第14話

『どうやら、向こう側は美香達のお蔭でしばらくは動けないみたい。その間にどれだけ、此方が有利に事を進められるかが勝負のカギになると思う』

 美鶴の手の中には既に解析が終了した一枚の写真が握られていた。

 窓からの風景だ。その写真の中に写る建物も何らかのヒントにはなるだろう。

 だが、問題はそこではない。この後、どのような方法でこの写真を調べるかだ。

 直接、この場所を調べる事も可能だ。彼方のお蔭で選べる選択肢は今現在、広がっている。しかし、それと同時にどう動くべきか判断が難しくなってしまったのも事実だった。

 那月達の実力がはっきり言って視えていない。足止めの程度によっては選んだ選択が失策になってしまいかねないのだ。そうなれば、巻き返すのは難しい。

 それに加え、出食わしてしまう確率を考えればこの状況でわざわざ美鶴が危険を冒す理由はない。しかし、それでは正当な手段での情報入手は不可能だ。

 どう動くべきかなかなか答えを出す事が出来ない。しかし、こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎ去っていく。時間が過ぎれば、那月が罠から脱出してしまうかもしれない。

 そんな美鶴が今後の選択を葛藤する中、薫が何かに気が付き大きく首を傾げた。

『ちょっと、いい? 一番近くの部屋の名前を確認して貰えない?』

 一階でも薫は何か違和感らしきものは覚えていた。だが、美鶴が二階にあがり、新たに二階の地図が開示される事によって更にはっきりとした何かになったのだ。

 けれども、薫のオペレーター用に開示されている情報だけではそれが何かまでははっきりと突き止める事は出来ない。それだけに、美鶴にある事を確認したのだった。

「えっと、ちょっと待って下さい。あれ、なんでここに社会科研究室なんかがあるんですか?」

 この部屋は現実では図書室がある場所の筈だったのだ。いや、正しく言えば電子書籍を保存しているサーバーが安置されている部屋というべきだろう。

 しかし、その部屋がないのだ。もしも、美鶴が相良達の創り出した幻覚を見ているのでないのだとすれば、考えられる可能性はただ一つ――。

 モデルとなった学校の時代が違うという事以外に考えられない。

 そうなると、問題となるのはこの学校のモデルだ。最悪、この写真とこの学校のモデルとなった時期にズレがある可能性がある。そうなれば、探索の前提を覆さなければならない。

 薫もその事に気が付くと、大急ぎで色々な情報を手当たり次第に閲覧する。だが、いくら探しても、確証に至れるまでの確固たる証拠は発見出来ない。

 このまま、写真を手掛かりとするか。この空間の時代を確定させるか。

 その全く異なる意味を持つ二つの選択肢の中で、美鶴は後者を選択し、方針を変更した。

「図面は無かったんですよね? こっちで何か手がかりを探してみます」

『それなら、卒業文集。でも、あれは電子媒体だから、そっちで探し出せない。学校史もデータ。学校のホームページも調べられない……』

 ネット内で擬似的なネットワークに接続するなど、まず有り得ない。

 何故なら、そこまでの使い道のない部分を再現する意味があまりないからだ。だったら、どうすべきか。そう悩む中で美鶴はある事に気が付いた。

「薫先輩――もしかして、この世界って書籍がまだ電子書籍化される前なんじゃないでしょうか? それなら、この部屋に移動していないのも納得がいきます。本は幅を取りますから」

 電子書籍ならデータである以上、厚みはない。大容量のハードさえあれば、そこに保存する為、それ以上の面積を占領する事はないのだ。

 つまり、教室を大きく使わずに済むという訳だ。それならば、図書室がこの校舎の端の小さな一角に存在していない理由にもなる。

『なるほど、図書室の再編前。確かに、それなら納得がいく』

 図書室の再編。――それが起こったのは、電子書籍が社会的に普及し、図書室の本を電子化する事で図書室を縮小化し、教室を有意義に使おうという取り組みが起こったからだ。

 学生IDを用いた管理で図書室内のデータ端末にアクセスする事により、電子データ化された書籍を持ち出す事が出来る。ただ、持ち出し厳禁の本は図書室というデータ端末のアクセス圏外には持ち出す事は叶わないのだが……。

