もう七年も前なのか その6
「マーヴェラス……」
女が笑う。高々しく賞賛の嵐を浴びせ、自らも感極まったかの様にくるくると回転しながら。
「
「……あれが、お前の楽しみにしてたもんか」
「そう! その通りさ! 高貴な血、美しい少女! しかし望まぬ境遇と、ライバルに勝てぬ歯がゆさからうらぶれ、追い詰められ……そこからの覚醒と、一発の逆転劇! ロマン、熱血、勝利だ! 分からないかい?」
ああ、そりゃあ分からないでも無いがね。そりゃ俺だって、男の子だった時期があったさ。
だが……だが、ここまで綺麗に決まるのはちょっと異常だ。何かがおかしい。
俺の【十中八駆】のように。何か、自然ではない。
「感動の薄い男だなぁ。もっと身を振って興奮を表したらどうなの。僕は今、こんなにも感極まっているというのに……! あぁ、デュティ! 君はなんてベストヒロインだ! 僕の! おメガネの通り!」
「その興奮は、物事がお前の思い通りにキッチリ収まりがついたからか? 違うか?」
これで「そうだ」と言われては、とてもじゃないが素直に喜ぶ気にもならん。
いや、確かに一つ一つの事柄は、個人の意思と偶然で起こりえる範囲だ。
デュティの奴にしろ、複数のチートと呼べるほどかけ離れてる訳じゃない。
黒の「
その位の差異なら単なる能力の二面性といってしまっても良い。というか実際、万能さで言えばアニーゼの【
……んなことより問題は、【
「今度こそ答えて貰うぜ。お前は"何"だ。何をしにきた? そろそろ良いんだろう?」
「えー、これから良いとこなんだけどなぁ……それにさぁ、充分ヒントはあげたはずだよ、アジンド。『
今度こそ銃口を突き付けて、俺は威圧するように尋ねた。
だがトロワのヘラヘラした笑いは止まらない。舐められているのか。あるいは本当に、感極まっているだけなのか。
嘘を言っている様子は無い。真実を口にする様子も無い。詩(うた)いの魔女の、口だけが回る。
「いや嫌いと言うのも語弊があるかな? そういう存在、常勝の強豪というのは間違いなくあったほうが良い。ただ、常日頃は『負ければ良いのに』と考えているだけで……いや、ファンの人は怒るかも知れないけどね。その方がほら、ドラマがあるじゃん?」
「……なんの、話だ」
「
野球? それにサッカー? ああくそ、名前は知ってるよ。フットサルくらいなら俺達だって試したこと有るさ――
なんせ、偉大なる初代勇者が残したゲームだからな! ああ、畜生、まさか、まさかじゃねえか!
「案外通りが悪いなぁ。そういうミームめいたのは伝わってないのかな……。
――そうだよ、僕は『二人目』だ。
トゥリーネ・ロードフィニス、ミキ・マコト、トロワ・ドゥ・ロア……その全て。 魔王印の保持者であり元・日本の大学生であり大ブレイク予定の放浪詩人、その全てだ! はは、はははは!」
こいつの眼に俺がどう見えたのかは知らねえが、よっぽどくそったれな顔をしてたんだろうよ。
なんの二人目かだなんて書く必要も無い。遠い所からわざわざおこしの素敵な素敵なお客様だ。
ようこそ、パーティガール! ドアを開けやがったのは誰だ? んなマネ出来んの、俺はお一人様しか知らんがな!
「"
「そう言ってあげなさんな、僕の魂を持ってきたのは別口さ。邪神の方に引きずってこられてね……。どうやら『日本の人』の知識でけちょんけちょんにされたのが酷く思い出深いらしい。赤ん坊から育てなおせばいい具合になるだろうとか、ふわっふわした脳筋らしい計画だけどさ」
「……そんで、裏切ったのか」
「だってそうだろ? 僕はアイサダ某くんとは違って、赤ん坊からのやり直しだぜ。これがまたちーっとも面白く無いんだ。僕はもっと楽しい物も美味しい物も沢山知ってるってのに、僕んちってばやるな知るなでさ。挙句の果てに魔王の苗床になれときたもんだ。セフレもびっくりだよ。知識だけが目当てだったのね!? 冗談じゃない、僕は僕で面白おかしくやらせてもらう。その為に色々と生まれる前からせしめて来たんだ」
そりゃあさぞかし、ロクでもない奇跡の集まりなんだろう。
人を簡単に魅了して、怪しげな商売を流行らせられるような。森で遭難しても運良く勇者様に助けられるような。
……あるいは、素敵で可愛いヒロインに頼りにしてもらえるような、か?
