第十一話


 湾に建てられた大きな城。

 見上げるほどの高さがあり、また船を止められるドックが設置されています。

 そこに船が入っていくと、中には大きな太いロープを持った数人の吸血鬼たちが待機しています。

 彼らがロープで船を固定しているのを、ぼんやりと甲板から眺めていました。


 ……吐きそう。


 さすがにダンピールとはいえ、こうも長い間……実際は一日くらいですけど、海を渡ると厳しいです。

 私ですらこれですから、他の吸血鬼は半死半生じゃないですかね。

 隣で横になっているアリスさんなんて、もう酷いありさまです。

 人気の高いギルドの受付嬢アリスさんが、こんな醜態を晒すなんて。


 そして下の方から「衛生兵をよこせ! もっと応援を呼べ!」と叫ぶ声が聞こえてきました。

 なぜここまで無理して、船なんて使っているのでしょうか。

 私には理解不能です。


「ついたな、この城に来るのも久しぶりだ」


 比較的元気なファムリードが、私の側に並んでドックを見渡していました。

 真祖なのに、私より元気そう。

 さすが泳いで海を渡っただけの事はありますね。


「で、これからどうするんですか?」

「もちろんこれを使って、真祖化を試すのさ」


 懐から聖杯を取り出し、うっとりと眺めるファムリード。


「使わせてくれるんですかね。元々は序列一位の持ち物ですよね、それ。それより何故あなたがそれを持っているんですか。よく取られませんでしたね」

「あたしは真祖だぞ? 吸血鬼の最上位に位置するんだ。いくら他の血族の吸血鬼とはいえ、敬われるものなんだよ。あたしが拒否すれば、あいつらは手出しはできない」

「ならここへ連行されることもないはずなんですけど」

「周りを隙間なく囲まれた状態じゃ、仕方あるまい」


 私らみたいに腕を引っ張られて、と言うのは無かったけど多人数に囲まれて、ご同行お願いしたい、と言われたということですか。

 事実上の強制連行ですね。


「ま、とりあえずアルベルドに会ってから臨機応変に考えるさ」

「それって行き当たりばったり、と言いますよね」


 思いついたら即行動って人、苦手です。

 私もそのタイプに近いですからね!


「……ア、アオイさん。地面に降りたい……です」

「アリスさん、体調悪そうですね……」


 甲板に倒れているアリスさんが、か細い声で助けを呼んできました。

 降ろしてあげたいのは山々ですけど、ここから飛び降りたら、どうせ囲まれるでしょうね。

 下手に動くとどうなるか分からないですし。

 とりあえず、血だけあげましょう。


「アリスさん、はい、かじってください」

「はむっ」


 指先をアリスさんの口元へ寄せます。噛みつかれました。

 そのまま手を上にあげると、アリスさんの一本釣り!


 ……なーんてしたいところですけど、実際にやるとそのまま指を噛み千切られそうですよね。


 さて、ここ最近血を吸われることによる耐性がついてきました。

 だからこんな周囲の目があるところでも平気なんです!

 ふふふっ。

 私が必死で口元を押さえているのは気のせいですからね?