 だが、これでこの世界がいつ頃なのか。そして、ヒントとなり得る物を見つける事が出来た。

『学校史は持ち出し厳禁。それに、卒業文集も代々取ってあるのが普通。なら、図書室の書庫が一番、可能性が高いと思う。ただ、問題は図書室の位置ね』

 だが、薫が入学する随分と前に図書室の位置は変わっている。書庫は普通、図書室に隣接するという事を知っていても前提の図書室の位置が分からなければ意味もない。

 今後の事も考えれば、学校内の教室の配置を全て頭に叩き込んでおいた方が効率よく動ける筈だ。その事も考えると、地図を探す事が優先になる。それと念の為の保険として鍵もだ。

 この世界はレベルコードに守られているとすれば、鍵がなければ部屋に入る事が難しいかもしれない。推測の域を出ないが、保険はかけて置いた方がいいだろう。

「鍵の保管場所は恐らく、職員室でいいですよね?」

『えぇ、そこなら学校の地図になるようなものがある筈……。それより、弟君も写真の確認はちゃんとしておいた? 見ておかないと、もしもの時に気が付けないよ?』

 薫の言葉にもう一度、写真を確認する。

 風景写真。窓から景色が見える事から二階以上。写っているのはマンション。――だが、美鶴にはこのマンションに見覚えがなかった。ただ、窓の位置を変えた可能性が見え隠れしている為、位置までは特定する事は難しい。

「一応、一通り目は通しました。でも、やっぱり首を傾げる程度にしか……。強いて言うなら、太陽の位置と影の様子で漠然とした方角を割り出せるかな程度ですかね。季節がわかれば、もっとはっきりと特定までいけるんですがそれは難しいでしょう?」

『そうでもない。それだけ分かれば、写真に記された日時から方位を割り出せる』

 写真には必ず、写した日付が記されている。そして、よく確認するとこの写真にも小さい文字ではあるがハッキリと日付が記されているのだ。

 季節は九月下旬。つまり、秋分の近辺。東から日が昇り。西に火が沈む日だ。

 これなら、方位の特定も容易にする事が出来る。だが、これ以上は止まって考える余裕はない。

『どうやら、彼方君の罠が破壊されたみたい。これで、相手が自由に動けるようになってしまった訳ね。恐らく、一番近い階段で二階へ上がるとして、職員室は二階にあるから……。三階を経由して迂回路を通る道が二階を突っ切るより安全だと思うわ』

 那月が動き始めたという事は、ヒントを基に動き始めている筈だ。そう考えるならば、この写真のヒント。つまり、方角程度ならば既に割り出されていてもおかしくはない。

 接触を避けるならば、その方角を移動する時に気を付ければ、十分に回避出来る。

「写真の方角、そちらの方で判断出来ますか? こっちには那月の現在地など資料が足らないのでどこが危ないか判断出来ません……」

 重要なのは那月がどのルートを通るかという事だ。そして、方位が分かればおおよその撮影地点の高さも自ずと見えてくる。つまり、それが那月の狙う場所であるという事だ。

 そして、那月の現在地からそこへと繋がるルートが美鶴の避けなければならないルートでもある。全てはオペレーターである薫にかかっていると言ってもいい。

 美鶴の言葉に今手元にある資料を前面に表示し、並行して並べると推理を始めた。

『数分は欲しい。それまでの間、時間の無駄だから急いで職員室へ向かって貰える?』

「時は金なり。俺達に時間を無駄にするような余裕はありませんものね」

 美鶴は薫の言葉に大きく頷くと、現在いる二階から三階へ続く階段を上り始める。

 後は、薫の腕次第。そして、今美鶴に出来るのは足を止めず、急いで職員室に向かう事だけだ。

 そう決心すると、美鶴は三階を経由する薫に提示された迂回ルートを基にヒントとなり得るであろう地図と教室への鍵が存在している職員室へと急ぐのだった。


「薫が貴方を奨めて来た時はどの程度かと思ってたけど、思ったよりやるわね」

 美香は映し出された未完成のプログラムの山と試合の進行状況を同時に確認しながら、左手でプログラムの断片を追加作成。右手でそれを組立て、未完成を完成させていく。

 しかし、それを行いながらも試合状況の僅かな動きから、相良がプログラムを完成させた事を感じ取り、それを潰す為に発動前に右手での作業を止め、作業中のプログラムを未完成の山へと送り、右手だけでそれを即座に解体。元の作業へ戻る。それを繰り返す。