「君たちの
トロワは笑みを堪えながら手近な木に隠れ、まだ満足至らぬ様子で熱っぽく呟く。
これが物語ってんなら、ああ、そりゃあその中には"ボスキャラ"が居ないはずが無い。
この世界に生きている人間の中で、最も強くデュティの【鐚怨】を受けるだろう、彼女らの物語を終えるのにピッタリの人物。
……んなもん、1人しか思い浮かばない。
「さ、舞台袖の紹介はもう良いだろう。ここから先はクライマックスなんだ。展開を進めるぜ……あるいは、呆気無く終わるかもだけど!」
□■□
「う、動くんじゃないの!」
メリーが声を荒げて警告するのと、デュティがエンチャントで描いた龍が霞がかって消えるのは、ほぼ同時であった。
夢魔の方を見れば、いつの間に連れてきたのか樵装束の男が虚ろな眼をしてぼんやりとメリーへもたれかかっている。
様子を見るに、どうやらあの男が今回の寄生先だったのだろうか。本当に、感心するほど生き汚い奴だ。
「……抵抗したら、この人間を殺すわ。それだけじゃない、この山に眠らせた何体かのドレイクモールが目覚めて、一斉に村里を襲いだすのよ!」
「一匹だけじゃ無かったと言うの……!?」
「餌場に、と思ってまとめて連れて来てたのに救われたの。無理に何かしろとは言わない。メリーが立ち去るまで大人しくしてくれれば、この男も開放するわ」
メリーに要求を突き付けられ、デュティは悔しげに歯噛みする。
これでもしメリーが人質を取ったことで調子に乗り、デュティに不愉快な行為をていれば、『勇者』は何としても樵を救いかつこの夢魔を滅する方法を見つけ出していただろう。
「あるいは、この山の災害級モンスターを全て解き放っても良いって言うなら、わたしを追いかけても構わないけど? ……その黒い炎に喰われたくないってのは本気だもの」
「二重の人質ってわけ? 卑怯な上にこすい手ね」
「チート使ってる奴らに言われたかねーなの! こちとら今を生き残るので必死なのよ!」
だが要求が「見逃す」だけではそれも難しい。そのあたりの危険回避能力は、油断ならない奴なのだ。
……最も世の中には、回避するだけじゃどうにもならない危険と言うのも有るのだが。
「……その災害級モンスターと言うのは、『これ』のことでしょうか?」
不意に木霊した声と同時に、幾つかの『それ』が二人の間に落下した。
血や脂の跡が残る、巨大な首級。眼の曇ったドレイクモールやトロルの首が、ドスンドスンと地を鳴らしながら降ってくる。
「そんなッ、いつのま――」
驚愕に目を見開き、思わず口走ったその言葉は、衝撃によって中断され。
次の瞬間には彼女の身体に突き刺さった1メートル半の大剣が、森の木の一本へとメリーを縫い止めた。
ほのかに黄金光を纏うその剣は、特鋼剣「ディファレンチェイター」……悔しげに木の幹をなぞる指が、血の文様を描く。
魔法陣が昏く輝くと、夢魔メリーの身体は砂のように溶けて塵と消えた。
「自壊呪術? あら、潔い……」
レイラインに沿って、他所の灰へと帰っていくメリーの魂魄を口惜しそうに眺め、闖入者はややバツが悪そうに耳を丸める。
夜闇のなか、月に照らされるだけで翠色に淡く輝く髪が、黄金光のエネルギーによってふわりと波打ち。
支えを失って地面に倒れこんだ樵の男が、青臭い床の上でうんうんとうなされていた。
「アンフィナーゼ!? あなたどうしてここに」
「もともとディーちゃんを追いかけるつもりだったのに、なんだかモンスターの臭いがいっぱいするものだから遅れちゃいました。危なそうだから急いだんですけど……なんとかなったんですね。流石ディーちゃんです」
感心の言葉を伝え、嬉しそうに微笑むその笑顔に、普段と変わった様子はなんら無い。
……獲物の首を担ぎながら移動し、大剣の投擲で夢魔の少女を惨殺した後だとしても。
綺麗に両断された証か、切断面には僅かなほつれすら無く、くっつけなおせばそれだけで元通りに動きそうな印象すら受ける。
