ファイブ・ヘッド、パンプキン・ナイト その4


『おぉっと、中央では既に他の参加者を待たずしてぶつかり合いが始まっている模様! 第一投はそれぞれ空中でぶつかり合い、デュオーティ様は像の台座に用意された補給所へ……あ、いえ、すでに二つ目のパイを手にして投げました! 対するアニーゼさんは……あれ? 消えた?』


「あれ? さっきまであの酒場っぽい看板の影に居たよね」

「既にそこは飛び出してってご神体像の上だ。首を蹴り飛ばして強引にデュティの斜め後ろに着地。そこからパイを投げたけど避けられそうだったんで即座にもう一度ジャンプして今あそこの屋根に居る」

「……実況解説、変わってあげた方が良いんじゃないの」


 やだよ、面倒くせぇ。勇者二人の動きに追いつけず、目を回しているねーちゃんはご愁傷様だとは思うがね。

特にアニーゼは平然と空中で軌道を変えられるからな。慣れない内は視点が追いつかなくて当然だろう。


「……チートは封印してるんだよね?」

「今んとこはな、純粋な体術だよ」


 大きな尻尾をムチのようにしならせることで、上手いことなんとかやってるのだそうだ。

詳しい理論を俺に求められても困るぞ。アニーゼが言うには「弓使いの人が弦を弾いた反動で浮遊するのと同じ要領」だそうだが、まず俺は弓使いが空中で静止したとこを見たことがない。

