第六話


「いきなりで悪いが、金がない」

「本当にいきなりですね」


 アリスさんの防具が出来上がるまでの間、私は依頼でもこなそうとギルドへ訪れたらサブギルドマスターのリリックさんに拉致られて、ギルドマスター室へと連れ去られました。

 しかも開口一番のセリフがこれですよ、これ。どないやっちゅーねん。

 サブギルドマスターのくせにリリックさんって貧乏だったんですね。


「奥さんからのお小遣いが少ないとお嘆きですか?」

「違う! 確かにあいつは少々厳しいところもあるが、俺はそんなに無駄遣いはしない」

「私は血を一杯飲むだけで月のお小遣いまるまる消えますよ」


 もうまずいのを我慢して、魔物の血でも吸いましょうかね。

 アリスさん厳しすぎます。


「そうじゃなく! この町の金がないって言っているんだ」


 ああー、そういうことですか。

 確かに先日の事件で町の復興費用がかさみましたしね。

 それにこの町には二万人の常設隊、いわゆる軍がいます。

 でも人口は十二万人です。

 どう考えても、二万人もの人を食べさせていけるほどの税収はないですよね。

 十二万人程度の規模の町であれば、軍など精々千人から二千人を養うのが限界でしょう。


 では普段どうやって彼らを養っているのでしょうか?

 それは魔物の素材になります。

 例えばドラゴンを倒すと、牙から鱗から、果ては肉、肝、心臓、血など全て高値で売れます。余すところなく、頭のてっぺんから尻尾の先まで全て売れます。

 一体まるまる売れば、十億はくだらないでしょう。

 ドラゴン以外にも、SランクやAランクの魔物の素材はかなり高価です。

 それをギルドが冒険者たちから安く買い取って、他の国へ高く売っているのです。

 しかもこの大陸で高値で売れるSランクの魔物は、この町の近くか迷宮都市アークにしかいません。

 つまり半分独占市場ですね。儲かりますよね、これは。


 二万人もの常設隊が本当に必要か、などの議論はしょっちゅう上がってきていますが、魔物によく襲われる町ですしお金で安全が買えるなら安いものでしょう。


 お金がないなら魔物をたくさん狩って売ればいいじゃない、と思ってしまいますが、それだと市場価格が一気に下がってしまいます。

 希少なものだからこそ高く売れるのはどの世界でも同じ事ですね。


「お金がないのは分かりますが、それを一介の冒険者にどうしろと言うのでしょうか?」

「だからお前ちょっとオーギル王国へ行って金借りて来い」

「ちょっ」


 近所のコンビニへ買い物に行く感覚で言わないでください。

 ここからオーギル王国の首都まで行くのに徒歩一週間はかかります。

 私が夜中走っていっても三日はかかりますね。

 向こうで一日滞在するとして、往復一週間は最低かかるでしょう。


 オーギル王国の首都オーギル。

 人口八十万人を擁するこの大陸でも最大規模の街です。

 巨大な湖のそばに作られていて、水の都とも謳われています。

 また衛星都市のような形でオーギルから徒歩一日の距離に二つの都市があり、三つの都市を合わせると百五十万人もの人口となります。


 経済力だけでいえば、ラルツなんぞ鼻息で吹き飛ばされる程度ですよね。


 一応ラルツはオーギル王国に属していることになっています。

 ここで取れた魔物の素材もオーギル王国へ優先的に輸出していますしね。

 しかし、しかしながらどうして私なんでしょうか。

 こう見えても値切るのは上手ですが、相手を説得させてお金を借りるなんていう政治的な能力は皆無です。


 上司に媚びるくらいしか生前の能力は持っていませんしね。えっへん。


「お金を借りるのなら、ギルドマスターか、リリックさんのどちらかが伺うのが誠実というものではないですか?」

「全く持ってその通りなのだが、あいつギルドマスターと俺は復興作業で忙しくてな。とてもラルツを離れることはできん」

「でも流石に冒険者にそれをやらせるのは、問題があると思いますよ。せめてギルド職員の幹部が行ったほうがいいのではないでしょうか」

「お前はあいつギルドマスターの養子だった事もあるし、その辺は問題ないだろ。それにあの事件の翌日には、オーギル王国へ話しをしている。で、つい昨日ようやく色の良い返事を貰ったところだ。お前はただ金を受け取りにいけばいいだけさ」

