第十二話


「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」


 私の詠唱と共に黒炎の弾が生まれ、そして吸い込まれるようにヒドラの身体へと当たりました。

 その瞬間、九本の首を持つヒドラの身体が溶ける様に蒸発していきます。


「アオイさん、調子よくないですか?」


 断末魔をあげさせることなく、Sランクの魔物であるヒドラを瞬殺した私にアリスさんが若干呆れた声をあげました。


「そうですかね?」

「ヒドラってSランクの魔物ですよね。アオイさんはA-ランクの冒険者だったはずですけど」


 おお、そういえば私ってA-ランクでしたっけ。

 最近ギルドのお仕事してなかったので、すっかり忘れていました。

 でもここは魔大陸なんです。

 私が幼少……いえ生まれたての頃から七歳まで住んでいたのです。

 地元ってやつですよ!

 そしてSランクの魔物ヒドラなんて、この大陸ではおやつ代わりです。

 お肉がとてもおいしいのです。

 でも最近肉類ばかりですし、野菜もそろそろ食べたいですよね。

 まあ先ほどのヒドラは殆ど溶けてしまいましたが……。


「アオイさん、アオイさんの父親の真祖ってどこに住んでいるのですか?」

「もう少し東側ですね」

「まだ距離があるのですか。結構遠いですね」

「ええ、この島は意外と広いんです」


 しかも鬱陶しい木々が視界と進行を邪魔してきますしね。

 ここで生まれ育った私も、未だこの島の全容はわかっていません。

 ここは島の中央辺りで出てくる魔物はSランク辺りですが、ここより北にいけばSランクオーバーの魔物も出てきます。

 昔と違い、私もかなり強くなっているんですが、それでもSランクオーバーには勝てるか不明です。

 ここにいるのがアリスさんでなければ、きっと試しに行ってたかも。


 っと、先ほど私が使った魔法の魔力を感じ取ったのか、別の魔物が近づいてきているみたいですね。

 なにやら嫌な気配が伝わってきます。

 この島の怖いところは、連チャンで魔物がくることです。

 子供の頃、十回くらい連続で戦った事があります。

 まあワンコが殆ど倒していて、私はそばで見ていただけですけど。


 んー、この感じはドラゴンですかね。

 あいつら火の魔法によく反応するんですよね。

 しかもヒドラのお肉がおいしいとわかっているのか、よくドラゴンはヒドラを補食することがあります。

 近接であれば八本の首があるヒドラのほうが有利なのですが、遠距離では火に耐性の強い、というか殆ど無効化するドラゴンが強いです。

 実際、火の最上級魔法である永遠なる業火も、ドラゴンだと無効化されてしまいます。

 そしてヒドラは空を飛べません。

 このため、空から息吹ブレスを吐きまくるドラゴンが圧倒的に有利ですね。

 私は過去何度も対戦を見てきましたが、遭遇戦でも無い限りドラゴンがほぼ完勝しています。


「アリスさん、ちょっとドラゴンらしきものが近づいてきているっぽいので、さくっと逃げましょう」

「ドラゴン……ですか。それは逃げた方がいいですよね」


 真正面から戦っても古竜エルダードラゴンくらいまでなら負けるとは思わないですけど、余計な消耗は避けたほうがいいですしね。

 私はアリスさんの手を引っ張って、その場を離れたのでした。




 そして三日ほど森の中を歩き続けて、ようやく私がこの島で拠点としていた場所にたどり着きました。

 拠点と言っても単なる洞窟ですけどね。

 でもこの洞窟は、入り口が狭く更に木々が視界を邪魔していて、かなり近寄らないと分からないのです。

 最初は森の中に小屋を建てていたのですが、目立ちすぎたのかしょっちゅう魔物がやってきて、嫌になってここへ引越ししました。

 問題は洞窟なので追い込まれると逃げ場がなくなることですが、この周辺に感知の魔法(エンチャント)をかけた石をいくつも置いて、事前に察知することにより回避してきました。