 右と左で別の作業を熟しながらも、頭の中には常に完成形のプログラムを作り上げ、なおかつ相手の作り上げたプログラムの構造を理解している。そんな事を同時に平然と行える人間はこの学校では美香くらいしかいないだろう。そう美香自身も思っていた。

 だが、現実にはもう一人いたのだ。いや、別の意味でそれ以上の常識はずれが――。

 見積もりでは基礎が出来ていればいい程度にしか、美香も考えていなかった。それ以上の高望みをしたところで人材が思い当たらなかったからだ。だからこそ、まさか相手の探知にひっかからないように細工を加えるだけでなく、多重に細工を施せるとは予想外だ。

 この中でのプログラム構成は二次元では無く、三次元的要素と物理的要因を含んでしまう為、現実でのプログラム感覚と違ってしまう。

 だが、まるでその感覚に慣れ親しんでいるかのようだ。

 美香ですら、慣らしに数回の没入を要しただけにここまで即座に対応してこられる人間は実際の所、珍しいと言える。それだけに、美香にとって嬉しい誤算だ。

 だが、そんな過大評価に対し、彼方は仏頂面のまま仮想世界でわざわざ、復元した眼鏡を直すと、作業を続けながら美香にこう告げる。

「過大評価ですよ。ただ、他人と慣れ合うのが嫌だったから全て自分で出来るようにしただけです。一々、他人に気を回すのは面倒ですし、適当に流す方が楽じゃないですか。生きていくにも、他人と関わるにも。そうすれば、他人に深く関わらずに済みますしね」

 淡々と美香にそう告げる中、突如彼方のプログラムを作製する手が止まった。

 美香はいきなり作業が止まった事に違和感を覚えると、横目で彼方の様子を確認する。

 彼方の視線に写るのは職員室へと急ぐ美鶴の様子。そう、試合の状況だった。

「それより、聞いていいですか?」

「何? 時間も余裕もないから答えられる質問は限られるけど、それでもよければね」

 美香の言葉に彼方は少しだけ、間を置くと簡潔にこう尋ねた。

「アレは本当に、白浜美鶴なんですかね?」

 正真正銘、白浜美鶴。それ以外に答えようがない質問だ。それだけに、その問いにどのような意味があるのか分からず、黙ってしまう。

 その様子に問いの意味を理解していない事を悟ったのか、彼方はこう付け足した。

「聞いていた話と、少しばかり違うと思って……。俺がしていた勝手な想像ですが、入学はしているので基礎は出来ていても、プログラムに関してはまったくの素人に毛が生えたレベルだと――。ですが、蓋を開ければ、まるでさっきの行動もプログラムの本質を無自覚に理解しているかに思えて」

