012

 キンスキーはすこぶる不機嫌だった。せっかく苦労して集めた仲間をバンパイアハンターに全滅させられたせいで、銀行強盗計画をいったん中止せざるをえなくなった。そして情報をもらしたであろう裏切り者のもとへ急行してみれば、手を下すまでもなくとっくに殺されている始末。この怒りを誰にぶつければいいのか。

 いや、オトシマエをキッチリつけることも大事ではある。けれども、金にならないことをする気はない。復讐で腹は膨れないのだから。

 キンスキーにはバンパイアハンターの立場がうらやましい。特にローラの場合は、復讐を果たすと同時に懸賞金も手に入るというのだから、まさに一石二鳥ではないか。もっとも、無事にキンスキーを仕留められればのハナシではあるが。

「“生きるために稼ぐのなら、死ぬほど働くのはバカげてる”」

 命あっての物種。命は金に代えられない。けれども、金がなければ生活していけないこともまた事実。なんというジレンマ。

 金、金、金、金が欲しい。

 ラクして金を手に入れる方法はいくつかある。いや、かならずしもラクと言い切ってしまえるわけではない。盗み、恐喝、詐欺、ギャンブル――どの手段にもそれなりの苦労がついてまわる。だからより厳密には、時間をかけずに稼げる方法というべきだろう。まじめに働く連中が一生かかって稼ぐよりはるかに多くを、ほんの一瞬で手にする方法。

 一方で、真にラクして儲けたいと思うのも人間の悲しいサガだ。ある日突然、莫大な遺産が転がり込むとか。運よく隠された財宝を発見するとか。


 ――ああ! この地上のどこかに、黄金郷エル・ドラドは存在しないのか!


「いいところに来たなアンタ。ハンパじゃない儲け話があるんだが、どうだい? 乗らないか?」

 キンスキーと顔を合わせるなり、開口一番そう言い出したのは、馴染みの闇ブローカーだった。アグアカリエンテに店を構えていて、キンスキーも盗品を売りさばく際はいつも世話になる。彼は情報屋も兼業しており、アメリカ全土に情報網を布いている。あの忌々しいバンパイアハンターについて調べておこうと思って訪れたのだが、どうやらこれは予期せぬ収穫らしい。

「儲け話? そいつは俺が俺自身を仕留めて、懸賞金を得るよりも?」

「今は10万ドルだったか。しかしアンタみたいな小悪党が、ずいぶん買いかぶられたもんだ。何ならそれと同じ額を払ってやってもいい」

「なんだ、てめえが金を払うのか?」

「まァとりあえず話を聞けよ。実を言うと、あんたに頼みたい仕事があるんだ。冗談みたいな儲けのわりには、そう難しい仕事じゃアない。イングリッド・ピットってコソ泥を見つけ出して、そいつが盗んだとあるお宝を横取りするんだ」

「盗まれたのはいつだ?」

「3週間前」

「おいおい、そいつがムチャな頼み事ってことは、てめえ自身よォくわかってるはずだ。コソ泥なら盗品をいつまでも抱え込んじゃいないだろう。3週間も経ってたら、とっくに市場へ流れているんじゃないか。いや、たとえまだ持っていたとしても、横取りなんて物騒な手段を取るより、俺を雇う金を使って買い取るほうが確実なはずだ。てめえの商売からすれば。違うか?」

「あいにくそうは問屋が卸さない。ヤツはコソ泥としての腕は平凡な部類だし、何か際立った美学を持っているわけでもない。だが、あのアマにはほかの連中とは明らかに異質なところがある。盗んだ品をいっさい売りさばこうとしないんだ」

「なんだって? そいつは確かに妙だな。文字どおり宝の持ち腐れだ」

 盗品というのは当然ながら、そのまま持っていてもまったく金にならない。換金しなければ無意味だ。かと言って、普通に表社会の市場へ持ち込めば、すぐさま盗品だとバレて捕まるおそれがある。ゆえに闇ブローカーを通じ、盗品だと承知の上で買い取ってくれるコレクターに売りつけるわけだ。そのため闇ブローカーは、ときに顧客の希望する商品の在処を探り出し、自分が買い取ることを条件に盗っ人へ情報を流すことがある。むろんその逆もしかり。

