道(タオ)

@kouzukitakeshi

第1話

松平武士は高校の授業から帰ってきて家の郵便受けを確認する。封筒が入っていた。

投稿小説を出した出版社からだ!高鳴る胸の鼓動を抑えながら封を切る。

「残念ながら……」

最初の一文で結論は見えた。

「あー、もういいわ」

言いながら武はその封筒を地面に投げつける。でも、見たい、どんな評価がついているのか見たい。

でも見たくない。だいたい想像はつく。いつもボロカスにけなしてある。評価も全部5段階評価の

Eばっかりだ。

みたい、みたくない、見たい、見たくない、めぐりー巡ってー今はみたいー!

武士は地面に投げ捨てた封筒を拾い上げた。中身を確認する。

「文章力がない・ご都合主義・自己満足」

「あー、はいはい、毎回書かれてますよ、読者の事を考えていない、作者のオナニー、自己満足」

武士はつぶやく。

今回はかなり文章表現がやわらかいほうだった。少し安心してその先を読み進める。

「こんなもの書いていて恥ずかしくないですか?」

武士は思わずその場に崩れ落ちた。

「……いや、本人はものすごくカッコイイと思って書いてるんですが……」

チッ、と武士は舌打ちする。

「どうせ今回もオールEでしょ」

ふてくされながら評価を見ていく。

独創性E、表現力E、構成力E、創造力E、将来性E、文章力D、

「え?」

武士はその手紙を見直す。文章力D。

「うおおおおおおおー!生まれて初めてE以外の評価をもらった!わが生涯に一片の悔いなし!」

武士は思わず手につかんだ手紙を高らかと天にかざした。

「なんだー、この評価の人、けなしてるようで、実はツンデレなんじゃん、びっくりしたよー」

武士は物凄く気分がよくなった。

「さあ、バイトに行ってくるかー」

武士はバイトの帰りに新しく書いた投稿小説をポストに投函するため、バックに新作の小説を入れて家を出た。

武士は家を出て、近所の大楠が生えている神社の本殿に御参りし、摂社の防火稲荷にお参りし、

井戸にも手を合わせた。この井戸には昔雷様が落ちたという伝説のある井戸だ。

「せめて、一生に一度でいいから一時通過しますように」

その神社の近所にあるバス停から巡回バスに乗って鶯谷駅で降り、山手線で秋葉原まで行く。

「あーすいません、すいません、おっしゃることごもっともです、すべて弊社の失敗です。

まことにもうしわけありません」

職場に行くと、先輩の太原先輩が平謝りしている。いつもならが、太原先輩は本当に腰が低い。

先輩が電話を切る。

「本当に先輩は腰が低いですね、クレーマーなんてほとんど不条理な連中ばっかでしょ」

「ははは、ボクたちは謝ることが仕事だからね。耐久力だけは一人前さ」

オタク系同人誌販売専門店。日本でも最大級のこの店舗には日本全国から

人気の同人誌が集まってくる。その通販サイトも巨大で、クレームだけでも

1人何百件もかかってくるのだ。武士は新刊同人誌を書棚に入れる単純労働で、

肉体的には激務だが、太原先輩のところにかかってくる不条理なクレームを横で

聞いていると、あの係りだけは絶対やりたくないと思った。

「おつかれちゃーん」後ろから誰か声をかけてきた。

武士が振り向くと、そこには小太りの木下良太が居た。

良太は中古同人誌の査定係りだ。中古同人誌の査定はよほど同人誌に熟練してなければ

できない仕事で、武士たち下っ端のアルバイターには憧れの職だった。

「お疲れ様です」

武士は頭をさげた。

「あのね、良太先輩、俺今日投稿小説の評価で初めてDもらったんすよー」

「へー、そりゃよかったねえ、何でも積み重ねだからね、将来本が出版されて、

アニメ化されたらDVD買うよ」

「いやだなー、まだ早いっすよー」

当然小説が出版されてアニメ化され、DVDになることを前提にして話しする武士であった。

