Ten cats mother 

Ten cats mother




 4月になっていた。ミミコは相変わらず入院生活を余儀なくされている。

 見舞いにやって来たソウタは、彼女の病室に戸惑いを覚えていた。

 入口で立ち止まったまま、ソウタは病室を眺めることしかできない。

 何度も来ているのに、この部屋に慣れることができない。真っ白な病室は、サツキが入院していた部屋に似ている。サツキの死を嫌でも思い出してしまう。

「何やってるの。早く来なさい」

 ミミコが優しく声をかける。ベッドで横になっている彼女は、ソウタに微笑みかけてきた。

 ソウタはネコミミを迷うように揺らし、室内へと足を踏み入れる。ミミコの視線がソウタの胸へと注がれる。ソウタが持っている物を見て、ミミコが笑みを深めた。

 ソウタは両手に桜の枝を持っていた。薄紅色の花をつけた美しい枝だ。

 ミミコによく見えるよう、枝を掲げてみせる。笑顔を浮かべると、ミミコが手招きするようにネコミミを動かしてくれた。ソウタはベッド脇にある椅子に腰かける。ソウタは両手に持った枝を、そっと抱き寄せた。

「綺麗なお土産ね。どこから持ってきたの?」

ミミコが瞳を綻ばせて桜の枝を見つめてくる。ソウタが枝を動かすと、花びらが緩やかに床へと落ちていった。

「ごめん、言いたくないんだ……」

 ソウタは微笑みを浮かべることしかできない。枝は、昨日灰猫の桜からとってきたものだ。

 ハルに会おうと思い、昨日ソウタは鎮魂祭のリハーサルを見にいった。けれど、ソウタはハルと会うことができず、灰猫の桜に登り、彼女の歌声を聴くことしかできなかった。

 リハーサルでハルが歌っていたのは、鎮魂歌だ。

 灰猫を残し逝ってしまうことを嘆く白猫の歌を、ハルは見事にうたいあげた。悲しくも聴く者を惹きつける歌声は、今でもソウタのネコミミを反芻している。

「ソウタ……」

 ちりんと、ミミコが悲しげにネコミミの鈴を鳴らす。ミミコは微笑み、ソウタのネコミミを撫でてくれた。

「綺麗なおみあげ、ありがとう」

 感謝の言葉をミミコはソウタのネコミミにささやき、枝を受けとる。

 ミミコを見つめる。

 彼女は桜の枝を優しく抱きしめた。ミミコの抱かれた桜の枝から、ほろほろと花びらが落ちていく。

「ソウタ、窓の外、見てごらん」

 ミミコが窓の外へと顔を向けた。彼女の言葉を受けて、ソウタも窓外を見つめる。

 病室の窓から蒼く澄んだ海原が見える。その上空を桜の花びらが飛んでいた。

 風がミミコの髪を弄ぶ。風は彼女に抱かれた枝から花びらを攫い、窓外へと連れて行った。

 窓外からは美しい音楽も聴こえてくる。フルートで奏でられている物悲しい曲だった。

 ミミコはサイドテーブルに枝を置く。ネコミミを伏せ、彼女は気持ちよさそうに音楽に聴き入った。

 フルートで奏でられる音楽は、鎮魂の曲だ。

 鎮魂祭がおこなわれている円卓公園から、音楽は風に乗って流れてきている。

 音楽を聴きたくない。その思いからソウタはネコミミを伏せていた。

「ハルちゃん、歌ってるのかな?」

 窓から視線を離し、ミミコが微笑を向けてくれる。ミミコの笑顔を見ることができず、ソウタは俯いてしまった。

 漢になれと言ったハイの言葉を思い出す。抑揚のないハイの声は、不気味なほど印象的だった。

 ハイに責められて当然だ。鎮魂祭の当日になっても、自分はこうやってミミコのところに逃げ込んでいる。リハーサルで歌うハルに声をかけることさえできなかった。

「ソウタ、ちょっとおいで」

「えっ?」

「いいから」

 ミミコに呼ばれ、ソウタは顔をあげる。

 ミミコのネコミミが手招きをするように、ぴょこぴょこと動いた。ネコミミに促され、ソウタはベッドの縁に手をついた。

「ていっ」

「うわ、義姉さん?」

 ソウタは叫んでいた。ミミコが手を伸ばし、自分の体を抱き寄せてきたのだ。胸の膨らみが頬にぶつかる。かっと頬が紅潮するのをソウタは感じていた。

 ソウタはミミコの腕から逃れようと抵抗する。必死になってネコミミを上下に動かすが、ミミコは放してくれない。

「赤ちゃん出来た」

「は?」

 ミミコが弾んだ声を発する。思わずソウタは彼女の顔を見つめていた。lミミコが照れくさそうに片方のネコミミを伏せ、微笑んでくる。

「赤ちゃんて…… え、義姉さん?」

「ごめん。びっくりさせたくて黙ってたら、言うタイミング逃しちゃった。すぐに人口子宮に切り替えちゃうけど、しばらくは、死ねなくなっちゃった。おめでとうソウタ、あなたは叔父さんになりました。」

