第七話


 翌日の夜、ベールの町を出て今度は衛星都市サハリスへと向かう街道を走りだしました。

 今日は何も考えず無心に走っています。


「昨晩は変なことを考えてしまいました。私らしくありませんでしたね」


 ベールの町からサハリスまでは徒歩三日ほど。

 ここから先は山間ではなく広大な平原が広がっています。

 さらに遭遇する魔物のランクも格段に落ちます。

 ラルツ周辺が特殊なだけで、他の場所はそんなに強い魔物は出てきません。

 だからこそ、ラルツに滞在する冒険者は強いんですよね。


 さて、弱い魔物しか出てこない平原ですが、代わりに別のものが沸いてきます。

 さっきから、私の背後で必死になって追いかけてくる集団ですけどね。


「ま、まちやがれぇぇぇ! いい加減とまれよ!」

「お、親分! そろそろ馬がばててきやした!」

「ばかやろう! 一度狙った獲物を逃がすなんざ、漢がすたらぁ。俺たちにもプライドってもんがあるだろ! 気合でおいかけろっ!」

「お、おやぶーん! あっしら感動しやしたぜ」

「さあ、お前らあの小娘を全力でつかまえるぞぉぉ!」

「おおーーー!」


 十五人くらいうるさい団体さんがいらっしゃってます。

 普段なら適当に魅了使って追い返しますが、今はとにかく王都まで急ぐ旅なのです。

 あと十分も走れば、そのうち馬が走れなくなるでしょうね。

 それまで適当に流して走りますか。


「さっさととまって正々堂々と勝負しろや、この貧乳のガキ!」


 ……前言撤回。


 私は勢い良く急ブレーキをかけました。

 土ぼこりが舞い散り私の姿を隠します。さらに夜ですし、いっそう見えにくくなりますね。


「お、やっとやる気になりやがったか! 野郎ども、とまれぇ!」

「おおーー!」


 馬も急停止し、いっそう土ぼこりが舞い散ります。


「どこいきやがった! 隠れてないでさっさとでてこいやぁ!」


 別に隠れているわけではないのですけどね。

 それにしても、夜の時間にダンピールを相手にするなんてこいつら馬鹿ですね。

 私は静御前を背中から取り出し、風の精霊へと命じました。


「シルフさん、風で土ぼこりを払ってください」

(あいよー)


 突風が静御前を中心に吹き荒れ、舞い散った土ぼこりを空へと吹き飛ばしていきます。

 晴れると同時に、私の赤い目が盗賊の親分の目を捉えました。


「なっ、赤い目……だとぉ?!」

「お、親分、あいつ吸血鬼じゃ」

「馬鹿野郎! びびるんじゃねぇよ! こっちは十六人もいるんだ。しかも相手はまだ小娘だぜ。楽勝じゃねぇか」

「そ、そうですよね!」

「よし、馬から下りろ。そしてみんなであいつを囲んでしまえ!」


「いってきやす!」「おおー!」「今夜も俺たちの勝利だ!」「やべぇオレの好みだあの娘」


 勝手に盛り上がっています。一人だけ置いてかれている感じがハンパありません。

 一番最後に不穏な言葉が聞こえたような気がしましたが。


 ……帰ろうかな。


 そう思っていたら、すっかり周りを囲まれました。

 処女の美少女に囲まれるのでしたら大歓迎なのですが、むさい男だととても嫌な感じですね。


「さあ、やっちまえ!!」


 盗賊の親分の掛け声に合わせて周りの男たちがじわじわと寄ってきます。

 さて可憐な美少女冒険者のアオイさんが、盗賊どもを懲らしめてあげましょう。


「てめーは私を怒らせた!」


 そう言うと私は盗賊たちの頭上を越えて一気に親分のところまで跳び、静御前の刃が向かってないほうで、親分の右肩へと振り下ろしました。

 ごきり、という嫌な音が聞こえ親分の肩から胸まで静御前が食い込みます。


「ぐっぎやああぁぁぁぁ!!」


 変な奇声をあげ、のた打ち回る親分。

 そこへ私は冷酷に告げました。



「心配いらぬ、峰打ちでござる」



「心配ありすぎるわぁぁ!」

「お、親分! だいじょうぶですかい!」「親分!」「親分!」「おやぶーんっ!」


 やけに慕われている盗賊の親分ですよね。

 もうなんだか殺る気がすっかり失せました。

 本当であれば盗賊なんて百害あって一利なしですし、皆殺しが基本なんですけどね。


「心臓のない右肩のほうを狙いましたから、命に別状はないはずです。これに懲りたらさっさと盗賊稼業なんて廃業して、真面目に働きましょう」


 命には別状ないですが、高位の回復魔法でも使わない限りもう二度とその右腕は使えないとは思いますけどね。


「なっ、これだけの人数に囲まれて、なおその余裕!」

「そして命は助けるという、その正義!」「あれこそ漢の中の漢!」「しかも美少女!」「ほれた!」


「「「あっしらの親分になってくだせぇ、姉御!」」」


 こいつら馬鹿ですね。真性の馬鹿ですね。ああもう面倒くさすぎますっ!


