第6話 埼玉県大宮市。コンビニの鮭ハラミ弁当と肉まん、缶コーヒー。

 その夜の二十三時過ぎ、警備会社の制服を身にまとったタスッタさんは人通りのない路上で誘導灯を振っていた。

 二車線の道路の片側を潰して行われている道路工事であり、その工事中、タスッタさんをはじめとする警備員は片側通行の誘導をしなければならない、ということになっている。

 工事をしている場所の前後に最低二人の警備員が常時配置されている形であった。

 場所が閑静な住宅街ということもあり、この時間にもなればほとんど人通りも車通りもないので、実質的にはこの寒い夜中、長時間同じ場所に立ち続けていなければならない仕事である。

 アスファルトを剥がして土をほじくり返し、なにやら工事にいそしんでいる職人さんたちは忙しそうだったが、その外にいるタスッタさんたち警備員は、正直なところ、かなり暇であった。

 なにしろ、こうした静かな所であり、時間帯である。

 変化というものがない。

 かといって、露骨に退屈そうなそぶりをみせることも、真面目に仕事をしている職人さんたちの手前、憚られる。

 重労働というわけではないが、これはこれでキツい仕事だ、と、タスッタさんは思う。

 他の季節ならともかく、今は二月。

 暖冬といわれてはいえても、この季節に一晩中立ち尽くしている仕事はやはり厳しい。

 動くとこができる分、忙しく働いている職人さんたちの方がかえって楽かもしれないな、とか、タスッタさんはそんなことを考える。

 一度工事がはじまったら片側通行を解除できないので、現場に常に二名以上の警備員を配置する必要があったため、警備員は休憩を取る際にも全員で一斉に行くわけではなく、一人ずつ交代で休憩に入ることであった。

 こうした夜間工事の慣例として、十二時から約一時間、十時と三時にそれぞれ三十分の休憩時間が設けられているわけだが、その時間帯もそれぞれにずれていくわけである。

 いや、ずれること自体は構わないのだが、こんな夜中に、周囲になにもない住宅街の中で、一人で三十分も一時間もどうやって時間を潰せばいいのか。

 さらにいえば、この休憩時間は勤務時間には含まれてはいないわけで、本当、この世の中にはいろいろと理不尽な仕事があるものだとタスッタさんはそんなことを思った。


 工事に従事する職人さんたちも、タスッタさんの同僚になる警備員たちも、だいたいはいい年齢のおっさんたちであった。

 若い人でも三十代からで、中には六十を超えるおじいさんも混ざっている。

 というか、警備員さんはそうした還暦過ぎのおじいさんばかりであった。

「タスちゃん、交代。

 その老齢の警備員さんの一人が、近寄って来てタスッタさんに告げる。

「先に昼休憩いっていいよ。

 これから一時間」

 そもそも、このような夜間工事にタスッタさんのような若い女性が駆り出されること自体がかなり珍しかったから、タスッタさんは同僚の警備員さんだけではなく、職人さんたちにも人気が高かった。

「あ、はい」

 タスッタさんは声をかけて来た警備員に敬礼をしてから、持ち場を交代してその場を離れる。

「では、休憩に入ります」

 現場から離れ、胸ポケットに入れていたスマホの画面を確認してみると、ちょうど二十三時三十分。

 これから一時間、か。

 と、タスッタさんは考える。

 食事をするのは当然として、それ以外の時間はどうやって潰そうか。


 なにもない住宅街とはいっても、流石に飲み物の自販機くらいはポツン、ポツンと点在している。

 それに、少し歩いたところにコンビニがあり、他に開いている飲食店など近くにはないところから、食事を調達する場所は自動的にそのコンビニに来まる。

 脱いだヘルメットを小脇に抱えたタッスッタさんは、不自然なまでに照明が明るいコンビニの店内に入った。

 ちょうど惣菜類の品出しをしていたらしい店員が、少し振り返ってタスッタさんの姿を確認し、少し驚いた顔をする。

 この店員はこんな場所、こんな時間にふさわしくない美貌を持ったタスッタさんが、よりにもよって警備会社の制服をまとった状態で入店して来たことで驚いていたわけだが、そんな事情をタスッタさんが察することができるわけもなかった。