「あのクソアマ……オレから情報を買っておいて、どういうわけか盗んだ品を手放そうとしやがらないんだ。こいつは妙だと思って詳しく調べてみると、どうもほかのブローカー相手にも同じようなことをくり返してきたらしい」

「なァるほど。それで俺にそのお宝を取り返せと」

「ああ。何しろ顧客がしびれを切らしてるんでな。もちろんお目当ての品以外でも、ほかによさそうなお宝があったら高値で買い取ろう。聞いた話じゃア、金塊を山のように貯め込んでるってハナシだ。ハッキリしている分だけで、最低でも100万ドルはくだらない」

「100万ドルっ!?」キンスキーはこらえきれず笑みをこぼした。「そいつはサイコーだ。実にイカしてる」

 それだけの金があれば、数十年は遊んで暮らせる。わざわざ銀行強盗なんて危険なことをするまでもない。女から金を奪うほうがずっとカンタンだ。

「お宝の隠し場所が特定できれば一番よかったんだが、女が頻繁に訪れる地域を割り出すのが精一杯だった。あとは直接あの女に吐かせるしかない。イングリッド・ピットは今、ソコロにいるはずだ。別のブローカーから情報を買って、金持ちの屋敷へ盗みに入るつもりらしい」

 そこまでわかっているのなら話は早い。さっそくソコロへ出向いて、そのイングリッドという女を捕まえてしまおう。何なら、盗みに入ったあとで捕まえたほうが得かもしれない。そうすればその分も丸儲けできる。

「……しっかし、そのイングリッドとかいう女は、いったい何が目的なんだ? コレクターなのか?」

「確かにコレクターと言えばコレクターなんだろうな。ただし、いわゆる美術品とか骨董品なんかじゃない。ヤツの場合はとにかく黄金が好きらしい。逆にそれ以外のこだわりはまったくない。とにかく金塊以外はどうでもいいみたいだ」

「……まさかその女、バンパイアじゃアないだろうな?」

 バンパイアなら、黄金をムダに蓄えていても不思議ではない。不老不死を得た代償、ドラゴンの呪い。使うためではなく貯めるためだけに金を稼ぐ、憐れな黄金狂エル・ドラコに成り果てたのならば。

 この推測はあまり当たってほしくなかった。ただの人間の女だったら、金を脅し盗るくらいカンタンだ。けれども、バンパイアとなれば話が変わってくる。力ずくで取り押さえるのが難しくなるし、たとえ生け捕りにできたとしても、財宝の在処を訊き出すのに拷問が効きづらくなる。

 拷問とは単に痛みを与えることが本質ではない。痛みはあくまで付加的なものだ。拷問において真に重要なのは、取り返しのつかなさを恐れさせることにある。死というのはわかりやすい恐怖だが、それは下の下だ。なにせ死なせてしまえば、肝心の情報を得られないのだし、むしろしゃべってしまったほうが殺されることくらい、少しばかり賢ければ誰でもわかる。

 痛みとは傷への警告にすぎない。傷そのものが拷問の神髄なのだ。爪を剥がされる痛みは強烈だ。しかしそれよりも、爪の剥がされてしまった指のほうが、その人間に恐怖を与えてくれる。もっとも爪はまたいずれ生えるから、指を切り落とすほうがはるかに効果的だ。ナイフで身体じゅうを切りつけられる痛みはいかばかりか。けれども、傷だらけになった身体のほうがはるかに痛々しい。心が張り裂けそうなほどに。刻み込まれていつまでも残り続ける。

 しかし、それがバンパイア相手となると途端に意味をなくす。不死身のバンパイアは頭か心臓を潰されないかぎり、どんな傷もあっという間に完治してしまう。キレイサッパリ、跡形もなく。処女は永遠に処女のまま。だからと言って、拷問がまったく通じないわけではないが、本来の効果よりも数段劣ることは否めない。

 世のなかには痛みそのものに主眼を置いた拷問、さらには肉体ではなく精神に直接痛みと傷を刻みつける拷問もあると聞く。だがあいにく、キンスキーは具体的な方法を知らないし、そういう高度なテクニックは専門家でもないと難しい。