 この島を出るとき、念のため入り口を岩で塞いでおいたので、他の魔物が使っている可能性も少ないでしょう。

 そもそもこの島には小さい魔物ってあまり居ないですしね。


 さてここからクソ親父の住む城まで徒歩半日ってところです。

 それも私が子供の頃の足で半日なので、今ならもっと速くつけるでしょう。


「ここがアオイさんの住んでいた家なんですね」

「……家? まあ家なんでしょうけど」


 岩をどけて明かりの魔法を中に放ちましたが、幸い何もいませんでした。

 そして私が先導して中に入ると、そこはあの時のままの状態です。

 木を削って作った皿やスプーンが、棚のようになっている岩肌に積み重ねられています。

 また何枚も魔物の毛皮が壁にかけっぱなし。

 懐かしいですね。

 これを着て森の中を駆けてたっけ。


 ……今思えば野生児そのものですね。


 一枚手にとってしげしげと見つめます。

 やはり小さいですね。今の私では少し着れなさそう。

 いや着る気はありませんが。

 それにしても何年も風通しの悪い場所に放置されていたためか、とてもかび臭いです。 しょんぼり。

 奥にある葉っぱを敷いただけの布団も、もう枯れていてとても寝られそうにありません。

 当時はワンコを布団代わりにしていたので、あまり使っていませんでしたが。



 それにしてもここを出てもう七年か……。

 人生の半分をここで過ごしたんですよね。


「さてアリスさん。明日序列二位の真祖に会いに行きます。今日はここでゆっくり休んでいきましょう」

「はい。あの……」

「どうしました? アリスさんはここで待っていますか?」

「いえ、私はアオイさんと一緒に行きたいです。それよりアオイさんは父親と会ってどうするんですか?」

「んー、とりあえず一発殴ります。あとは謝罪と賠償を請求して終わりですかね」


 正直今更どうでもいいとは思っていますけど、やはりケジメは付けなければいけませんよね。

 素直に一発殴らせてくれるかは分かりませんが。


「アオイさんはこのままここで暮らしていくんですか?」

「え? まさか」

「でもやはりご家族の方と一緒に暮らしたほうが良いですよね」

「生まれてすぐ捨てられたので、家族という気は全くしません。もう赤の他人ですよ。それにこんなSランクオーバの魔物が大量に住む危険な島より、ラルツでゆっくりのんびりお金を貯めてハーレ……」

「……ハーレ?」

「い、いえっ! なんでもありません! 私の故郷にはハーレーデビットソンというすばらしい騎乗ペットがありまして。それをぜひとも手に入れたいのですよ!」


 く、苦しい言い訳です。

 アリスさんの目が徐々に鋭くなってきています。


「へぇ……でもここがアオイさんの故郷なんですよね? そのハーレー何とかと言う騎乗ペットもここに居るんですよね? ぜひとも見たいのですけど」

「え、えーっと。あれは伝説の騎乗ペットなのでそうそうお目にかかれるものでは……」

「どんな騎乗ペットなのですか?」

「えっと、二本のタイヤがありまして、ハンドルを回すと走ってくれるものなのです」

「タイヤ? ハンドル? それってなんでしょうか?」

「あ、あううぅぅぅぅ~~」


 その日の晩は徹底的に追求されました。しょんぼり。




 翌朝、ちゃんと睡眠をとったはずなのになぜか精神的ダメージを負ったままの状態で起きました。


「な、なんだか全然疲れが取れていませんね……。」


 あちこちからかき集めた葉っぱや草を布団代わりにして寝たのですが、さすがに寝心地は安宿のベッドにすら劣ります。

 大きく伸びをしていると、アリスさんが起きてきました。


「おはようございます、アオイさん。あら、お疲れでしょうか? さすがのアオイさんも実の父親に会うのですから緊張しているのでしょうね」


 いえ、あなたのせいです。


 と、口に出しそうになりましたが、何とかとどめることに成功しました。


「では行きますか」

「はい、いよいよですね。どんな人なのでしょうか」

「きっとものすごく性格の悪い腐った奴ですよ」

「仮にも真祖ですよ? しかも二万年を生きている。そんな事はないと思いますけど」

「それは人生を達観しているとかでしょうかね」

「そんなイメージでしょうか」


 吸血鬼は不死です。長く生きるほど吸血鬼は生に倦むことが多いのです。

 確かに二万年も生きていれば達観しているかもしれませんけど……。


(まさかちゃんとダンピールが生まれてくるとはな)

(捨てるか)

(まさかこの子を他の奴らに見せるわけにはいかんだろう)

(この辺でよかろう。この辺りは魔物が多いはずだ、せいぜい持って五分だろう)


