第34話

 「しかし、すぐに見せに来いだなんて、副大統領もそのゴーグルにえらく関心をお持ちだな」

 小型の装甲車を運転する剛が助手席の凌介に話しかけた。剛が所属する班の他の隊員は、その日は早朝から空爆が行われた地域の瓦礫がれき除去を行う予定になっており、凌介達は二人だけでサイードの事務所に向かった。

 「マリオン国内の鉱山病院でゴダリア軍が極秘で進めていたものだからな。そりゃ、気になるんじゃないか。それと、ニューロ・アイを使っているスフィアや他の人間の映像も見れると言ったら、すいぶん興奮してたよ」

 「それで見た画像が勝手に送られちまうんだろ? お前もプライバシーが無くなって大変だな」

 「本当に見られたくないときは、ゴーグルを外せばいいんだ。これまでの生活に戻るだけだよ」

 「まぁ、お前がそれでいいなら、いいんだが。ところで、鉱山病院については何かわかったのか?」

 「いや、昨日電話で聞いたときは、あの辺りはもうNESの支配下だから、今どうなっているかはわからないって言ってたよ。ただ、今日会う時までに、集められるだけの情報は集めておいてくれるそうだ」

 「ふーん、あまり当てにはならねぇな。鉱山病院に乗り込んでいけば早いんだろうがな」

 無理と知りながら、剛が呟いた。鉱山病院のあるバラム鉱山近辺は、鉱山がNESの資金源になっているため、NESの警備が特に厳重な地域となっていた。

 ——目的地まで、あと五分です。

 カーナビの音声が会話に割り込んだ。

 「このままだと、約束の時間の三十分ぐらい前に着きそうだぜ。どうする?」

 「そうだなぁ、この辺に喫茶店でもあれば、そこで時間をつぶすか」

 剛は装甲車の速度を落とし、車を停める場所を探し始めた。凌介は道沿いの建物を眺めていたが、ふと前を向いたとき、前方に停車しているトラックの荷台から、複数の黒服の男達が降りてくるのが見えた。そして、彼らの手には——機関銃が握られていた。

 「剛! マズイ、 NESだ!」

 「ったく、マジかよ!」

 剛が急ブレーキをかけ、Uターンを始めると、男達は一斉にこちらに向かって機関銃の連射を始めた。だが、銃弾による衝撃はあるものの、銃弾は装甲を破壊するには至らなかった。おそるおそる凌介が後方の窓をのぞくと、男の一人がロケットランチャーを持っているのが見えた。

 「アイツら、何かミサイルを撃つようなものを出してきたぞ。あれを撃たれても大丈夫なのか?」

 「俺にもわからん。だが、まっすぐ逃げてちゃ、あの的になっちまうな」

 剛はすぐ傍の交差点を左折し、狭い路地に逃げ込んだ。

 「なんだぁ!? あの車、道を塞いでやがる!」

 路地を入ったすぐ先には、道を塞ぐようにして小型のトラックが停車していた。剛はクラクションを鳴らし、速度を緩めた。

 「剛、誰も乗っていないようだよ。引き返そうぜ」

 凌介がそう言ったとき、目の前のトラックが突然、爆発した。凌介達の乗った装甲車も衝撃で飛ばされ、近くの建物に衝突した。爆発で舞い上がったトラックは、空中で大破し、その荷台部分は装甲車に向かって落下を始めた。

 凌介は、激しい衝撃と閃光で一瞬何も見えなくなった。そして、ようやく視界を取り戻したとき、目の前にトラックが降って来るのが見えた。

 ——潰される!

 ドガガガガガガガガ!

 大きな衝撃を受け、装甲車の頑丈な車体も悲鳴を上げた。車体はきしみ、ガラスには無数の亀裂が生じた。凌介は頭を抱え、縮こまるような体勢でしばらくじっとしていたが、衝撃が収まると、体の無事を確かめながら、剛に声をかけた。

 「大丈夫か」

 「……ああ。俺は何ともない。お前も大丈夫か?」

 「ああ」

 「これじゃもう、車で動けねぇな。機関銃にも耐えられねぇ」

 「アイツら、そろそろこっちに来るんじゃないか?」

 「そうだな。蜂の巣にされる前に逃げよう。出られるか?」

 凌介は変形の少ない後部座席のドアからなんとか社外に出た。トラックの一部は炎上を続けており、周囲には煙とガソリンの匂いが立ち込めていた。凌介は周囲を見回して黒い服の男達の姿が無いことを確認すると、剛が車外に出るのを手伝った。いずるようにして車から脱出した剛は、屈伸運動をして身体の無事を確認すると、路地裏を指差し、「逃げるならあっちだ」と言って走り出した。凌介も剛に続いた。

 「お前の逃げ足なら、ヤツらから逃げるのも簡単だろ。いざとなったら俺を放って逃げてくれ」

 並んで走る凌介に剛が言った。

 「馬鹿言うなよ。だが、この道がどこに続いているのか、ちょっと先に見てくるぞ」

 そう言うと、凌介は一気に加速し、交差点に到達すると、まず、左に曲がった先がどこに続くのかを見ようとした。だが、その視界をさえぎるようにして、曲がり角にはライフル銃を持った少年兵が立っていた。

 ——撃たれる!

 少年の方も突然現れた凌介に戸惑い、まだ銃を構えてはいなかった。とっさに銃を向けようとしたが、その前に凌介が銃身を義足で蹴り飛ばした。少年は衝撃で後ろに倒れ、ライフル銃は近くの建物の敷地の中に飛んで行った。倒れた少年は凌介をにらんでいたが、その手は震えていた。

 「おい、大丈夫か?」

 凌介は思わず声をかけ、少年に近付いた。

 ——幼い。まだ小学生ぐらいだろうか。

 少年はまだあどけなさの残る顔をしていた。そして、顔をよく見ると、額に爪痕つめあとのような傷があった。

 ——この傷、どこかで……

 凌介は同じ傷がある顔を見たことがあった。そうして凌介が物思いにふけっている間に、倒れていた少年は立ち上がり、何かを叫んで逃げて行った。

 凌介は我に返り、周囲を見回した。他にNESの姿は無かった。安全を確認すると、凌介はスマホを使って現在位置を確認することにした。しばらくすると、息を切らしながら剛がやって来た。

 「おい、何があった?」

 「NESがいたんだ。ほんの子供だけどな」

 「マジか!? よく無事だったな」

 「ああ、向こうもビックリしたようだ。銃を蹴り飛ばしたら、そっちに逃げていったよ」

 凌介は少年が逃げた方角を指差した。

 「ってことは、こっちに行くと、NESご一行様に遭遇することになりそうだな」

 「ああ。地図を確認してたんだけど、さっき来た道をまっすぐ行った方がよさそうだ。そのまま進めば、サイードの事務所の近くに出る」

 「じゃあ、そうしようぜ。副大統領様が助けてくれるだろ」

 「だといいがな」

 「ん? どういう意味だ?」

 「ちょっと気になるんだ。考えすぎかもしれないけど、ひょっとすると、俺達は待ち伏せされたんじゃないかってね」

 凌介は少年の傷を見たときに浮かんだ疑惑を口にした。

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