だがそれも天高く放り投げたあと、自由落下に任せるような真似をしなければの話か。デュティは着地の衝撃で所々こぼれ散った肉や骨の欠片に顔を顰め、嫌そうに槍の穂先でつつく。
「アナタ、これ……軽い地獄絵図よ。片付くの?」
「あはは……あ、そうだ! これ、エリクサーです。随分傷だらけになってますし、回復しておいた方が良いですよ」
アニーゼがドレスのポケットから取り出した
すると彼女の顔に青あざじみて浮かんでいた打撃痕が、みるみるうちに消えていく。この回復力で味も悪くないのだから、まさに神の薬といった所か。
デュティが問題無く動けるのを見て、アニーゼもまた安堵の息を吐いた。この秘薬でさえ、身体から切り離された魂魄を取り戻すほどの効果は無い。
アニーゼは微笑みながら突き刺さった剣を引き抜き、デュティを助け起こす。
そして気を失った男を改めて樹の根元へ運ぶと、僅かに距離をとり――
「さて、それでは。それはそれとして――"闘いますよね"?」
――この開けた空間を支配するように、振り払った剣に黄金の光刃を纏わせた。
「自分の心と向き合って、新しい力に目覚める――まぁ、素敵。格好良かったですよ、ディーちゃん。さっきの
「……ありがとう、で良いのかしら。ふん、改めて言われるとなんとなく滑稽ね」
空気が帯電したかと錯覚するほど濃密な戦意が、ここからでも分かるほどに身を震わせる。
アニーゼの笑みは一段と深まり、金色の残像が残るほどに激しく尻尾を揺らす。
……デュティからすれば、なぜこんな状況で憎きアンフィナーゼに祝われなければならないのかと言った心持ちだろう。
だが彼女も負けじと双槍を構えると、その左右に白と黒のオーラを纏う。
「ええそうよ、アンフィナーゼ。ワタシは確かにあなたが嫌い。だけど、ワタシが本当に憎んでるのは――母親よりも、お祖母様よりも長く生きられないこの身の弱さ。……アナタ如きに蹴落とされた、ワタシの不甲斐なさよ」
アニーゼが己の
美しく輝く「白光」の
子供心に、背負っていたものもあったのだろう。筆頭から次席に序列を下げられた後も、ずっと諦められなかったほどに。
「だけどその上で、母様はワタシに夢を託してくれたの。本当の勇者になると言う夢を、ワタシに任せてくれた。それこそがワタシの志。誰かに託されるという誇り! あなたにこの気持ちが分かるかしら、アンフィナーゼ? 『皆なんでこんなに弱いんだろう』という顔をして、ずっと見下してきたあなたに!」
あるいは、ひょっとしたら。アニーゼもまた彼女に並ぶべくして己を磨き、その夢と信念を抱えていたのなら……案外、デュティはあっさりと身を引いていたのかも知れないな。
だが俺の知る限り、アニーゼにそういうのは無い。やる気が無い訳じゃないんだ。俺の尻を引っ叩いてくるくらいには、アイツはアイツなりに勇者に拘泥してる。
ただ……そこに願いがあるかと言うと、首をひねらざるを得ない。
勇者になったらあれをしたいこうなりたいと語るのを、俺はアニーゼの口から聞いた覚えがないのだ。
それは、人によっては些細なことのように思えるだろう。だが、デュオーティにとってはそうでは無かった。
あいつは勇者という名に、夢を、誇りを抱えている。その輝きを、誰よりも強く渇望している。
だから、『強すぎて他にできる事が無いから、仕方なく勇者をやっている』など到底許せることじゃ無いのだろう。
「あなた、言ってたわね。勇者とは盾ではなく剣だと。善の味方ではなく、悪の敵なのだと。今なら、胸を張ってそれは違うって言える――勇者は旗よ。"敵"を誘き寄せるために振り回すものじゃ無い。人の背を支え、一歩を踏み出させる正義の御旗。いずれそうなる……いや、ワタシがそう変える!」
最後まで力強く言い切って、デュティは改めてアニーゼへ穂先を向けた。
対するアニーゼはに、何かを言う様子は無い。にこやかな笑みのまま、時折僅かに肩を震わせるだけ。
……その仕草を「噛みしめているのだ」と理解できる奴は、ま、そう居ないだろう。
