第十二話


「はい、それでは行ってらっしゃいませ。お気をつけてきてください」

「はーい、ちゃちゃっと終わらせてきますっ!」


 アオイさんはミノタウロス討伐の依頼を受けて、すぐに出発されました。

 彼女を見送った後、私は次々と来る冒険者たちの討伐の受付や依頼達成確認、新規冒険者登録の作業をこなしていると、不意にアオイさんの顔が浮かびあがりました。


 冒険者としてのアオイさんは非常に優秀です。

 単独で身軽ですぐ行動に移せますし、移動速度も普通の冒険者たちと比べるとものすごく速く半分程度の時間で次々と依頼をこなして行きます。

 あれでBランクというのは理解できません。私から見ればSランクにしても良いくらいの優秀さです。



 Bランクへのランクアップ試験として、五十匹もの大量のオーク討伐があります。

 この試験は上位冒険者の登竜門として非常に難しい試験内容になっています。

 普通は同じランクの人複数でパーティを組んで、何日もかけてオークを討伐していくものです。

 つまり何日もかけて戦闘を行うことが本当の試験になっています。

 時間がかかりますから荷物の配分も必要ですし、食料も現地調達が必要になる場合もあります。

 武器の磨耗も考えられますし、また野営も必要です。


 しかしそれらは、単独、或いは少数で行動しているオークをゆっくりと討伐していくのであって、五十匹もの群れを討伐などという内容ではありません。

 当初百人程度の冒険者を集めて討伐隊を組む、という話になっていました。

 ギルドマスターは、アオイさんがランクアップ試験を申請しているのを知っていて、彼女にその討伐を依頼するよう発表したのです。

 何人もの職員が反対しました。

 当然ですね。五十匹もの群れを一人で討伐、しかもまだB-ランクの冒険者に。

 普通に考えれば無茶な要求です。


 私も最初ギルドマスターに詰め寄りました。

 しかし彼はアオイなら平気だ、もし万が一何かあった場合俺が責任を持つ、またサポート兼試験監督としてサブマスターのリリックをこっそりつけさせる、と言ったのです。

 元Sランク冒険者のリリックさんであれば、五十匹のオークの群れでも一人で倒せるでしょう。

 それで安心して彼女を見送りました。


 そして翌日の昼、彼女はいつものようにギルドへ顔を出してきたのです。

 最初、まだ出発していないなんて身軽なアオイさんとしては珍しい、確かに五十匹ですから準備なども必要ですしね、と思っていたのですが実は一晩で討伐達成していたのです。

 彼女が出してきたギルドカードの討伐履歴を参照すると、確かにオークを五十三匹、オークロードを一匹倒した、と記録されていました。


 そして彼女はBランクへとアップしました。


 十五歳、冒険者となって僅か三年でBランクは異例です。

 初めて出会った時はまだ小さい子供に見えたのですが、すぐにその認識を改めさせられました。

