第九話


 程よい暑さの昼下がり、私はリッチ討伐で手に入れたお金を持ってとあるお店の前に佇んでいました。

 裏路地の更に奥まった場所にあるこのお店、築五百年は経っている古い洋館、ギルドまで徒歩三十分とこの時代にしては便利な距離です。

 知る人ぞ知る、非日常的な隠れた名店なのです。


 重厚なドアを開けると、一本の暗い通路があります。

 所々に魔法で作られた蝋燭が、暗い通路を僅かに照らしています。

 しかしダンピールの私の目には、まるでシャンデラがいくつもぶら下がって明るく照らし出しているように見えます。

 蜘蛛の巣があちこちにあり、更に古い洋館のイメージをアップしています。


 私はゆっくりとその通路を歩いていくと、一番奥には再び表にあった重厚なドアと同じ作りのドアがありました。

 そのドアを開けると、中はかなり広いホールになっていました。


 天井には月明かり程度の光を放っている豪華なシャンデラが一つだけ部屋の中央に設置され、丸や四角のテーブルが十二脚並んでいます。

 テーブルには個人客が四人ほど、グラスを傾けています。

 カウンターには十脚ほどの椅子が並んでいて、執事服を着ているマスターが煙草を燻らせながら新しい客アオイさんへと視線を移していました。


 私はカウンターへと近づき、ジャンプして椅子に乗りました。

 私の身長では、椅子の背が高かったんです。しょんぼり。


 そしてマスターへと、指を鳴らしてぱっちんっ頼みます。


「マスター、いつもの」


 マスターは頷きながら、咥えていた煙草を灰皿へと落としました。



「お嬢さん、あんたここ初めてだよな。それより保護者の方が見えないが?」



 あ、あうぅ~。そんなことばらさなくていいじゃないですか。

 せっかくハードボイルド風に今回は攻めてみたのに、一言で台無しですよっ!

 それより保護者って何ですか、保護者って!?


 そして私は自分の服装をチェックするように、一度視線を下へと落としました。


 今日は気合入れて、赤色のリボンが所々あしらわれている黒のゴスロリ風なドレスに、小さめのシルクハットのようなチェック柄の帽子と、大人な雰囲気なのに!

 ちゃんとお金も落とさないように、黒色でピンクのリボンがついた小さなバッグに入れています。

 この服装はここに来る前、アリスさんに見立ててもらったので完璧なはずです。


 アリスさんの顔が僅かにほころんでいたように見えたのは気のせいですよね。



「マ、マスター! ここは私に合わせて適当に作ってくれるのが大人な対応って奴ではありませんかっ?!」

「たまにいるんだよ、お嬢さんみたいな人が」


 な、なんと!? この可憐な美少女冒険者のアオイさんのような人が他にもいたのね!?