ご機嫌に仕事をこなし、夜の11時頃、バイト先を出る武士。

「おら!こんだけしか金もってねえのかよ」

怒鳴り声が聞こえた。恐らくオタク狩りだ。係わり合いになりたくないと思った武士は

足早にその場を立ち去ろうとした。

「やめてよ!お金はあげるから殴らないでよ!」

良太先輩の声だった。

武士は反射的に裏路地に走りこんでいた。

「うおおおおー!」

叫びながら良太を取り囲んでいる不良の群れに突っ込む。

ひるんだ不良が少し後ろに飛びのく。

そのスキに武士は良太の手をつかんで引っ張った。

「早く!走って!」

「う、うん」

「待ちやがれ!」

不良たちが追ってくる。

武士と良太は裏路地に逃げ込み、そこにある急な階段を駆け上がる。

「ふう、ふう、ふう、もう走れないよ」

階段を上がったところで良太がへたりこんだ。

武士は周囲を見回す。目の前に巨大な神社があった。

「ここの神社の茂みに隠れましょう」

「う、うん、わかった」

良太はゼイゼイと息を吐き、足をよろつかせながらも神社に入り、そこにあった巨大な少彦名命の銅像の後ろに隠れた。

それから、どれくらい時間がたっただろう。急に周囲が明るくなった。

「あれ、どうしたんだろう?」

武士たちは神社を出て周囲を見回した。どうもおかしい。周囲にある建物がボロボロになっている。

「とにかく、今日は家に帰ろう。秋葉原駅に引き返すと、連中が待ち伏せしてるかもしれないから、

御茶ノ水駅に行こうよ」

良太が言った。

「そうですね」

鳥居をくぐり、向かって右に曲がり、緩やかな坂道をのぼって左に曲がる。橋を渡ったところに

お茶の水駅はあるはずだった。しかし……

橋が落ちていた。

「なんだよこれ!」

武士は叫んだ。

「おい、そこで何をしておる」

声のする方を見て武士は愕然とした。

そこに居たのは馬に乗った鎧武者と徒歩の足軽だった。武士たちはそこに立ち尽くすしかなかった。

「あいや、またれい、この者らにオタの暗黒面を感じる」

その騎馬武者の後ろから手に水晶玉をもった僧侶が現れる。僧侶は武士たちに向かって水晶玉をかざす。すると水晶玉は青白く光った。

「うむ、これはかなり強烈なオタの暗黒面じゃ、むむっ」

僧侶は武士の持ったバックに視線を向ける。

「そこじゃ」

僧侶が指をさすと足軽がすかさず武士からバックを取り上げる。

「あ、やめてよ、そこには小説が入ってるんだから」

「小説とな」

不審そうな顔をして僧侶は足軽からバックを受け取り、その中から武士が書いた登校用の新作小説をとりだす。

「ふむふむ」

僧侶は武士の小説を読み出す。

「むむっ……、なんじゃこれは、何とつまらない小説じゃ!つまらなすぎて目が腐るわっ!ぐわっ!ぐわあああああああー!」

僧侶の目が本当に腐り落ちて、あっというまに肉がそげおち、骸骨となってその場に朽ち果てた。

「むむ!貴様、オタの暗黒卿だな!すぐさまひっとらえよ!」

武者の命令で武士たちは足軽の押さえつけられ縄で縛られてひったてられた。

命の危険にさらされて、大ピンチの状況であったあが武士の心はウツロであった。

「なにも、本当に目が腐ることないじゃん……そりゃ、俺の小説は面白くないけどさ……」

武士と良太は秋葉原の中央にある交差点に引っ立てられる。周囲を見ると、秋葉原の町は荒廃し、

窓ガラスは割れ店も営業している気配は無かった。

武士たちのほかにもオタク風の少年たちが何人も集められていた。

「こいつはただのオタではない。オタの暗黒卿だ、扱いにはくれぐれも注意してくれ」

「なあに、今すぐここにいるオタどもは全部斬首するゆえ、心配ご無用」

武者たちが話し合っている。

「いやだー、死にたくない、死にたくないー!げほっ」

オタクらしき少年が斬首され、クビが転がる。

次々にオタクたちが引っ立てたれ、殺されていく。

そして武士の番になった。