 吸血タイムも終わり、少しはマシになったアリスさん。

 それにしても、そろそろ船を降りたいところです。

 私を連行してきたあの吸血鬼はどこへ行ったのですかね。

 少し探してみましょう。


「私はちょっとここの責任者を探してきますので、アリスさんは待っていてください」

「私も行きたいところですけど、まだ気分が優れないので……」

「ええ、無理しないでください」

「アオイさんも無茶したらダメですからね?」


 アリスさんに見送られて、私は船の中へと入っていきました。

 甲板は広いけど、船の中の通路は狭いんですよね。

 しかも歩きにくいし。


「すみませーん、誰かいますかー?」


 私の声が木霊しますが、誰も応答はありません。

 みんな倒れているのでしょうか。

 よくここまで来れましたよね。


 薄暗い通路を奥まで歩いていきます。

 暗いといっても人間の目から見た場合であって、私から見れば昼間とは言わないまでも、夕方くらいの明るさです。


 それにしてもこの辺に、かゆ……うま……、と書いた日記でも置いておけば、何かのゲームになりそうです。

 ゾンビではなく吸血鬼に襲われそうですけどね。


 通路をどんどん歩いていくと、梯子が目に入りました。

 上を見ましたけど、結構高いところまで登れそうです。

 もしかすると、艦橋に繋がっている梯子かもしれません。


 梯子に手を掛け……いえ、ここは一つチャレンジしましょう。

 ふぅ、と一息吐いて一気に真上へジャンプ!

 頂点に達したところで、梯子に足を引っ掛け更にジャンプ!

 二度目で上に登ることができました。


 勢い余って天井にぶつかりそうになったのは、キミとボクだけの秘密だっ!


 さて艦橋らしき場所に出ました。

 ぐるっと見渡すと、更に上に登る梯子が一つ、そして大きなドアが一つあります。

 あの梯子を登ると、見張り台とかに出るんでしょうね。

 でも取りあえずはそのドアを開けてみましょう。

 ここが艦橋なら一番偉い人がいるはずです。


 寝込んでいなければ。


 ぎぃぃぃ、という少し錆びた音が鳴り響き、大きなドアが開かれていきます。

 中はかなり大きな部屋で、更に壁際は一面吹きさらし状態。

 ガラスは作るの難しいですから仕方ないですけど、かっこ悪いかも。

 そして中には、一人の吸血鬼が豪華な椅子に座っていました。


 あの人がこの船の一番お偉いさんでしょうか。

 とりあえず、声をかけてみましょう。


「あの、船から降ろして欲しいんですけど」

「誰だ君は?」


 振り返った吸血鬼は、二十代中盤くらいのかなりのイケメンです。

 でも服装は残念でした。

 真っ黒なスーツに赤いマントという、世にも奇妙な格好です。

 そして印象は薄い。いえ、存在感が薄い?

 そのせいか、いまいち強いのか弱いのかわかりません。


「えっと、真龍さんのお住まいから連行されてきたアオイという冒険者なのですけど」

「ふむ? じゃあ君がガーラドの子供か。なるほどなるほど、確かにあいつの気配を感じるね」


 あいつ……?

 序列二位の真祖をあいつ呼ばわりするような人って。


「もしかして、あなたは真祖アルベルド?」

「おや、気がついていなかったのか。そう、俺がアルベルドだ」


 な、何でこんなところに?!


「この船は俺のだよ? 俺がここに座ってても不思議じゃないさ」

「ドックの中とはいえ、ここは海の上ですけど……平気なんですか?」

「ここまで高く登れば影響は薄いからね」


 あ、そういえば私の吐き気もかなり収まっています。

 気がつかなかった。


「それよりキミは何か用事があったんじゃないのかい?」

「そ、そうでした。甲板に私の子がいるのですけど、海の上で体調が優れなくて、船から降ろして欲しいんです」


 ふむ、とアルベルドが頷いて目を閉じました。


「ああ、ファムリードの隣にいる吸血鬼か。なるほどなるほど、確かにキミの血を感じるね。薄っすらとガーラドの血も感じるし」


 目を閉じたまま気配でも感じているのでしょうか。

 それにしても存在感が薄い人です。

 目を閉じたら誰もいないと認識してしまいそう。


「とりあえず俺の部屋にいくか」

「あ、はい。海の上から離れるのなら」


 どこでもいいです、そう言いかけた時、彼が指をぱちんと鳴らすと、次の瞬間私は見たこともない部屋にいました。


 え? ええ?


 かなり広い部屋には、大きな執務用の机と、応接用の椅子とテーブルが置かれています。それ以外、何も飾ってない質素な部屋です。


「あれ? アオイさん? あれ、ここどこですか?」

「おや、招待されてしまったな」


 私の隣には、甲板にいたはずのアリスさんとファムリードの二人。

 そして机の上に座ったままのアルベルドが、こちらを見ながら笑みを浮かべていました。


 私とアルベルド、更に甲板にいた二人をまとめて瞬間移動……。

 しかも指を鳴らしただけで?

