第三の殺人

29 遅刻は厳禁

「いてっ!」

 頭に衝撃を覚え、俺は目を覚ました。傍らに壊れた携帯があり、どうやらそれが当たったらしい。

「何で携帯が?」

 すると携帯が浮き出し、ある一点で動きが止まった。そのすぐ傍にはレイが佇んでいた。

「何すんだよレイ」

 レイは俺を見続けている。

「起こすならもう少し優しく--」

 そこで俺は思い出した。昨日火村が殺され、織斑が部屋に閉じ籠り、俺の描いた犬の絵が笑われ、各自部屋に戻ったことを。そしてレイに、もし犯人が襲ってきたら俺を起こしてくれるということも。今その行動をレイがした。それはつまり......。

「っ!」

 俺はすかさずベッドから飛び出し、テーブルにあるガラスの灰皿を手にした。

 振り向き、部屋全体を見渡す。

「どこだ! どこにいる!」

 犯人に向かって俺は叫んだ。

「隠れてないで出てこい!」

 だが犯人は姿を現さない。

 くそ! どうする?

 俺は格闘技や護身術を嗜んではいない。襲われて抵抗するにも限界があるだろう。こうなったら、こっちから攻撃するしかない!

 一か八かに賭け、俺は守るのではなく攻める方を選んだ。

「そう簡単に殺されてたまぁぁぁ!」

 たまるか! と言う前にレイが俺の頭に携帯をぶつけてきた。

「何すんだよ!」

 隙を作らせてどうする! と思ったが犯人は一向に襲ってこない。

「......あれ?」

 レイは枕元に置いてある俺の腕時計を指差した。見てみると六時十分前を示していた。

「あ~と、ってことは......」

 起床時間だった。どうやら昨夜は何事もなく朝を迎えたようだ。レイは時間が近付き起こしてくれたのだった。

「......サンキュー」

 お礼を言うとレイはどういたしまして、と笑顔を向け携帯を俺の手のひらに返した。そしてひらがな表記でこう言った。

『さっさと着替える!』

「はい!」

 俺は急いで着替えを済ませ、部屋を出た。


 部屋を出ると階段のところには、既に鵜飼と鈴木の二人が待っていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます、森繁さん」

 近付いて挨拶を交わすが、鈴木が両手で口を塞ぎあくびを隠していた。

「寝不足?」

「ええ、ちょっと」

「大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 大丈夫というが、顔には疲れが見えている。昨日はよく眠れなかったのだろう。無理もない。俺にはレイがいたから眠れたが、普通だったらいくら鍵をかけているとはいえ、一人では怖くて眠れないに違いない。

「森繁さんは眠れましたか?」

「うん、まあ......。鵜飼さんは?」

「私も眠れたには眠れましたが、やはり神経を張っていたので若干疲れが残っていますね」

 やはり鵜飼も鈴木と似たような答えを言ってきた。

 レイというペアがいてぐっすり眠ったことに、俺は少し引け目を感じながら残りの二人を待つ。

 しばらく何も話さず待つと六時丁度に間宮が部屋から出てきた。

「みなさん、おはようございます」

 二人とは違い、爽快な笑顔で小走りに近付きながら挨拶してきた。彼に至ってはよく眠れたようだ。

「もしかして遅刻でしたか?」

「いや、丁度でしたよ」

 そしてまたガチャっ、という音が聞こえ、今度は黒峰が顔を出した。

「あ、おはようございます、黒峰さん」

 間宮がハキハキ挨拶するが黒峰は返事をしなかった。彼女も寝不足なのか機嫌が悪そうな顔をしている。

「あの、黒峰さん?」

「聞こえてる」

 突っぱねるような感じで答える黒峰。聞こえてるんなら返事すりゃいいのに。

 軽い八つ当たりではないかとも思ったが、触らぬ神に祟りなし。機嫌の悪い人に無理に関わる必要はない。

「あとは長谷川さんだけですな」

 鵜飼の言う通り、まだ起きてきてないのは長谷川だけだった。

「彼女、時間にルーズそうですよね」

 間宮の言葉に俺は同感だった。ああいう見た目が派手な属種は約束事を守らないという偏見を俺は持っている。現に似たような容姿の女性が三十分遅刻した、それは日常茶飯事だという記事や知り合いからの情報を得ていた。

 時刻は六時五分。まだ問題ないが遅刻は決定であり、長谷川は期待通りの人間だった。

 六時十五分。ここまでが人が笑って許せる時間帯だろう。間宮も俺に小声で「あの化粧に時間をかけているんですかね?」なんて聞いてくる。

 六時三十分。イライラが募り始めてくる時間だ。黒峰は腕組みした腕に指を同リズムで叩き、不機嫌さも重なり明らかに腹を立てている。俺の知る情報通りならそろそろ出てくるはずだ。

 六時四十分。

 六時四十五分。

 六時五十五分......。

 長谷川は一向に現れない。

「何してんだあのオバサンは!」

 我慢の限界を越えた黒峰が歩き出し、長谷川の部屋のドアを叩いた。

「おい、あんた! いいかげんにしろ! 何分待たせる気だ!」

 ドンドンと最初から拳でドアを叩き、怒りをそこにぶつけていた。

「みんなもう集まってるんだ、さっさと出てこい!」

 しかし、これだけ叩いてもドアの向こうから長谷川の返事はなかった。

「まだ寝てるんですかね?」

「でも、これだけうるさく叩いたらさすがに起きるんじゃ......」

 もう一度ドアを叩いてから黒峰がドアノブに手をかける。

 いや、無理だよ。鍵が--。

 ガチャ。

「え?」

 

 俺は驚いたが黒峰も、そして鵜飼、鈴木、間宮も同様だった。

 何で鍵がかかってないんだ?

 異変を感じ取り、空気が変わるのを感じた。

 黒峰はゆっくりドアを開け、全員で中を恐る恐る覗く。そして目にした。床に誰かが倒れているのを......。

「は、長谷川さん......」

 床に倒れているのは長谷川だった。ネグリジェのようなものを着て、頭は部屋の奥側にうつ伏せで倒れている。かけた声に反応せず、ピクリとも動かない。染められた赤い髪の一部が別の赤色に染まり、頭のある部分の床にはその赤い染みが広がっていた。

 目の前の光景に頭が働かず、最初は誰一人動けずにいた。数秒して一番に動き出したのは鵜飼だった。長谷川の元にひざまずき、首に手を当てている。

「駄目です。もう息はありません」

 首を横に降りながら鵜飼が言った。

 俺は昨日のレイとの会話を思い出していた。

『犯人はきっとまた動き出すと思うわ』

 その通りの事態が起きてしまい、今度は長谷川がその犠牲者になってしまった。

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