第29話 作戦決行!
二つ返事でこちらに向かうと宣言した居鶴は、数分後には俺たちの前に姿を表した。
「よっ飛沫、久しぶり」
「言うほど久しくもないだろ」
「そうでもないよ。な、真澄」
かすかに口端を上気させながら、楽しそうに居鶴は尋ねる。
その問いかけに、真澄は笑って頷く。
居鶴がこちらに向かう間に済ませておこうと思ったビルの見取り図の作成は、まだ途中だった。
真澄に確認を取りながら書き出していたそれをしばらく眺めると、居鶴は嬉しそうにはにかんだ。
「なんだよ、その曰くありげな表情は」
真澄とは違い含みのある笑みを浮かべながらニヤニヤする居鶴に、俺は疑問をぶつける。
「いや、案外早く帰ってきたなと思ってね」
そう言うと居鶴は、満足そうにもう一度笑う。
そんなやつを横目に残りあと少しの作業を終えた俺は、「ふう」と一つ息をつく。
「まあいい。んじゃ作戦をを伝えるぞ。わからないところがあったら適宜聞いてくれ」
「了解!」
「わかったわ」
二人が相槌を打つ。
「今の飛沫がどんな感じなのか、お手並み拝見させてもらうよ」
せっかく思いついた細かなことが頭から溢れないよう、集中を保ったまま打ち合わせに入る。
「まず、ジオイルの開発部があると噂のビル、さっきそこに行ってきた。六階に開発部があるって話だが、正直胡散臭い。まあ、それしか情報がない今、そこを目指すしか無いわけだが。敷地を広く使ってる大きなビルだから、各階、結構なスペースがあるだろう。とりあえず便宜上、東西南北に分けて説明させてもらう。まずロビーだ。この東エリアを見てくれ」
俺は話し始めた。
この時、決まっていたのは美滝に会うための作戦、その大筋だけだった。
しかし二人に相談しながら話を進めていくうちに、具体的な手順を詰めていくことが出来た。
いけると思った。
「じゃ、こんな感じで」
俺たちは相互に顔を見合わせると大きく頷いた。
そうして立ち上がると、
「よし、作戦決行だ!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、俺たちは駆け出した。
* * *
「いらっしゃいませ。ご用件は何ですか」
さっきの女性接客員が、ロボットのように再び同じことを尋ねる。
「あーすんません、道に迷っちゃって。光井第三ビルってここであってますか?」
「いえ、そのビルならその入口を出て左になります」
「あっれー、そっちならさっき行ったんだけどなぁ」
「少し入り組んだ路地を抜けることになりますね」
「うーん、そう言われてもちょっとわっかんないなー。来てもらってもいいっすか?」
「いえ、勤務中ですので……」
「そんなこと言わないでくださいよー。ドアを出たところで指さしてくれるだけでいいんで」
「と、言われましても……」
「そこをなんとか!」
「はぁ、わかりました……」
「助かりまーす!」
さて、このやけに声のでかい迷惑な男。朝霧居鶴なわけであるが、受付令嬢を連れ出すことに成功したようだ。
俺は「上手くやってくれ」と頼んだだけで具体的な支持を出してはいなかったのだが、どうやら言った通り上手くやってくれたようだ。
まあ、あいつならどうにかしてくれるだろうと思っていたが。
俺たちはその隙に小走りでエレベーターに近づく。
このビルには入り口が二つある。一つは居鶴が女性接客員を連れだした方の東側入り口。もう一つはエレベーターの位置する西側入り口だ。
こちらは駅やバス停から遠いため利用する客が少ないようだった。回りこんでくる間に駐車場があったから、主に社員たちが利用しているのかもしれない。
よって、東側入り口より若干だが警戒が薄い。それでも受付の定位置で前を向いていれば両方目に入るであろうレベルではあるが。
エレベーターはそれ自身にセキュリティがかかっていて、権限を持った者しか利用できない。そのため無警戒にもカウンターからは目に入らない位置に配置されているのだが、万全を期すために連れ出してもらった次第である。
エレベーター前に立つと、俺はその横にあったメモリを手にする。
意識を集中しそれをエレベーター横の認識装置にあてると、カチャッという音を鳴らしドアはひとりでに口を開けた。押さずとも開いたということは、どうやら上下を選ぶ三角ボタンはフェイクだったらしい。
こういうセキュリティも破ってしまうセルフリードという能力は、確かにとても危険な力であり、禁忌であるように思う。
逃げ場の無い空間。それに若干の恐怖を抱きながらも俺と真澄は乗り込んだ。
エレベーターの内装は若干の高級感を醸しだしてはいるものの、一般によく見るものと大きな違いはなかった。
三角ボタンを押さずともドアが開いたので、どうやら移動先の階は内部の数字のボタンのみで決定されるようだ。その中から『6』を選択すると、静かに上へと移動を始めた。
「ふふ、やっちゃったね」
怖がっているものだと思っていたが、真澄は思いのほか楽しそうだった。
そういえば昔から、ハイリスクないたずらごとをする時は妙に高揚していたっけ。
「お前……、結構性格悪いだろ」
「そんなことないわ。罪悪感はちゃんと感じているの」
ちゃんとって……。その上で楽しそうにしてるから性格悪いんじゃないか。
「ねえ、苗加さんのこと、どう思う?」
「え?」
不意にそんなことを聞いてくるものだから、妙に焦ってしまう。
狭い空間に二人きりという状況が、俺の鼓動を一段と跳ね上げさせる。
「どうって……」
「突然学校に来なくなったんでしょ?」
「あ、ああ……それね……」
「?」
一男子高校生を変な勘違いに誘い込んだことなどに全く気づく気配もなく、真澄は話を続ける。
「たしかにしぶくんとの口論で、何か思うところがあったのかもしれない。でもそれだけで学校に来なくなるとは、わたしにはちょっと考えにくいの」
思い出したように、真澄は言葉を紡ぐ。
「わたし、苗加さんが苦手。でも四人で出かけたとき、居心地が良いなとも思った。苗加さんは誰にでも公平……ってわけじゃないけど、フラットにあたってくれるのは、悪い気はしなかったの。多分あの人は、いい人だよ、しぶくん」
俺の羽込への疑念に気づいていたのか、真澄は自分の思いを訴えかける。
「だからね、何が言いたいかっていうとね、心配なの」
知り合って間もない相手に気を回すことが出来る。水瀬真澄は本当にいい子だと、俺は心から思う。そして賢い真澄のことだ、それを悪い方向に考えてしまっているのかもしれない。
「でね、苗加さんはただ学校に来なくなったんじゃなくて、もしかして」
真澄がなにか言いかけたのと同時にリン、とベルが鳴る。どうやら目的の六階に到着したらしい。
ドアが開く。
それとともに踏みだそうとするが、
――ドン!
と身体を押し戻された。
驚きのあまり腰が抜け、立ち直れない。
それをやったのは真澄だったのだ。
「何すんだよ真澄!」
前を向き直し、真澄と六階の内装に目を向ける。
しかしそこにあったのはジオイルの開発部などではなく――
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか」
一階、フロントにいた女性接客員と全く同じ容貌をした清掃員だった。
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