 何となく親近感が沸きました。


 と、そんなことより、私はギルドカードをマスターに見せびらかすように取り出しました。


「私はBランク冒険者ですっ、大人ですから保護者はいませんっ!」

「……確かに。人は見かけによらないな」

「ではマスター、いつもの」

「トマトジュースかい? 砂糖多めもできるけど高くなるよ、お金持ってる?」

「違いますっ! というか何で砂糖入れるんですか」

「たまにいるんだよ、砂糖を入れないと生のトマトジュースが飲めない人が」

「み、味覚は大人ですっ!」

「じゃあ真面目に注文しな」

「は、はいっ」


 いきなりこのマスター、雰囲気ががらっと変わりましたよ。

 ちょっぴりびびりました。


 噂ではこのマスター、もう千年以上は生きている吸血鬼だとか。

 この町に吸血鬼が住めるよう尽力してきた、いわばこの町の吸血鬼の長的な立場の人らしいです。


「では、十七年物の処女Bを」


 これは、十七歳のB型の処女の血という意味です。

 A型はしょうゆ、B型はソース、O型はケチャップ、AB型が辛しマヨネーズとそんなイメージです。

 血を売っていますが、もちろん人を襲ったりしているわけではありません。

 ちゃんと何百人という人間と雇用契約を結んで、定期的に採血して集めています。


 そう、言い忘れました。

 このお店は吸血鬼専門のお店で、「ブラッドバー串刺し公」という名前です。

 血はもちろん、ワインやトマトジュース、あとはおつまみなどを出してくれる古くからあるお店です。

 ちなみに、一日お一人三百ccまでしか血は飲めません。そしてグラスは一杯百ccで出されます。つまり血は三杯までとなっています。

 飲みすぎは身体に悪いってことですね。


 ……そういえば、お店の名前に串刺し公ってついていますね。この世界にどうやって伝わったんですかね。



「処女はそれなりに高いぞ? でもBランク冒険者ならそれくらいの金は持っているか」


「でかいヤマを当てたのさっ。今日は初めてですから少し奮発なんですっ」

「そうかいそうかい、頑張ったな」


 マスターは、まるで子供が頑張って背伸びしているような生暖かい目で見てきました。

 何か言いたかったけど我慢ですっ、千歳のおじいちゃん吸血鬼から見れば十五歳なんて誤差の範囲ですもんね~だっ!



 マスターは棚に並べられている小さいボトルを一本取り出して、グラスへと注ぎました。

 この棚、血が凝固しないような魔法がかけられている一品物らしいです。

 売ればきっと億単位になるでしょうね。じゅるり。


 私の目の前にグラスが出されました。

 ギルドマスターの部屋にもあった水晶で出来ているグラスです。千歳の吸血鬼ともなれば、あのSランクの魔物がうじゃうじゃいる山奥まで一人で行ってこられるんでしょうね。

 そのうち私も一人で行って、大量に仕入れて売ってやる予定です。


「味わって飲みな」


 そう言ったマスターは、また灰皿から煙草を取って吸い始めました。

 あまり吸いすぎると身体に悪いですよー。

 でも不死者ですから、肺がんにはならないんでしょうね。


 私はグラスに入った血を舌に少しだけ乗せて転がすようにして味わいます。

 甘みがあり、少しこってりでしょうか。

 つい先日飲んだオークロードの血とは比べ物にならないおいしさです。


「おいしい」


 マスターは満足げに頷きながら、自分もグラスへと血を入れて飲み始めました。


「さてお嬢さん、この町は最近住み始めたばかりかい?」


 マスターは私に問いかけてきました。

 長的な立場の人ですから、私の身辺調査でしょうね。

 可憐な美少女冒険者のアオイさんの事を知らないとは、長といってもこのお店に引きこもっているだけでしょう。


「いいえ、私はもう七年ほどここに住んでいますよ? ギルドマスターが後見人でした」

「あの男が後見人か、それは運が良かったな」

「彼のことご存知でしたか」

「もちろん知っている。数年前にダンピールを拾ったと聞いたが、それがお嬢さんってことか」


 わっ、ちゃんとこの人に話を通してたんだ。

 私の知らないところで色々と動いてくれていたんですね。

 やることはちゃんとやっていますね。


「冒険者になったとは聞いたことがあったが、まさかBランクまであがっているとはな」

「ギルドマスターだけではなく、サブマスターからも冒険者としての戦い方を教えていただきましたしね」

「リリック=ハウゼンか」


 リリックさんは、この町のサブギルドマスターとして名を知られています。

 ギルドマスターのルーファストさんと同じパーティを組んでいた魔術士で、マスターの懐刀と呼ばれている存在です。

 冒険者ギルドの実質的な舵取りは彼が行っていて、彼がYesといわない限りマスターでも通せないものがあると言う噂です。


 ルーファストさんも魔法は使えますが、リリックさんはほぼ人間の扱うことができる魔法全てを知っています。

 私の第六階梯の魔法も彼から教えてもらいました。


「ではお嬢さんは、乾坤一擲と疾風魔術の教え子って事かい」


 乾坤一擲はルーファストさんの、疾風魔術はリリックさんの二つ名です。

 元Sランク冒険者として、今は現ギルドマスター、サブマスターとしてかなり名前の知られているペアです。

 それにしても、痛い名ですね。十年後くらいにもだえ苦しむような黒歴史になりそうです。

 私は二つ名なんて絶対お断りします。


「それに妙な親近感の沸く血も感じるね。何となくこう威厳のある、俺でも妙にひれ伏さざるを得ない威圧を感じるな」


 ああー、それは真祖の血ですよねー。

 真祖は吸血鬼でも特に力があると同時に、あらゆる吸血鬼の元となっている存在です。

 親の言うことには殆ど逆らえない吸血鬼ですから、元となっている真祖には絶対服従でしょうね。

 きっとこのマスターは、私のくそ親父の血を受け継いだ子なんでしょうね。


 自ら吸血鬼化をした人が真祖と呼ばれ、更に吸血鬼化の手法は何千年も昔に失われた魔法とされています。つまり今いる真祖がその手法を教えない限り、真祖は増えないということですね。

