thirteen Cats 邂逅、シロネコノ歌、約束

 チャコのため息が白い部屋に反響する。すると、りんとネコミミの鈴を鳴らして、リズがチャコに笑みを投げかけてきた。

「チャコちゃん……さっきから、ため息ばっかりついてるよ」

 サングラスをかけたリズが、にこやかな声でチャコに言葉を投げかけてくる。ベッドに腰かける彼女は、仕事着である修道服に身を包んでいた。

「ごめん。リズ姉が元気になったのに情けないね、私」

 苦笑を浮かべ、チャコはリズに向き直る。リズの顔色はすっかりとよくなり、倒れてしまった時の弱々しさは感じられなかった。

体調が回復し、明日には仕事に戻ることができるみたいだ。

「さて、明日からまたチャコちゃんとハイくんを起こさなくちゃね。チャコちゃんたち急に早起きになっちゃったから」

 笑みを深め、リズは弾んだ声をあげる。そのリズの言葉に、チャコはネコミミをたらしていた。

 自分たちを睨みつけていた、蒼い眼を忘れることができない。寂しげな少女の眼差しも、チャコの脳裏を離れてくれないのだ。

「どうして……会ってくれないのかな?」

 少年が会いたかっている少女を自分たちに合わせないのだろうか。でも、チャコには少年がそんなことをする人のようには思えない。

 ――何が、悲しいの……。

 そう問いかけてくれた彼は、たしかにチャコの心配をしていてくれた。

 はぁっとまたチャコの口から溜息がもれる。リズが笑って、チャコは彼女を見つめていた。

「チャコちゃん、幸せが逃げちゃうよ?」

 リズはベッドの端に立てかけておいた杖を取り、立ち上がる。前方の床を叩きながら、リズはチャコのもとへとやってきた。

「リズ姉……」

 腰を屈め、リズはチャコの顔を覗き込む。リズの温かな両手が、チャコの頬を包み込んだ。

「ほらほら、また可愛いお顔が台無しになってる……」

 リズが口の端に笑窪を浮かべ、チャコの頬を撫でてくる。リズの手が妙にくすぐったくて、チャコは笑い声を漏らしていた。

「くすぐったいよ、リズ姉」

「でもね、その子達の気持ちわかるな。大切なものが増えると、その大切なものが自分のせいで傷つくことになるから……」

「リズ姉?」

 リズが光のない眼を悲しげに伏せる。チャコはそんなリズの眼を見て、言葉を返すことができなかった。

 きっとリズは、ハインツのことを思い言葉を紡いでいるのだ。

 ――お願いだから……言うこと聞いて。……姉ちゃん。

 そう言って、泣いていたハイの言葉が脳裏を過る。ハイもまた、自分のせいでチャコが傷つくことを恐れている。

 でも、それはチャコにとって――

「でも、きっとその子たちは会う勇気を持っている。私とは、違うもの……」

 眼に笑みを滲ませ、リズは言葉を続ける。リズの悲しげな笑みを見て、チャコは顔をあげていた。

「リズ姉だって、会いに行けばいい!!」

 凛とした声が、口から発せられる。チャコの言葉に、リズは驚いたように眼を見開いた。

 そのときだ。歌声が、開け放たれた窓から聞こえてきた。

 びんとネコミミをたちあげ、チャコは窓へと駆け寄る。

 歌われるのは春を呼ぶ子猫の歌だった。


 灰色の子猫と白猫の子猫が、春を待っている。

一緒に春を歌っている友達を探しているよ。

 ずっと、ずっと待っているよ。


窓から身を乗り出し、チャコは歌に聴き入っていた。

「呼んでる?」

 ぽつりと呟くと、それに応えるように歌声は高低を繰り返す。

早く来てと、チャコに応えているようだ。

「姉ちゃん……」

 ガラリと引き戸が開く音がする。チャコが病室の戸に顔を向けると、ハイが戸を開け顔を覗かせていた。

「聴こえた……? 聴こえた……?」

 ネコミミを激しく上下させながら、ハイはチャコに弾んだ声をかけてくる。ハイは相当興奮しているみたいだ。

「聴こえた! 行こう、ハイっ!」

 ハイに向かい、チャコは弾んだ声を発する。何より、少女が会いたいと歌声で思いを伝えてくれたことが嬉しかった。

「チャコちゃん……」

 戸へと駆け寄るチャコに、リズの声がかけられる。チャコが振り返るとリズは不安そうにこちらを見つめていた。

