もう七年も前なのか その3
「トリガーくんさぁ、知ってるぅ? ドラゴンって生き物は、人と交配できるんだぜ」
十数年前の俺が、何を当たり前なと顔を顰めてそいつを睨みつけたのは、例え覚えていなくとも想像に難くない。
【
「……そりゃ当たり前だろ。じゃなきゃウチに『龍人』なんて生まれるかよ」
「いやー実際あの大婆様とどんなネチャっこいセックスしてたんだろうね初代様! オレ様超気になる! そしてついに我々調査隊は、この疑問に対して1人の特派員を送り込むことにした!」
「行くなら1人で行け、そして勝手に死ね」
「そう言うなっての、トリガーくんだって気になる癖にぃ。ほら、この官能小説に挟まってた縮れ毛あげるから」
「よく冷える夜に干されて死ね」
本来静かでなきゃならんはずの「知の倉庫」に、【設定辞書】の馬鹿笑いが鳴り響いた。
十数年前なら、俺もまだまだ多感なお年ごろだ。特にこの時期は個人的に失敗続きだった事もあって、ちょっとばかり言葉遣いが荒くなっている。
結局、目の前のバカメガネは人の向かい側でエロ本読みながら猥談がしたかっただけなのだろうか? 眉を傾けながら俺が視線を手元に戻した時、そいつは付け加えるように口に出した。
「じゃあこれは知ってるか? 龍ってのは、本来"何とでも交配できるんだぜ"」
「……いや、それは……何でも?」
そん時俺はまた、なんかのホラ知識で騙されてるんじゃないだろうかと正直思ったね。
女神様はなんで【設定辞書】の後継者を「物事に素直で、捏造をしない性格」と限定してくれなかったのか、今でも本気で考える。
だが少なくとも、その時のそいつは嘘っぽくない口調だった。俺も真面目に聞こうとしたから、こうして今でも思い返すことができる訳で。
「マジマジ。遥か古代の龍は、遺伝子っての? そういうのの"在り方"が、もう人間……つか生物とは根本的に違ってたんだなぁ」
「何でもって……鳥とか、獣とかでも?」
「発想のスケールがショボいねトリガーくんは。竜が子を為したのは、まず始めに『山と大地』とだ」
だから。一応真面目に聞いてやるつもりだった俺が、その時点で酷く落胆したのは上手いこと伝わって欲しい。
「……お伽話かよ」
「そう思えても仕方ない太古の話だろうがなぁ。ドラゴンと他の何かが交配した場合、子の寿命は折半だ。奴らはそうやって数万年単位の時間を手に入れたのさ」
「情報源は?」
「オレ様の脳内」
話にならん。こいつのタチが悪い点は、脳内設定と
だから俺は、こいつが雑談で放り込んでくる大抵の「設定」は基本信じないようにしてる。その方が、精神衛生上リラックスして生きていけるからだ。
……ま、少なくとも当時はそう思っていた。今はちょいと違うかも知れないが。
「あのさ、今の真龍の寿命は千年ちょっととかだぞ?」
「そう、だからアイツら真とか名乗っときながら超々混ざり物なの。定命側に振れ過ぎてて、いまさら星と交配なんかもできないワケ。プップスー! クソだせぇ! ま、それでも60年生きりゃ万々歳の人間からすりゃ羨ましい時間だがね」
「脳内設定でそこまでウチのトップを馬鹿にできるお前の度胸に心底感服するよ。 恐れいったから風呂場の洗面台で顔を洗いつつ溺死してくれ」
結局、話題は俺が打ち切りの姿勢をみせた事でそこで途切れた。
俺は俺で、血族の中の十と幾つかの人間として備えておかにゃならん知識が山程あったのだ。
【設定辞書】に教わる手もあったんだろうが、それはどちらにせよ社会的な死を意味する。
なんでこちとら勉強に集中したいってのに、向かいの茶髪野郎の口はとどまる所を知らず。
「そーそー、その龍人さんチの子供がそろそろ生まれるんだとよ」
「あっそ……まぁ、めでたい事なんじゃねーの」
「下界の人間さんとの子で、恋愛婚だと。良かったねー馬ドラゴンとか生まれなくて」
「お前ほんとデルフィおばさんに一度土下座してこよ?」
「やぁーだよ」
流石に本気でイラつき始めた俺の怒気を受け流すかのように、そいつは大口を開けて欠伸した。
「いやホラ、あの人でだいたい400分の83歳だったじゃん?」
丸眼鏡の下の目尻に涙が浮かび、口はむにむにと空気を咀嚼して形を歪める。
まるで今日の昼食を尋ねるような気楽さで、【設定辞書(すべてをしるもの)】は俺に向かってこう尋ねた。
「生まれた時から親より早く死ぬのが決まってる子供って、どんな気分なんだろーな?」
………………
…………
……
「危うく俺がそうなる所だったわ」
その問いに、俺はなんと答えを返しただろう。思い返そうとした瞬間に、スッと意識が浮き上がっていくのを感じた。
代わりに視界に入るのは、霧の中に浮かぶ掴みどころの無いような山の翠。コイツの髪を、そう評したのは誰だったっけな?
