幕間・鬼譚怪力乱神

「おう、間宮。お前は今日も元気だな」

「はいっ。私はいつでも元気ですよぉ。先輩の息子さんも元気ですか?」

「はは、あんまり公序良俗に触れてくれるなよ。俺の気がいつ変わらんとも限らん」

「わーこわーい。それって先輩が狼になって襲いかかってくるってことですか? それならむしろ大歓迎ですよ!」


 そう、この純真な見た目をして下世話なことしか口から出てこないやつは俺の部下である。非常に不本意ながらな。

 こいつとは退魔師見習いの頃に先輩後輩の関係だったのだが、こいつはその頃から何一つとして変わっていない。術師としての腕や知識は比べ物にならないだろうが、その性格も言動も見た目までも10年も変わりないというのは一体どうなっているのだろうか。

 俺はこいつが何らかの不老の術を子供の頃にかけられたのか、はたまた上手く化けているだけのあやかしなのか、正体を今でも疑っている。

 それほどこいつは変わらなさすぎる。


 ぱっちりと開いた目に長いまつ毛、すっと通った鼻梁に桜色の柔らかそうな唇。顎は卵型に流れ、その頬に指す赤みはごく自然だ。肌も若さの象徴のごとくぷにぷにで、これで今年で二十二歳だというのだから詐称もいいところだ。

 実際、その肩にかかるくらいの髪の長さが変わったところを見たこともなければ、そのまんま子供といったところの身長すら伸びない。


「きゃー! いきなり持ち上げたりしてどうしたんですか先輩! そ、そんなところを触ったりしちゃだめですよ……」

「たかが脇を掴んで持ち上げただけだろうが。他の持ち上げ方だと、お前の方が抱きついてこないかどうかの方が怖いくらいだ。大体お前胸無いだろ」

「ぶー。今のはないですよ先輩。私の乙女心が傷ついちゃいました!」


 体重だって正確な値は分からないが、前に持ち上げた時と大差ない気がする。

 そして、そのつるぺたな胸が育つことはないし、こやつに俺が性的興奮を抱くことはない。

 それは子供そのものな体型が罪なわけでも、そのうざすぎる言動に疲れ果てたからでもない最もすぎる理由が存在する。

 なぜなら、


「乙女心って……お前男だろうが」


こいつは男なのだ。

 たとえ退魔局の女局員の制服を着ていようと、どこからどう見ても正統派のかわいい系の美少女にしか見えなかったとしても。

 こいつは、男なのだ。


「だからなんなんですか? 男なら乙女心を持っちゃいけないなんて法はありませんよ? ついでに言えば私たち二人の愛を邪魔する法律もありません! さぁ! 私の胸に飛び込んできてもいいんですよ!?」


 ……それは、俗に言う同性愛についてだろう。確かに同性愛を禁止する法律などないし、役場に行けば同性婚も認められるだろうよ。

 確かに遠めに見れば見目麗しい美少女だし、この下世話な言動だって受け入れてやれば治るのかもしれない。だが、だ。だがだ。


「お前が女だったなら素直に喜べたんだがなぁ。なんとも無性に空虚な気持ちになるんだ」

「何を言っているんですか! 私が女だったら先輩じゃなくて空さんに求愛してます! 何が悲しくて異性の先輩に言い寄らなくちゃいけないんですか!」

「これなんだよなぁ。せめて晴天に言い寄れよ。あいつなら男が相手でも受け入れてくれるだろうさ。女装した男に一目惚れするくらいだから、お前なら余裕だろう?」

「それなんですがね……実は昔一度告白したのですが、その時に血を吐くような絶叫とともに拒絶されましてね。それから一対一でお話をしようとすると逃げられるようになってしまいまして……」