「……あぁ、格好良いなぁ。やっぱり私はディーちゃんのこと、嫌いになんかなれません。いくら嫌われていても関係無いです。私に足りないものは、そういう"熱さ"だって分かるから」
アンフィナーゼは、あれで結構漫画の類を好む。
それも単なる勧善懲悪ものでは無い。善にも悪にも、人の意思が、欲が、しっかりとこびりついたタイプのものだ。
今まさに、あいつはそれを味わっているのだろう。獣が、肉のついた骨を舐めしゃぶるように。
己に足りない何かを探し、必死に喉を潤しながら。
「だけど
瞳の奥まで金に染めた瞳は、その体内にすら【光刃貴剣】が循環している証だ。
まだ月が輝いていると言うのに、木々や枝葉の色は光は昼めいて鮮やかで。ああ、本来アイツの前では夜すら意味をなさなくなる。
負けじと双極の輝刃を纏わせるデュティが、それでも圧しきれずに唾を飲む。
「奪うというなら――私も所詮、井の中の蛙に過ぎぬのだ、と。そう納得させてからにしてくださいね?」
――そして、翠金の
□■□
もし台風の目の中を特等席と呼ぶなら、俺とトロワが居るのは確かに特等席に違いない。
金と白と黒の入り混じった風がほんの数歩横を突き抜けていくアトラクションが好みな友達がいたら、ぜひ招待してみてくれ。
スリル満点なことこの上ないぞ。なんせどれもが樹木を両断し、地面にえぐった跡を残す剣風なんだからな。
「あのバカ娘ども、俺たちが居るってことに気がついて無いのか!?」
「というより、『気がつけない』の方が正しいかな? ああなったら、僕達は決して彼女たちに割って入ることは出来ないよ。ここはもうクライマックスだ。脚本家も観客も、舞台には上がっちゃいけないものさ。無理に邪魔をすれば、
「何だと?」
持って回った言い方してるが、要はこいつの打ち込んだ呪い的な何かで阻害されてるってことだろうが。
俺が睨みつけるのにも構うこと無く、トロワはその長い髪をかき上げるようにフードの外へと放り出した。
互いの光刃がぶつかり合い、弾け、俺たちの直ぐ側で雷雨の如く降り注ぐ。当然、トロワの銀の髪も衝撃波に揺れてはためき。
「権限(パッチ)があると言っただろう? 僕が『書き込んだ』のは、新しい能力と誰かさんとの決着をつける運命。そして、その結果は必ず純粋な魂のせめぎ合いに表れる。金、権力、逃走、第三者の介入……そういう萎える要素は無しだ! 競うか、抗うか、あるいは和解してお友達にでもなる? とにかく、どちらか一方の望みは叶う。よりドラマティックに!」
当代勇者でもトップクラスの二人の鍔迫り合いは、当然のように重力の縛りから離れ空中戦となっていた。
デュティはその翼でもって。対するアニーゼは、【
だが、当然空というフィールドでは狼は龍より劣る。直線的に飛んでくる剣風をバレルロールで避け、真っ白に輝くデュティの槍がアニーゼへ迫る。
「俺たちがあの二人に介入出来ない代わり、二人は絶対に俺たちに干渉できないって? 第三者の要素になるから?」
「そうさ。戦闘に巻き込まれた子供を庇って死ぬのは
アニーゼは……それを、頬の数センチ横で躱していた。刀身から放つエネルギーの勢いによってねずみ花火の如く回転し、尻尾という名の肉の鞭をカウンター気味に脇腹へ。
しかし、その一撃に顔をしかめたのはアニーゼの方だ。デュティもさるもの、もう片方の槍で尻尾の勢いを殺しながら絡めとり、黒色のオーラが金色を侵食する。
アニーゼは、これを強引に振りほどくことも姿勢を変えて剣で切り払うこともしなかった。
その代わり、その体勢のまま光刃の放出による回転エネルギーを強めていく。
危うく振り回されかけたデュティが口の端を歪め、しかし彼女もまた、逆さに構えた槍の先からブースターのようにエネルギーを放ち、回転に抗うのではなく追従する方を選んだ。
絡みあう黒を中心とするように、金光と白刃は互いに振り落とされそうになりながらも独楽(コマ)めいて廻る。独楽めいて。独楽めいて……どちらかが、弾かれる!