若芽と言うには奥深く。暗い森の中では明るすぎる。なんとも上手く言うもんだ、と酒の席の中で感心した覚えがある。
だがそれだけに、瞳の
ま、こんな思い出そのものに大した意味が有るわけじゃない。ただ、5分の1で向こう側に渡っていただろう死の淵で……なんとなく、思い返した。それだけのこと。
「……最近、ガキの頃の話を良く思い出すな」
「良い夢でした?」
「走馬灯だよ、バカ」
とは言え、この様子だと死に損なったようだがね。身を起こそうとして、アニーゼにやんわりと押しとどめられた。
金の光に包まれて、身体から抜けていったエネルギーがじんわりと戻ってきて居るのを感じる。【
状況は分からんが、とりあえず決着はついたらしい。事故った俺は仰向けに横たえられながら、ほの温かい何かに頭を乗せていた。
「……お嬢さぁ」
「なにか?」
「脚の肉はしっかりついてんだな……いでぇっ」
頭はやめてくれ頭は。軽いデコピン一発で首から上が吹っ飛ぶかと思ったぞ。
エリクサーでも飲まされたのか、何本かはイッてると思った骨もまるで痛さを感じない。
寝不足もすっきり、完全覚醒である。つまりもう身を起こしても問題ない筈なのだが、がっちりとアニーゼに固められている。
「……おい」
「罰です。充電中です」
「お前が充電とか、山でも割る気なの?」
「いえ、真面目にちょっと危なかったんですよ。
逃げられたか。濁しちゃ居るが、それは俺が事故って前後不覚になったことと無関係では無いだろう。
あの黒いエンチャント、【
心から万能のエネルギーを取り出すのが【
「息切れねぇ……逆に言えば、その上で痛み分けってことかよ。つくづく凄ぇなぁ、お嬢は」
「いいえ? 私の勝ちですよ?」
「……逃げられたんだろ?」
「勝ちです」
あっはい。顔をがっちりと掴まれて、ずずいとアニーゼの顔が寄ってきた。
空でも海でもない碧の中で、瞳孔が窄まっていくのが怖い。文字通りの鼻先で、白い犬歯が輝いている。
鼻の先と先がすぐそこまで迫り、お互い、吐息を交換ができてしまいそうなほどだ。
「いや、顔が近えよ」
「おじ様が起きてしまったので、急速充電です」
「……流石の俺も、ちょっと気恥ずかしいんだけど」
「私だってそうですよ? ……ただ、効率が良いので」
声を出す度に甘ったるい匂いがして、自己嫌悪に陥りそうだ。
ニコニコと笑みを浮かべるアニーゼからは、本当に恥じているのかどうかなんて判断できない……まぁ、本人がこう言うからには『ドキドキしている』のだろうが。
普段のお返しと言わんばかりに、短く切りそろえた俺の髪をこいつの指が好き勝手になでさする。
これで、あんな重くてデカい剣を振り回してるとは信じられないくらい細い指。
「……ディーちゃん、
「あー……まぁ、お嬢は天才型だからなぁ」
人に何かを教えられるタイプかって言うと、絶対にNOだ。こいつの場合、聴覚嗅覚なんかのフィジカル系センサーはともかく、直感すらなんか別のチートが掛かってるんじゃ無いかと疑うレベルで働いたりするし。
受け継ぐチートって基本的に1人1つの筈なんだがなぁ。デュオーティも謎の能力に目覚めてるし、そうとも言い切れなくなってんだろうか。
もみあげから無精髭にかけてをザリザリと撫でる手が止まり、アニーゼは消え入るように呟く。
「あの子なら、『勇者になんてならなくたって充分誰かを救えた』でしょうに――」
……意識して、そう口に出したのかすら疑わしい。この距離でなければ、絶対に聞き逃していたであろう言葉。
だが、俺はそれを聞き逃すことはできなかった。聞かないフリをして、立ち上がってやることができなかった。
「……お嬢、それは違えよ」
「え?」
「そもそもな、勇者なんて奴は居ねーんだ。誰かが勝手に言い出して、俺達がその名前を利用させてもらってるだけなんだ。勇者が、強い奴が人を救えるんじゃない。誰かを救うのに成功した奴が、そういう称号を押し付けられるってだけの話だ」
輝きにあてられ、それと真っ向から向かい合う黒い影の姿を見れば、そのどちらにもなれない自分ってのが嫌でも分かっちまう。
