31 虚構

 長谷川の部屋を出てからも俺達はしばらく途方に暮れていた。

「とりあえず下に--」

 ガチャ。

 鵜飼が喋っているときに突然階段の向こうの部屋からドアが開く音が聞こえた。全員反射的に音がした方へ顔を向けた。

 織斑が部屋から頭を出していた。そして、俺達のことに気付くと引っ込むどころか普通に姿を現した。

「織斑......」

「みなさん、おはよう」

 昨日と打って変わって明るい織斑。

 何だあいつ? 何でそんな明るいんだ?

 そんな疑問が浮かんだ次の瞬間、間宮が織斑に向かって走り出した。

「え? な、何? ぐふぅ!」

 間宮が織斑の腹に思いっきり膝蹴りをかましていた。

 よし! とガッツポーズを取るが、冷静になると何で!? と疑問が浮かんだ。

 織斑に腹を立てていた俺は蹴られた彼を見て喜んだが、それよりも間宮の行動の方が驚いた。他のみんなも呆気にとられている。

「ぎゃあ!」

 間宮はその後も織斑を攻撃し、最後は腕を取り床に押さえつけた。

「痛い、痛い、痛い! 離せ!」

「離すか!」

「いきなり何すんだよ!」

「うるさい、黙れ!」

 ギリギリと間宮はさらに力を入れた。

「いぎゃぁぁぁ!」

「間宮さん!」

 織斑の悲鳴で我に帰り、俺は間宮に叫んだ。

「何やってんですか!?」

「こいつだ! こいつが犯人です!」

「え?」

 織斑が犯人?

「何の話だよ!」

「君が長谷川さんを殺したんだろう!」

 どうやら間宮は織斑を犯人と思い取り押さえたようだ。

「ちょっと待て! 何の話だ?」

「しらばっくれるな!」

「間宮さん!」

「間宮さん、落ち着いてください!」

 俺と鵜飼が止めようとするが間宮は力を緩める気配がない。

「逃がさないからな!」

「ちょっと待てよ! 俺が犯人? なんだよそれ」

 そして織斑の口から信じられない言葉が出てきた。

!?」

 

 織斑の言葉を俺はすぐには理解出来なかった。

「犯人は捕まった?」

「一体何の話ですか?」

 間宮も驚いた表情をしている。

「だから犯人が誰か分かって捕まえたんだろ?」

「い、いや、まだ捕まっていませんよ?」

「え?」

 今度は織斑が驚いた顔をした。

「まだ、捕まってないのか?」

「そうです。しかも、残念なことにたった今部屋で長谷川さんの遺体が発見されました」

 鵜飼が説明する。

「え? じゃあ......」

「君が殺したんじゃないんですか?」

 間宮が織斑に聞いた。

「いや、俺じゃない! 俺はずっと部屋にいたんだ、殺せるわけないだろう!」

「閉じ込められたわけではない。出ようと思えばいつでも出られるでしょう」

「犯人がいるのに出てくるわけないだろう! とりあえず離せよ!」

「いや、信じられない」

「離せ!」

「間宮さん!」

 鵜飼の一喝で間宮て織斑が黙った。

「間宮さん、織斑さんを離してください」

「で、でも!」

「それから織斑さん」

「な、何だよ?」

「今から離しますが、暴れず逃げないでくださいね。それから、なぜ犯人が捕まったと思ったのか教えてくれますか?」

「......ああ、分かった」

 観念したように頷いた織斑。

「間宮さん」

「......」

 間宮は黙って織斑を解放した。

「いてててて」

「織斑さん」

 俺達は腕を擦る織斑の傍に集まった。

「話してくれますか?」

「あ、ああ。でもその前にこっちの質問に答えてくれ」

「いいでしょう。何ですか?」

「犯人はまだ捕まってないってのは本当か?」

「本当です」

「長谷川って女が死んだのも?」

「そうです」

「自殺じゃないのか?」

「いえ、あれは間違いなく殺人です」

「君が殺ったんじゃないんですか?」

 間宮が割って入った。

「しつこいぞ、あんた。俺じゃないって言ってるだろ」

「落ち着いてください二人とも」

 鵜飼のなだめでとりあえず止まった。

「次は私からいいですか?」

「ああ」

「犯人が捕まったという話をどこから知ったのですか?」

「さっき、二時間前ぐらいにこれが床とドアの隙間にあったんだ」

 そう言って織斑はズボンのポケットから一枚の紙を出した。そこにはこう書かれていた。


【水澤、火村さん殺しの犯人が分かりました。明朝七時半に食堂に来てください。既に犯人は捕まえていますので安心してください】


「まるっきり罠じゃない」

「え? 罠?」

 黒峰の言う通り、どこからどう見ても罠にしか見えない。よく織斑はこれを信じたものだ。こいつ、ひょっとして俺より馬鹿ではないか?

 そう思っているとまた黒峰が言った。

「ねえ、これ見たことない?」

 俺や間宮達は紙を見る。俺とは違い綺麗な字だったが、特に見覚えのある字ではなかった。

「字じゃないわ、紙よ」

「紙?」

 黒峰の指摘に俺はまた紙を見始めた。たしかに見たことあるような紙だ。最近どこかで--。

「あ!」

 俺は思い出した。俺はこの紙に触れてもいた。ペンを走らせ、犬の絵を描き--。

「これって、土井さんのメモ帳じゃないですか?」

 そう伝えるとみんなも思い出した顔をした。

「そうだ。土井さんが持っていたメモ帳の紙と一緒です」

「でも、何でこれがここに?」

 土井さんの持つメモ帳の紙が使われていることから土井さんが書いたのだろうが、なぜこんな内容を書いて織斑の部屋に置いたのだろうか。

「あの、そういえば土井さんは......」

 鈴木の言葉に俺達は気付いた。

「いけない。土井さんを迎えにいくのを忘れていました。みなさん下に降りましょう」

 俺達は土井の部屋へと向かった。

 

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