第八話


「誰だそいつらは?」


 歳は二十代後半、真っ白な肌に白髪の美女が腕を組んで立っていました。

 身長はかなり高く、百八十cmはあるでしょう。

 出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいるスタイル抜群な女性。

 そして鋭い眼光で私を見ています。


 この人が一万五千年を生きる大吸血鬼の一人、序列三位の真祖ファムリードですか。


 うん、威圧感はかなりあります。当たり前ですけど私よりも強い……と思います。

 でも、思ったほどではありません。

 なんだろう。

 魔力に関して言えばリリスさんのほうが遥かに大きい感じがしますし、かと言ってリリスさんより弱いって感じもしません。

 同じくらいなのかな?

 二千年のリリスさんと一万五千年のファムリードさん。

 吸血鬼は長く生きれば生きるほど強くなるのですけど、なぜ同じくらいの強さに感じるのでしょうか。

 もしかすると研究肌の吸血鬼で、戦いはそこまで強くないのでしょうかね。


「この子がファムリードちゃんの言っていた、アオイちゃんってダンピールだよ。その後ろにいるのが、アオイちゃんの子でアリスちゃん」


 そう答えてくれたのは、真祖のリティさん。

 とてもフレンドリーですよね。


「なんでこんなところにいるんだ?」

「ファムリードちゃんが殺すとか言ってたでしょ? それでわざわざ会いに来てくれたんだよ」

「あたしが殺すと言ったのに会いに来たってことは、わざわざ殺されに来たのか?」

「直談判しにきたんだって」

「へぇ……」


 そう呟いた彼女から発する威圧感は、より一層強力になっていきます。

 白髪が揺らめき、目に見えるくらいの濃厚な魔力が身体を覆いました。


「お前はあたしが怖くないのか?」


 魔力が彼女の発する言葉に反応するかのように、ぶわっと広がります。

 でもやっぱりリリスさんと同じくらいに感じます。

 さて、彼女の質問にどう答えましょうか?

