第弐幕・鬼譚怪力乱神

 まぁそんなこんなの紆余曲折。


 十分な休憩も取り、妖害の震源地目指して一路出発したわけだが、中級局員ぞろぞろ引き連れ俺らは修学旅行の引率の教員かっての。

 あれはあれでなかなかに狂ってる催しだと俺は思うがね。何の力もない子供を、退魔師を何人も引き連れているとはいえ、都市外に連れ出すどころかお山の上まで散歩させるだなんて言い出す。


 いや、冷静に考えて無理無茶無謀の三拍子だろ?

 だから修学旅行の時期になると退魔局は鬱々しい場所となる。護衛対象は多すぎる上に自分勝手に自由行動。だけれどすべてを守らなければ、あやかしに襲われて怪我人一人出ただけであーだこーだと世間が騒ぎ出す。


 いや、そう思うなら修学旅行という行事自体をなくすべきなんだがな? 流石に俺といえど無辜の局員を叩く世間には厳しい目を向けざるをえないわけよ。

 うちの局員の力不足で修学旅行を成功させられなかったんじゃなくて、修学旅行という催しそのものに無理があるってどうしてお偉方は気づけないのかね? その皺寄せが来るこっちとしちゃ参ったもんだ。お役所仕事は楽じゃない。


「さて、久咲。俺はそろそろ呪力切れが近いから残りはお前に任せちまって平気か? 多分あいつらも晴天を主として立ち回ってただろうから、晴天が消耗して他には余裕が残ってるはずなんだが」

「はい。残りがさっきの手練くらいの強さのものばかりでなければ、どうてでもなるでしょう。道臣もさぼっているばかりではないでしょう?」

「まぁ、この状況で何にもしないわけにはいかないだろう。ほどほどに手を出させてもらうことにするさ」


 そう、ここから敵の本陣に殴り込みに行くというのに俺はほとんど呪力切れ。晴天だって精神的な疲労がかなり溜まっていることだろう。

 こちらの主力二人がなかなか便りにならないこの状況で、果たして無事任務を終わらせることができるのか、激しく不安である。

 まぁ、中級局員ってのは一人でも都市外に出ることを認められるくらいには実力があるやつらばかりだ。簡単に言ってしまえば平局員ってやつだな。


「道臣。そういえば先ほど局長とお話していましたが、何か新しい情報はあったのですか?」

「ん、そういやお前局長が来たあたりからどこにいたんだ? 姿が見えないなとは思っていたけれど」

「貴方たち全員が気を抜いて休むために周りを哨戒していました。結果的には鬼っ子一匹見つかりませんでしたが」

「なるほどな。やっぱり久咲は気がきくな。ありがたいことだ。それと、新しい情報についてだったか? あるぞー、げんなりとするやつが一つ」

「はぁ、それでも聞いておいたほうがいいのでしょう?」

「もちろんさ。今回の敵方の黒幕がわかった。あの胸糞悪い上級局員の飯野だ」


 それを聞いた瞬間の久咲の顔はなかなかに渋かった。

 あんまりしかめっ面をすると皺が寄るぞ、と言ってやれば、わかっています、と言いながらもそのしかめっ面をなおすこともできないようだった。まぁ相手が相手だからなぁ。


「あの畜生が相手ということは、後腐れなく殺害許可でも出ているのですか?」

「こわっ。久咲さんこわっ。まぁ、周りの鬼を指揮しているのがあいつだったならばこちらの管轄だから、俺が許可を出してやるよ。ただ、局長の方の管轄だったらその時局長に聞いてくれ」

「了解しました。今まで受けてきた式たちのすべての恨み。私が代わって彼の悪逆非道を成敗いたしましょう」


 じゃきっ、と小刀を何の意味もなく抜き放ち彼方を見つめる久咲。いや、やる気に満ち溢れているのはいいことなんだが、あまりここらでやらないで欲しい。

 後ろのやつらからの視線も痛いし、さっきから晴天も苦笑しながらこちらを見ている。力を入れすぎて空回りしないといいんだが……久咲のことだから空回るんだろうなぁ。

 もう先が見えている。


 そんなこんなでやっぱり情報伝達がてらの雑談をしながら現場に急行しているわけだが、なかなか鬼と出くわさない。

 本当に街中に散っていた鬼がこの短時間で集合したというのか。それだけの上位者からの命令だったということなのだろうか。あの我の強い鬼どもを纏め上げる百鬼夜行の群れの主。

 これから俺たちはそれに相対しに行くのだ。確かに本当に戦うのは局長たちかもしれないが、流れ弾が容赦なく飛んでくる程度の距離まで俺たちが近づくことも事実。

 ここから先は気を引き締めていかねばなるまい。


「っ。見えました! この先に多数の敵影! 到着は六分刻後! 道順説明します!」


 後ろで遠見が得意な式神を操っていた局員から声が上がる。やっと相手方の本陣を特定し終わったらしい。金町付近と聞いてはいてもその詳細な場所まで特定できていたわけじゃないからな。