 ソウタは、ミミコを見つめることしかできない。ミミコは苦笑して腕を緩めてくれる。

 罰の悪そうな彼女の笑顔を見て、ソウタはやっと落ち着くことができた。

「通りで、病人にしては元気だと思った……」

「ごめんね。ソウタが優しいから、つい甘えちゃった」

 悪びれた様子でネコミミを揺らしながら、ミミコは謝ってくる。

 自分をびっくりさせようと、ミミコは大切なことを黙っていた。それが悔しい。

 お返しとばかりにソウタはミミコを抱きしめ返す。

「ソウタっ」

 ミミコに綻んだ瞳を向ける。ソウタは彼女の胸にネコミミを押し当てた。 瞳を瞑ってミミコの心音を聴く。ミミコの生きている音がネコミミに響き渡った。

 ミミコの鼓動は優しくも、力強い響きに溢れている。

「ここに、いるんだね」

「うん」

「ソウタ、死ぬのって、恐い?」

「……義姉さん」

 ミミコの言葉にソウタは瞳を開ける。

 ミミコの胸からネコミミを放し、ソウタは彼女を見つめる。

 深緑の瞳を煌めかせ、ミミコはソウタを見つめていた。その輝きにソウタは魅入ってしまう。ミミコは優しくソウタのネコミミを撫でてくれた。

「私ね、毎日を後悔しないで生きることにしたんだ」

 ミミコの言葉に、瞳を見開く。

「義母さんの、言葉……」

 ミミコが発した言葉。

 それはサツキが亡くなる直前に、自分に贈ってくれた言葉だ。

 サツキは笑顔を浮かべながら、その言葉をソウタに言った。

 瞳を綻ばせて、ミミコは自分を見つめてくれる。サツキが、そうしてくれたように。

「それから、ごめんなさいって。ソウタに心配かけたくなかったって……」

 ミミコの声が上擦っている。

 潤んだ瞳を片手で拭い、彼女は口元に笑みを浮かべてみせた。

 震える腕で、ミミコはソウタを抱きしめる。悲しげなミミコの鼓動が体を通して伝わってきた。

 ケットシーである彼女の能力は、他人の気持ちを見抜いてしまうこと。

 自分と違い、全てを知っていた義姉はどれほど多くのものを背負っていたのだろう。それでも彼女は笑顔で自分に接してくれた。

 敵わないと、苦笑する。自分なんて小さく思えてしまうほどに、彼女たちは大きくて温かい。

「義姉さん」

「ごめん、急にこんな……」

 ミミコに声をかける。ミミコは驚いたようにネコミミを反らし、ソウタを放してくれた。

「ソウタ、あなたに渡さなきゃならないものがある」

 ミミコはソウタに向き直る。彼女はソウタを見つめ、真摯な声で告げた。

 ミミコの言葉を受け、ソウタはベッドから身を引く。椅子に座り直し、ソウタはミミコをじっと見つめた。

 ミミコはベッド脇に置かれたサイドテーブルへと手をのばす。

 サイドテーブルには、桜があしらわれた薄紅色のメッセージカードードが置かれている。

 メッセージカードを両手で包み込むようにミミコは持つ。

 胸にカードを抱いた彼女は、ソウタに体を向け笑顔を浮かべた。

 ミミコは指先でカードを持つ。そっとソウタにメッセージカードを差し出す。

「ハルちゃんから、招待状」

 メッセージカードの表には、丁寧な文字で『ソウタくんへ』と宛名が書かれていた。

「ねぇ、ソウタ。あなたは、どう生きたい?」

 優しくミミコが言葉を発する。その言葉にソウタはネコミミを反らしていた。

 どう生きたいかなんて、そんなこと分からない。義姉の言葉にソウタは困惑する。

 そんなソウタを励ますように、ミミコはすっと瞳に笑みを浮かべてみせた。

 深緑色をしたミミコの瞳が自分に向けられている。ソウタは瞳を揺らし、カードへと手を伸ばしていた。

 抜き取るようにミミコの手からカードを受け取り、ソウタはカードを開ける。

 ソウタは夢中になって、カードに書かれた文字を視線で追っていった。最後の1文まで読み終え、ソウタは顔を俯かせる。

「ハルの、バカ……」

 震えた声が口から出てしまう。

 ソウタは耐え切れなくなって、カードを胸元に抱き寄せていた。

 カードにはハルからの謝罪の言葉と、鎮魂祭に出るという彼女の決意が書かれていた。

 ハルのもとに今すぐにでも行きたかった。けれど、逃げ出してしまった自分にその資格があるだろうか。

 ソウタは窓外を見る。

 円卓公園からやってきた桜の花びらが、音楽とともに空を流れている。あの音楽が聴こえる場所で、ハルが自分を待ってくれているのだ。

 胸が熱くなり、ソウタの心臓は切ない鼓動を奏でていた。

「大変、大変!」

 とつぜん、病室のドアが乱暴に開けられた。

 甲高い声がネコミミに轟く。声に驚いてソウタはベッドの対面にあるドアを見た。

 見慣れた茶トラのネコミミが、にょっきりと入口から現れる。

「うわーん! ハルちゃんがーー!!」

 チャコがツインテールを揺らし、慌ただしく病室に入って来た。パニック状態なのか、彼女はネコミミをぴょこぴょこ動かしながら病室を駆け回る。ミミコは、きょとんとそんなチャコを見つめていた。