 でもそれよりもまず、聞きたい事が一つだけあります。



「正直に言いますけど、怖い怖くない以前に、なぜ水着なのですか? しかも浮き輪まで持って」



 そう、彼女はビキニの水着を着ているのです。

 青色で下にはパレオがついているタイプですね。

 しかしここは山頂です。今もかなり吹雪いております。

 この人、感覚が麻痺しているんじゃないですかね。


「そりゃ海を泳いできたからな」

「普通は船を使いませんか? それ以前に吸血鬼は海苦手ですよね」

「真祖たる者、弱点を克服せねばならないだろう」


 ああ、万が一動けなくなっても沈まないよう浮き輪も持っているのですか。

 この人、相当馬鹿ですね。


「まあ泳いできたのは良いのですけど、何で着替えなかったんですか」

「荷物は他に持ってこなかった。何しろ遠出するなんて二千年ぶりだし、すっかり着替えの事を忘れていたんだよ」

「ファムリードちゃん、前に来たときも水着の格好だったよね」

「そうだったか?」


 成長してませんね。

 しかしここは大陸の東です。魔大陸から来たのなら、この大陸を横断する必要があるのですけど、水着でこの人来たんですよね。

 何と言うか、浮世離れしている人ですね。


「で、お前は何をしにきたのだ? 死にたくないのであれば、さっさと帰ることだな」

「死にたくはありませんけど、真祖化の呪法って既に真祖のあなたに効果あるのかな、と思いまして」

「さあな。やってみればいいんじゃないか?」


 まあそりゃそうでしょうけど。

 それにしても気軽に言うんですね。真祖化の呪法って禁術扱いなのに。


「あとはそれを見学したいのもあります」

「なんだ、お前も真祖になりたいのか?」

「ダンピールがなれるものですかね」

「さあな。やってみればいいんじゃないか?」


 もし成功したら、青色の目に逆毛っぽい金髪の髪型になりそうです。

 でも私は特に真祖になりたいとは思いません。

 もしなれたら、今より遥かに強い力を得るのは間違いないでしょう。

 でも吸血鬼の弱点が効果半分になるダンピールのメリットもなくなります。

 せっかく銀の武器もあることですしね。


「アリスさんは真祖になりたいと思いますか?」


 ふと気になってアリスさんに尋ねてみました。

 何となくアリスさんは、力を追い求めている感じがしますし、もしかすると真祖になりたいのかも知れませんし。


「いいえ。私はアオイさんの血族かぞくですよ。もし真祖になってしまうと、アオイさんの血族ではなくなる気がします」


 でも彼女はあっさり否定してくれました。

 真祖ということは、吸血鬼の元となる存在です。

 もしアリスさんが真祖になってしまえば、私の子ではなく新しい血族の親になりますね。

 そんな私たちのやりとりを見ていた真祖ファムリードは、居てもいいが邪魔はするなよ、と念押しされました。


 そして彼女は小屋の中を見渡し、ベッドで視線がとまりました。


「ところでベッドの上に寝ているのはリリスか?」

「うん」

「リリス、早く起きろ。仕事だ」


 リリスさんは布団から手だけを出して、ひらひらと振りながら「ボクはこのまま寝ているから勝手にどうぞ」と言うと、そのまま布団の中へ再びもぐりこんでいきました。


「お前の魔力がいるんだよ。いいからさっさと来い」

「ヤダ。面倒。疲れる」

「はぁ……。リティ、リリスを連れて来い」

「ほらほら、はやく行かないとファムリードちゃんが切れちゃうよ」


 リティさんが布団を剥ぎ取って、寝ているリリスさんを無理やり起こしました。

 リリスさんは、まぶたをこすりながら欠伸してます。


「面倒だなぁ、外は寒いし。ボクは水着着てても寒くないような鈍感じゃないよ」

「リリスちゃんも水着になってみればいいじゃない。もしかすると、寒くないかもよ?」

「あたしのを貸してやるぞ」

「冗談! 男のボクがビキニなんて着れるわけがないよ」


 ……え? 今何と言いましたか?

 男、とか聞こえた気がします。


「お、おとこ?」


 黒い長い髪、吸血鬼の定番の赤い目、黒いローブに壁に立てかけている箒型の杖。

 どこからどうみても魔女ですよね。

 とても男には見えません。


「うん、リリスちゃんは男だよ」

「な、なんだってぇぇぇぇ?!」

「気がつかないよね、あの格好じゃ」


 そ、そういえば背負ったときやたらと胸がぺったんだったけど。

 本当に、男……だったんだ。

 でもなぜ女の格好なんかしているのでしょうか。

 いや似合っているけどさ!


「そんなものはどうでもいい。ほら行くぞ」

「確か封印を解くんだよね、しかも序列一位と二位がかけた封印を。面倒そう」

「ああ、あたしじゃ解けない。お前の馬鹿魔力で力づくで解くんだよ」


 そして真祖三人と私とアリスさんの五人は小屋の外へと出て行きました。

 それにしても封印ですか。


 完全版の真祖化には、とある宝具が必要らしいのです。

 序列三位の真祖ファムリードはその宝具を必死で探しましたが、結局見つからず、やむを得なく不完全版の呪法で真祖となりました。


 その宝具の名は、グレイルの聖杯。

 私の前世の世界では、キリストの血を入れた杯と伝わっていますよね。

 それがこの世界にもあるとは……。

 やはり前世の世界とこの世界は、何らかの関係があるかもです。


 そんな重要な宝具を、なぜこんな山頂に封じたのか不明です。

 普通なら自分の手元においておけば一番安全ですよね。

 何しろこの世界で魔人王を除けば最強の真祖ですし。

 ここに封じた理由は分かりませんが、その最強の真祖二人がかけた封印です。

 そうそう簡単に解けるとは思えません。


「そんな簡単に封印が解けるのですかね」

「そのためのリリスだ。こいつは魔力だけは魔人王に匹敵する奴だ。無理やりこじ開けるさ」

「そんな大量の魔力を放出して、この山崩れないのでしょうかね」

「別に崩れてもあたしには関係ない」

「いやいやダメでしょ! それ以前に山が崩れたら私たちの足場がなくなりますっ!」

「あ、そうだな。良く気がついた」


 それくらい気がついてくださいっ!