 別に闇雲に走っていたわけでもないが、鬼の大群が集まれそうな場所をしらみつぶしにするというのはやはり効率が悪かったのも事実だ。これで最短距離で殴り込みに行ける。


「局長と上級局員の姿も確認! ほとんど同着します! いい感じですね」

「ああ、ご苦労様。さて、みんな戦闘準備! 時間がかかりそうな術式は、先に詠唱だけ済ませちゃっておいていいよ。先制の一撃で大打撃を与える! さぁ! 今日最後の戦いだ! 気張っていこう!」


 うぉおおおお!! っと、ここにいるやつらほぼ全員が雄叫びを上げる。

 奇襲かけるならそんな大声出さないほうがいいと思うんだけどなあ、とは思うもののそこまでの練度の隠形を期待できるわけでもないので、多少の大声は誤差のようなものなのかもしれない。

 それならば、意気高揚のために部下を鼓舞しようとする晴天の振る舞いは大正解だろう。やはり駒としてではなく、部隊として運営するならば晴天の方が有能だと思うのは俺だけなのだろうか。


 俺ならば、目標を達成するにあたって最低限の仕事を的確にこなすことを部下に要求する。

 だが、晴天は一人ひとりがやる気を持って自らで動いていける環境を作り出す。

 晴天のやり方のほうが確かに後続が育つだろう。まぁその分未熟な考えで動いたりするから、その尻拭いが面倒くさくて俺がそういうやり方を好まないだけなんだが。

 晴天は面倒見がいいからなぁ。と、鼓舞が終わり情報も聴き終わった晴天に密かに指でねぎらいの合図を送っておく。


「いや、そんな合図を送るくらいならば君もしっかり働いてくれ」

「この場で指揮官が二人もいる必要はないだろうが。現場着いたらきちんと面倒見てやるから今は任せるよ」


 そわそわと近づいてきた晴天。まだ間宮に怯えているのだろうか。視線が一定せず周りを常に警戒している。そこまで苦手に思われているあいつって……当然か。

 まぁ、晴天が俺に近づいてきたのは俺がこの団体の先頭にいるからであって、これから戦闘に入るというのだから責任者が先陣を切らないでどうするんだって話に則った適当な所作だ。

 流石の俺といえどそういう基本的な振る舞いくらいは抑えている。ただ純粋に社会不適合者なわけではない。


「こういうところだけはきちっと振舞うあたりが道臣のいいところだよね」

「はぁ? 突然どうしたんだ?」

「いや、いつもはふらふらと真面目に働かないけど、非常時は本当に最速で的確な働きをする。そんなんだから昼行灯って言われるんだろうなぁ、って」


 ふふ、と笑いをこぼされる。いや、笑い事じゃないんだが。そのあだ名は忌名だろ。どこの誰が昼行灯なんて言われて喜ぶんだよ。それ、普段の俺をけなす言葉であって、決して有事の俺を褒める言葉じゃないからな?


「実際お前だってそれをからかいに使ってやがる。全然響かないぜ」

「まぁ、そう拗ねないでくれよ。あやかしか戦いが絡むと君は途端に有能になる。そんな時の君は本当に頼りになるんだよ?」

「まぁ、褒められて悪い気はしない。素直に受け取っておいてやろう」

「全然素直じゃないよね。ま、なんだかんだで悪くはならないだろう。頼んだよ相棒」

「仕方ねぇな。頼まれてやるよ相棒」


 二人でぱーんと右手を打ち合わせる。お互いにやけ面晒して、こんなことしてるから腐女子どもの対象にされてるってこいつはわかっているんだろうか?

 こいつが同人の類を見つけるたびに深く絶望している様を見てきた俺からすると、こいつも学習しないやつだなぁ、と。


 そして、思ったとおり俺の袖を引く者あり。

 尻尾をぶんぶん振り回し、私不機嫌です、と全力で顔に表れていらっしゃる。女というものはどうしてこう少しのことを気にするのだろうか。

 大方相棒という言葉が引っかかったのだろうが、少しくらいは流せる度量を身につけて欲しいところだ。


「というわけだから、お前はこうだ」

「あーうーみっ、道臣きちんと聞いてくだざ! 噛んだ! 噛みまみた!」

「はは、少しは大人しくしておけって啓示だろうさ。別にお前のこと蔑ろにしてるわけじゃないっての。落ち着け」


 そう言われれば黙るしかないようで、静かに口を押さえ始める我が従者。舌を噛んだから抑えているのか、こぼれ出そうなものを押さえ込んでいるのか。詳細は定かではない。

 が、納得はしてくれたようで、その尻尾は嬉しい時の振り方へと変化し耳はぴくぴくと動いている。どんなに感情を殺しても耳と尻尾に出るのだから、わかりやすいもんだよなぁ、と俺は今日も思うのであった。

 掴んでいた手をそのままに頭を撫でてやる。


「ま、ここから先は戦場さ。頼んだぞ、

「はい!」




 これでこちらをにやにやと見る晴天の視線さえなけりゃ、その太陽みたいな笑顔と合わせて最高だったんだがな?

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