……ま、そういう摩訶不思議な体術は初代勇者の十八番だったらしいし、空中で軌道を変えるくらいなら多分デュティだってできるだろう。

体術の中じゃ基本動作なのかもな。俺はできないけど。


「大剣も使えば合わせて三段跳び出来るらしいぜ、あいつ」

「すごい……意味分かんない……」


 そうだよなぁ。ちょっと練習したけど俺も分かんねぇわ。

ただ、翼のあるデュティと違って旋回や滑空までできる訳じゃないんで、あくまで空間戦闘の手札の一つに過ぎないらしいが。


「どうやら魔王は、垂直に飛び上がってから自由落下より早く斜め下に落ちたりする真似はできないらしいな。ちょいとばかり安心したよ」

「あ、うん……僕は魔法で普通に浮遊するから……」


 飛翔呪文はそれなりに高度なんだが、そりゃ魔王を名乗るからにはそれくらいできるよな。

どうやら次期魔王様はある意味キモい動きの勇者特有の体術にドン引きらしい。フードから覗く唇を引きつらせて、珍しくマジの声色であった。


「あ、ほら今空中で三角飛びした」

「ダッシュキャンセルって奴? ……ちなみにあれ、チート解禁したらどうなるんだい」

「全身の好きな位置から好きな量の謎エネルギーを出せるんだぞ? 軌道を変えるどころか、空中で『踏み込む』のだって余裕だよ」


 でなきゃ空飛ぶ敵とかどうすんだって話でもある。格下相手なら、剣閃を飛ばしてなんとか出来ないこともないのかも知れんが。

初代様は普通に仲間に飛翔呪文かけてもらってたらしいから、そっちのが賢い方法では有るんだろうなぁ。

でも俺、飛翔呪文までは使えないんだよね。純粋に魔力量が足りてないらしい。


「お嬢が自力で覚えるっつー手もあるが、だったら『駆け上がって』いった方が早いだろうしな」

「……デタラメだね、溜め息が出そう。兄たちは、そんな化け物と戦えって言ってたのか。無責任な」

「化け物、か。まぁそうだな……」


 勇者八系、百年の血族。そん中でも、アニーゼはとびっきりの化け物であることに否やはない。

それをあいつが悔いているかと言えば、そんな事も無いのだろう。

「勇者らしくあれ」と、むしろあいつは、俺にも自分にも強いてきている。

――天空という空の端に追いやられてもなお、世界が期待する「役割」を果たせと。


「……くそったれだぜ、女神のケツめ」


 口の中で湿らせたウェットシガー(薬巻たばこ:火をつけないタイプを指す)が、酷く苦かった。


「お前達にゃ謝らなきゃならんかもな、トロワ」

「うん? そりゃまたどうして」

「デュティはなんか勘違いしてるみたいだが、別にモンスターを倒すのが勇者のお仕事って訳じゃ無えんだよ。そりゃ、地元の人間の手に負えないようなら助けもするがね……」


 ぐるり、と会場を囲む観客たちを見渡す。内壁の上に集まって、よくもこうゾロゾロと雁首揃えているものである。

手を振り上げながら興奮している彼らには、様々な人間が居るのだろう。子供も大人も。男も女も。職人も商人も。

そして、善も悪も。


「俺達もそろそろ、『一旗揚げろ』ってせっつかれてるんだ」


 世界を救い続ける為に、勇者様がやるべきこと。


 それは、何よりも「知らしめる」ことにある。






 □■□






『おーっと、これはどうしたことでしょうかー!』


 竜人の少女がかわしきれず銀色の翼に命中したパイが、黄色の飛沫を上げて弾けた。

流れるような黒髪の下、暗紫に揺らめく瞳が屈辱に歪む。


『押されています、デュオーティ様が! あの、竜姫様が! 相手は全くの無名、飛び込み参加の少女に一方的な展開だ!』


 薄っぺらい身体を伝って落ちる、かぼちゃ餡入りのパイに当たったのはデュティ――そして、勿論当てたのはアニーゼだ。

ルール上、頭部へのクリーンヒット以外は服の染みになるくらいの意味しか無いとはいえ、戦闘の展開は自明の理。実況のねーちゃんが拡声器を握って叫ぶ通り、さ。

デュティの身体には幾つもの命中痕が残ってるにも関わらず、アニーゼが着るふわっふわのバトルドレスに黄色い染みはゼロ……それがそのまま、二人の実力の差と言っても過言ではないだろう。


『いえしかし、この子もタダの少女と言うにはあまりに語弊が有る――というか、こっから見ていても何回か消えてるんですけど!? ニンポ? ニンポでしょうか!』

「勇者ですよー……と、言っても聞こえませんよね」


 四代に至るまでの交配の中、勇者八系「忍」の血も多少は混じってるだろうから間違いとも言い切れないけどな。

こっちの大陸で極東諸島と交流を持ってるのは神聖帝国くらいなもんだ。この辺の連中にとっちゃ、東の果ても天空の街もそう変わらない不思議存在である。

とはいえ、流石のアニーゼも勇者として極めた体術をニンポにされるのは不服らしい。

まだ投げていないパイを片手でくるくると弄びながら溜め息を吐いた。


 ――その仕草が、またデュティの癪に障る。飛膜に残る汚れをふり落とし、息も荒くアニーゼを指差す。


「アンフィナーゼ、あなたッ!」

「はい?」

「バカにしているの!? 今までに何回も、あなたの速さならパイを叩き込めるタイミングが有ったはずよ!」

「ええ、まぁ、そうなんですけど」


 本気じゃ無いのは確かだが、それを侮辱していると取られるのは心外なのだろうか。

デュティに睨みつけられたアニーゼは、唇を尖らせて拗ねるように頬を膨らませた。


「せっかくのお祭りなら、もう少し楽しんでいたいですし」

「何を言って……」

「それにディーちゃんが本気なら、もっと疾く、もっと強く動けるはずです。なのにさっきからちっとも空を飛ばないじゃないですか。立派な翼が付いてるのに」


 ……そう、それがまた、アニーゼが物足りなさそうな理由であった。

二人がやり取りする武器がかぼちゃのパイなのは、この際良い。どうせ命の取り合いまでする訳じゃないのだから、木剣でもよく焼けた小麦生地でも本質的には変わりないだろう。

舞台がお祭り騒ぎに利用されてるのも構わない。そもそもアニーゼとて四世勇者候補、その筆頭の【光刃貴剣エンチャントノーヴル】なのだ。いつまでも人の目を恥ずかしがっているようじゃ俺だって困る。


 アニーゼが不満としているのは、竜人たるデュティの両足がいつまでたっても地面から離れようとしない所だ。

怪我をしている訳でも無いだろうに、先程から延々と空間戦闘を仕掛けるアニーゼに対して、デュティは頑ななまでに上方の空間を利用しようとはしなかった。

上空からの攻撃を無理に地面の上でかわすものだから、避けきれなくてシミが増える。せっかくの全力機動ができそうな相手なのにそれは無いだろうと、アニーゼの碧色の眼が雄弁に語っていた。


「……この翼は、誇り高き龍の証よ。地を這う獣相手に、パイを投げ合うという遊戯で使えるわけ無いでしょう?」

「なら私も、それ相応に手加減すると言うことで。ほら、おあいこですよ? ディーちゃんと戦う機会は、ちょっと残念ですけど……確かに、お祭りではしたない真似をする訳には行かないですし?」