俺もいい大人さ。自分の中のそんな感情くらい、何年も前に腹ン中へアルコールと一緒に流し込んだはずだったのに。
こん時ばかりはブクブク音を立てて泡が浮かび上がり、苛立ってしまった。
「……それでも、ウチの中に"勇者と呼ばれて正義の為に戦うこと"を、いっぺんも夢見ない奴なんて居ねーんだよ」
昔々の、顔も知らねえ男の物語。
偶然と、勝利と、苦悩と仲間……それに美女と名誉にたっぷり彩られた、見てきたばかりの女たちから語られる英雄譚。
そんなお話をたっぷり浴びせられて育ってきた奴らが、ああ、憧れずになんか居られるもんか。
例え
……聡いアニーゼの事だ。ここまで言葉に出しちまえば、気付くのも時間の問題だろう。
やはり、言葉にするべきでは無かったかも知れない。俺には俺の役目があり、少なくともこんな気持ち、課せられた物を前にしちゃ吹けば飛ぶ程度のもんだ。
俺は緩んだアニーゼの手をどけると、胸ポケットから取り出したウェットシガー(薬巻たばこ:火をつけないタイプを指す)を強く噛み締め起き上がる。
肩をぐるりと回しても痛み一つ無い。さすがエリクサー、あの速度で事故ったってのに、もう身体が新品のようだぜ。
「……おじ様……」
「ほら、もう良いだろう。いつまでもこんな野っ原で寝っ転がってる訳にも行くかよ。バイクは……くそっ、こりゃお釈迦か? 少なくとも俺には手の施しようがないな……」
なんせ、こっちの方はエリクサーぶっかけて直す訳にもいかん。
身を挺して俺を庇ってくれた魔導二輪車の損傷は、パッと見でも専門の知識が無い俺が応急処置で直せる範囲を超えていた。
通信用の機材は丸々生きてるのが僥倖だな。ちと怖いが荷物ごとここに放置して、急いで回収班を呼ぼう。
「お嬢」
「……あ、はいっ」
「悪いが、ここから少し別れて行動してくれ。門を通る時の手続きやらなんやら、一通りは覚えたろ?」
「え……?」
直前の話題が悪かったのか、珍しくアニーゼの表情が曇った。
まぁ、こればっかりはこっちの言い方が悪かったか。あんなでもまだハイティーンにすらなってない少女だからな。
甘える大人の1人くらい、本当は居なきゃならんのだろう。後頭部をボリボリと掻き回し、俺は溜息を吐く。
「……んな顔すんなよ、アシが直るまでの間だけだ。こうなった以上、トコトコ歩いて行動するわけにも行かねえだろ。空を飛べるデュティに追いつけんのはお前だけで、俺はもう一人、この場に居ねえ奴を探す」
「あ、はい……そうですね。ディーちゃんがああなって、トロワさんがどうしているのか……」
「そうだ。不慮の事故で別れたか、あるいはあっちが何かしでかしたか……どちらにしろ、目を離す訳にもいかねーさ。喧嘩別れとは思いにくいが」
妙にデュオーティに執着してた節のある女だ。姿を現さない以上、逆に何も関わってない筈がない。
不安そうに目を揺らがせるアニーゼの頭に手を乗せて、耳の後ろの毛をグリグリとほぐしてやる。
しおらしくなってみると、可愛い所も有るもんだ。いや、元から可愛いっちゃ可愛い奴なんだけどな。
「心配すんな、お嬢。俺は『勇者』の味方じゃない、お前の味方なんだからよ」
「……はい、頑張ってきますね、おじ様」
□■□
……そんな俺達から、それなりに離れた山の中の川辺。
ふと、水面が泡立ったかと思うと、その中から勢い良く少女の手が伸びた。
苔で滑る岩肌をどうにか握りしめ、貼り付いた髪やローブを煩わしげに纏いながらも、そいつはゆっくりと身体を持ち上げる。
「はぁ……ゲホッ、はぁ……」
飲み込んだ水を吐き出し、胸いっぱいに酸素を取り込んで……ようやく、ひと心地ついた様子で身を震わせる。
よく見れば、彼女の服はところどころが焼け焦げ肌色が覗いていた。龍の翼を勢い良くはためかせ、せめて鱗についた水気を払う。
「服が、ビショビショ……けほっ、そう、川に落ちたのね……」
アイサダ・デルフィニィ・デュオーティ。アニーゼに秘密の果たし状を送りつけ、俺を怪獣大決戦に巻き込んだ犯人である。
