招かれざる客〈2〉





「おはようごさいます。お久しぶりですね、おじ様」





「ああ、おはよう。元気にしていたかい、リシュ」





 客間に入りリシュが挨拶をすると、ラスバートは立ち上がりテーブルから離れ、リシュと抱擁を交わした。





「眠り姫は随分と早起きになったじゃないか。俺はまだあと一時間は待たされる覚悟だったが」




「あら。だったらもう少し眠っていたらよかったわ。せっかくステキな夢を見ていたところだったのに」




「そりゃ悪かったね。夢の中の王子様には後で謝るとして。───リシュ、久しく見ない間にずいぶん麗しくなったじゃないか」




 ラスバートは感慨深げに微笑した。





「そう? 背と髪が伸びただけだと思うけど」





「いや、リサナに……母上に似てきたよ。いよいよ楽しみだな」





「いよいよ?」






 リシュとラスバートがテーブルに着くと、メイドが紅茶を用意してくれた。





「いよいよってのはさ、君を社交の場に披露する日が楽しみだってことさ」



(社交の場?)



 ラスバートはミルクティーの注がれたカップを口元に寄せながら微笑する。





「おまえさんも、十八になっちまったろ。社交界デビューはギリギリの年齢だ。遅いくらいだよ」





「おじ様、まさかそんなこと言うために、わざわざ王都からここへ来たの?」



「そんなこと、じゃない。重要なことだよ、これは」




 ラスバートは真面目な顔でリシュを見つめた。





 柔らかそうな蜂蜜色の髪と、春に眩い新緑色の瞳。



 整った面差しは少し童顔。



 常に優しげな微笑で甘い雰囲気を醸し出す彼の風貌は、実年齢よりも若く見える。



 飾らない気質と親しみやすさで、宮廷の御婦人方に絶大な人気があるという噂だ。



 しかも独身。



「君の身分で社交界デビューは避けられない。本当は二年前に話はあがっていたんだ。でもリサナが……君の母上が亡くなられたり、宮廷でもまだ調整がつかなかったりで、結局先送りになった……。でもやっと決まった。王宮では君を招く準備が進んでる。だからこうして迎えに来た。デビューは五日後だ」





「五日後……」





「ああ。五日後の収穫祭だ。毎年王都でも行われるが、今年の収穫祭は「豊穣祭」と称して、我が国ラシュエンが主催となって、近隣諸国から賓客を呼んで盛大に執り行う予定だ」





「ちょ……ちょっと待ってよおじ様」



「茶会に昼食会。舞踏会に晩餐会に……君をそこへ連れて行くよ、リシュ。

 あ~、楽しみだなぁ~」




 まるで、薔薇色の宮廷でも思い描いているような……。


 ラスバートの表情はどこか夢見心地で、まるで無邪気な子供のようだ。




 華やかな話の内容とあれば、普通の若い娘なら喜んでついて行くだろう。




 ……が、リシュは違った。




 リシュにとってその内容は、全て憂鬱につながるものだった。






「悪いけど辞退するわ、おじ様」




「えぇ~っ⁉」




「だって五日後はこの街でも収穫祭なのよ。昨日ようやく農園の収穫も一段落したとこなの」





 せっかくダラダラ寝て過ごそうと思っていたのだ。



 社交界? 舞踏会?


 冗談じゃない。



 それになんの報せもなく突然、急すぎて怪しい。




「リシュ……」




「あのね、おじ様。この街の収穫祭では、うちの農園で採れた林檎のアップルパイを毎年振る舞ってるの。それはおじ様も御存知でしょ?」





「ああ、まぁ……ねぇ……」




「うちの農園の林檎は品種が良いって評判で、その林檎で作るアップルパイはとても美味しいのよ。毎年、街の皆も楽しみにしてるんだから。……だから行けないわ」




 王都なんかに。



 しかも王宮なんて。



 もう二度とあんな場所へ戻るのは御免だ。



「アップルパイか。そういえばリサナが作ったやつも……いつも美味かったなぁ。

 でもさリシュ、パイは君がいなくても間に合うでしょ」




「わたし……上手くなったのよ、パイ作り。味だって母様に負けないくらいに」




「そうか」




 ラスバートは、どこか懐かしむように遠い目をした。




 それはとても悲しげな眼差しに見えた。





「だがすまないね、リシュ。今年の収穫祭は俺と王都へ行ってくれ」




 ラスバートは立ち上がり、リシュに向かって深く頭を下げた。





「あの日も……あの日もおじ様だったわね。六年前、母様を迎えに来たのも」




(今度はわたし?)




「あのときって、国王の勅命だったんでしょ? ……母様が言ってたの。今度もそうなの? ……おじ様、何を隠してるの?」




「リシュ、」




「わたしに隠してること、あるでしょ。視えないとでも思ってるの……」




 リシュはラスバートを真っ直ぐ見据えた。





 ラスバートは少しの間、視線を逸らし黙っていたが、やがて溜め息をつくと、瞳をリシュに向けて言った。





「……王が、君を御所望だ……毒視姫どくみひめ。ロキルト陛下が王宮で君を待ってる……」






「……鳴ったわ」




「え?」





「おじ様のお腹の音が鳴ったの、今聴こえた」




「あ〜ははっ、すまん。聴こえたか。腹の虫がつい……」




「おじ様、朝食まだなの?」




 ラスバートは頷いた。




「食べずに明け方宿を出たんだ」





 リシュは呆れ顔で溜め息をついた。




「わたしもお腹が空いて、また眠ってしまいそうよ。一緒に朝食にしましょう」




「いいのかい? 悪いねぇ」




「そのかわり、きちんと話してもらうわよ、本当のこと」




「本当のこと……か」




「おじ様が隠してること、全部よ」




「わかったよ。かなわないな、君には」




 ラスバートは苦笑して言った。




「益々リサナに似てきたし」






 この後、二人はひとまず食堂へ場所を移すことにした。





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