第十五話


「アオイさん、エルフのリーンさんという方から依頼料の振込みがありましたけど、何かご存知ですか?」


 魔人さんたちが冒険者となって数日後、私がお手ごろな依頼がないか探しにギルドへ行くと、アリスさんが尋ねてきました。

 あ、そういえばエルフの族長さんに、依頼料はギルドへ振り込んでください、とお願いしましたね。

 すっかり忘れていました。


「はい、ラッキーさんが暴れていたのを何とかしてくれとリーンさんに依頼されました。結局はラッキーさんを配下にしてしまいましたが、依頼は成功という形でしたので、ここへ振り込みするようお願いしたのですよ」

「そんなことがあったのですね。でも少々金額が大きいのですけど?」

「あれ、確か五百万ギルと伝えたはずですけど」

「二千万ギルの振込みがありました」


 なんですと?!

 それは多すぎますよリーンさん。

 貧困にあえぐエルフさんたちの顔が思い浮かんできます。

 木々もかなりなぎ倒されましたし、復旧に大変そうです。


「ギルドとしては二割の手数料を得られますから良いのですけど。果たして適正な金額でしょうか?」

「魔人さん相手ですし、Sランク以上の魔物ですよね」

「大体Sランクの魔物であれば二百万~五百万くらいが相場ですね。Sランク以上となると前例がないので不明ですけど、町一つ滅ぼすような災害レベルですと千万以上の報酬は確実かと思います」


 うーん、じゃあ千万貰って半分は返しましょうか。

 もしくはもう千万分のお仕事をエルフさん達から頼まれれば良いですよね。

 そういえば、ドワーフがここの近くの山へ鉱石を取りに来ているのでしたね。

 彼らのお手伝いでもしましょうか。


「アリスさん、実はエルフの里に住んでいるドワーフさんたちなのですが、彼ら実は北側の山に鉱石を取りにきているみたいなのですよ。二千万は流石に貰いすぎですから、ドワーフさんたちのお仕事の手伝いをしてきましょうか」

「そうですね。では半分の千万ギルをお預けいたしますから、その金額内でドワーフさんたちのお手伝いをして、もし余れば彼らに返してはどうでしょうか」

「はい、じゃあそれでいきます」


 でも千万ギルものお手伝いのお仕事なんてさすがになさそうですけどね。

 あの山はSランクの宝庫ですから、護衛という形であれば千万ギルくらいはすると思いますけど、頑強なドワーフさんたちですから護衛なんて必要なさそうですし。


 ドワーフさんは身長こそ一m少々しかありませんが、ものすごい力持ちさんなのです。

 夜の私の腕力には劣りますが他の種族を圧倒する力と、そしてその上頑丈さでは右に出るものはいないとされています。

 また無類の酒好きで、常に酒樽を常備しているのも特徴ですかね。

 ああ、彼らにお土産としてお酒を買っていくのもいいですね。

 そしてあわよくば、武器を作ってもらいましょう。にやり。

 あの広い山のどこにドワーフさんがいるのかは知りませんけど、ラッキーさんに上から探してもらえばすぐ見つかるでしょう。


 こうして私はジョニーさんとラッキーさんを伴って山へと向かいました。



「どうですか? 居ましたか?」

「我が暗黒神よ、それらしい人影はいやせんぜ」

「そうですか。もしかしてもう帰っちゃったのでしょうかね」


 ラルツを出てジョニーさんに肩車をして貰いながら山を登ること三時間。

 早々と山頂付近へと到着しました。

 文字通りSランクの魔物を蹴散らしながら駆け抜けてきました。

 私だけでしたら、さすがにここまで来るのに何日もかかるでしょう。


 そして山頂へと着いてすぐラッキーさんに空から偵察をお願いしました。

 でも結果は見つからず、です。


「それにしてもひっきりなしに魔物が来ますな」

「空にも飛んでいるのが、おりやすしね」


 確かに空を見上げると、ロック鳥が飛んでいるのが見えます。

 地上は地上でデスベアというAランクの魔物が十匹くらい来てますね。

 この辺りはデスベアの縄張りなのですかね。


 ジョニーさんがワンパンでデスベアを倒しているのを見ていたとき、ふと思いつきました。


 ……あれ? 鉱石を掘っているのですから、ひょっとして地下にいるのでは?

 もしくはどこかの洞窟なのでしょうか。

 ドワーフ族は元々トンネルを掘って生活している種族ですしね。


 となると、上からでは見つけにくいのも仕方ありません。

 どうしましょうか。


「我が女神よ、いかが致しました?」


 そう思案顔しているとジョニーさんが私の顔を覗き込んできました。

 あまり顔を近づけないでください。


「うーん、もしかしてドワーフ族ですから地下にいるのかな、と思いまして」

「おお、そういやそうですぜ。しかしそれだと見つけるのに一苦労しやすな」


 一応山とはいえここも木々はあります。

 夜まで待ってから私の感知の魔法でも使ってみましょうか。

 でもその魔法はあくまで何かがいるかどうかを感知するだけですので、行ってみたらアースドラゴンの群れとこんにちは、何てこともありえます。


「取りあえずアテはありませんけど、もう少し探してみましょう。ラッキーさんは引き続き上からお願いします」

「はい、わかりやした」



 そして更に三時間粘ってみましたが、結局見つけることはできませんでした。

 もう夕方です。今日は一旦戻りますか。

 帰ればちょうど夕ご飯の時間ですし、ついでに今夜は久しぶりに一杯血でもひっかけますかね。


「そろそろ帰りましょう」

「わかりました、我が女神よ」

「了解いたしやした」


 しかしこの山に日帰りで行ける様になるとは思っても居ませんでしたね。

 ジョニーさんの肩に乗ってぼんやりと景色を見ていると、不意に少し離れた箇所で感知に引っかかるものがありました。

 どうやら地中から地上へと移動している雰囲気です。

 また魔物ですかね。

 でも地面に潜る魔物って、この辺だと何かいましたっけ?