「絶対、リズ姉に会わせてあげるね。あの子も、リズ姉にきっと会いたがってるからっ!」

 リズの不安げな表情を打ち消したい。チャコは明るい声を思いっきりリズにぶつけてみせた。

「チャコちゃん……」

 りんとリズのネコミミの鈴が鳴る。リズは驚いたように光のない眼を見開き、チャコを見つめてくる。

「だからさ、会いたい人には会えばいいと思う」

 ときおりみせるハインツの寂しげな顔をチャコは思い出していた。リズはハインツがマブの館を去ってから、彼とまともに会っていないらしい。

 それなのに彼女は楽しそうにハインツの子供時代の話を聴かせてくれる。

 リズはハインツに会いたいはずだ。でも、ハインツを拒絶した罪悪感がリズにその思いを躊躇わせる。

そんなリズの気持ちに、ハインツは怒りさえ覚えているのだ。

チャコが、自分を避けるハイを嫌がるように。

「姉ちゃん……」

「今行くっ!」

 ハイがチャコを呼ぶ。チャコは声を張り上げ、ハイに応えた。

「リズ姉もハイも、ちょっとは私たちの気持ち考えてくれてもいいんじゃないかな?」

 口を尖らせ、チャコはリズに不満をぶつけてみる。唖然とした様子で、リズはネコミミをたらしてみせた。

「チャコちゃん……」

 リズが震えた声を発する。困惑する彼女に、チャコは笑顔を浮かべてみせた。

 リズたちが自分たちを思いやり、自分たちを避けていることは知っている。でも、少しはぶつかって来てほしい。

 そんな思いを、自分の笑顔に込めてみせる。リズは観念したように苦笑して、言葉を返してくれた。

「チャコちゃんには敵わないなざ……」

「私、ぜんぜん迷惑なんかじゃないんだからね!」

 ぴんと誇らしげにネコミミをたて、チャコは声を張り上げてみせる。リズは笑みを深め、チャコに言った。

「いってらっしゃい。チャコちゃん」

「行ってきます」 

 リズに返事をして、チャコは戸口へとかけていく。




 




 チャコとハイが円卓公園に向かって数時間後。公園には4人の少年少女の姿があった。2人はもちろんチャコとハイだ。

もう2人は灰ネコミミを持つ少年と白ネコミミを持つ少女。灰ネコミミの少年は灰猫の桜の前に胡座をかいて座っていた。その正面に、チャコと白ネコミミの少女が並んで立っている。

「だからって、なんで俺、縛られなきゃいけないの?」

 不満げな少年の声がチャコのネコミミに轟く。チャコの目の前には、迷子ひもをぐるぐると体に巻きつけられた、灰ネコミミの少年がいた。

 彼は数日前にチャコが見かけた灰猫の少年だ。名をソウタというらしい。

「だってソウちゃん。ネコミミピアノが終わったとたん、ハルちゃん抱いて逃げようとしたじゃないっ!」

 びんとネコミミをたちあげ、チャコは少年に抗言してみせる。

「そうだよ。酷いよ、ソウタくん」

 チャコの隣にいる白ネコミミの少女――名をハルという――も不満げにソウタに声をかけてくる。

「だって、みんな何度もハルにネコミミピアノやらせようとするんだもん……。ハル、すごく苦しそうだったから……」

 不満げにソウタはチャコを見つめてくる。チャコはソウタの言葉に苦笑を浮かべることしかできなかった。

 ネコミミピアノとはハルが考案した遊びだ。

 ハルがまず子供たちの声を聴き、彼らを音階順に円に並べる。その中心にハルが立って、彼女の指示を受けた子供たちが声を発するとあら不思議。声はピアノのようにメロディを奏で、美しい輪唱があたりに響き渡るのだ。

 斬新なこの遊びにチャコたちは夢中になった。もう軽く、10回はこのネコミミピアノで遊んでいる。

 ハルはソウタの心音をもとにネコミミピアノを奏でてみせた。それがあまりにも面白かったので、チャコと円卓公園に駆けつけた他の子供たちは、何度もハルにネコミミピアノをおねだりした。

 それを見かねたソウタが、ハルを連れ出して公園をあとにしようとしたのだ。

ケットシーとしてのソウタの能力は驚異的な脚力であるという。ハルを横抱きにして円卓公園の桜にぴょんぴょんと飛び移るソウタを、チャコたちはやっとの思いで捕まえたのだ。