その時の俺は最後まで決闘を見届けることは出来なかったが、どうやらアニーゼの【光刃貴剣】に打ち負け、しばらく吹き飛ばされた後に力尽きたらしい。
……光刃ビームだけでは喰われるならと、全身に黄金光を纏って真っ直ぐにぶちかますシーンが見られなかったのは、俺にとって不幸だったのか幸福だったのか。
当然デュティも真正面から最大出力で迎え撃つ事になるので、一撃叩き込んだ後は流石のアニーゼも追うのが難しい状況にあったらしい。
「……いい所までは行った。追い込むことはできた。【黒刃鐚怨】、間違いでは無かった……」
そうやって、アンフィナーゼ相手にあと少しという所まで持ち込んだ手応えは、自分でも感じることができただろう。
杖代わりにしていた双槍を強く土に突き刺し、デュティは血がにじむほどに下唇を噛みしめる。
「でも、勝てなかった……ッ!」
……しかし、そうだ。結局、勝てなければこいつはどうしようも無いのだ。
誇りを捨て、憎しみに心を染め、私闘禁止の禁も破り……「惜しい所までは行きました」では、報われる訳もない。
そもそもがこの【黒刃鐚怨(エンチャントジンコート)】、「エネルギーの簒奪」という対アニーゼに特化したような能力である。
そこまでやって、やっと五分。いや、その「あと少し」がアニーゼ相手にどれほど遠いかも考えれば……。
果てしなく、気の遠くなるような思いがデュティの中に生まれたろう。
憎い、悔しい。だがその感情を燃やすだけの体力も尽き果てて、意識が闇に落ちようとしている。
「はぁ……ダメよ、このワタシが……土の上で眠るなんて……」
だが結局、少女の肉体は、朦朧とする視界と水を含んだ服や髪の重みに勝つことはできなかった。
丸い砂利が転がる柔らかい地面の上に倒れ伏し、やがて藻掻くように土を這っていた手も止まる。
意識は深く沈み、その身体を新たな影が覆っても、目を覚ますことは無かった。
……
…………
………………
「……ん……」
「おや、おはようございます。お目覚めになられましたか?」
次にデュティが目を覚ましたのは、みっちりと干し草を束ねてできた白いベッドの上であった。
見慣れない天井を見上げ、聞き慣れぬ声をかけられる。とはいえ取り乱すこともなく、彼女はすぐに頭のスイッチを入れなおすと、手早くあたりを見回した。
「アナタは……そして、ここは?」
「私は、領主様にこの辺りの森を預かっている樵です。いやぁ、川の近くで倒れている竜姫様を見かけた時はびっくりしましたよ」
答えを返したのは、体格は大きいが人当たりの良い笑みを浮かべた男であった。
樵と言っても木を木材に変えて収入を得ている訳でなく、領主に雇われ山の維持管理をする身といった所だろうか。
だとすれば、この辺りはそう人里からは遠くない。下手に勢いに逆らわず滑空してたのか? ずいぶんと飛ばされたもんだ。
「ああ、思い出してきた。それで結構大きな滝壺に突っ込んだんだったわ……それにしても、ワタシを知ってるの? その……情けない所を見せてしまったわね」
「いえ、だいぶ東の方で酷い戦いの気配があったのは感じました。黒い影と金の柱が、いくつも打ち上がって……さぞや、恐ろしい戦いがあったのでしょう。命が残っているだけ、流石だと思いますよ」
「魔獣、ね。ふふっ」
たかだか魔獣が相手で済んでいれば、自分はこんな思いはしなかっただろうに。
そう思ったデュティから、つい笑いが漏れる。憎しみと怨嗟を口に出すばかりで、そうやって笑うのも久しぶりかも知れない。
「食事、要りますか? 病み上がりなのですから、食べられるなら栄養を取った方が」
「……無理しない程度で良いわよ? 雇われ樵の身分では、そう裕福でもないでしょう。小麦のパンだけでもあれば、それで……」
「はは、すみません。せっかく竜姫様にお訪ねいただいたというのに、粗末な小屋にはパンすら用意できておりませんで。オートミールと採れたてのいちじく、それと兎の干し肉なら有るんですがね」
「そう……そうね、白パンなんて保存の効くものでも無いものね」
普段彼女が食べているものに比べれば数段グレードが落ちるはずだが、デュティは一切の文句言わず食べきった。
