よもやまの夜すら明けず その3

 気付いた頃にはいつの間にか、辺りはすっかりと暗くなっていた。

外は雷雨に阻まれて月明かりすら漏れず、雨が窓を叩く音、そしてたまの雷鳴だけが夜をつんざいて聞こえてくる。

廊下を照らす蝋燭の灯りが、随分と頼りなく感じるぜ。こういう時、アニーゼが居てくれりゃあ勝手に照らしてくれるから楽なんだがなぁ。

火力不足はもっと深刻だ。銃やナイフじゃ、アンデッドを動けなくするには心許なさすぎる。生物相手にゃ丁度いいんだがな。


「婆さん。おい、婆さん!」


 そう広い屋敷じゃねえ。探索開始後、すぐに俺は廊下にぐったりと横たわる家政婦の婆さんを見つけることができた。

一応、いつでも投げつけられるように燭台は構えておく。最悪すでに仲間入りしてる可能性も有るわけだからな。


「……死んでる訳じゃねえな。寝てんのか?」


 そろそろと足でひっくり返してみると、その身体は微かに呼吸を繰り返していた。……見た感じ、襲われた痕跡は無さそうだが。

警戒しながら様子を見守る俺に、影がもう一つ近づいてくる。


「おお、お客人、なにかご不便でも有りましたかな」

「不便もクソも有るかよ、この屋敷、ゾンビがうろついてるかも知れねえんだぞ」


 廊下の壁に備え付けられた燭台に火を灯し。廊下に倒れた自分の妻も顧みず、にこやかに話しかけてくる執事の爺。

……確定と言うわけじゃねえが、正直かなり胡散臭い。


「ははは、そんなまさか。もしそうだとしたら、私も無事では済みませんよ」

「おい、ここで眠りこけてる婆さんが見えないのか!? 無事じゃねえだろ、どう見ても!」

「婆さんなら今頃夕飯の準備でしょう。今日は寒いですからねえ、温かいシチューなどどうかと申しておりました」

「オイオイオイオイ、言葉通じてるか、爺さん!」


 だが、このチグハグさはどういうこった。操られているとか、そんな感じでもない。

……くそ、考察は後だ。考えたところで、現状どうしようもないな。

まずはとにかく情報が居る。今、「誰に」「何が」起きている?


「ホールドアップだ。手を上げて、ゆっくりと壁に付けろ。分かるか? 銃口だ。分かんねえか?」

「お客人はパンがお好きですかな? それとも燕麦のビスケット? ワインなどが飲めるようでしたら、サラミもお切り致しましょうか」

「銃じゃダメか? ナイフならどうだ? ほら、喉元に突きつけてんぞ。危ないと分かるな?」

「この間、619年の良いのを手に入れましてな。領主様はあまりお酒は嗜まれませんで、少し寂しいくらいでございますよ」

「……初見の相手に大した歓迎っぷりじゃねえか。クソッ、なーんかおかしいとは思ってたんだ」


 ダメだな、まるで会話にならん。まるで、自分にとっての「いつもどおり」しか見ていないかのようだ。

目の前で手の平を振ってみても、瞳孔の反応はどことなく薄い。こいつ、本当に俺と話してんのか?

まぁ、少なくともこれで家政夫妻黒幕説は消えたと思っていいだろう。そしてもう一組の旅人も既にああなってしまっているとすれば……ヤベェな、こりゃ大チョンボやらかしたかもしれん。

視界からさっと回り込むと、爺はこちらを振り向きもせず再び廊下に灯りを灯すルーチンへと戻っていった。明らかに様子がおかしいが、その顔はどことなく満足気だ。


「俺を見てるのに見ていない、夢見心地って奴だな」

「ん、まさにそんな感じなの。やっぱり頭は回るのね、勇者のおじさん」


 唐突な声に振り向けば、無邪気な笑顔の中に白い牙を潜ませて、メリーとかいうガキが赤い瞳を輝かせ笑っていた。

……さてさて、まさか雑魚より先にいきなり相手から乗り込んでくるとは。どうするべきかね。


「俺ぁ……勇者じゃあ無いんだが。血を引いてるだけだっつの」

「でも、その血が厄介なのよ。トゥリーネ様……今はトロワだっけ? あのお方を追ってきたつもりだけど、とんだ獲物が巣にかかってくれたの」


 あぁはいはい、やっぱりそっち関係ですか。

トロワっつーのはついこの間出会った純魔族で、次期魔王の座を示す刻印ごと夜逃げしたせいで実の兄から命を狙われてるらしい。

こっちの実家にも連絡したし、アニーゼの(自称)ライバルこと「竜人」家のデュティに保護させてるから、そうそう万が一は無いと思うがね。


「参ったねぇ。その様子、お嬢ちゃんが動く屍どもの親玉かい」

「親玉と言えるほどの数は用意してないの。あくまで、バレない程度に拠点として使わせてもらうつもりだったし。……ま、雷雨に紛れていつでも手駒を増やせる程度の仕掛けはしてたけど」