「ああ、うん。大体把握した。つまり、なんだ、半分くらい自業自得なのか。そうか……そうかぁ」


 それは時期が悪かったのだ。多分晴天の虎馬にとどめを刺したのはこいつだな。見た目美少女にしか見えないのに男なことは、あの頃の俺たちなら既に知っていた。

 女装した男に一目惚れするなんて恥辱を味わった上に、そっちの気のある男どもに言い寄られ、がちな方々に集団でもって監禁されてからの強姦未遂となりかけて、そしてすべてが解決して解放されたと思ったら、男色疑惑が噂でしかないと知っている女装趣味の後輩から告白を受ける。


 ……あの日聞いた断末魔の如き狼の遠吠えはそうやって生まれたんだな。晴天があれほど大きな声を出したのはあの時が初めてだったし、二度目に聞いたのも今日だ。

 いつもは冷静沈着飄々としているあの晴天に、俺たち二人でどれだけの精神負荷をかけたのだろうか……あの、俺に話しかけようとした瞬間に間宮に割り込まれてすごすごと退散していった人にすごく聞きたい。

 今も遠巻きにちらちらと間宮が離れるのを待っているあの人に、是非とも聞いてみたい。


「間宮。あそこでこちらをちらちらと窺っているやつがおるじゃろ?」

「? あ、晴天さんですね。なんでしょう? 私たちの会話に混ざりたいんでしょうか? おーい! 晴天さんもいらっしゃればいいんですよ! 私も先輩も大歓迎です!」

「それでこそ見せかけ天然の腹黒娘よ。嫌がっているのをわかっていながら呼び寄せるとは悪魔のようだな」


 こいつはこれも割と素なのだが、表面に出しているのは一部だけ。これでいて計算高く容量がいいのだ。でなければ特殊研究部でやっていけるはずもないのだが。

 あそこは変人であり、各所をたらい回しにされたが手放すことのできなかった有能な人物が辿り着く場所だ。

 つまり、変人で組織に馴染めなかったとしても実力がなければ生きていけない。この世界は一般社会よりもはるかに実力社会なのだ。


「は、はは。やぁ久しぶりだね間宮くん元気だったかい?」

「はいっ。もちろん毎日元気元気ですよ! 晴天さんの息子さんも元気ですか? 私は先輩と晴天さんに囲まれてとっても元気です!」


 緊張した面持ちでやってきた晴天は、その台詞を聞いた瞬間絶望したようで、さっと顔から表情が抜け落ちる。

 まぁ、昼間見せた虎馬の張本人に弄られればそれはそれは心労の絶えないことだろう。昼の模擬戦で疲労したのは俺だけではなく、晴天もなはずだ。ついでに言えば、呪力面では同程度か俺のほうが若干疲労度が高いだろうが、精神面ではぶっちぎりで晴天の方がひどい。

 やった俺が言うのもどうかと思うが、晴天が心労からつまらない失敗を繰り返しても俺からは責めることができない。


「は、ははは。……道臣、僕はもう駄目かもしれない」

「いや、諦めるの早すぎるだろ。もう少しあがけよ。お前付きの毅だったか? あいつだってこいつと似たような面してんじゃねぇか」

「毅をこんなやつと一緒にしないでくれ! 毅は真面目で正義感の強いとてもいい子なんだ!」

「こんなやつ」

「確かにこいつは破廉恥で恥知らずの同性愛者だ。お前が苦手とするのもわかる」

「破廉恥、恥知らず」

「わかるんだったらもういいだろう!? 僕は昼間に君にあの忌まわしき記憶を思い出させられてから、鳥肌が止まらないんだ……そしてそれと同時に虫の知らせも受け取っていた。今日の僕には悪運が付き纏う、と。その結果がこれさ! 悪魔に出会ってしまった!」

「悪魔」

「まぁ、落ち着けよ晴天。こいつだって見た目だけはいいだろ? こいつの言うことはすべて聞き流して、観賞用の人形だとでも思っておけばいいさ。俺と話したいことがあったのか?」

