第5話『君の隣にいる仲間たち』

 翌日、一馬は重い体を起こした。今日から二日間は振替休日と創立記念日が重なり連休なのである。しかし一馬はこの二日間の連休が憂鬱でならなかった。

 結局、体育館の裏の乱闘は、李音の様子がおかしいと感じた幸助が男の先生を連れてきたことにより強制的に引き離して止められたのだが、そこからが大変であった。保と一馬は職員室に呼ばれこっぴどく叱られ帰ったのは7時を回っていた。

 そこから母親に再び怒られるわ、夕食は抜きになるわ、さらに部屋に戻って携帯を確認するとLINEの友達から李音と幸助と美香は消えているわ、グループからは脱退させられているわ、電話は着信拒否にされているわで、最悪である。

―――結局、状況は前の時より最悪になってるし、李音と保は喧嘩するし、その理由が俺が1組を裏切ったと思ってるし―――

 一馬は、鳴ることがない携帯を覗き込んで考えていた。

―――しかも、李音のやつ、俺が必死で止めようとしたのに、宝物を壊されないように、傷つけないようにしてたのに、優勝するためなら傷つけてもいいだ?目的のためなら手段選ばんなんて、ろくな大人ならんぞ、あいつ―――

 一馬は携帯を手元に置くと両手を頭の上に組み仰向けに横になった。

―――・・・って、大人になれなかったんだっけ、あいつ―――

 一馬はその瞬間、自分が経験した現実が押し寄せてきた。

―――この一ヶ月、茜に近づくため李音や希と仲良くしていたけど、なんだろ、利用するつもりで近づいたのに、関わりたくないけど無理やり関わってたのに、向こうから切ってきたのになんでこんなに悲しくて悔しいんだ?―――

 一馬は涙が溢れてきた。それを両手で拭うのが止めることができない。

―――どうしたらいいんだ?結局クラス巻き込んでの喧嘩は避けられないし茜まで傷つけてしまったし、むしろ前よりもひどい傷をつけちゃったし、どうしたらいいんだ?俺―――

 一馬は頭を抱えて考えたが全く答えが出てこない。連休明け、どういう状況になっているのか全くわからない上、クラスからは裏切り者扱いになってる可能性が高い。

『リロリロリ~ン♪』

 突然携帯がなったので何事かと思い一馬は置いてあった携帯を手に取り除き込んだ。メッセージの主は希であった。

『一馬、今から行っていい?』

―――心配してくれてんのか?一応返信しておこ―――

『ごめん、希、今あんま会いたくないんだ』

 しばらくすると、返信が入ってきた。

『実は・・・、また家出しちゃって(*´∀`*)んで、李音とはケンカしちゃって(ノ∀`)・・・今日泊めて?』

―――・・・なんじゃ、こんな時に―――

 一馬はベッド横に立ち上がると携帯を思いっきり床に叩きつけた。

「一馬うるさい!何してんの!!」

 下から母親が怒鳴りつけてきた。

「何でもない、ちょっと落としただけ」

 自室のドアを開けて一馬は母親に答えたのだが、下から覗いてる母の格好は明らかによそ行きの格好をしていた。

「・・・何その格好」

「あんた言ったでしょ!今日法事で明後日まで帰ってこないって。お父さん明日帰ってくるからそれまで留守番お願いって」

「忘れてた。夕飯は?」

「テーブルに500円置いてるからそれで食べてきて」

―――500円って、微妙。夕飯だろ、700円くらい欲しいな―――

 しかし一馬は食欲があまりなかったので、500円で十分だった。それを了承すると母親そのまま出て行ってしまった。

―――オトン帰ってくるの明日か、多分明日の夕方かな―――

 一馬は床に落ちてる携帯を拾った。

『いいよ、今晩親いないから』

一馬は希に返信した。

『ピンポーーン』

―――まさか、たった今返信したばかりだぞ―――

 一馬は恐る恐るドアを開けるとそこには希と茜のふたりが立っていた。

「ちょっ、茜。なんでここに」

「希が家出したっていうからついてきた」

「えへへ、茜がついてきちゃった」

 立ち話になってしまうと目立っちゃうので一馬はすぐに二人を家に上げ、自室に案内した。

階段を上がるあたりから希はキョロキョロしながら一馬の自宅を見て回り、一馬の部屋に一番に入ると早速ベッドの下を覗き込んだ。

「・・・何してんだ、希」

「う~とね、ないね、エロ本。李音も最初はここに隠してたんだけど」

「・・・帰れ」

「冗談だよ冗談。そんなに怒らないで」

―――危なかった、こんなこともあるかと思って別の場所に移しておいて―――

 希は一馬のベッドに腰を下ろすと片手でベッドを叩いて茜を促した。茜は少し戸惑いながら希の横に座ったので、一馬は椅子に座った。

「んで、希。なんだ家出って」

「ん~とね、うちのオカン運動会の時来なくてさ、そのことで喧嘩になって、家飛び出したわけ。いつもなら李音とこ行くんだけど、ほら、LINEグループ一馬消したことでケンカしちゃって、季節的に野宿もいいかなって思って茜誘ったら一緒に行くっていうし」