 Cランクのロックワームじゃこの山だと生きていけないでしょうし、Aランクのジャイアントワームだとこんな傾斜面のところではなく麓まで行かないといません。


 ん? 地中?


「ジョニーさん、ちょっとストップです」

「はっ!」


 うまく木を利用して急ブレーキをかけてくれました。

 二本ほど折れて倒れてしまいましたが……。


「どうなされました?」

「えっと、あっちの方角に地中から出てこようとしている何かの反応があるんですよ。ちょっと気になりますし、見に行ってみましょう」

「わかりました」


 さて鬼が出るか蛇がでるか、ですね。

 そして感知に引っかかった場所に着くと、土が盛り上がっているところが何箇所もありました。

 たまに土の中から何かが少しだけ顔を出して、すぐに引っ込んでいきます。


 モグラ叩きゲームみたいですね。


 そのまま暫く観察していると、一対の目と合いました。

 手を振ってあげると、びくっと震えてそのまま地面に潜っていきました。

 うーん、なんでしょうかね。

 その次の瞬間、私とジョニーさんの周囲から一斉に土が盛り上がってきて、何者かが飛び出してきました。

 その数五体。


「おう、でっけぇ兄ちゃんだな」「けっ、でかいからっていばってんじゃねーぜ」「肩に乗ってるのはちっこい姉ちゃん? 嬢ちゃん?」「こいつら人間じゃねぇぜ」「なに? 悪者か?」


 彼らはわいわいと私たちの周りをうろうろしています。

 見た目小さな子供ですけど、立派な髭が生えていますし、ものすごく筋肉質な体つきですね。

 会話は正直馬鹿っぽいですけど、どうやらドワーフ族のようです。

 でもイメージと全く違いますね。


「あの、あなた達はエルフのリーンさんのところにいらっしゃるドワーフさんですか?」「おお、あのエルフの姉ちゃん知っているのか」「我ら一同やっかいになってる」「ほほぅ、何となくエルフの姉ちゃんと雰囲気似てるな」「酒飲みたいのぉ」


 当たりですね。

 最もこんなところにきているドワーフさんなんて他にはいないでしょうし。


「ところで嬢ちゃん」

「はい?」


 リーダーっぽい人が真剣な眼差しを私に向けてきました。

 むむ、何事でしょうか。


「若さってなんだ?」

「へ? え、えっと……振り向かないことですかね」

「ほぅ、ならば愛とはなんぞや」

「た、ためらわないこと……でしょうか」


 そう答えた私の回答に満足したのか、深く頷くドワーフリーダーさん(仮)。


「よし、嬢ちゃん気に入った」「おお、満点な回答」「ここ百年答えられた奴いなかったのに」「嬢ちゃんはその若さで真理を悟ったか」「酒飲みたいのぉ」


 百年前にこのセリフを言った人がいるのですか。

 何だかその人、気になりますね。


「え、えっとそうじゃなく何かお手伝いすることありますか?」

「ん? ないぞ」「鉱石も採り終わった」「あとは帰るだけじゃ」「酒飲みたい」

「そ、それじゃあこのお金をリーンさんに渡してもらえないでしょうか?」


 そう言って袋に入ったお金を取り出してドワーフリーダーさんに渡しました。


「うん、渡せば良いのだな?」

「はい、お願いします。私の名はアオイです」


 きっと彼らに詳しいことをお話しても、理解してくれない気がします。


「うむ、アオイか。ではアオイからこれを渡されたと言えばいいのだな」

「はい」

「よしわかった。それと、わしはお主が気に入ったからこれをあげよう」

「え? これって?」


 ドワーフリーダーさんが私に差し出してきたのは一本の短剣でした。

 ものすごく細かい作りになってます。

 鞘も綺麗な模様が描かれていますし、柄には緑色の宝石がはめ込まれています。

 さすがドワーフが作ったものですね。


「いいのですか?」

「うむ、先ほどの回答は満足できるもの。その短剣は信頼の証」


 い、いいのでしょうか、結構高そうなのですが。

 でも短剣なら、予備として持っておくのもいいですよね。


「その短剣は肌身離さず持っていて欲しい」

「はい、こう見えても私は冒険者ですから、武器はいつも携帯しています」

「その短剣、銀の戦斧とセットだから」

「え? ちょっと?! まってください!」


 どうして私が銀の戦斧持っているのを知っているのですか?

 それとこの短剣は銀の戦斧とセットってどうゆうことです?

 そう聞こうと思いましたが、ドワーフたちはさっさと地面へ潜って消えてしまいました。


「せっかちな奴らでしたな」

「え、ええ。そうですね」


 ジョニーさんの問いかけに、曖昧な返事をした私はそっと短剣を鞘から抜きました。

 夕日に照らされ、鈍く焼けるように光る刃。

 見ただけで一級品と分かります。私が七年前に買った安物の短剣とは雲泥の差ですね。

 でも銀ではなさそうです。

 どういうことですかね。


 地面へと視線を移すものの、その答えを知るドワーフは既にどこにも見えませんでした。




 ……これって何かのフラグ?


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