第十一話


「はい、それでは行ってらっしゃいませ。お気をつけてきてください」

「はーい、ちゃちゃっと終わらせてきますっ!」


 先日、おにゅーの武器を手に入れましたので、今日はその練習がてら依頼を受けることにしました。

 セント公国に続く街道に沿って二日ほどの距離にある、とある山間にミノタウロスのご家族が住まわれるようになったらしいのです。

 そこで倒すか追い払うかしてほしい、との依頼でした。


 Bランクの魔物であるミノタウロス。頭は牛で身体はムキムキなマッチョの魔物です。硬い皮膚と鍛え上げられた筋肉は、半端な武器では手傷を負わせることすら難しく、またその革は高級品として流通されています。

 残念ながらお肉は筋ばかりでおいしくないんですよね。

 霜降り牛肉が懐かしいです。


 ……安月給の身では滅多に食べられませんでしたしね! くすん。


 リッチの時には間に合いませんでしたが、新しい革鎧もちゃんと受け取ってきました。

 これで十年は戦えますっ!


 いつものようにアリスさんの無表情な顔に見送られて、そして意気揚々とお弁当を片手にラルツの町を出ました。

 今回は特に緊急性の高いものではありません。ですので、久しぶりに歩いていきます。


 歩くといっても、分速八十mではありません。もっと早いです。

 毎日軽く五十km以上は歩けます。走っていけばその三倍以上はいけますね。

 そういえばこの身体は疲れ知らずですね。

 今も私の身長ほどもある静御前を背負って歩いているのに、全く疲れる気配はありません。

 一晩中走り続けられますしね。



(アオイちゃん、ひまだよ~)

「黙って景色を楽しんでてください。この大自然があなたには見えないのですか」

(大自然って、単なる雑木林じゃないかー。アオイちゃん、歌でも歌ってよ)

「ふふふ、私の歌声はジャイアソと言われたほどなんですよ! きっとソニックブームで敵にダメージを与えられるくらいです」


 カラオケの採点も十五点を上回ったことはありません。しょんぼり。


(な、なんだか分からないけどとても凄そうだね)

「あれは決して開けてはいけない黒歴史。封印された技ですので、お聞かせすることはできません」

(僕まだ死にたくないし、やめておくね)


 頭を潰しても生きている精霊が死ぬんでしょうかね。



 長閑な雑木林を抜けると、大草原が広がっていました。

 ようやくここで半分くらいの距離ですね。

 この草原を抜けると山沿いが続きますが、そこのどこかにミノさんがいらっしゃるんですね。


 ……ミノタウロスの略称を使うと、毒舌を吐きそうなキャラになりますね。


 さてもう夕方ですし、ここは一旦休憩を入れますか。

 たまには野営なんてしてみるのも乙なものかと思います。


 腰にぶら下げているポーチからテントを取り出します。

 このポーチ、実は優れもので中が別空間と繋がっているのです。

 中は六畳くらいの広さになっていて、重さもその中ではゼロになります。

 残念ながら食べ物は腐っていきますから単なる保管場所としてしか機能はしませんが、それでも冒険者にとっては必須と言っていいアイテムですね。


 いっそこの中で寝ればいいんじゃね? 的なことを思ったこともありましたが、残念ながら生き物を入れることは出来ないようになっています。

 ちなみに精霊さんは生き物ではありませんので、入れられる気がします。にやり。


 短剣に魔力を籠めてテントの杭を打ちます。

 昔バイクで何日もソロツーリングをしましたが、よく無料の公園でテントを張っていました。宿泊費も馬鹿になりませんしね。

 その経験がまさかこんなところで生きてくるとは、あの頃は思いもよりませんでした。

 何事もやってみておくべきですね!


 さて、リッチ討伐の時に作った男の料理を今日も作ります。

 途中雑木林で取っておいたキノコも無造作に入れておきました。

 キノコ大好きなんですよね。

 たとえまだら模様とか、赤黒い色をしたものとかのキノコでも食べられちゃいます。

 毒は吸血鬼には効き目がないんですよー。ハイダークエルフも自然界の毒には強いのです。


 ……ワライダケは無理でしたけどね。


 あの時笑いながら全裸になった記憶は闇の歴史です。

 と言っても、子供の頃ですからね?