「いやあー、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ俺の小説がアニメ化されるまではー!」

叫ぶが、武者は容赦なく刀を振り上げる。

トスッ

軽い音がして、鎧武者がその場に倒れる。クビに矢が刺さっている。

「うわっ!」「ぎゃっ!」

足軽たちが次々と切り倒される。

足軽たちを切り倒しているのは黒髪に紫色の鎧装束を着た美少女だった。

その少女は一直線に武士に向かって駆け寄ってくる。

「我々はレジスタンスだ。こい!」

少女は手を伸ばす。

「は、はい」

武士は少女の手を握る。少女の部下であろう美少女たちが刀や弓矢で次々と

足軽や鎧武者を倒していく。

「そこまでだ悪の手先どもめ!」

大声がとどろいたかと思うと、巨大な機械の手がある二足歩行の装甲車のようなものが路地の横合いから出てきた。

ズドドドド

機関銃が次々と美少女たちをなぎ倒し殺してゆく。

「おのれ!この者だけは渡さぬぞ、この者は我らの希望なのだ!」

武士を助けてくれた美少女はその装甲車に突進して飛び上がり、日本刀で一撃を食らわせる。

装甲に火花が散る。しかし打撃を与えることはできない。少女は装甲車の手につかまれる。

「おのれ!世の中の害にしかならないオタを擁護しよって、貴様のような奴はジワジワとなぶり殺しにしてやる」

その機械の装甲車の手はジワジワとゆっくり少女の腹に食い込んだ手の指をしぼりこんでいく。

「くはっ!」少女は必死に体をよじるが身動きがとれない。

「やめろー!」

武士は装甲車に突進する。

「だめだ、逃げろ!」

少女が叫ぶ。

「いやだ、君を見捨てて逃げることなんてできない!」

装甲車がもう一方の手で武士をつかむ。

「ぐはっ!」

「君、君のオタの暗黒面を開放するのだ」

少女が叫ぶ。

「何を言ってるんだよ!」

「君の書いている小説の一文でもいい、相手に向けて投げかけるんだ!」

「え?」

「早く!」

「あ、ハイ」

少女は耳をふさぐ。

武士は一端、息を呑み、そこあと、装甲車の操縦席にむかって大声で叫んだ。

「もう、おにいちゃんたら、そんなにポヨ子のお尻が好きなの?大好きなお兄ちゃんのためなら

ポヨ子、もっとお尻プリンプリンさせてあげる。はい、ぷりん、ぷりん♪」

「うああああああー、なんだこれ、きもちわるいいいいい、がああああああああー」

武士の声を聞いた操縦席の男は苦しみのたうちまわって転げまわる。

バフッ!鈍い音がして操縦席の男の頭が砕け散った。

「……はあ、そうですか」

武士は冷めた声でつぶやいた。

レジスタンスは勝利し、武士はたすけだされた。

「我が名は方月祭童(ほうげつさいどう)オタ開放連合の棟梁じゃ、以後よろしく」

屈託の無い笑顔で少女は武士に微笑みかけた。

しかし武士の表情は暗かった。

「どうしたのだ?」

祭童は武士の顔を覗き込む。

武士の目からポロポロと涙がこぼれ出る。

「こんな……目が腐るとか、頭が割れるとか……そんな事まで言われて、生きていたくないです。

普通、異世界転生とかしたら、ハーレムとか無双とか、すごくいい事ばっかりでしょ、それが

俺の書いた小説が全否定なんて……しかも実際に物理的に頭割れるほどクソ以下の小説だなんて……目の前で見せられたらもう……」

「小説がヘタクソでも生きていていいではないか、人間だもの」

祭童はそう言って武士を抱きしめた。祭童の大きな胸に武士の顔がうずまった。

武士の顔がカーッと熱くなる。

「伝わってくるぞ、そなたの熱が私の胸に」

そういって祭童が微笑んだ。

生まれて初めて知る女性の胸の感触だった。

「……ああ、生きててよかった」

武士は心の中でそう思った。









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