「見た目だけ」

「ああ、今回の指揮は主に僕が執るということだけれど、君はそれでいいのかい? せっかくの手柄を僕に譲ったりして」

「……あの」

「別に構やしねぇよ。今更お前と出世競争なんてやったって何になるってんだ。そもそも次の局長にはお前になってもらわなきゃ困るんだから、今のうちから箔つけとけ」

「あのあの」

「ふっ、そういうことならありがたくその指揮権受け取っておくよ。ま、僕が局長になっても君は右腕のまんまだけどね」

「あのあのあの」

「まぁ、そうなるだろうなぁ。お前とはまだまだ長い付き合いになりそうだぜ」


 そうで会話して、で一緒に大笑いする。これが俺たち二人のこれからも続いていく腐れ縁だ。


「あのあのあのあの!」


 そして、声を張り上げる小動物が一匹。俺たちにいないことにされて会話されたことがよほどご立腹と見える。

 その餅みたいな頬をぷくーっと膨らませて、いかにも私怒ってます! と体中で表現している。

 面白そうだからその頬を突っついてやれば、ぷしゅーと空気が抜けてついでに怒気まで抜けていく。字面だけならかわいいのだが、男と理解しているやつにそれをやられても何の得にもならないのだ……。虚しい。

 今のを久咲がやったのならばどれだけの萌え力を放っていたことだろうか。


「ったくさっきからうるさいな。何か用か?」


 その小さな体を精一杯大きく見せようと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら間宮がぷんぷんと怒ってくる。不覚にもかわいいと思ってしまった。死のう。


「私です! 私もいます! 仲間はずれにしないでくださいよぉ!」

「おお、そうだったな。そうだ、晴天。お前と間宮の思い出を聞かせてくれないか。実に興味深そうな話だったんでお前の方からも聞きたいと思ったんだ。それはそれは情熱的でなぁ」

「私からの告白に恥ずかしさからさっと顔を逸らす晴天さん……そして、次に私を真っ直ぐに見つめたその瞳には何が何でも私と添い遂げたいという熱い情熱が……でもその情熱を抑えようとしたのか、迸ってしまったその衝動を掻き消すために人とは思えぬ声で叫び、走り去ってしまったことまですべて仔細に覚えていますよ」

「待ってくれ! 誤解と捏造に満ち溢れている!」


 叫ぶ晴天。これだけでもなかなかに珍しい場面なのだが、間宮はこの程度では満足しない。人を困らせてからかうのが好きな性悪なのだから、当たり前だろう。

 瞳を瞬時に潤ませたかと思うと、両手を後ろ手に握り顔を正面から逸らして上目遣いで晴天へと告白を始める間宮。少し前かがみになるのが肝要だ。

 そのあざとすぎて逆に正統派にすら見えてくる自分の演出の仕方は、流石の熟練の技が冴え渡る。自身が見目麗しく、小柄な体躯であることを最大限に活かしている! これは例え晴天であっても少しぐらっと来るだろう。


「今ならばあの時の続きを……受け入れてくださいますか?」

「うっ、受け、受けい、う」

「う?」

「うわぁあああああああああああああああああああああああああ」


 頭を抱えてまたも走って逃げ去る晴天! 爆笑する俺! 見た目仕方ないなぁ、とばかりに苦笑しているようにしか見えないが、腹の底では大爆笑しているのが見て取れる間宮!


「ま、こうなるのは読めてたわな」


 晴天にはちと刺激が強すぎたかな。やっぱりあいつには謝ろう。これは流石に俺がやられれば、心が折れかねないからな。


「だから、さっさとこの害悪幼女もどきに関わらない人生が送れるようになりたいぜ……」

「先輩が特殊術式研究部の所属である限り私と離れることはできませんよ?」


 そう、それが一番の問題なんだよなぁ。

 正直言ってしまえばこれが一番問題のない問題児なのだから、俺が仕事場に行きたくない理由も皆によく伝わると常々思っているのだがね。


 まぁ、よそはよそうちはうちってね。世知辛いものよ。

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