魔性の血〈4〉






 東屋あずまやに近付くにつれ、リシュは身体が強張るのを感じた。




 奇妙な既視感。






 そして……毒の、匂いがした。






(なぜ毒の香りが⁉)




 微かな水音も聴こえる。





 東屋の傍に、花や魚の彫刻が美しい小さな噴水があった。





 毒の香りに引き寄せられるように、リシュは東屋の中に足を踏み入れた。




 けれどそこには大理石で造られた長椅子と、腰掛けが二脚。



 そして丸いテーブルがあるだけだった。




 それでも確かに、この場所から香りは漂っている。



 どこかに何かが隠されているのだろうか。





「ね、リィム。ここで少しいろいろ考えたいの。一人になりたいから……そうね一時間くらい経ったら呼びに来てくれる?」





「そうですか。かしこまりました、姫さま」





 リィムは一礼し、来た道を戻って行った。






 一人になったリシュは毒の香りのする場所を探し出そうと動いた。




 強く感じるのはテーブル……いや、長椅子の下辺りだろうか。





 屈むと、長椅子の下とテーブルの脚の隙間には枯葉が積もっていた。




 ───この辺りが一番強く感じるような……。





 嗅覚の感じるままに、リシュは枯葉を手で避けた。





 すると乾いた地面と、そこに重なる紫の色が視えた。




(ここだ……)




 この部分にだけ、土に毒が含まれているのだろうか。






 リシュは周りの枯葉を避けてみたが、紫に視える土は足下のほんの僅かな広がりだけ。




 まるで、絵の具の染みのように見える。





(でも匂いは強い。まだこの地面の下に、何かあるような……)





 毒の甘い香りは土の中からも強く匂っているように思えた。





 リシュは思わず掘ってみたい衝動に駆られるが、躊躇する。



 けれど近くから聴こえる噴水の音に、その迷いは消された。





(掘った後、あそこで手を洗えばいいのだし)





 リシュは紫に変色している地面に触れた。





 乾いた地面は硬く、素手で掘り続けることは容易ではなかった。




 指先が痛くなってきたので、リシュは東屋の外に出て小石を探した。




 土の掘れそうな平たい小石をみつけ、再び掘る。





 すると紫色の土の中から更に赤黒く、濃い紫に変色した布の切れ端が見えてきた。



 元は白かったのだろうか、厚手の絹のような布地だった。





 さらに掘ると、それは何か小さなものを包んでいるようだった。



 手のひらに収まるくらいの大きさの巾着が現れ、取り出してそっと開くと、中から金色の鍵が現れた。





(それにしてもこの布に巾着も毒水にでも浸したのかしら)




 土の中で劣化し変色していても、布から匂う毒の香は強く残っている。





 毒を含ませた巾着に鍵を包んで、ここに埋めて。




 更にこの場所にだけ毒水を何度も撒いたように思う。



 ───なぜ、そんな事を……。




(誰が? こんなのまるで……)



 毒が視える者でなければ判らないような隠し方。





 ───まさか、母様が?






 リシュは思わず胸を押さえた。





 心臓が、破裂しそうなくらい苦しく鳴る。




 これはなんの鍵?




(今は……まだダメだ)




 戻しておいた方がいいと、リシュは思った。



 この鍵が何なのか、はっきりするまで。




 それまで、たぶん、ここが一番安全のような気がする。







 リシュは鍵を元のように包み、掘った地面へ置いた。




 僅かな跡も残さないように土を戻し、枯葉で覆い、触る前の状態に戻す。





 よく見ると、そこは上手く死角となっている所で、長い年月を得ても雨風や雪にも触れないような場所だった。





 ───もしも、あの鍵を母様が隠したのだとしたら。



 わざわざ毒で包んでここに隠した意味は───。





(わたしに視せるため? 何のために?)



 ───あの鍵は……なに?







 心地良いと感じていた風が、急に冷たく変わったように思えて。




 リシュは小さく震えた。







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