 ご期待に沿えず申し訳ありません。ふふっ。


 自然の中で食べるものは、家で一人寂しく夕飯を食べるよりも何倍もおいしく感じられますよね。

 思わずお代わりをしてしまいました。


 さて、おなか一杯になりました。

 食後の運動で薙刀の八方振りを繰り返し練習します。

 上下、斜め上、左右、斜め下を身体にしみこませます。

 足の動きも大切です。

 これでミノさんをナマス切りにしてあげます。



 その夜、私はテントの中で横になっていました。

 普段、冒険途中では寝ることはありません。

 数日くらい徹夜しても問題ないですし、ソロだとどうしても寝ている時に奇襲を受けたら危険ですしね。

 今回はエロシルフがいるので、テントの外に置いて見張り役をやらせておきました。

 テント内に置くと襲われはしませんが、じっくりと寝顔を見られるなんて嫌ですしね。



 そしてまだ夜も明けぬ頃、なぜか私は目が覚めてしまいました。

 一瞬敵かと思ったのですが、特にそのようなものは感じられません。

 再び寝ようとしても、なかなか寝ることができませんでした。

 普段は枕に頭を乗せれば一秒かからず寝ることができる特技を持っているのですけどね。

 冒険者はいついかなるとき、どのような場所でも寝られるように訓練をしています。

 寝るという行為は、体力を回復させる手段としてとても優れていますしね。


 うーん、なぜでしょうか。何となく不安感が湧き上がっています。

 これが虫の知らせというものでしょうか。

 仕方なくテントの外に出てみました。

 どうせ寝られないのであれば、このままミノさん討伐にでも行ってみますかね。


 外はやけに赤い月の明かりが、真っ暗な夜を照らしています。

 いつもより大きく見える月です。スーパームーンですかね。

 虫の鳴き声がかすかに聞こえる程度で、とても静かな夜です。

 吸血鬼にすれば、気持ちの良い夜でしょう。


(あれ、アオイちゃん寝てなかったの?)


 そんな私の頭の中に、エロシルフの声が飛んできました。

 テントに立てかけられた静御前。

 赤い月明かりに照らされ、刃が血の様に光っています。


「ええ、何となく胸騒ぎがしまして」

(騒ぐほど大きくな……げふぅ!)

「やかましいですっ!」


 思わず静御前を叩いてしましました。

 全くこのエロシルフは、空気を読むという事を知らない奴ですねっ!


 とその時、テントの入り口から赤く点滅している光が漏れているのに気がつきました。


 ……なんでしょうか? 嫌な予感がひしひしと感じます。


 テントの中に戻ると、あの光はギルドカードが発していたものでした。

 慌ててそれを取り出した私は驚きで目が大きく開かれました。


 赤い点滅。最緊急事態。至急ギルドへ出頭。時間指定なし。

 これは町が魔物に襲われた時のみ発せられる印です。


 いえ、落ち着くのです。

 町には四万人もの冒険者がいるのです。

 一年に一回はこのような事態は起こっています。それでも無事に今まで切り抜けていました。

 今回も大丈夫なはずです。


 でも……万が一……。


 私の脳裏に、ギルドマスターの顔が、リリックさんの顔が、そしてアリスさんの無表情な、でも温かみのある顔が浮かび上がりました。

 私はテントを即効で畳むと、叩かれて地面に落ちている静御前を取って一目散に来た道を走りました。


(ど、どうしたのっ? いきなり?)

「町が……ラルツの町が魔物たちに襲われていますっ! これからダッシュで戻りますっ!」


 私は抑えていた力を開放して、一気に街道を駆け抜けました。


 町まで凡そ五十km。しかも幸い今は夜中です。

 私が全速力で走れば三十分で着く距離です。


 どうかお願いですから、みな無事でいてください。




 そして三十分後、私の目に映ったのは赤く燃えているラルツの町と、今まで見たこともない魔物たちの大群でした。




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