 つまり家政夫妻を操って、問題にならない程度に旅人を呼び込んではアンデッドとして使役してるってことか。

家政夫妻をアンデッドにしないのは、おそらくそうすると一発で悪行がばれちまうからだろう。

……ヤバいな、こいつ、頭が回る。策士として一流な訳じゃないが、隠密とはなんたるかをちゃんと理解してやがる。

既に殺気を隠そうともしない金髪のガキは、剣呑にこちらを睨みつけながら問いかけてくる。


「メリーの名前を頑なに呼ぼうとしなかった頃から厄介だとは思ってたけど。呪い発動のカギが『メリー』の名前を呼ぶことにあるって、いつ頃から気付いてたの?」


 ……んん? 訂正。こいつ頭は回るが、回りすぎて偶に空回るタイプらしい。


「いや、悪い。そりゃあ単にたまたまだ。そもそも俺はあんまり人を名前で呼ぶタイプじゃなくてな。

 しかしそうか、お前の名前を呼び返すと、あそこの爺みたいにされるって訳か?」

「……」


 ガキの余裕綽々そうだった動きがピシリと固まる。

ドヤ顔で吐いた台詞が的外れだった時って、人はこういう顔をするんだな。


「おじさん、メリーの名前はメリーよ。"コールバック呼び返して"・メリー」

「呼ばねえよ」

「ぬかったの……!」


 いや、地団駄踏んで悔しがられても呼ばねえよ。

状況は依然として悪いが、相手の奇跡的な自爆によってちょっと打開策は見えてくれた。

実は、魔族の中でも精神系の術に適正の有るやつらはそう多くない。そんでもって、状況や身体的特徴と合わせて考えれば……


「そうか、夢魔か! 面倒くさい相手だな、おい」

「ふん、正解なの。そして正解ついでにひとつ教えてあげるわ。メリーの能力は、眠りの呪いと眠らせた相手に『良い』夢を見せてあげること。夢はとっても素敵な世界なのよ?」


 夢魔。吸血鬼ヴァンパイアの亜種で、弱点がちょいと減り、催眠能力が増えたぶん肉体的には脆弱になった種族だ。

吸血鬼のように蝙蝠になったり高速・怪力での大立ち回りなんかは出来ないとはいえ、厄介であることには代わりはねえな。

特に、何らかの条件に引っかかって眠らされちまったら即アウトだ。生半可な精神耐性じゃこいつらの夢には逆らえない。


「夢のお代は、夢遊病めいてお前に都合のいい行動か。自己紹介とは親切なこったな。それとも、それが魔族の流儀なのか?」

「流儀? まぁ、そうね。……聞こえる悲鳴は、大きければ大きいほど良いもの」


 だろうなぁ。こういう奴らが正体を表す時ってのは、大抵相手に「詰み」を理解させるためのダメ押しだ。

逆に言うと、どんなに上手く隠蔽してても、詰みの段階に入ったら姿を表さずに居られないのが魔族全般の弱点でもある。

それで勇者にひっくり返された事も何回かありそうなもんだが、もう本能レベルでそういうふうに出来てるんだろうな。

……状況は既に、気づかぬ内にグッポリ咥えこまれて相手の巣の中だ。逆に言うと、抜け出すならここでやるしか無い。

お互いに想定外の遭遇戦みたいなもんだが、それだけに仕込みはあっちの方が上手でいやがる。


「お嬢はどうした? 流石にちゃちな催眠に引っかかるような奴じゃ無いと思うんだが」

「ふぅん、他人任せ? でも期待するだけ無駄なのよ。夢遊病には持っていけなくても、ぐっすり眠らせることはできるの。だって、眠りたくない生き物は居ないもの。リラックスして、幸せな夢の中ならなおさらだわ」


 ちっ、これで欲をかいて「勇者」を操ろうとするような奴なら楽だったんだが。

下手に手を出したら噛み付かれかねないと見て、できる範囲で行動を封じてきたってとこか。

まったく、本当に俺としたことが大チョンボだよ。どこまでやれるのかね、あの【光刃貴剣エンチャントノーヴル】無しで?


「俺が眠くて仕方がなくなるより、引き金を引くほうが早いと思わないか」

「やってみたら? 案外、どうにかなるかもなのよ」


 裏の読み合い、化かし合い。んなもん相手の土俵もいいとこだ。

勇者の戦いは前進制圧、まぁ俺にはんな火力は無いんだが、準備をしこめば多少はマシってな!


「ならやってみるかね! 【十中八駆ベタートリガー】ッ!」


 狙いも程々にブッ放された黒色の弾丸は、夢魔のガキの幻影をかき消して床を強かに打ち付けた。

だが込めてきたのは通常の鉛球じゃねぇ、「魔導」家特性のスーパー弾性Bound Ball弾よ。危なっかしくてチート併用じゃなきゃ使いようも無いが、壁だの天井だので散々跳ね返ってかっ飛んでいく弾丸は――!


