るのよ」  


 「今、勇太と美香とかとパーティーやってるんだけど、中入らないか?」


 「入れるわけないでしょ。 隼人は、何がしたいの?」


 「このまま、また遠くに行かれるのが嫌なんだよ!」


 「そう。 心配しなくても行かないけどね」 


 「え? どういう意味だ?」


 「帰って来たから、昔住んでた家に。 だから、そろそろ手を離してくれない?」


 「あっ、悪い。 そうか。 帰って来たのか」


 「じゃあ、またね。 隼人」 


 「あ、あぁ。 またな」


 さっきは、さようならだったが、またねに変わっていた。

 奈保がこの町に帰って来た。

 けど、やっぱり昔みたいに仲良くはできないのだろうか?


 

 しかし、やってしまったな。

 靴も履かないで飛び出して衣服は上から下まで雨でびちゃびちゃ。

 しかも、せっかくの誕生日パーティーなのに、いきなり飛び出してしまった。

 とりあえず、みんなに謝ろう。

 隣の自分の家で着替えてから戻るべきなのかもしれないが、とりあえず謝るのが先だ。


 ドアを開けるとみんなが玄関で待っていた。

 みんな心配そうな表情をしている。


 「いきなり飛び出して、すまなかった!」


 「ほら、これ」


 俺が深々と下げた頭に、美香がバスタオルをかけてくれた。


 「あ、ありがとう。 その、怒ってないのか?」


 「そりゃ、怒ってるけど風邪引かれても困るし」


 「水町くん、良かったらこれ着てください」


 「あ、あぁ。 ありがとう」


 白石さんから、再び執事服を渡された。

 コスプレ衣装だが、気持ちはありがたく受けとろう。


 「とりあえず、隼人。 壊れた優美ちゃんをなんとかしてくれ」


 「え、あぁ。 迷惑かけてすまない」


 「隼人さんが、私の手を払いのけた。 隼人さんが、私の手を払いのけた……」


 「ごめんな、優美。 ほんとうに、ごめん」


 まるで、詠唱のように同じ言葉ばかり繰り返しながら見るからに、落ち込んでる優美。

 謝りながら、優美の頭にポンっと手を置いた。

 こんなことで、許してもらえるとは思っていないが頭に手を置いた瞬間、優美が静かになった。


 「隼人さんが、私の手を払いのけた。 隼人さんが、私の手を払いのけた……」


 頭から手を離した瞬間また、詠唱を始める優美。

 とりあえず頭に手を置いておくことにした。


 しかし、これだと着替えられない。

 タオルで体を拭くこともなかなか難しい。


 「優美。 着替えたりする間だけ、手を離すからな」


 「……」


 優美は、何も言わずに小さく頷いた。

 なんだか、すごく気まずい空気が流れる。

 手を頭から離していいのか?

 一応、頷いたけど、みんなも何やら不安そうな表情だ。

 きっと、俺が飛び出した後、誰も追いかけて来なかったのは優美がこんな状況だったからなのだろう。



 「はぁ。 しゃあないから今日は解散にしよ。 隼人は、優美連れてはよ帰り。 香織と勇太とうちで片付けするから」


 「でも、そんな…… 俺のせいで、美香のせっかくの誕生日パーティーなのに」


 「まぁ、最後はこんな感じなったけど、それなりに楽しかったし。 奈保の話は、またちゃんと聞かせてもらうわ」


 「美香…… ありがとう」


 「後のことは俺に任せろ! みかんに猫耳としっぽを装着さすまで、俺は頑張る!」


 「あっ、それ私も手伝います!」


 「絶対つけないから! じゃあね、隼人。 また明日」


 「あっ、みかんが逃げた! じゃあな、隼人! 風邪引くなよ!」


 「水町くん、今日は楽しかった。 また、コスプレしようね。 待ってよ、美香ちゃん!」



 急に飛び出した俺を責めることなく、みんな優しく接してくれた。

 美香は、勇太と白石さんから逃げるように階段を上がっていき、勇太と白石さんは美香を追いかけていった。

 みんなに、気を使わせてしまって本当に申し訳ない……。


 「帰るか。 優美」


 「はい……」


 小さく返事をした優美を連れて、すぐ隣の家に帰った。

 薄暗い夜道を雨の中、2人でゆっくりと歩いた。

 手を引っ張ったが優美は走ることはなく、優美も濡れてしまった。

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