 肩を竦めて首を振るアニーゼを見て、俺は思わず声を漏らした。

従順に頷くふりをして小さく嘲笑するような、普段の彼女なら絶対に文句を付ける「品の無い」煽り方――ぶっちゃけ、俺のやり方そのまんまである。

いや、当然といえば当然だが、子供はよく見てるもんだな。自分のよくやる仕草ってのは、傍目で見るとどうも恥ずかしいし、ニヤニヤと肘でつついてくるトロワが非常にうざったい。


 だが少なくとも、誇り高き竜人の少女には一定の効果が有った。遠い内壁の縁からでも、額に青筋が浮かぶのが見えた気がした。


「――良いわ。あなたがそこまで言うなら、空を支配する龍の恐ろしさを思い知らせてあげる。負け惜しみなんて聞かないからね!?」

「わぁーい♪」

「くっ……ああもう、これだからこのケダモノッ!」


 そこまで宣言して、やっと体よくノセられたことに気付いたのか。

悔し気に歯を食いしばりながら、銀翼の竜は天へ舞う。その残影を追いかけて、翠金の狼もまた跳躍した。




『おおっと、デュオーティ様、ここで飛翔開始! 龍の翼をはためかせ、空へと舞い上がっていきます! 同時にニンポ少女も、速さをましたような……あれ、なんか薄っすらと光ってるように見えるのは気のせいでしょうか? いえ、どう見ても銀色と金色に光って――うわっ、速ッ! 速いですお二人とも! もう完全に私にはわかりませぇん!』


「……ねぇあれ、チート漏れてるけど。良いのかいアジンド」

「気が昂ぶるとしょうがねえんだよ。あいつら、そういう生き物なんだから」


 特にアニーゼは、ここの所パワーを持て余し気味だったからな。一応釘を刺したものの、最後まで我慢できねーだろうなと思ってはいたさ。

アニーゼが薄っすらと纏う光刃エンチャントは、アイツの心が奮えれば奮えるほど力を増す。

その用途は主に破壊力や推進力として打ち出されるが、やろうと思えば器用な使い方もできる。

チートによる身体強化も相まって、もはや二人の闘いは会場内では収まらなくなってきたようだ。

金と銀の閃きが交互に煌めいて、まるで花火でも見上げているかのような気分である。


「うわー……駄目だ、もう僕でも全然目が追いつかないや。ねぇ君、実況してよ」

「嫌だよ舌噛み殺させる気かテメェ。ふたりともいっしょうけんめいたたかっています、以上」

「ど・りょ・く!」


 んなこと言ったって、俺が一言喋ってる内に3回くらい攻防が終わってんだぞ。

だが場を空中戦に限れば、直線運動しかできないアニーゼよりデュティの方がやや有利なのか。あるいは単に、精神的なタガが外れたせいか?

先程まで防戦一方だった割に、二人とも互角に戦えるようになっているじゃないか。


『デュオーティ様、がんばれーッ!』

『負けるなー、竜姫様ー!』


 何が何だか分からなくとも、何か凄い闘いが繰り広げられていることは分かるのだろう。

会場を囲む観客席では、旗や簡素な楽器をふりあげて声援を送るファンらしき連中も散見できる。

あちらこちらから上がる応援の声を一通り見回して、俺は改めて感嘆の声を漏らした。


「……人気モンだねぇ、お前が用意した英雄は」

「そうだろう? これでも結構大変だったんだぞ。博打に近い部分も何度かあった。ところで、あの高度でパイを投げ合ってるなら流れ弾の一つくらい飛んできそうなものだけど……全然こないね?」

「それはな、互いが投げたパイをお互いキャッチして再利用してるからだ。わざわざ地面まで取りに戻るの面倒なんだろ」

「うわぁ、なんだいそのイカれたドッジボール……」


 実際には既に5~6個くらいのパイがあの空間で行き来しているので、ドッジボールですら無いんだがな。どっちかと言えば最高にクレイジーなお手玉といった所だ。

しかしドッジボールとは、また妙にマイナーなスポーツ知ってるな。魔族の文化圏じゃ流行ってるんだろうか?