「ソウタのお友達?」

「チャコ、どうしたんだよ?」

 ミミコがソウタに問いかけてくる。ソウタは我に返り、彼女に声をかけた。

「あ、ソウちゃん! 本当にココにいた!!」

 ぴたりと彼女は立ち止まり、ソウタを見つめた。涙を浮かべた瞳を歪め、彼女はソウタを睨みつけてくる。ずんずんと、彼女はソウタへと詰め寄っていく。

「何で鎮魂祭来てくれないの!? ハルちゃん、ずっとソウちゃんのこと待ってたんだよ! なのに、なのに……」

 嗚咽に肩を震わせながらチャコは泣き出してしまう。瞳から溢れた涙を擦り、彼女は俯いてしまった。

「チャコ……」

「ソウタが、姉ちゃん泣かした……」

 病室の入口から間延びした声が聞こえてくる。入口へ視線をやると、ハイが眠たそうな瞳をこちらへ向けていた。

 感情の読み取れない瞳は、それでもソウタを睨みつけているようだ。彼がネコミミの毛を逆立て、怒りを顕にしているせいかもしれない。

「ハイ……」

「ね、いたでしょ姉ちゃん。泣き虫ソウタは、絶対にお姉さんのところに逃げてると思った……。ボクの推理はよく当たる」

 ハイはチャコに言葉をかける。チャコは顔を上げ、濡れた瞳をハイに向けた。

チャコのもとへと、ハイは足早に駆け寄ってくる。チャコを慰めるように、ハイは彼女の肩をとんとんと叩き始めた。

「ハイ……」

「何だよ…… 泣き虫ソウタに興味はない」

 話しかけてきたソウタに、ハイは冷たく返す。

 ハイはソウタを見ることなく、チャコの背中にひしっと体を押し付ける。困ったようにチャコがソウタに視線を向けてきた。

「何で、ここに?」

 ソウタはハイに話しかけていた。

 ハイは、責めるように色のない瞳をソウタに向けてくる。

「ソウタが来ないせいで、ハルが絶望して鎮魂祭の会場からいなくなった……そのせいで姉ちゃんは泣いた……。どうしてくれるの……」

「ハルが……」

 ハイの言葉に、ソウタはネコミミの毛をふくらませていた。抱き寄せていたカードを強く握り締め、チャコに向き直る。

「ハルの家にも行ったの?」

「ハルちゃん家にも行ったよ……でも、家庭教師の人が通してくれないの。どうしよう。ピアノのレクイエムの次にハルちゃんの番なのに……もう、時間がない間に合わないよぉ……」

「バカソウタ……」

 チャコは上擦った声で答えてくれた。涙を流しながら、チャコはソウタを睨みつける。

 ハイは慰めるようにチャコの両肩に手を起き、ソウタに吐き捨てた。

「ごめん」

 2人を見つめ、ソウタは頭を下げる。チャコとハイが気まずそうにネコミミを伏せた。

 そっとソウタは2人に近づく。