 それだけ言うと、彼方は再び作業を開始する。

 断言までは至れなかったが、何か不可解な違和感を覚える。身内である美香ならその正体が何か解ると思って彼方は問い掛けたのだが、美香はそれを笑って誤魔化した。

「そうでもないわよ。元々、あの子は直感的に物事を判断する癖があるから、それが理解しているように見えるだけだと思うわ。貴方が思っているような事じゃなくてね」

「そうですか。本当にそれだけならいいんですけどね。――それだけなら」

 直感だけで構造を理解、罠の範囲を推測するなど無理だ。コードを見て初めてそれが可能になる。だが、あの場面で美鶴は罠の構造上の欠点を即座に見抜いていた。

 そんな事、本来ならば出来ない筈の事なのに……。

 しかし、彼方はそれ以上、個人的な領域に踏み込む事はしなかった。知りたくない事も、知られたくない事も生きていればある事を彼方は良く知っているからだ。

 過去にそれを目の前に突き付けられた。それだけに……。

 互いに、作業に戻った事により、静寂が空間を支配する。だが、そんな沈黙が立ち込める中、美香が一度手を休める為にプログラム構成を止めた。

「それよりも、少し気になった事があるの。貴方のプログラムの組み方って独学? NPC関連の独特なプログラミング方法に近いように感じたんだけど?」

 彼方の高度なプログラムの構成は根本的な部分ではNPC基盤データに近い。

 しかし、それは誰にでも使えるような技術ではなく、研究者あるいはそれに属する人間程度にしか知られていないような高度なロジックを内封した複雑なプログラミングなのだ。

 特に今の主流である擬似的な人格形成を行う部分に使われるプログラムは個体としての成長させる学習機構も組み込まれている為、個々のプログラムと干渉してしまう。それは、プログラムの集合体であるNPCの調整難易度を上げている程なのだ。最悪、相反する事すらある。

 それを微調整し、的確にプログラム同士を当て嵌める事により干渉を最小限に抑え、小さなプログラムの集合体で一個の大きなプログラムを形成させる。

 美香の見立てでは、先程彼方が仕掛けた罠はこれの技術の応用――。

 けれども、美香の知る限りこの独特な組み込みを行える人間は学生では一人しか出会った事がない。去年の全国大会。美香達が惨敗した高校の中核にいた一年だ。

 それだけに、美香としては驚いていた。しかし、当の本人には全く自覚はない。

「昔馴染が組んでいたのをずっと見ていたんでソレの影響ですかね? そんなにこの組み方が珍しいですか? 効率性を考えて使っていたんですが、そちらに合わせますよ」

「いや、今のままでいいわ。使えるなら、それを使うにこした事はないから」

 そこまで高度な構成をしかも、短時間で作るのは美香の実力でも難しい。それだけに、使えるならばそのまま通して貰えれば、相良達も対応するのに時間がかかる為楽なのだ。

 ただ、ここまで粗がなく完璧に機能しているプラグラムというのは珍しいというより、学生で行なえるレベルではない。それだけに、その昔馴染の正体が少しばかり気になってしまう。

 横目でコードを確認した限りでは一見複雑な構造をしているが、大まかな作りは単純化されており、中核となるプログラムを書き換えれば自壊する仕組みになっていた筈だ。

 つまり、破壊するには中核となるプログラムを突き止め、自壊させなければならない。

 しかし、相良もあの時と比べてレベルを上げて来ている筈だ。軽く見積もっても、十分程度――そろそろ、相手側が動き出していてもおかしくはない。休憩も終わりだろう。

「そう言えば、大きな容量を使って張るのもいいけど、容量制限ってのがある。だから、ある程度、割り振りを考えていかないと厳しいの。それの軽量化は可能?」

 無理難題なのは美香も重々承知だ。だが、今後の展開も視野に入れれば、盛り込むべきか否かが変わってくる。美香の負担もそれによって大きく変わるだけに。

 しかし、流石にそれは美香の高望み過ぎだった。彼方も思わず、苦笑いを浮かべている。

「今の実力では流石に無理ですよ。それが出来るなら、俺は研究者でもやってますから……。学生なんてかったるい時間はさっさと終わらせて、ね」

「なら、作るなと言わないけど、九対一の割合で普通のプログラムも混ぜて貰える? もちろん、一の方がさっき組んだ感じの組み方。向こうも今後は警戒すると思うから、なかなか引っかからないと思うけど牽制にはなる筈よ」

 那月の行動を遅らせる程度の牽制にはなる。そして、那月の行動を遅らせれば遅らせる程、美鶴との衝突の可能性を最小限に抑え込めるのだ。

 美香も最終局面で必ず、二人が対面する事になるのは理解している。だが、それでももしかしたら回避出来るかもしれないという淡い希望が美香の中で生まれつつあった。

 そんな美香の夢見な願望に気が付いたのか、彼方は現実をはっきりと突き付ける。

「あまり、高望みはしない方がいいですよ。弟が可愛いのは分かりますけど」

 その彼方の言葉に美香は恥ずかしそうに目を逸らした。

 実力差、経験の差を考えれば、那月達と対等に渡り合えている現状は奇跡と言っていい。しかし、それ以上を望むのであれば、それは現実を霞ませる危険な物だ。無謀というものだろう。