弾をお互いはじき合いながらの攻防とか、ボス戦のお約束と言えばお約束っぽいが。


『も……もう私は全く追えてませんけど! それでも応援の声が会場のあちこちから届いております! 私達はあなたの勝利を信じているッ! 負けないで下さい、デュオーティ様ー!』


「凄いですね。大人気じゃないですか、ディーちゃん」

「そうよ、だからワタシは負けないの。アンフィナーゼ……!」

「うん……ちょっと、羨ましいかな」


 ――そして、街に響く民衆みんなの声援は、二人の居る空にまでも、しっかりと届いていたはずだ。

この声の一つ一つが、地上に降りてからデュティが積み重ねてきた功績と信頼の証なのだろう。

最初の動機こそアニーゼから仕事を奪うためとはいえ、こいつもこいつで、一時期は目の下に隈まで作りながら必死に世界を救ってきたのだ。

そんなことは、誰に言われなくても分かっている。俺も、アニーゼも。


「でも」


 ズドン、と音がして。デュティが己の視界からアニーゼが消えたと思い、目を見開いて後ろへと振り返る姿が見えた。


「それはやっぱり、『勇者』とは違うんです」

「がッ……!」


 前へ向けたはずの背中から、重く衝撃が響く。パイを叩きこまれたことによる痛みで翼はピンと伸び、稲妻が走ったかのように小さく痙攣する。

なんということはない。アニーゼは強引に後ろを取るふりをして相手の死角に潜り込み、すぐに元の位置へ戻ったのだ。

それは、今まで散々【光刃貴剣エンチャントノーヴル】の速度で振り回していたからこそ虚を突ける一手。

ほんの僅か翼が機能不全に陥ったことで、デュティは銀の尾を描きながらきりもみに落下する。


「何が……違うと言うのよ。何が足りないと言うのよ! ワタシと! あなたに!」

「足りないも何も。そもそも、その道の先に私は居ませんし」


 アニーゼの声は優しげで、慈愛と慰めに満ちていた。

遊んでやったのか、遊んでもらえたのか。どちらにしろ、竜にとっては屈辱的だ。

大翼で風を受けながら、揺らぐ姿勢をどうにか安定させようとデュティは藻掻く。


「『私達が居る』と言う絶望。『私達が来る』と言う諦観。正義を守る盾では無く、悪を絶つ剣であることこそが『勇者』であり」


 瞬間、風が強く吹いて。まるで竜の息吹のように、彼女の背を押し上げる。

風を操作する能力チートなど、デュティもアニーゼも持ち合わせちゃいない。それは会場を支配する熱気によるものか、あるいは本当にこの場にドラゴンが居て、末裔に祝福ブレスでも与えたのか。

よく焼けたかぼちゃの香りと共に、遠くなったはずの歓声が届く。


「まだよッ! まだ終わっちゃいない!」

「いいえ、そろそろ私たちは退場しましょう。このお祭りは、本来街の人々のためのもの」


 であればその注目も、精一杯の名誉も、その街で日々暮らし営む人間のものであるべきだ。

いくら好意に甘えさせてもらった身とはいえ、果たして結末まで貰っていくべきか。

芽吹く青葉の色でそのまま絹糸を染め上げたような、滑らかなアニーゼの髪がばらけ、風を受けてはためく。

声援が強く満ちる。その内、アニーゼへとかけられる声は、未だ無い。


「『勇者が居るから安心だ』ではなく、『勇者が居るから悪いことは出来ない』と思われるのが、私たちの役割。ディーちゃんはきっと、そこの所を勘違いしているんです」

「アンフィナーゼェー――ッ!」


 この瞬間、デュティはきっとアニーゼの碧色から金へと変わる瞳を見た。

アニーゼの背中から溢れた金の霊波が、一瞬樹木のように導線を描き、すぐに業火へと形を変えた。



「だから――あなたはそのまま、英雄ヒーローをやってる方がお似合いですよ?」


 ……今にして思えば、それはあいつなりの、精一杯の嫉妬だったのかも知れないけれど。



「あなたはまた……ワタシより高くッ!」

「ありがとう。お誘いが嬉しかったのも、楽しかったのも……一応、全部ホントですから」


 金色の杭に貫かれるように、銀の竜姫は地に堕ちて。

紫の瞳も、濡羽色の髪も、すべて黄色く塗りつぶしたパイの破片は、アニーゼが纏う金色に弾かれ、そのドレスにシミ一つ残すことなく消えた。

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