 チャコとハイをのぞき、他の子供たちは疲れ果てて先に帰ってしまっている。

「私、別に苦しくなんか……」

「ソウタは……ハルを独り占めしたい……。うー……」

 黙っていたハイが、突然口を開く。ソウタはびくっとネコミミを震わせ、自分の膝にちょこんと乗っているハイを見下ろしていた。

「どうしてハイ、俺の膝に乗っかってんの?」

「ソウタおっきい……。おっきいは正義……。ボク……おっきいの好き……」

 ぽっと頬を染め、ハイはソウタを見上げてくる。かぁっとソウタの頬が赤くなるのをチャコは見逃さなかった。

「ごめん。ハイ、おっきい男の人がすっごく好みなの。気に入っちゃうと、これが離れないんだなぁ」

「えぇ、俺もハイも男なんだけど……」

「うぅ……」

 ソウタの言葉にハイは悲しげに唸ってみせる。くるりと体を動かし、ハイはソウタをぎゅっと抱きしめてきた。

「ボク……ソウタ好き……。ソウタのおっきいが好き……」

「俺じゃなくて、俺のデカさが好きなんだ……」

 乾いた笑いを浮かべ、ソウタは呟いていた。

「違う……。ソウタも好き……。ソウタも好き……」

 そんなソウタの言葉を否定するように、ハイはぐりぐりと頭をソウタの胸に擦りつけてくる。

「わぁ、良かったねソウタくん。ハイくんにこんなに好きだって言ってもらえてっ!」

「いや、嬉しくないからっ!」

 ハルが両手を合わせ、嬉しそうに眼を輝かせる。そんなハルにソウタはツッコミを入れていた。

「うーん、これ重症だなぁ。このままだと、ソウちゃんを連れて帰るとか言いかねない」

「うー……ソウタ、マブの館にお泊りする……。ボクたちの塔に来る……」

「心配してる側から言ってるしっ!」

 ハイの言葉にチャコは大声を張り上げる。そんなチャコの言葉に応えるように、可憐な笑い声が周囲に響き渡る。

 チャコは笑うハルに思わず視線を向けてきた。

「ごめん、チャコちゃんとハイくん、すっごく面白いんだもん」

「ハルも……来る。ボクたちに……ずっと歌で呼びかけてた……。チビたちも会いたがってる……」

「えっ?」

 驚いたようにハルが桜色の眼を輝かせる。そんなハルを見て、チャコは言葉を継いでいた。

「そうそう。チビたちも、ハルちゃんと一緒に遊びたいってすっごく言ってるんだ。それにね、あって欲しい人がいるの」

 真摯な眼をハルに向け、チャコは言葉を続ける。

「あって欲しい人?」

 言葉を反復するハルに、チャコは頷いてみせる。頷いたチャコを見て、ハルは顔を輝かせていた。

「もしかして、あの歌の――」

「ハル、呼びかけてたってどういうこと?」

 ハルの言葉を、ソウタの鋭い口調が遮る。驚いて、チャコはソウタを見つめていた。

 蒼い眼を鋭く細め、ソウタがこちらを見つめている。びくりとハルのネコミミが怯えたように弾むのを、チャコは見逃さなかった。

「うー……」

 おもむろにハイがソウタの膝からおりる。ハイはそのまま、彼を拘束していた迷子ひもを解いていた。

「ハイ……?」

「そろそろ……おやつの時間。マブの館に……帰る……」

 ひょこっとハイはソウタの前に立ち、くるんとネコミミを動かしてみせた。

「お別れって、こと」

 立ち上がるソウタに、ハイはネコミミでそうだと応える。少し寂しげに眼を歪め、ソウタは言った。

「そっか、もう帰っちゃうんだ……」

 心なしかソウタの声は弱々しい。

「また明日……ここで会う……」

 地面をネコミミで指し、ハイはじぃっとソウタの顔を見上げてみせる。ソウタは蒼い眼を輝かせ、ハイを見つめ返していた。

「また、会えるの?」

「いつでも……会える……。みんな……明日……ここに集まる……」

「うん、また来るよ」

「うー……。また、明日……。また、明日……。ソウタ来なかったら……寂しい……」

 ふっと、ソウタは微笑んでくれる。そんなソウタに、ハイはぴっとと抱きついてみせた。ぐりぐりとソウタの胸に顔を押しつけ、ハイはソウタを抱き寄せる。

「こら、ハイってばっ」

「うー……」

 チャコはそんなハイをソウタから引き剥がしにかかっていた。引き離されたハイは、ソウタに両手を伸ばしてぐずる。

「ハイ……」

 寂しそうにネコミミを伏せて、ソウタはそんなハイに手を伸ばしていた。

「ごめん、ソウちゃん。また、明日! ハルちゃんも、その……約束のこと……よろしくね」

「分かってる。私も、会いたいって思ってたからっ」

 ハルがネコミミの鈴を鳴らし、チャコに微笑んでみせる。チャコは思わずハルに笑顔を返していた。

「バイバイ……。バイバイ……」

 両脇をチャコに拘束されたハイが、2人に手を振っせみせる。ソウタとハルは、2人揃ってチャコとハイに手を振ってくれた。


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