「奴隷にナイフを。恋人に火酒を。弱虫に覚悟を。人々に、夢と希望を! ――【
トロワが万歳と共に言い切るのと、高速回転体が破綻し花火の如く弾け飛ぶのは全くの同時だった。
甲高く空気が震えたのは瞬時の打撃によるものか、それとも音の壁に触れたからか。
勿論、そのまま体勢も変えず大人しく距離を取る二人ではない。翼で風を食い止めながらデュティは陰で出来た大口を放ち、アニーゼはそれらを"疾走り"ながら避けていく。
「盛り上がってないとは言わねえさ。実際、リアリティに満ち溢れてるよ。今にも呑み込まれちまいそうだぜ……ちと、作者の贔屓が過ぎるとは思うがな」
「そこはご容赦願いたいね。強者が強者らしく順当に相手を踏み潰す話など書いていて面白くない。物語に逆転はつきものだ……あ、カップリングとかの要素は除くとしてね?」
鍔迫り合っては弾き合い、間が開いては肉薄し。局所で破滅的な嵐を巻き起こしながら、二人は星空の下で爛々と輝く。
流石にもう唇を読むことも出来ないが、もし声が聞こえていたら、きっとお互い素敵に罵り合ってるのが分かっただろう。
だが、簒奪と放出の能力を重ねて持ち、その気になれば永久機関すら可能な【
アニーゼとデュティ。どちらがより「お上手」に戦っているかなど、ここからでも分かった。
「ストーリー、ね……」
ああ、アニーゼだって生まれてから金輪際無敗だった訳じゃない。仮にそうだったなら、俺なんてとっくにお役御免さ。
胸ポケットの奥に入っているのは、手帳と万年筆。記録を付け始めたのは……そうか、もう7年も前なのか。
アイツ、未だに覚えてんのかね。あんな子供騙しの約束、忘れてないのは俺1人だと思ってたが。
「ぶっこいてんじゃ無えぞ。キャラを動かすのがド下手くそな癖によ」
「……何?」
無意識の内に噛み締めていたウェットシガー(薬巻たばこ:火をつけないタイプを指す)を、俺は地面に向かって吐き捨てた。
「ドサンピンだっつったんだ。なんだよありゃ。テメェ如きが勇者の、あいつらの何を知ってやがる? ああ、それで全部台無しだ。気に入らないね。すっこんでろよ、【
「ポルノ!? 今、僕の物語をポルノって言ったか!?」
金属同士が大きくぶつかり合い、剣戟の音を響かせる。
ピンチに陥ればその分だけ心が奮え、【
だがアイツの強さを確かなものにしているのは、能力そのものよりその変換効率だ。アイツは理論上、敵が強ければ強いほどそれに合わせて力を振り絞ることができる。
……その心が、奮えてさえいれば。アイツはきっと、神にすら負けない。
「いいか? 感動の押し売りも、興奮の叩き売りも結構だ。ここはな、善も悪も必死こいて生きてる世界なんだよ。お前のおもちゃ箱じゃあない。何より……最強の看板ってのは、お前が思ってるほど軽くねぇ」
ああ、アンフィナーゼは確かに怪物だ。怪物じみた子供から「じみた」が取れ、今じゃ一癖も二癖もあるウチの連中の中でも、単純な強さでは群を抜いた所に居る。
だがそれと、可愛いはとこの子であることに何の矛盾がある? ましてや、理由が分からなくとも俺を慕ってる事にゃ間違いはないというに。
「強くて可愛いウチのお嬢様だ。テメェなんぞにくれてやるかよ」
無論、デュティの方も取り返す。こんな巫山戯たストーリー、けたくそに掻き回してご破産にしてやるさ。
銀の眉がVの字を描き、俺を強かに睨みつける。俺は一度鼻で笑うと、ラムを入れた
「……何が最強だ。異世界の凡人1人程度に無双された世界の癖に」
「耳が痛ぇな」
「どこも同じさ。世界は、君のような奴から苦しむんだぜ。だから僕がドラマティックにしてやるってのに! 強い奴がそのまま勝って、何が楽しい!?」
強い酒精の風味が、口の中で粘ついていた僅かな苦味を吹き飛ばす。
代わりにアルコールが舌を焼き、鼻の奥まで開いてく。とっておきの
……久しぶりなもんで、どうもいけねえな。舌に残る重厚感は、やはりウェットシガーとは比べ物にならん。
「俺ァ、お嬢の世話役だぞ。大人が責任から逃げるか」
楽しいかだと? そりゃ楽しかぁねえさ。
こっちがどんなに無いもん使って対抗しても、天才ときたらポンポンその上を飛び越えて行きやがる。
だが俺は俺で、情けない姿を見せる訳には行かねえんだ。お前の決めた運命が
「責任持って、クソったれなオチを付けてやるさ」
――アイツらにゃ、お前が知らないエピソードだってまだまだあるんだよ、異世界の転生者さま。
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