第28話 ただいま

 全てのタイミングが悪かった。これは偶然という名の魔物が呼んだ、悲劇的すぎる現実だった。

 これがもし全部妖怪のしわざだとしたら、俺はあのオレンジ色の二足歩行猫を探し出し画面全体にモザイクがかかるくらいの残虐な殺戮に及んでいるだろう。妖怪マジ最低。絶対許さないニャン。

 いやいや、冗談言っている場合じゃない。

 冷静になって考えてみると、俺は再会への焦りのあまり、かなり危険な一歩を踏みだそうとしていたと気づく。

 真澄が止めてくれなかったら、取り返しのつかないことになっていただろう。

 ここまで知って、俺はどうする。

 違う過程を経て発見、研究されてきた科学。

 別の世界の人間が住む世界で、別の世界の人間が育んだ技術、作り上げた機器。

 今回で言えば、本来ならその世界で使われる、専用機器を用いて読み出す技術。

 それが美滝の超研究で、半年間の間にあらぬ形でこの世界に流入してしまった。

 つまりは、美滝は科学の力で異科学の技術をコピーしてしまったのである。「かがくのちからってすげー」とかいうレベルじゃない。たった四ヶ月だぞ?

 そしてその超研究は、あらぬ形で必要のなかったものとされてしまった。俺のこの、余計な能力のせいで。

 こんなことがあってたまるか。

 今この世界で起こっていること、起こりつつあることは美滝の本意じゃない。彼女は姉として、ダメな弟を復活させたいだけのはずだったのだ。

 彼女は利用されているのではなかろうか。多分、漬け込まれてしまったのだ。疑うべきは処方箋苗加ではない。別の組織が、いいように彼女を動かしている。恐らく、ジオイルまたはそれに関連する団体だ。

 処方箋というのは美滝が訪れた時に聞いた名前で、実態は羽込本人がアンティークショップと称したように異世界のものを売る店だったわけであるが。

 美滝はただ俺を……。そう思うと自然とこみ上げてくる熱を帯びた温かいそれは、さっきまでの焦燥を掻き立てるものではない。

 どうにかしなくちゃいけない、どうにかするために、自分はどうすればいいか。それをもう一度俺に考えさせるような衝動だった。

 半年間引きこもっていたせいでおかしくなった、メンタルヘルス診断に引っかかるような世界を、手元にあるものだけでどう正す?


 一人でそんなことができるだろうか?

 ああ、当然だ。

 自分の力は自分が一番よく分かっている。

 答えは出ていた。


 手紙の残りの数行を読み、俺はそれを折り畳む。このただの紙に触れ、取り戻したもの。それは手を伝い、俺の中にじわじわと戻ってくる。

 俺は隣に腰掛ける真澄を一瞥する。

「居鶴は今からここに来れるか」

 瞳を見据える。

「しぶくん……」

 世界中に数個とない信頼できるその目の光に、俺は一人で抱え込まない大切さを知らされる。いや、思い出させられる。

「隊員各位に、作戦の指示を出したいんだが」

 言ってみたものの、やはり恥ずかしくて目を逸らす。

 それでも返事が帰ってこないものだから、気になって横目で様子を伺う。泣きそうな顔の下半分を両手で覆い大きく目を見開く彼女の髪留めが、キラっと小さく光った。

「うん!」

 うん、うんと何度も、嬉しそうに。

 照れながら放ったクサいセリフに、その目は一切の淀みなく言葉を返してくれた。

 そう、当然のことだった。

 自分一人の力ではどうしようもないことがある。図らずとも直感できてしまうようなこと。

 そんなことの前に立ったなら俺は当然、

 何のために今まで一緒に生きてきた?

 何のためにこれから一緒に生きていく?

 異世界に赴く前、羽込は「私がいるから」と言った。それが俺の知るこの世界のほとんど全てだった。多分、異世界だってそうだ。俺は彼女を頼った。

 人と人が生きていくから世界なんだよ。

 申し訳ない? 危険にさらしたくない?

 当たり前だ。そんな百も承知のこと、俺たちはわざわざ口にしてやるものか。

 承知した上で、それでも俺は頼るぞ。

 どうしてかって?

 多分、嬉しいんだ。お互いに。

 頼ることが、頼られることが。

 嬉しいからこそ、大切だからこそ、自分が共に生きていることの相手への何よりの証明がしたい。相手のことをわかりきった口を利くようだが、この事だけは確かにわかりきっているのだから仕方がない。だからこれでいい。

「ありがとうな、真澄」

 これだけでいいんだ。要らないんだ、俺たちには。俺の、これからも生きたい世界には。

 こんなにも想ってくれる仲間に対して、悪いとか、忍びないとか、遠慮しようとか。ひねくれた生活に揉まれて何を要らないことを覚えてしまっていたのだろう、俺は。

 一人で何とかしようとしていた。頼るのは、カッコ悪いんだと決めつけていた。

 微妙な距離をおくことに、何となく壁を隔てることに、何の意味があったのだろう。

 真澄はもう一度、心底嬉しそうに微笑んだ。

 俺もそれが、何だか嬉しかった。

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