 ギルドマスターが推薦した冒険者なのですが、しかし十二歳でその上見た目は十歳にも満たない少女です。

 最初、他の冒険者たちに縁故採用かと責められていたのですが、ギルドマスターが模擬戦闘を提案したのです。

 相手はC+ランクの中位冒険者。

 誰がどう見てもアオイさんに勝ち目はないように見えました。

 本当に大人と子供ですから。


 しかし結果はアオイさんの勝利に終わりました。しかも圧倒的な強さで。

 あんな小さい身体のどこにあのような力が隠れているのか不思議です。

 ダンピールは確かに普通の人に比べて力が強いのですが、あのような子供がC+ランクに圧倒的勝利を収めるなんて事は前代未聞です。


 あれからアオイさんは誰からも文句は言われないようになりました。

 それと共に恐れられて、誰一人として近寄っても来ません

 ギルドマスター、サブマスター、そして私の三人以外は。


 アオイさんは冒険者としては異常なまでの強さに、ダンピールという種族ですが中身は普通の女の子・・・です。

 残念なくらいの性格ですが、とても楽しいお友達です。


 以前彼女に、吸血鬼になればずっとアオイさんと一緒にいられる、と聞いたとき心が揺れました。

 あの時は、今はまだだめ、と答えましたが自分でもきっといつかアオイさんの血族になる気がします。


 父が亡くなり家族というものを失った私には、もうたった一人のお友達ですから。



 さて、午前中のお仕事も終わりました。

 お昼休憩にしましょう。


 そう思い席を立つ寸前に、受付の前に一人の男性が並んできました。

 確かこの人はB+ランクの冒険者でしたね。

 何か依頼の受付処理でもしにきたのでしょうか。


「ようアリス。そろそろ俺とデートでもしようぜ?」


 しかしそういった内容ではありませんでした。当然ですが受ける気は全くありません。


「お断りします」

「……ひっ、な、なら昼飯なんてどうだ。奢ってやるぜ」

「そういったお誘いは全てご遠慮させていただいていますので」

「遠慮するなよ、いい加減少しくらい付き合ってくれてもいいじゃねぇか!」


 そういった男の人は受付の窓越しに私の手を掴んできました。

 冷静に、冷静に。慌ててはいけません。

 私は苦手意識から足が震えるのを我慢して、精一杯男の人を睨みつけました。


「手を離してください」

「うっ……あっ」


 彼の手が緩むのを感じた瞬間、私は強引に振りほどきました。


「次にこのようなことを行えば、冒険者資格剥奪となりますのでご注意ください」


 そう言った私はギルドの休憩室へと向かいました。

 背後で男の人が何か怒鳴っていましたが、私は聞き流して午後の仕事をどのようにこなすか考えていました。




 その日の夕方、一人の冒険者がギルドへと飛び込むようにして入ってきました。

 名前は覚えていませんが確かD-ランク冒険者の方です。数日前、町の周辺調査依頼を受けていたかと記憶しています。

 何事か異変が起こったのでしょうか?