 瞬間移動なんて伝説上の魔法です。

 それをいとも容易くやってのけるなんて。


 背中を汗が一筋流れていきます。


 これが序列一位の吸血鬼。

 次元が違いすぎます。


「こんなのは子供だましだよ。それより俺とガーラドが必死になって張った結界を壊したキミたちのほうが凄いと思うがね。まさかあれを破るなんて思いも寄らなかった」


 そう言いながら、机の上から降りて椅子に座るアルベルド。

 そんな彼に自慢げに話し出すファムリード。


「うちのリリスは馬鹿魔力でね。力技だけならアルベルドよりも上を行くよ」

「これは正式に序列与えたほうがいいかな?」

「あいつはその辺気にしてないからな。面倒だからいらん、と言いそうだ」

「そんな奴なのか。今度一度連れてきてくれ」

「約束は出来ないけど善処はしてみるよ」


 ファムリードさんっ! 何を気軽に世間話しているんですかっ!

 今頃リリスさんが盛大にくしゃみでもしてますよっ?!


「ところで、なぜあたしらをご招待したんだい?」


 一転してファムリードの目が鋭くなりました。

 雪山の山頂で私に見せた鋭い眼光です。

 しかしアルベルドはまるで気にしてないように指を鳴らすと、一瞬でワイングラスが手に現れました。

 それには、赤い血がなみなみと注がれています。

 グラスを口に近づけ、一口飲むと「そりゃ聖杯を返してもらうためだよ」と気軽な口調で答えました。


「その前に一度使わせてくれてもいいじゃないか。減るもんじゃあるまいし」

「お前に使わせると盛大に失敗しそうでな。しかも聖杯を壊すというおまけ付きで」

「偉大なる実験に失敗はつきものさ」

「それ壊されると困るんだよ」

「あのー」


 言い合っている真祖たちの間に私が割り込みました。


「どうした? ガーラドの子。というより、お前は俺の姪になるのか。俺もとうとうおじさんって呼ばれることになるのか。感慨深いな」


 二万年以上生きている分際で、おじさんはないでしょう。

 おじいさんでも足りませんよ。


「既に真祖のファムリードがそれ使っても大丈夫なんですか?」

「さあ、やったこと無いからわからないな」

「だからこそ実験なのだよ、アルベルド」

「壊されでもしたら困るんだよ」


 再び言い合う真祖二名。

 もう私に用はないかな?


「じゃあ私とアリスさんは帰らさせていただきますね」


 アリスさんの手をとって部屋から出て行こうとすると、ファムリードに止められました。


「あたしを見捨てて逃げる気かっ?!」

「逃げるも何も、あなたに無理やり連れてこられたんですけど」

「ここまできたら一蓮托生だろう?」

「毒食わば皿まで精神は持ち合わせておりませんので」


 そう言いながらアルベルドの方を見ました。

 彼は既に私への興味は無くなったようで「帰るのは良いけどガーラドのところへ顔は出していけよ」と言いながらワイングラスの血を飲んでいます。


 そうか、やっと我が父親を殴ることが出来ますね。


「指ぱっちんで飛ばす事って出来ないんですか?」

「瞬間移動はせいぜい二キロが限界だ」


 ちぇ。二キロじゃ普通に走ったほうが楽そうです。

 瞬間移動なんてものすごい魔力喰いそうですしね。

 でも覚えたら、かなり便利そうかも。


「伯父さん、また今度瞬間移動教えてください」

「お、おじさん……やっぱそう呼ばれるとショックでかいな」

「では失礼します」

「私も失礼させていただきます」


 そして私とアリスさんは無事部屋から脱出することに成功しました。

 後ろから「裏切り者~」と聞こえてきましたけど。



 さて、とうとう我が父親とご対面ですね。

 腕がなります!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る