「もうなんでもいいから、みんなどっかいっちゃえー!!」


 私が叫ぶと同時に、シルフが生んだ竜巻が盗賊たち全員を巻き込み、そしてどこか遠くへと飛ばしてくれました。


 この可憐な美少女冒険者のアオイさんが、まさか始終押されっぱなしになるとは思いませんでしたよ。

 世の中広いですね。


 何だか凄く疲れましたけど、お仕事は完遂させなければいけませんっ!

 私は再びサハリスへと向けて重い足を無理やり引っ張って走り出しました。



 そして夜が明ける少し前、ようやくサハリスが見えてきました。

 何とか間に合いましたね。

 途中お馬鹿さんが絡んでこなければ、もう少し早くつけたのに。


 今夜はサハリスで一泊して、明日は昼くらいに出発すれば夜中には王都につきます。

 サハリスから王都までの間は人の行き来が多いですし、あまり走りっぱなしですとぶつかって危険ですしね。

 そして王都で更に一泊して、翌朝にお金を受け取ってくればいいかな。



 そしてあと一息がんばろうと思った時、なにやら親近感のある気配がしました。


 おや?

 これって、レムさんに似ていますね。


 頭上を見上げると、そこにはメイド服を着た蝙蝠の羽が生えている吸血鬼が空を飛んでいました。

 彼女は私を見下ろすと、静かに降り立ってきました。


 あの、スカートが翻って中が見えちゃいましたよ。

 ドロワーズでしたけどね、

 でも淑女としてスカートは押さえながら降りましょう。


「はじめまして、血族かぞくさん」

「あ、はい。始めまして」


 レムさんと同じ黒色の髪で、サイドテールでまとめています。

 見たところ十五~十六歳くらいで、中々可愛らしい方ですね。

 アリスさんには負けますけど。


「同じ血族の人と思いましたので、ご挨拶にきました」

「こ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。アオイと申します」

「私はレロ、真祖ガーラドの二世です」


 やはりレムさんの妹でしたか。


「少し前にレムさんと会いましたよ。彼女がよろしく伝えてくださいと言ってました」

「あら、お姉さまとお会いになられたのですね。それでお姉さまはどちらに行かれたかご存知でしょうか?」

「マスターの城へ戻ると言っていましたよ。黒こげ魔人の死体を担いで」

「お戻りに? 何か緊急な事でもあったのでしょうか。私に何の連絡もしないで、勝手に動き回って、仕方のないお姉さまですね」


 かなりご立腹のご様子です。

 妙な力が時々漏れています。

 怖いですね。


「帰ったらお仕置きですね。貴重な情報、ありがとうございました」

「いえいえ、私のほうも魔人に襲われていたところレムさんに助けて頂きましたので」

「それにしてもアオイさん、奇妙なことにガーラド様の気配を濃く感じますが、どちらの子でしょうか? 私が記憶している限り三世はダンピールを生んだという情報はありませんし、かといって四世まで離れるとアオイさんくらいの濃い気配はしないはずです」

「多分ですけど、そのガーラドという人とアベリアという人の子だと思います」

「え? まさかお二人のダンピール?」

「レムさんはその可能性が高いと言ってましたね。それで彼女は私のことをマスターに報告しに戻ったみたいなんです」

「なるほど、了承しました。確かにそれは緊急事態ですね」

「そんなに緊急事態なのです?」

「はい、真祖ガーラド様の、しかもアベリア様とのお子様であればものすごーーく緊急ですね」


 そ、そんなに重要なんですか? 私ってそんなに重要人物なのですかね。


「そ、それとダークエルフの里へ一度行ってみて、と言われたのですが、これはどういう意味なんですかね」

「アベリア様の故郷ですか。確かにアオイさんが行けば、あれが手に入るかも知れませんが。それにしてもそんな事までアオイさんにばらすなんて」


 あれ? あれって何でしょうかね。

 私、気になります。


「そ、そのあれって何ですか?」

「それはご自分の目で確かめてください。私は今からマスターのところに戻ってお姉さまにお仕置きをする仕事が増えましたから、これで失礼します」


 そういうと、彼女は猛スピードで空へ消えていきました。

 嵐のような人でしたね。


 今日は始終押されっぱなしでした。

 体力の消耗が激しかったですね。


 私はサハリスの門へと向かいながら空を見上げました。



 ……そういえば、サハリスって夜中は門が閉まっているのでしたね。


 急ぐ必要はありませんでした。くすん。



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