「そう言えば、なんで私に協力してくれたの? 薫からの紹介だったけど……」

 美香は何気なく、彼方に尋ねた。薫の説得でわざわざ協力してくれたというのでも納得がいくのだが、美香の中では何か別の要因があるようにしか思えなかったのだ。

 Win-winの関係であるならばまだ腑に落ちるが、それがない。対等ではないのだ。相互利益もない。ただ約束だけの為に打算もなく、協力する。そこに違和感を覚えるのだ。

 しかし、何と聞かれようが彼方には答えようがない。それを語るべき相手は美香ではないのだ。だからこそ、曖昧に言葉を濁すのが限界だった。

「いや……。本当に些細な理由ですよ。あの時の白浜先輩がもう逢う事もない昔の知り合いに似ていて。――昔から俺の事を引っ張り回して、人の話なんてこれっぽっちも聞かない奴だたんですけど、そう思ったらいても経ってもいられなくなったんです」

 過去があるからこそ、今がある。そんな過去への償いこそが、彼方が美香に協力する理由だった。もちろん、こんな事をしたところで過去が無くならない事は理解している。けれども、同じ失敗を繰り返さずに済む。それだけで、今の彼方には十分だった。

 彼方のそんな言葉に美香は少しばかり意外な印象を受け取る。何故なら、一見すれば、他人を寄せ付けないほどに彼方は我が強いように見えてしまうのだ。だが、所詮はそれも殻を被っているに過ぎず、内面は他の人間以上に脆く崩れやすい。

 彼方の言葉が真実なら、本来の彼方は気弱な少年。それが、その引っ張って行ってくれた誰かがいなくなってしまったが為に歪みを抱えたまま成長してしまったのだろう。

 美香はそう考えると、どこか自分を重ねてしまい思わず笑ってしまった。

「ごめんなさい。少し、貴方が誰かに引っ張られる姿が想像出来なくて」

「まぁ、そうですよね。俺がこうなってしまった原因でもありますし、忘れられない過去ではありますけど、口にするのは少しばかり気が引ける思い出ですから……。でも、それを白浜先輩が気にする必要はありませんよ。そこに先輩は関係ありませんからね」

 プログラムを組み立てる速度が次第に落ちて行き、最終的に止まってしまった美香に対して、彼方は溜息混じりにフォローを入れる。

 元々、彼方としては美香に協力すると約束をしたのも関係を対等なものであると明確に示す為だ。ただ、必ずしもそれが全てでは無かったのだが……。

「それもそうね。美鶴が頑張っているのに、こっちで潰れては話しにもならないか……。私達は私達で全力を尽くしましょう」

「それで良いと思いますよ。白浜先輩の弟がどこまで食い付けるかが勝負を分けそうですが、そこまでの道を造るのは俺達の仕事ですから」

 まるで、ベテランのように貫録を纏って言ってのける彼方の様子に美香は自分の頬を強く叩いた。

 ここまで彼方に言われっぱなしでは、先輩としての立場がないからだ。

 美香がこのチームの中で一番のベテラン。そして、この試合の原因も美香にある。

 だからこそ、このチームを引っ張っていく義務があるのは彼方では無く、美香の筈だ。言われっぱなしでいる訳にはいかない。

「言ってくれるじゃない。でも、確かに私達は私達の仕事をしないと立つ瀬もないわよね……。向こうもそろそろ、本気を出して来たみたいだし、私達もギアを切り替えて本格的に動きましょうか」

 美香は先程以上にプログラムを組み上げるスピードを上げる。

 しかし、それだけではない。これから先は那月の行動を予測して罠を張らなければならないのだ。その為に、モニターを新たに開き、プログラムコードで美鶴達のいる階層の状況を観察し始める。

 確かに、ただ確認するのならば映像を用いた方が楽だ。だが、コードを観察する事により、些細な空間の動きを即座に掴み、相良達の罠に対処出来る。

「そう言えば、眼鏡をかけないと! 気分的なモノだけどね」

 美香はそう言うと、どこからか眼鏡を取り出しそれをかける。そして、深く深呼吸すると流れて来た情報を基に相良の設置し始めたプログラムを再び解体するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る