 捨てられたときの記憶が蘇ります。

 赤子を簡単に捨てるような精神の持ち主ですよ。

 生に対して倦んでいるというよりは、どうでもいいや、という感じです。

 そしてうちの父親はおそらく私と同じ転生者。

 普通の変哲も無いタダの人間が、転生して吸血鬼になって初代魔人王と戦って、そして二万年生きているのです。

 もうとっくに人生投げやりモードになっていてもおかしくありませんよね。

 きっと私が目の前に現れたとしても、無関心でしょう。

 そしてそのまま放置プレイされると思います。


 しかしそこで諦めたら、可憐な美少女冒険者のアオイさんの名が泣きます。

 ここは一発無視できないほど、ド派手に登場してあげるのがアオイさん流。

 子は親を超えていくものなのです。


「アオイさん? 何やら悪巧みしているような顔つきですけど……」

「いっ、いえなんでもございませんことよ? おほほほほほ。さ、さあさっさと真祖のお城に向かいましょう!」

「は、はぁ……」


 不審げな表情のアリスさんを洞窟から引っ張り出し、元通りに入り口を岩で塞いで出発しました。


 そして二時間後……。

 天高く聳え立つ城が見えてきました。

 赤子の頃はすぐワンコに乗せてもらってここから離れたから殆ど記憶にありませんが、こうしてみるといかにも吸血鬼の城ですね。


「あれが序列二位の真祖のお城ですか。大きいですね」

「ええ、ここからでも分かるほど、肌にぴりぴりと何か来ていますね」


 序列一位の真祖は殆ど何も気配を感じませんでした。

 しかし序列二位は違います。

 ファムリードさんやリリスさんとは比べられないほどの強力な力を感じます。

 赤子の時は全く気がつかなかったのに……。


 身体が自然と震えてきます。

 でもここでやらなきゃアオイの名が廃ります。

 さあやってやりましょうか!



<凍える魂、凍れる雹、凍てつく風>


 両手を前へと突き出し、呪文詠唱を始めました。

 すると私の周囲に古代文字が渦を巻くようにして回り始めました。


「ア、アオイさん……? それは?」


 アリスさんが口を挟んできましたが、詠唱途中なので仕方なく無視することにしました。

 まだ慣れていない魔法ですしね。途中で遮ったら呪文失敗するかも知れませんし。


<生み出せ冷気の積乱雲>


 実は雪山の山頂でファムリードさんを待っていたとき、暇だったのでリリスさんに魔法を教えてもらったのです。

 彼女……もとい彼の扱う魔法は古代魔法です。

 現代の魔法は階梯でそれぞれ魔法ランクが定められていますが、昔は呪文詠唱の長さで強さが決まっていたそうです。

 現代の魔法のほうがより詠唱が洗練されており、覚えやすい形になっています。

 しかし逆に言えば、もはや個人が細かく変更できるような箇所はありません。

 詠唱の開始から呪文が発動するまで、全て完成されています。

 しかし古代魔法は違います。

 詠唱するタイミング、強さ、速度もそうですし唱える途中で籠める魔力量、どれも術者に委ねられています。

 車で例えるならオートマとマニュアルの差でしょう。

 つまりオートマなら自動的にシフトアップしていきますが、マニュアルは自分でシフトアップしないとコンピューターがストップをかけるまでエンジンの回転数が上がります。


 つまり本人の限界近くまで呪文の威力を高められる。


<氷の刃よ嵐となりて切り裂け>


 詠唱と共に突き出した両手の前に、周囲の風が渦を巻いていきます。

 それはやがて竜巻となっていきました。


<吹き荒れよ凍れる嵐>


 そして……呪文が完成しました。


「ちょっ?! アオイさん何をっ!!」

「アリスさん、これからでかいの一発ぶちかましてあげますから隠れていて下さいね!」

 そして私は完成した魔法を発動させました。


氷の嵐アイスストーム!>


 私の両手の先に生まれた大きな竜巻が、凄まじい音を立てて噴出し、やがてそれは城の城壁を壊していきました。


「あ、ああ、アオイさんあなたは一体何をやっているのですかっ!」

「アリスさん、私は父親を一発殴ると言いましたよ? これは私と父親の喧嘩ですからね。まずは派手に決めて相手の出鼻を挫くのが喧嘩の常套手段です!」


 私の放った魔法が城を壊していくのにつれ、城から数人の影が外へ飛び出して着たのが見えました。


「では、挨拶に行ってきます。アリスさんはここに居てくださいね」


 私はそう言って地面を蹴って、城へと跳んでいきました。


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