「イングリッド・ピットがバンパイア?」ブローカーは首をかしげる。「……さて、そんな情報は入ってきていないが。少なくとも、盗みの際にバンパイアの力を使ってはいない。現にオレから情報を買ったとき、ついでに窓から忍び込むための登攀用ロープの手配も頼まれたくらいだ。バンパイアならそんなもん用意しなくても、自分の翼で飛べば済む」

「なるほど、そいつを聞いてひとまず安心した。しかしバンパイアじゃないとしたら、コレクターらしくない蒐集はどういうことなんだか……」

「さァな。きっとおれたちには理解できない、深遠な事情があるんだろうさ。考えるだけムダムダ」

「ちなみに、てめえがイングリッドから回収したいお宝ってのは何なんだ? ちゃんと知っておいたほうがいいだろ」

「まだ言ってなかったか。お目当ての品は、純金で出来た指輪だ」

「指輪ァ?」

 ブローカーはその指輪の写真を見せてくれた。パッと見、何の変哲もない指輪だ。特に大きな宝石がついているわけでもない。施された細工が抜きんでてすばらしいわけでもない。純金製だというならなおさら、その重さ相応の値段にしかならないはずだ。現在の金相場がいくらか知らないが、10万ドルにはほど遠いだろう。しかもそれはキンスキーが受け取る報酬、すなわち原価であって、実際に依頼人がブローカーへ支払う額はそんなものではすまされない。

「こんなのどこでも売っているんじゃアないのか? なんで依頼人はこんな指輪をわざわざ欲しがる」

「まァ何か特別な指輪らしいけどな。そんなことオレたちにはどうでもいい。この指輪を渡せば、依頼人が大金を支払ってくれる。それだけわかっていれば充分だ。ほかのことを知る必要はない」

「まさか手に入れたら世界を支配できる指輪だとでも? どうせてめえのほうからふっかけたんだろ。ヴェブレンいわく“金がかかった美術品と考えられる品物の使用や観賞からひき出される多くの満足感は、多くのばあい、おおむね美の名のもとにおおわれている高価という感覚の満足感”らしいからな」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。有閑階級にありがちな、衒示的消費の欲求を満たしてやっただけさ」

 ブローカーには買い手を見つける人脈と、売り物の品質を保証する信用がある。一度失った信用を取り戻すのが難しいように、一度手に入れた信用にバカはいくらでもだまされる。

「で、引き受けてくれるか」

「愚問だな。こんな美味い話を逃す手はない。――ただし、条件がある」

「おいおい、アホぬかせよ。これ以上ない破格の条件じゃアないか。ほかにいったいどんなワガママを要求するっていうんだアンタは」

「アホはてめえのほうだ。俺が今日ここへ来たのは、てめえのおねだりを聞くためだけとでも思っているのかよ。こっちにはこっちの用件ってもんがある」

「へいへい、そりゃア悪うござんしたね。……それで? 本日はどのようなご用件でしょうかお客様。へへっ、実はちょうど上質なハッパが手に入ったところでござんして」

 ハッパとはようするにマリファナだ。キンスキーが愛用している特別性の葉巻。そんじょそこらでは手に入らない。むろんそれを補充したくもあるのだが、

「ある男について情報が欲しい」

 キンスキーは先日遭遇したバンパイアハンターのことを語った。ブローカーは興味深そうに耳を傾け、聞き終えると得心した様子でうなずいた。

「……なるほど。そいつはおそらく〈ドラキュラ〉で間違いないだろう。あるいは〈串刺し公〉とも呼ばれてる。噂程度にしか聞いたことはなかったが、まさかホントに噂どおりだとは」

「その口ぶりだと、どうやら役に立ちそうなネタはないらしいな」

「ひとついいことを教えてやる。ドラゴンを殺したかったら、ドラゴンの死骸から武器を作れ」

「もしかして、この店で売ってないか?」

「あいにくだが、うちじゃア竜の歯は取り扱ってない」

 キンスキーは舌打ちして、「本当に何か情報はないのか? 俺はそいつに狙われてるんだ。弱点のひとつでもわからないと話にならん。何かないのか。この際どんなささいなネタでもいいから」

「……かならずしも弱点とは言い切れないかもしれないが」

 そう前置きして、ブローカーはとある噂について語った。

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