 そう思ったとき、彼は開口一番、ギルド内にいる人たち全てに聞こえるほどの音量で叫んだのです。


「たっ、大変だ! 魔物が、モンスターの大群がこの町に向かってきている!」


 最初それを聞いて不謹慎ですが、またきましたか、と思ってしまいました。

 この町は定期的に魔物が襲ってきます。この町に生まれた人なら不安はあるものの慣れた事柄です。

 でも、この町を守ってくださっている冒険者のみなさんは、少なくない被害を被っています。命を落とすことも珍しくありません。

 今回は誰も亡くなって欲しくありません。甘い願いとは思いますが。


 それとアオイさんは大丈夫でしょうか。

 彼女の移動速度ならそろそろ目的地についていてもいい頃です。

 タイミング的には、彼女が戻ってくる頃には終わっていると思いますが、逃げて行く魔物に遭遇する可能性はあります。

 それが少し不安です。


 しかし駆け込んできた冒険者の次の言葉に誰もが呆然としました。


「魔物の数は数千! しかもAやSランクの魔物も数体確認! 至急ギルドマスターへ連絡を!」


 今までは多くても数百匹程度、また魔物もせいぜい高くてBランクですし、大半はD~Eランクで占められています。

 大抵魔物は強くなればなるほど、淀んだ空気を好みます。そしてこの町の周辺は長い期間をかけて空気を浄化してきているので、高ランクの魔物は滅多に近寄ってきません。

 そのはずでしたのに……AランクやSランクが数体来るのは異常事態です。


 そして一呼吸置いた直後、ギルド内が騒然となりました。

 私は喧騒を後にしてギルドマスター室へと走りだしました。



 ギルドマスターに連絡を入れた僅か十分後、町中が厳重体制となりました。

 常に魔物に襲われている町ですから、緊急時の体制は整っています。


 そしてその一時間後、ギルド内で緊急会議が開かれ職員全員が集合をかけられました。



 ギルドマスターが部屋の奥に座り、そしてその横にサブギルドマスターが司会をしています。

 他には偵察に行っている冒険者たちと念話をする職員が何人も座っています。

 そんな彼らにサブマスターは問いかけました。


「魔物たちの数は?」

「凡そ五千。うちSランク五体、Aランクは七十体ほどを確認しています。残りは概ねBランクからCランクで占められている模様です」

「ちっ、雑魚ですらBからCかよ。で、いつここにやってくるんだ?」

「今の進み方であれば、夜半すぎ。0時から一時かと推測されています」

「まだあと五時間はあるな。余裕を持たせて三時間だな」


 一呼吸置いた後、続けてサブマスターの指令が飛んできました。


「現在町に滞在中の冒険者の数は?」

「凡そ三万二千人です。残り八千名は依頼を受けて外に出ています」

「近くにいる冒険者たちに最緊急コールかけろ。そうだな、徒歩半日程度の距離の依頼を受けている奴ら全員だ。急がせろ」

「はい!」

「SランクとAランクは何人いる?」

「Sランク十二名のうち、五名が遠征中です。残り七名は町に滞在中。Aランク三百五十名のうち百名ほどが遠征中。その中で三十名は近場にいます」

「S五人不在か、くそっ。間に合わんかも知れないがとりあえず最緊急でコールしろ。近場に居るA三十人についても同様だ。A七十人の遠征中の奴らは……緊急度を下げてコールしておけ」

「はい、わかりました」


 次々とサブマスターからのコール要請で、私を含めた職員が緊急コールをかけます。

 そんな忙しい中、アオイさんの事を一瞬だけ気にしてしまいました。

 彼女は二日程度の距離の依頼を受けています。今回の緊急コールからは外れますね。

 本当はいけませんが、少しだけ安心しました。

 彼女には死んで欲しくない、そう思うのは私のわがままでしょうか。


「他に情報はあるか?」

「月が……月が異様に大きく見えて、そして赤い色になっています」

「月が? ちょっとまて」


 そういったサブマスターは窓から月を眺めました。

 その瞬間、彼の顔が真っ青になりました。


「どうしたリリック。何かあったのか」


 今まで沈黙していたギルドマスターが、サブマスターの異変を感じて問いかけました。

 サブマスターはこちらへと向かい、苦い口調で話し始めました。


「月が赤く光る時、魔物の大群が現れる。そして全てを破壊するだろう」

「なんだそりゃ?」

「俺が昔読んだ文献に、これと似たような事が書かれていた。その出だしがさっきの言葉だ。内容をかいつまんで話すとこうなる。赤い月は魔力を帯びた光を発していて、その光を浴びた魔物は一種の狂乱状態に陥る。そして奴らは普段敵対している人間に対して非常に凶暴となるらしい」

「つまりどういうことだ?」

「赤い月のせいで、魔物たちが狂って俺らを襲ってきた」

「なるほど、単純で分かりやすい。ならば一晩凌げばいいってことになるよな」

「そう簡単に事が進むとは思えんが、一応そうなる。この魔物たちの大群の事を文献ではモンスターパレードと書かれている。そして赤い月の現象はルナティックムーンだ」

「魔物の行進に狂った月か。そのまんまだな」

「俺に言うな。名づけた昔の奴らに言え。よし、方針が決まった!」

「はい!」

「基本防衛重視だ。深追いは禁止。守ることを第一に考えろ!」

「冒険者たちに通達! 常設隊二万人は魔物たちがくる方向へ向かって隊列を組み迎え撃て! 残り一万二千名については遊撃隊だ。追って指示を出す。敵は強いが数はこちらが多い! 普段の訓練通りに動け!」

「はい、わかりました!」




 そして四時間後、魔物たちがこの町に到着しました。


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