 タスッタさんは無造作な様子でその若い男の店員のそばまで近づき、そのまま身をかがめて弁当のコーナーに並んでいる商品を検分する。

 さて、どれにするか。

 タスッタさんは眉間に軽くしわを寄せ、真剣な表情で考え込んだ。

 若い男の店員が並べたばかりの弁当は、意外にバラエティーに富んでいて、普段、こうしたコンビニ弁当を食べ慣れていないタスッタさんを悩ませるのに十分だったのだ。

 チキン南蛮とハンバーク弁当。

 おいしそうだけど、カロリーが高すぎそうだ。

 ボリュームミックスフライ弁当は、いくらなんでも油っこすぎだろう。

 無難に幕の内弁当にするか、それとも、唐揚げやカルビ焼き肉のように一品料理で攻めるか。

 しばらく、タスッタさんはその場に棒立ちになって長考に入っていた。


 よし、これにしましょう。

 心中でようやく結論を出したタスッタさんは、数ある弁当の中から「直火焼き鮭ハラミ弁当」という商品をチョイスし、そのまますぐ脇にあったレジの前に移動する。

 タスッタさんが長考していている間に品出しを終えていた店員が鮭ハラミ弁当を受け取ってバーコードを読み込んでいる間に、タスッタさんは慣れた動作で保温ケースの中から缶コーヒーを取り出して、レジ台の上においた。

「それと、肉まんもください」

 店員にむかって、タッスッタさんはそう告げる。


 会計を済ませてコンビニを出たタスッタさんは、その足で数百メートル先にある児童公園へとむかう。

 例によって、付近には他に腰を降ろして落ち着ける場所がなかったせいだった。

 小さな児童公園のベンチに座ったタスッタさんは、コンビニの白いビニール袋の中から缶コーヒーと肉まんを取り出した。

 食事の前に肉まんを食べるというのもなんだが、こんなに寒い日にはやはり食欲よりも先に暖を取っておきたい。

 それに、コーヒーも肉まんも、早く口にしないと冷めていく一方なのだ。

 タスッタさんはコーヒー缶のブルトップを開けて、一口、熱いコーヒーを口に入れる。

 糖分や脂肪分がたっぷりと混入した、しっかりとしたコーヒーとはまた別の味わいがタスッタさんの舌を刺激した。

 いわゆる普通のコーヒーとは別物だとは思うが、これはこれでおいしい。

 特にこういう、体が冷え切ったときにはありがたい。

 そんなことを思いながら、タスッタさんは次に肉まんを頬張った。

 ふらっとした、を通り越して、すかっとした、頼りがない感触の生地がタスッタさんの咀嚼によって圧縮され、唾液と混ざって嚥下される。

 生地に比較して餡の分量が少なく、その餡の中にもほとんど肉が入っていないように感じる肉まん。

 そして、餡の味つけがやけに濃い。

 うん。

 このジャンクな感じが、いかにもコンビニの肉まんですよね。

 とか、タスッタさんは思った。

 本心からうまい!

 というのとは微妙に方向性が違うのだが、ときおり無性に食べたくなる類の味だった。


 いくらもしないうちに肉まんをたいらげたタスッタさんは、いよいよ本命の鮭ハラミ弁当に手をかけた。

 コンビニの高電圧レンジで加熱された、鮭ハラミ弁当はまだ十分に暖かい。

 鮭ハラミ弁当のビニール包装を解いてビニール袋の中に入れてから、タスッタさんは蓋をあけた。

 もうもうたる蒸気があがって、しかし、周囲の冷気あてられてあっという間に消える。

 その間に、タスッタさんはしっかりとした焼いた魚の香りをかぎ取っていた。

 コーヒーを一口すすってから、まずは主役である鮭ハラミに箸を入れ、口の中に入れる。

 あ。

 鮭だ。

 と、タスッタさんは思った。

 焼いた鮭。

 それも、しっかりと脂がのった鮭だった。

 コンビニ弁当侮りがたし。

 そんなことを思いながら、タスッタさんはご飯を一口、口の中に入れる。

 ご飯で鮭の脂をすこし緩和した状態で、さて次はどれいにいこうかなと少し考え、結局ひじきの煮つけに箸を伸ばす。

 それから、煮豆をつまみ、ご飯、鮭、卵焼き、と、順番に口にしていく。

 コンビニ弁当ゆえ、一品一品の量は少なかったが、その代わりどうにかして限られたコスト内で品数を増やそうとする業者の執念のようなものが感じられた。

 主役の鮭ハラミが予想外にうまかったのは別にして、他の副菜はまあまあ。

 というか、よくあるコンビニ弁当並みのクオリティでしかない。

 だけどまあ、この値段の割には、おいしい方なんじゃないかな。

 とか、タスッタさんは思う。

 こういう状況でなければタスッタさんもわざわざコンビニの弁当なんか購入することはなかっただろうし、必要に迫られてたまに食べる分には、味も値段も、これくらいで丁度いいのかもしれない。


 ゆっくりと味わっていただいたつもりではあったが、食べ終わったあと、時刻を確認するとタスッタさんの休憩時間はまだ三十分以上も残っていいた。

 移動の時間なんかを考慮したとしても、まだだいぶん時間が余っている計算になる。

 さて、この余分な時間を、どうやって潰しますかねえ。

 夜中、小さな児童公園のベンチに腰掛けながら、タスッタさんはそんなことを考えつつ、缶の中に残っていた冷めかけた液体を喉の中に流し込んだ。

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