 そして現在、真祖と呼ばれる吸血鬼は七人います。

 名前は殆ど知られていませんがね。


 きっと私が捨てられた理由なんて、真祖がダンピールを作ったなんて世間の良い笑いものになってしまう、とかいう程度なんでしょうね。

 何となくむかむかしてきました。


「マスター、あまりその話は《したくない》です」

「お、おう。すまない。確かに聞きすぎたな」


 私の親としての血の力のせいなのか、マスターは大人しく引き下がってくれました。

 そんな事を話していたら、いつの間にかグラスが空っぽになっていました。


「では次に、十六年物の処女Aを」

「まだ飲むのかい? ダンピールなら一杯で十分じゃないか?」

「今日は三杯まで飲みたい気分なんですっ。ついでにおつまみも!」

「飲みすぎには注意しろよな。暴れたら俺が押さえなきゃいかんしな」


 吸血鬼やダンピールは血を飲むと、もっと飲みたくなる症候群になります。

 それを制御できるか否かで、大人か子供かになってしまうそうです。

 私は大人ですから、血に酔うなんてはしたないまねはしませんけどね。



 そして一時間後。


「もっとワインよこせーっ」

「全く酒癖悪いな、このお嬢さんは」

「いいんですっ、私は大人なんですからっ」

「絡み酒のどこが大人なんだよ。水のむか?」

「嫌でございます」


 血には酔いませんが、ワインには酔います。

 生前も酒には弱かったけど、今世も弱いままなんですかねー。ひっく。


 そういえばリッチ討伐の後、あの少女たちをどうやって町に連れて行こうか悩んでいましたけど、なぜかリリックさんがタイミングよく登場してきたんですよね。

 ルーファストさんから言われて後をつけてきたとか。

 サブマスターなのに忙しくないんですかね。

 全く、子供扱いしてっ!


 しかもあのロリコンリッチ、碌なもの持ってなかったんですよっ!

 億単位のお金を期待してたのにっ。

 半年前にリッチになったばかりの新人さんだったそうです。

 そりゃ半年じゃお金も素材も持ってないですよね。


 結局討伐の報酬だけしか手に入らなかったんですよ。

 もうリッチなんて討伐しませんっ!


 むかむかしてきました。もっとワイン飲んでやりますっ!


「マスター! おかわり!」

「かんべんしてくれよ。血よりワインの代金のほうが高くなってるぞ」

「いいから注げや!」

「は、はいっ!」



 そして更に一時間後。


「アオイさん、なぜこんなに酔っ払っているんですか」

「あれぇ~? アリスさんじゃないですかぁ~。ここは~、吸血鬼専門のお店ですよ~?」

「ここのマスターがうちのギルドマスターへ連絡してきてくれたのです。忙しいのに面倒ごとを増やさないでください」

「では~、アリスさんも駆けつけ一杯~」

「帰りますよ?」


 そう言ったアリスさんの目は、いつもより三倍ほど冷たい目線です。

 お店の中にいた人全員が凍りつきました。


「人間……だよな?」


 ポツリと呟いたマスターの言葉が、この店にいる吸血鬼全員の総意でしょうね。

 店に入ってきたアリスさんを見た吸血鬼が、とても旨そうな女だぜっ、という目で見ていましたが、彼女の目線を浴びた瞬間固まっていました。


「マスター、お勘定お願いします」

「は、はいっ。お会計二十三万ギルです」


 有無を言わさないアリスさんの一言です。

 千年を生きる吸血鬼が、なぜか丁寧語でした。

 って二十三万ギル!?

 十六年物処女Aでも一杯三万ギル程度ですのに、なぜ二十万ギル越えですかっ?!


「アオイさん、さっさと払ってください」

「あうぅ~、飲みすぎました~」


 バッグの中からお金を取り出してマスターに支払いしました。

 念のため三十万ギルほど持ってきておいて良かったです。


「さ、帰りますよ」

「はい~、アリスさんごめんなさい」

「アオイさんには後でお仕置きです」

「ひっ、でもそれはそれで楽しみかもです」

「何か言いましたか?」

「いいえ何もっ!」

「それではマスター、お邪魔しました」

「お、おう。あんたがそのお嬢さんの保護者だね」

「違います」

「すすすまんっ」

「アリスおかーさーん」

「アオイさんは黙っててください」

「いえすまむっ!」



 そして後日、ワインも一日三杯までと規則が追加されました。



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