「だって、希一人じゃ心配だし。大丈夫、おうちにはお婆ちゃん家、泊まるって言ってきて、お婆ちゃんには事情言って泊まったことにしてもらってるから」

「・・・んで、なんで俺んちに来たわけ?」

「だって、ねぇ。昨日のこと聞きたいし。泊まれるならって、ねぇ」

「だーかーら。そもそも家出しようって考えがおかしいって!」

「・・・ねぇ、一馬。こんなか弱い女の子二人泊められないって言うの?」

「・・・だぁーーも!」

 一馬はそう言うと早速携帯を取り出すとあちこちに電話をかっけ始めた。


「いいんか?急にお泊り会するっていうから来てみたらお前以外全員3組のやつだし」

「いいんだ、保。なんかハミごにされてるし。それにオトンの許可はとったから大丈夫」

 さすがに女の子二人を泊めるのはいくら一馬でも度胸がなく、父親に友達4~5人とお泊まり会したいというとすんなり許可が下り、その後無理言って保と優介を呼んだら快く来てくれたのである。

 一馬は隣の客間を使う許可が下りたので、そっちの部屋に布団を敷き、そこで雑魚寝することになった。

「面白いね、保くん。みんなとお泊りなんて」

「そうだな」

 保はどこかよそよそしい。というのも昨日の一件で茜に優介をいじめてるのは演技だとバレてしまったので、どこか歯がゆかったのである。無論、茜経由で希にもバレていたのである。

「ところで、一馬。晩飯どうするんだ?」

「コンビニ買いに行こうかなっと思ってるんだけど」

「じゃあ、俺と遊助で買ってくるわ。俺たちといっしょのところ見られたらお前のクラスで浮くだろ」

―――保の野郎、気使って。けど、今はお願いするしかないか―――

「ごめん、お願いします」

 そう言うと、保と優介はコンビニへと買い物に向かった。

―――希と茜だけか、どうしよ―――

「ねぇ、一馬。このゲームやってみたかったんだけど」

 希は本棚からサッカーゲームを取り出した。

「いいよ、二人帰ってくるまでやっとく?」

 そう言うと希と一馬は早速ゲームをしたのだが、これがかなりはまってしまった。後に保と優介がが帰ってきてからもハマりすぎて時間を忘れてゲームに没頭してしまったのである。

 結局、そこからはただのお泊り会。ゲームやマンガ読んだり一緒に風呂(流石に男女別にしたが)入ったりといつも以上に賑やかな一日を過ごした。

 夜も遅くなり落ち着いた時間帯になり希は一馬に話しかけた。

「ねぇ、一馬。聞かせて、運動会の時何があったのか?」

「・・・うん」

 一馬は茜にフォローをお願いした上で、事の顛末を話し始めた。違う所があったら保にもフォローをお願いして話を進めていった。一通り聞き終わると希は重い口を開いた。

「覚えてる?1年生の時の運動会。李音ね、徒競走でこけてビリになったの。それでクラス優勝できなくて、みんなに相当言われたらしいよ。それからね、李音のクラスはいっつも2位。だから、今年最後だから必死だったの。何が何でも優勝したいって、前に言ってた」