「グァァッ!」

「ビンゴだ! そこにいたかもう1体ッ!」


 俺の頬をかすめ、後ろから迫ってきていた動く屍に直撃した。

体勢が崩れた相手を、壁に押し付けてすかさず蹴り潰す。ブラッドサッカーはカサカサに乾いているから、こういう時あんまり汚れを気にしなくてすんで楽でいい。


「っし、これで手駒は片付け……!」


 後は屋敷のどこかに潜んだ本体を引っ張りだして、どうにか肉弾戦にまで持ち込めば。

そう思った矢先、カラ、カラカラと一番聞きたくなかった音が響き渡る。


「……あのガキ、露骨にメタ張ってきやがった……」


 手の平に粗末なナイフを括りつけ、操り人形のように動かされる人の骨。

どこに埋まってたかは知らないが、スケルトンが数体、廊下の奥から俺に向かって雪崩れ込んできていた。

手慣れた戦士にとっちゃ大した相手じゃ無いが、俺のような弓兵アーチャーには酷く嫌な相手だ。何が嫌って、スカスカだから矢とかすり抜けるんだよアイツら。

チートを使えば8割は当てられるが、心を奮わせることでほぼ無尽蔵にエネルギーを生み出せるアニーゼならともかく、俺程度だと使用回数は有限だ。

「あにめ」風に言うならMPみたいなもんが有るんだよ。必殺技ゲージでも良いけど。


 すけこましタダヒトがその辺りに付け込まれて窮地に陥った記録があるから、向こうには向こうなりの対勇者ドクトリンができているんだろう。リソースの使用を強いる、と言うやつだ。やっぱアホじゃあねえな、面倒な相手だぜ。

だが、さっきも言った通り、スケルトンそのものは大した相手じゃない。そして俺もまた、自分の弱点が分かってて対策してこないほど馬鹿じゃないんだ。


「仕方ねえ、この手はあまり使いたくは無かったが」


 先程、キッチンに置いてあった余りもので作り上げたそいつに、最後の仕上げを行う。

ああ、有り合わせにしては驚くほど素直に仕上がってくれたもんだ。これなら多少は、威力の程にも期待できるかもしれねぇ。

さて、後はいい感じに広がってくれるかどうか。慎重に狙いを見図らないながら、俺は手に持つ物を投擲した。


「火を放てーッ!」

『ちょっ!?』


 喰らえッ! 火酒と布と酒瓶で出来た俺の火炎瓶メラを!

床に叩きつけられて割れた瓶から炎が広がり、俺とスケルトンどもの間に炎の壁が広がる。範囲攻撃だからどっちかと言うとギの方かも知れんが、まぁ正直どうでも良い。

どっかから耳元に響いてくる、あのガキの声もまぁいいさ。どうせ、見てるとは思ってたんだ。


『信じられないの。領主のお屋敷の中なのよ!?』

「領主のお屋敷だからやるんだろうが! へへー、立派な毛足の長い絨毯なんざ敷きやがって、よく燃えるぜこいつはよぉ! 心配すんな! 何かあったら全部お前と魔族のせいにしてやる!」

『げ、下衆なの!』


 知らんな、勝てばいい、俺の命は何よりも優先されるのだ。

おぉ、酒が染みこんで乾いた骨がよく燃える。雨の中保管されてた割には保存状態が良かったんだろう。

そういやスケルトンってどいつも綺麗な白色してるし、カビると使い物にならなくなったりするんだろうか。

想像すると案外世知辛えな、アンデッドの世話ってのも。


『か、火事になったらどうするつもりなのよこの人。連れのおねーさんだってまだ眠ってるのに』

「はっ、お嬢が火事如きで死ぬタマかよ。あぁいや、お前はこの屋敷を拠点として使うつもりで色々仕込んでたんだったか? わはははは、オマケだ! もう1本、いや2本喰らえ! 【十中八駆ベタートリガー】ァー!」

『やーめーろーなーのー!』


 ま、そこは領主の別荘、火付け対策くらいバッチリされているんだろうけどな。

壁や床材は頑丈な石造りだし、絨毯が敷いてあるとはいえ廊下に木造の家具はない。おまけに外は雷雨だし、全焼するような事にはならないはずだ。

流石に木造の家だったら俺もここまでやらかさねえさ。それを一々相手に伝えてやるメリットは無いんで黙っているが。

なんだかんだ、むき出しの火というのは人も魔族も焦らせる原始の力がある。これで判断力が奪えりゃ上々と言うわけだ。


「さーて、今のうちに退くか……ちくしょう重てえな、この婆さん!」


 とはいえ、床に転がってる婆さんまで燃え盛る骨どもの中に置いてくわけには行かない。

爺さんの方までは最早面倒見れないから、夢の中でも上手くやってくれることを祈るのみだ。幸い、利用価値はあるようだからあっちも無駄に犬死にさせたりはしないだろう。

……敵の善意を信じるしか無いってのが、能力が弱い奴の辛いとこだな、まったく。

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