 チャコとハイは横並びになり、ソウタを不安げに見つめてきた。2人にソウタは微笑みかける。ソウタはぎゅっと、 チャコとハイを胸元に抱き寄せていた。

「ちょ、ソウちゃんっ!」

「あう……?」

 チャコが叫ぶ。ハイは何が起きているのか理解できていないらしく、小さく声を漏らした。

「それから、来てくれてありがとう」

 チャコとハイのネコミミに感謝の気持ちを囁く。

「ソウ、ちゃん」

「ソウタのエッチ……」

 ぽっと頬を赤らめ、ハイが呟く。ハイは潤ませた瞳をソウタに向けてきた。

「エッチって、何だよ!」

 ハイの呟きに思わずソウタは叫んでしまう。

「私も、ちょとドキドキしてる……」

「ちょ、チャコ!?」

 ソウタは大声をあげ、チャコを見つめる。チャコは恥ずかしそうにソウタから顔を逸らした。チャコの頬もほんのりとりんご色に染まっている。ソウタは慌てて2人を放していた。

「これは……そういう意味じゃなくて……」

「あははっ」

「義姉さんっ?」

 ミミコの笑い声が聴こえる。ソウタはベッドへと顔を向けていた。ミミコが笑いながら、おかしそうにネコミミを上下させている。

「いや、おかしくて……。ソウタにこんな面白い友達がいたなんてね。ほんと、ここに越してきてよかった……」

 微笑みながら、ミミコは瞳を拭っている。彼女の瞳はうっすらと涙で濡れていた。

「義姉さん」

 ソウタはミミコに向き直る。

 ――ソウタ。私ね、毎日を後悔しないで生きてみようと思うんだ。

 サツキの言葉が、耳朶に蘇る。ミミコから託された、彼女からのメッセージ。

 そっと、自分の両足を見つめる。サツキの死に目に間に合わなかった後悔が、ソウタをケットシーにした。

 けれど、後悔するのはもう終わりだ。今度こそ、前に進もう。

 サツキはきっと、それを望んでいるから。

「いってらっしゃい」

 ミミコの声が聴こえる。

 顔をあげると、彼女は微笑みを浮かべていた。深緑の瞳が優しくソウタを見つめている。

「いってきます」

 ソウタは微笑んで、ミミコに言葉を返す。ミミコは笑みを深め、手を振ってくれた。

 踵を返し、病室の窓へと駆け寄る。

 窓の外には、桜の花びらが舞う空がどこまでも広がっていた。

 鎮魂祭にハルを連れて行く。彼女の夢を叶えるために。

 ソウタは窓枠に足かけ、息を吸い込んだ。脳裏に過るのは、歌いながら微笑むハルの笑顔。

 笑顔を、もう1度見てみたい。

 身を乗り出し、ソウタは窓から跳ぶ。軽い浮遊感が体を包み、ソウタは瞳を見開いた。

 眼前には花びらの舞う空が広がっている。鋭い眼差しで花びらを見すえ、ソウタは建物の屋根を蹴った。ソウタの視界に、海原と広い蒼穹が映り込む。その先にある壁を睨みつけ、ソウタは大きく跳びあがる。