アニーゼもだが、エンチャント能力の行使には相応のカロリーを使うらしい。小さい身体のどこに入ってるんだと聞きたくなるくらいの量を、こいつらは食べ切る。
……一応、遠慮する程度には自覚も有るのだろう。ボロボロの身体はどうしようもなく即時のエネルギーを欲していたが。
「おかわりはどうです? どうぞ、遠慮なさらず。勇者の皆様には、普段から世界を救って頂いてるんですから」
「いえ、ワタシは……」
勇者候補の次席であって、「勇者」の称号を得てはいないとか。
そもそも罰せられるような問題を起こしたので、罰せられる可能性もあるだろうとか。
色々言うことはあるが……結局、デュティは所在なく上げかけた手を下ろす。
公式の場では「勇者」が個人で有ることにも意味があるが、一般人にとってはそう興味もあるまい。
彼らは「勇者の血を引き天の街から降りてきた人々」、即ち勇者だと認識していればいい。
遠くの最強勇者1人より、地域に密着して技術指導だのモンスター対策だのやっている奴らの方が余程頼もしく感じるだろう。
俺がしばらく地上で暮らしてた理由もそんなもんだ。モンスター退治屋、ほとんど仕事は無かったがね。
「勇者……なの、よね」
少なくとも、そう見られない理由はどこにも無い。
特にデュティの場合は、顔も知られているだけ余計に、である。
エンチャントの色が銀か黒かなど、大半の民衆にとってはどうでも良いことだ。
それよりも、ボロボロになった姿を見られることの方が、どれだけ印象に傷をつけることか。
「ごめんなさい。やっぱりワタシは、すぐにここを出させてもらうわ。
お世話になりました。そして、なるべく早く忘れて下さいな」
「ちょ、ちょっと待って下さい。まだお召しになっていた服も乾いていないのですよ?」
「う……」
デュティは急いで立ち去ろうと起き上がるが、言われた通り、服はいつの間にか簡素な麻のワンピースに着替えさせられていた。
着替えさせて貰った上でケチをつけるようだが、これでは戦闘であっという間にボロボロになり、どこかであられもない姿を晒す羽目になるだろう。
血族の
アニーゼのバトルドレスなど、【光刃貴剣】を受けきる為にどれだけの試行錯誤があったことやら。
「これ、アナタが着替えさせたの?」
「いえ、娘がやりました。流石にそんなご無礼は働けません」
「お子さんが? アナタ、結婚してたの?」
「妻は居ませんが娘が居ます。よく森に散歩に出ているのですが、そういえば今日は帰ってくるのが遅いなぁ」
流石に、ヌードを気遣いながら戦いたくはないのか、デュティは火の前に掲げられた己の衣装を見やった。
濡れた服は完全に乾いているとは言い難いが、見た感じ袖を通す分には問題なさそうである。
「……なんなら、探してきましょうか?」
「いえ、しかし」
「遠慮なさらないで。外はもう日が暮れてるじゃない。お子さんが心配でしょう?」
濡れ羽色の髪に手櫛を通し、デュティが立ち上がる。アニーゼさえ絡まなければ、彼女は基本的に高慢だが親切な存在だ。
それは、憎悪に蝕まれてもなお。デュティはいくらかコリを解すかの様に、翼をゆっくりとはばたかせた。
「はぁ……しかし、今までも何度かそういう事は有ったのです。結局無事で帰ってくるのだから、それで良いかと」
「いーえ、ダメよ。昨日まで何もなかったからと言って、今日も何もないとは限らないのよ?」
「そこまで言うのでしたら……」
いささか眉を顰めつつも、デュティは暗闇の森に取り残された幼子を思い力を奮い立たせる。
壁に立てかけられていた槍の穂先が、炭の火を反射して僅かに赤く染まった。
勇者にとって、いいや人として子供と言うのは助けるべきものだ。少なくともデュティはそう信じているし、誰もがそうあるべきだと願っている。
「メリーと言うのですがね。私に似ず綺麗な金髪の、可愛い娘ですよ」
……もしこの場に俺が居たら、その子供の頭に鉛球をぶち込んでやっていただろうとはつゆ知らず。
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