 本当にこの人、自力で真祖化の呪法を見つけた人なんですか?

 水着もそうですけど、どこか抜けているというか、真祖化の呪法以外に関しては無頓着というか。


「ここだな。リリスやってくれ」


 ファムリードが立ち止まった場所は、小屋からさほど離れていないところでした。

 でも周りを見ても足元を見ても、特に何もない。

 以前戦ったことのあるリッチが使っていた空間魔法と同じ類ですかね。


「はぁ……面倒」


 そう言いつつも、両手で持った杖を前に突き出すリリスさん。

 どう見ても女の子ですよね。

 彼女……もとい彼はほんの少し自分の魔力を杖に乗せただけで、目の前の空間が裂けていきました。

 こんなあっさり?!


「開けてるのも面倒だし、早く中へ入ってよ」

「よし、入るぞ」

「はーい」


 私たちが次々とその空間の裂け目から中へと入っていきます。

 そして最後にリリスさんが入ってくると、裂けていた部分が一瞬で修復されました。


 なるほど。

 今の状況は、例えるなら宝箱を隠した部屋を見つけて中に入ったただけのようです。

 強力な封印は、その宝箱自体にかかっていると言う事ですね。


 それを証明するかのように、私たちの前には三角錐の形をした透明な物の中に、金色に輝く杯が浮いています。


 うわ、これすごい魔力を感じる。

 この杯の中に、とある種族の血を入れて、契約儀式を行いながら飲むと真祖となるのですね。

 ちなみに不完全なやり方は、契約儀式を行っている時に強大な魔力を使って、ただの杯を聖杯と勘違いさせる方法らしいです。

 そのため契約は完成するけど、聖杯に継いでいない普通の血を飲むだけなので、本来の真祖よりも格段に力が落ちるとの事です。


 ちなみに、そのとある種族の血とは、真龍(エンシェントドラゴン)。


 この世界で最強と呼ばれるものは四種類存在します。

 吸血鬼の大本、真祖吸血鬼。

 不死アンデッド族の頂点に立つリッチの上位種、リッチロード。

 巨人族の頂点に立つタイタン。

 そして最後があらゆる魔獣の頂点に立つドラゴンの最上位種、真龍エンシェントドラゴン


 この四種類の中で、最も力を持っているのが真龍です。


 真祖吸血鬼とリッチロードは、共に人と呼ばれる種族から変わったものです。

 このため、人という種族が誕生した頃より昔には存在しません。

 特に吸血鬼は二万年前に誕生した若い種族です。

 また巨人族も人類とほぼ同じ時期に誕生しました。


 翻って魔獣は、人よりも遥かに古い歴史を持っているといわれています。

 それは数千万年という単位での昔です。


 そしてその頃から生きていると言われる真龍。


 そんな種族の血をどうやって手に入れたのか、とても不思議ですよね。

 しかも普通の人間が……。

 でもその最強の種族の血を取り込んで吸血鬼になるのですから、そりゃ強いですよね。

 しかもグレイルの聖杯に注いだ真龍の血です。

 でもそうなると真祖吸血鬼の大本は真龍ってことになりますね。

 私の中にも真龍の血が入っているのですかー。

 信じられません。



「これが聖杯か」


 聖杯の近くに寄るファムリード。

 感慨深そうに見ています。

 彼女からすれば一万五千年からの悲願ですしね。


「すっごく面倒な結界が張ってあるよ。これ本当に破るの?」

「ああ、リリス、頼んだ」

「多分これ破るにはボクの魔力殆どをつぎ込む必要あるよ?」

「魔力が無くなったらリティにおぶってもらえ」

「疲れるのは嫌なんだけどな。でも帰りは楽になるか」


 いや、あなた行きも私に九割以上背負って登ったでしょ?


「じゃあ少し離れていて」


 彼が再び杖を両手に持って三角錐の結界に向けました。




 本当にこの結界を破るなんて事できるのでしょうか。




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