「そうなんだ。でも、だからってその、大切なものを無理やり取るのはどうかな」

「俺も同感だ。あいつは、人を傷つけてでも優勝するってところ」

 一馬の言葉に保がかぶせてきた。

「・・・私は、李音君の気持ちわかるかな。だって、最後のチャンスなんだよ。だから」

「けど、それで人傷つけるなんて」

 一馬は、茜の言葉を遮るように言った。その時だ。

「ずいぶん深刻な話してんな」

 突然どすのきいた大人の声がしたので、全員がそっちを見ると背広を着た大人が立っていた。

「おとん、それに柊のおっちゃんも」

 そこには、一馬の父と柊のおっちゃんが立っていた。

「ちょっと時間空いたから柊に頼んで見に来たんだ。すぐに署に戻らんといけないんだがな」

「そうなんだ」

「あれ、蓬莱希ちゃんだよね」

柊のおっちゃんは希を見つけると声をかけた。

「こんばんは」

「知ってんのか?」

「よくコンビニで声かけてくるの。時々拉致監禁しようと私を襲って」

「家出娘が、署に連れて行くのを拉致監禁って」

柊のおっちゃんがすかさず突っ込んだ。

「柊、お前の負けだ。ところで一馬。さっきから聞いていたが、まずお前、根本的に間違ってんぞ」

「えっ?」

「その、李音って子は優勝したいってずっとクラスで言ってたんだよな?」

「うん」

「んで、クラスのみんなをまとめてひっぱてたんだよな」

「そうだけど」

「そこまでクラスをがんばってみんなを引っ張ってたんだ。そんな子の前でお前がしたこと、理由はどうあれ裏切られたって思わないか?」

―――・・・しまった。言われたとおりだ。肝心の李音の気持ち考えてなかった。何てことだ、確かにおとんの言う通り、これじゃあ、かわいそうなのは李音じゃないか―――

「でも、あいつ、人を傷つけてでも優勝したいって」

保がすかさず口を入れた。

「そりゃあ、傷つけてでもって言うだろうな。その時点で一馬に傷つけられてんだがら」

「・・・」

保は言葉を失った。

「一馬、やることわかってんな」

「・・・わかってる」

「何すんだ?」

「・・・謝る」

「まっ、それしかないだろな。けど、勘違いすんなよ。お前、周り見てみろ。こんだけ心配して支えてくれる友達できたんだから、今度は裏切んなよ」

「・・・分かった」

「よし、じゃあ、俺は署に戻るわ」

一馬の父はそう言うと玄関へと降りていった。一馬はそんな父を追って玄関まで見送った。

「おとん、・・・ありがとう」

「いいって、おまえ、変わったな。今日来てる子、みんな始めて会う子だな」

「うん、今年になって友達になった子。あと、母さんには内緒にしてて、女の子が泊まりに来たて言うと何言い出すか」

「そうだな。それより、一馬。机の引き出しの三段目の裏に隠したエロ本。バレてないだろな」

「なぁ!オトン、なんでそのことを」

「母さんにはバレてないようだけど定期的に場所変えておけよ」

そう言うと一馬の父は署へと戻っていった。

―――まずいな、まさかオトンにバレてるとわ。隠す場所変えないとな―――

 一馬はどこに隠し直すか考えながら自室に戻った。

「なるほど、一馬はこんな趣味が」

「ねぇ、うちにも見せて~よ」

 一馬が部屋に戻った時、保と希が一馬の隠しているエロ本を探し当てて見入っていた。その後ろで優介と茜もこっそり覗くように見ている。

「てめぇらーー!何見てんだよ!!」

一馬は顔を真っ赤に紅潮させてそのエロ本を全力で取りあげた。


 深夜2時。一馬はふとトイレに行きたく目を覚ました。自分の家なのに、こうもいろんな子たちがいるので、自分の家ではないように感じる。部屋を出て廊下の突き当たりにあるトイレに行き、そこで用を足して出てくると、ベランダの扉が開いているのに気がついた。

 一馬は、そのことが気になり、ベランダの方を覗くとそこに人影があった。

―――誰だ?こんな時間に―――

 一馬はその人影に引き寄せられるかのようにベランダに出た。

「ごめん、一馬。起きちゃった?」

 声の主は希であった。

「どうしたんだ。こんな時間に」

 希はベランダから外を眺めていた。何か物思いにふけながら・・・。

「なんかね、不思議だなって思って。こうやって友達とバカやってお泊りしちゃったりして」

 希の横顔は、月明かりに照らされてどこか幻想的に見えた。気のせいだろうか?

「うちね、今まで友達おらんかったんよ。オトンがいなくてオカンだけ、それもほとんど仕事で、うちが下の子の面倒みなアカンくて。それで、怒られるのはいつも私だけ。なんかね、時々嫌になって家飛び出すんだけど、いつも一人だから頼れる人なんていなかった。家の近く野宿したりすることもあったわ。そんな時に李音に会ってね、あいつの家に泊まり込むようになったってわけ」

 どこか寂しそうな希。一度深呼吸して眺めの瞬きをすると再び話し始めた。

「茜は大切な友達だよ。けど、病気で休みがちで、あの子が休んでる時いつも私一人。だからね、こんな感じにお泊りするの、初めてだったから楽しくて楽しくて」

―――希ってこんなに寂しい子だったのか?そういえば、行方不明に何度かなってたけどそんなに話題に上がらなかったよな―――

 一馬は昔のことを考えていた。一馬の記憶に希の存在はほとんど記憶にない。あるのは、どこか寂しい子としかないのである。

「一馬、今度はみんなとお泊りしたい。李音と幸助と美香も一緒に」

「うん、わかった。約束するよ」

「うん。あのね、美香には私から言っとくね。美香を味方にしたら絶対みんな仲直りできると思うから」

「ありがとう。お願いします」

 一馬と希はしばらく夜空を眺めた後、部屋に戻った。


 2日後、連休明け。一馬は一人で登校するつもりだった。いつも通り身支度を済ませ、外に出た。

「おっす、一人で登校とかつまんなさそうだから迎えに来たぞ」

 そこに立っていたのは、保と優介であった。

「・・・お、おはよう」

 一馬は戸惑いながらもその誘いに乗り三人で登校した。

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