 ハルのもとへと、ソウタは大空を駆けていく。





 

 ソウタが跳び去っていった窓を、ミミコは寂しげに見つめていた。

「本当、いい漢になっちゃって」

 春風が舞い込んできて、彼女の髪を慰めるように撫ででくれる。

 ぽんと肩を叩かれ、ミミコはそちらへと視線をやった。ベッド脇に立つハイが、ミミコの肩に手を乗せている。彼の隣にいるチャコも瞳を曇らせ、ミミコを見つめていた。

「ソウタのお姉さん、寂しい……?」

 ハイが、訪ねてくる。声に色が感じらないのに、ハイが自分を心配していることがわかった。ハイがネコミミを、悲しげに垂らしていたからだ。

「ハイくん、だっけ。そうね、寂しいかな。あの子、いつも私の側から離れなかったから。義母さんが死んでからは、私が母親みたいなものだったし」

「慰める……」

「あら」

「ちょ、ハイ!」

 ハイはベッドへと身を乗り出し、ミミコに抱きついた。弟の思わぬ行動にチャコは叫ぶ。

「姉ちゃん、ボクがシュンとしてると……こうしてくれる」

「だからって、女の人には抱きついちゃダメ! すみません。ミミコさん」

「姉ちゃんも一応女の子だよ……」

「うっ、それは」

「いいわ、ありがとう」

 大丈夫だと、ミミコはチャコに微笑んでみせる。チャコは頬を膨らませ、ネコミミをたらした。ミミコは苦笑して、ハイのネコミミを撫でる。ハイがぽっと頬を赤らめ、恥ずかしそうにミミコの胸元に顔を埋めた。

「温かい……」

「ハイのバカ、エッチ」

「あはは、ごめんね」

 ハイの呟きにチャコは不満げに言葉を漏らす。

 ミミコが彼女に謝ると、チャコはすまなそうにネコミミを動かしてみせた。そんなチャコを見て、苦笑が顔に滲んでしまう。

 ハイが小柄なためだろうか。幼いソウタが自分を抱きしめてくれたことを、ミミコは思い出していた。

 サツキは落ち込んでいる自分を、よく抱きしめて慰めてくれた。幼いソウタも、サツキの真似をしてよくミミコに抱きついてきた。抱きつかれたミミコが驚くと、ソウタは顔をあげて笑顔を向けてくるのだ。

 その笑顔は、もうミミコだけのものではない。

 目頭が熱くなる。泣くのを堪えて、ミミコはハイを抱きしめ返していた。彼女のネコミミについた鈴が、悲しげに音を奏でる。

「お姉さん、悲しい?」

「駄目だね。早く、義弟離れしなきゃいけないのに……」

 ハイが顔を見上げてくる。ミミコは潤んだ瞳に無理やり笑みを浮かべてみせた。

 思い出すのは、自分を慕ってくれたソウタの姿ばかりだ。

 ソウタの成長が嬉しいのに、彼が離れていくことが寂しい。サツキもこんな思いで成長してく自分たちを、見守っていたのかもしれない。

「私も、ママになるんだっけ」

「お姉さん、ママになるの?」

「うん、お腹触ってみる?」

 ミミコの言葉にハイは頷き、ミミコから離れる。ハイはベッドから降り、ミミコの腹部にそっと手を充てた。

「私も、触っていいですか?」

 ハイの様子を見て興味を抱いたのだろう。チャコがネコミミを伏せて、遠慮がちに尋ねてくる。

「いいわよ」

 ミミコの返答にチャコは瞳を輝かせる。そっと彼女は腹部に手を充ててきた。

「赤ちゃん、本当にお腹の中で育つんだ……」

 手を充てた腹部をチャコは興味深げに見つめている。ハイも顔をあげ、言葉を発した。

「温かい……。ママって、温かいんだ……」

 ピクピクと動いているネコミミから、ハイが興奮しているのがわかる。

「うん、温かいよ。お母さんは」

 くすりと微笑み、ミミコはハイのネコミミを撫でていた。

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