第35話

 凌介達はサイードの事務所へ向かって路地裏の道を歩いていた。

 「おい、いくらなんでもそりゃねぇだろ。副大統領がNESに待ち伏せさせたって言うのかよ? 俺達がここに来た初日に、NESをぶっつぶすって宣言してた副大統領様だぜ」

 剛は、NESに待ち伏せさせる機会を作ったのはサイードではないか、と凌介が言ったことに対し、異論を唱えた。

 「俺もサイードが裏切るような人間には思えないんだ。だが、さっきのトラックに仕掛けられた爆弾は、罠として準備されていたようにしか思えない。それと……顔の傷だ」

 「何だ、そりゃ?」

 「さっきの少年兵の額には爪痕つめあとのような傷があった。あれは、麻薬を擦り込まれたときにできた傷なんだと思う。NESでは、少年兵に無理やり刃物で麻薬を擦り込んで、恐怖心や正気を失くさせるという話を聞いたことがある」

 「ひでぇことをするんだな。だが、それとサイードに何の関係がある?」

 「マリオンに来た初日、サイードに呼ばれて出てきたシャリフというボディガードがいただろう? 彼のこめかみにも同じ傷があったんだよ。四年前、俺は彼と並んでターラン市内を観光したんだが、そのときに見えたんだ。ひょっとすると、彼はNESにいたのかもしれない」

 「ボディガードをやってりゃ、顔に傷ぐらいできるんじゃねぇのか。それに、もしNESにいたのだとしても、今もNESとつながりがあるとは限らんだろ?」

 「ああ、その通りだ。あくまでも可能性だよ。これから直接会って聞いてみようじゃないか。NESと無関係なら、何事も無かったように事務所の下まで迎えに来てくれるだろう」

 「NESとグルだったら?」

 「また襲われるかもしれない。だから、まず事務所の様子を伺おう。まだ俺達がどこにいるかは把握できていないはずだ」

 「下手に動かない方がいいと思うがな……クソッ、それにしても電話が全くつながらねぇ。コイツでもダメだぜ。混み合っています、だとよ」

 剛はマリオンの軍事基地と連絡を取ろうとしていた。だが、上官や隊員に何度かけても電話はつながらなかった。そこで、小林からもらった装置を使って衛星通信で電話をかけてみたのだが、それでも基地にはつながらなかった。

 「基地でも何か起きているんだろうか」

 「そうかもしれん……おい、事務所があるのは、あそこの通りじゃねぇか」

 剛が指差した方向を見ると、薄暗い赤土の路地の先に、舗装された大きな通りを車が行き交うのが見えた。

 「おそらくそうだ。ちょっと先に行って見てくるよ」

 そう言うと、凌介は義足を飛ばし、その勢いのまま大通りに出ようとした。だが、凌介とは逆に大通りから路地の方に逃げようとする人々の流れに足止めを食らった。

 ——何だ? 何が起きているんだ?

 大通りは喧噪けんそうにつつまれていた。遠方からは銃声が断続的に聞こえてくる。しばらくすると、マリオン軍の戦車や装甲車が連なって銃声の方へ向かって通り過ぎた。そうして、凌介が状況を把握できずに立ち尽くしているところに剛が追い付いた。

 「おい、何が起きているんだ?」

 「俺にも何が何だかわからないが、どうやらNESは俺達だけを狙って襲ったわけじゃなさそうだ」

 「ついにターランまで攻め入ってきたってことか?」

 「そうかもしれない」

 「電話がつながらなかったのもそのせいか。俺達はどうするよ?」

 「もういないかもしれないが、サイードの事務所に行ってみよう。あそこだ」

 凌介が指差したサイードの事務所がある建物は、銃声のする方向とは逆にあった。

 「逃げるにしてもそっちに行くしかねぇな」

 凌介達は大通りを逃げる人々の中に混じり、サイードの事務所へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る