「今はれっきとした大人ですよ。もう養子からは外れていますし」

「そういうなよ、お前なら走っていけば時間かからないだろ?」

「ギルド幹部が早馬に乗っていけばいいじゃないですか」

「それだと他に冒険者を護衛に連れて行く必要がある。金がかかる。早馬を使うのだってタダじゃないしな。お前なら一人で行って帰ってこれるだろ?」


 ラルツもとうとうバブルがはじけたのですね。

 貧乏って寂しいです。


「ふぅ。じゃあいくらだしますか?」

「一日十万ギルってところだな。往復一週間かかるとして七十万。それに加えて成功報酬で三十万を加算しよう」


 おや、一週間で百万は多いですね。

 でも複数の冒険者に護衛の依頼をして、更に馬代も考えれば百万以上はかかりますから、ギルドとしては安くあがるんでしょうね。


「わかりました。ではそのご依頼を受けます。ちなみにどれほどお金を借りるのですか? 私のポーチに入れられる量でお願いしたいのですが」

「三百億ほどだ」

「さっ、さんびゃくおく?!」


 さすが個人で扱う額とは比べ物になりませんね。

 私のポーチじゃ多分入りきりませんよね。どうしましょう。


「心配しなくても、金はむこうが専用のバッグに入れてくれる。お前はただそれを運ぶだけだ。いっとくがネコババすんなよ?」

「ししししませんっ。百万二百万の単位ならしますが、額が違いすぎますっ」


 こう見えても小市民なんです。あまりにも大きな額ですと逆にする気がなくなります。


「百万ならするのかよ」

「てへぺろ」

「はぁ、お前はかわらんな。性格も身長も」

「失礼なっ! 身長は伸びていますっ。確かにこの三年は殆ど変わってませんが、八歳の頃は百十cmしかなかったんですよ? それから比べれば四十cmも伸びています!」

「つまり成長期は終わったということだな」

「ひどいっ! リリックさんのばかぁ! 傷をえぐるなぁぁぁ!」


 この魔法オタクめっ! いつかリリックさんの娘さんも私の血族にしてやりますっ!


「まあとにかく頼んだ。ああ、この件は極秘依頼だから直接俺のところへもってこい。間違っても馬鹿(ギルドマスター)のところへはもっていくなよ? あいつはそのまま酒場へ直行しそうだからな」


 あの人なら確かにそのまま酒場で、今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん飲んでくれ! とか言いそうですね。

 そんな人がギルドマスターでいいのかとは思いますが、そこがカリスマなんでしょうね。きっと。


「では今から行ってきます。ああ、アリスさんだけには伝えておきますがいいですか?」

「そういうと思った。かまわん。ただアリス以外には言うなよ」

「分かってます」




「と言うことでちょっと王都まで遊びに行ってきますので、暫く家には帰れません」

「わかりました。遊びじゃなくしっかりお仕事してきてください」

「アリスさんはちゃんと毎夜家に帰るのですよ? 仕事してたらだめですからね?」

「前向きに善処させていただきます」


 それは帰らないと同意語です。過労で倒れないか心配です。

 吸血鬼が過労で倒れるなんて、前代未聞でしょうけどね。



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 良く寝ました。

 あれからお弁当を四日分買っておいて、夜まで仮眠を取っていました。

 気分はすっきりです。

 では王都へ向けて出発しますか!

 ちなみにまだアリスさんは帰宅していませんでした。全く。


 まずは今夜中にベールまで移動しましょう。

 道中面倒な魔物は多分いませんしね。


 今夜も綺麗な月です。

 異世界に来てから生きるのに必死でしたが、この数年は本当に楽しいことばかりでしたね。

 人生どう転ぶかわかりません。だからこそ面白いのでしょうけどね。


 生まれてすぐ捨てられたとき、狼しか手下が居なかった頃は本当に辛かったです。

 自分でも良く生き延びたと思います。


 最初は狼の乳を分けてもらって、歯が揃ってきたら徐々に狼が狩ってきた獲物の生肉を食べたりしていました。

 火なんておこせませんでしたからね。

 ステーキはレアが好きなのですが、さすがに生は吐き気がしました。

 元の世界の身体でしたら、多分食べられずに飢えてしまっていたでしょうね。

 こっちの世界で生まれた身体でしたから、感情を無視すればちゃんと口と胃は受け付けてくれました。


 血の欲求に負けて獲物の血を飲んだけど、吐いてしまったりもしました。

 それでも無理やり飲みました。

 人間慣れれば、オークロードの血だって飲める様になるんです。


 ある程度動けるような年齢になったら、狼とペアで獲物を狩る練習もしました。

 腕や足が食い切られるなんて日常茶飯事で、上下に身体が切られたことや、首がもげかけたこともありましたね。


 今となっては懐かしい思い出です。

 いえ、もうあんなことはごめんですが。


 そういえば、あの時の狼はどうしましたでしょうかね。まだ生きているのかな。

 この大陸へ渡ってくる時にお別れいたしましたが、生まれてから五年以上連れ添っていた相棒でしたし、真祖吸血鬼の父親ガーラドを殴りにいく時にまた再会したいですね。


 そういえば、狼のくせに雪とか氷の魔法を使っていましたね。

 知能があって、念話で意思疎通もちゃんとできましたね。

 しかも簡単な氷魔法も教えてもらいましたし、自分が真祖の吸血鬼の血を引いていることも、どうやって相手を吸血鬼にするかとか、色々と教えてもらいました。

 魔法を使えるようになってからの狩りは非常に楽でした。

 狼のくせに博識なやつでした。


 ……今思えばあの狼、フェンリルだった気もしますね。よく魅了が効いたものです。


 元の世界の伝承では吸血鬼は狼などの獣を従える事がありますが、こっちの世界でも同じで魅了が通じやすかったのですかね。


 フェンリルといえば災害ランクの魔物です。あっちの大陸では災害ランクなんてたくさんいましたけどね。

 そもそもランクなんて、人間がどうやっても勝てない魔物たちを災害ランクとしただけですからね。一括りにしていますが、実際はものすごく差はあります。

 戦闘力二十万でも五十三万でも、五しかない人から見ればどちらも強い、しか分かりませんし、仕方はありませんが。



 こっちの大陸に渡ったときから、羽田中 葵は可憐な美少女のアオイという器に入って、彼女を《演じて》います。

 冒険者になってからは、可憐な美少女冒険者と変えていますが。

 言葉遣いや言動が年不相応で、しかも男だったら怪しまれますしね。


 自分が女だったらどのようにして行動するか、言動はどんな感じなのかを常に考えて演じています。

 本来の葵の性格ではありません。だって演じているだけですからね。


 葵がアオイを演じてから、こっちの大陸にきてから十年が経ちました。

 しかし葵はアオイというモニター越しにこの世界を見ています。

 葵から見ればこの世界は全て他人事のように思っています。


 いえ、生まれてすぐの頃、あっちの大陸に居た時は葵でしたが、演じるようになったこの十年からが他人事なのでしょう。


 でもいつか遠い将来、アオイと葵は融合するかもしれません。

 一つの身体に二つの意識は自然ではありませんしね。


 でも……たまに思います。本当に葵とアオイは融合しても良いのか、と。


 アリスさんが死に掛けたとき、アオイは狂いそうになりました。

 でも本当の自分、葵はどうだったのでしょうか。

 アオイを演じるにあたって、アリスさんの死はアオイを狂わせたほうが《アオイらしい》。

 そう葵は思ったからそう演じたのでしょうか。

 全て他人事と思っている葵と、アオイを融合してもいいのでしょうか。

 自分の本心がどちらなのか分からなくなります



 そして今の私、これを考えているのは果たしてどちらの《あおい》でしょうか。



 ……うん、難しいこと考えるのは《私のキャラ》では《ありません》ね。この件は放置ですっ!


 そんな事を思いつつ街道を走っていると、ようやく明かりが見えてきました。

 あれはベールのネオンですね。

 例のお肉セットを食べて、今夜はあの町に泊まりましょう。

 そして明日の晩に王都オーギルの衛星都市サハリスまでいって明後日に王都、というスケジュールにしましょう。

 王都には珍しい食べ物もあると聞き及んでいます。

 おにぎりとかあればいいですね。ついでにお味噌汁も。海苔とお新香までついていれば最高です。

 ああ懐かしや日本食。


 でもまずはお肉です。この前はエリックさんに七割くらいは食べられちゃいましたしね。

 今夜は私一人で全部食べます!



 夜の帳が開ける頃に、私は一人宿屋で眠りにおちました。

 生前の父親と母親の懐かしい顔を思い出しながら。




 …………本当の自分はどっち?


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