第47話 猫娘と犬神憑き

「えっ! 守くんは犬神憑きなの?」

 河童の九助から、こそっと教えて貰う。珠子ちゃんは守くんの側に居ると落ち着かなかったのは、身体に犬神のクロがいたからだとわかった。

「普通の人間の子どもに犬神が憑くだなんて、珍しいなぁ」

 犬神は犬系の妖怪に憑くと思っていたと、珠子ちゃんは首を捻る。河童の九助も肩を竦める。

「守くんはクロが暴れて前の学校を辞めさせられたみたいや。ほんまに酷いよなぁ! クロは守くんが苛められてたから、それを助けようとしただけやのに」

 珠子ちゃんは、目の前の九助くんみたいにプールでクラスメイトの足を引っ張っても退学にならなかった月見が丘小学校みたいな学校は、日本中探してもないだろうと思った。

「九助くん! 今年のプールでは……」

 わかった! と頭をポリポリするので、珠子ちゃんはそれ以上は注意をしない。いつまでも失敗を言われたら、嫌だろうと思ったのだ。

「それより、守くん……休んでるね……まさか、犬神憑きだとバレたから学校に来にくいのかな?」

 お調子者の九助くんは、さあねぇ? とあてにならないので、ゴンギツネの銀次郎くんにも尋ねてみる。

「守くんは、達雄先生に強くなりたいと言ってたから、きっと明日は学校に来るよ!」

 なら、良いけどと珠子ちゃんは思ったが、次の日も守くんは学校を休んだ。


「田中先生、プリントを守くんの家に持っていきます」

 終わりの会で、プリントを受け取った珠子ちゃんは、小雪ちゃんと一緒に守くんの家に向かう。

「珠子ちゃんは、犬はあかんのやろ? なんやったら、私だけで持って行くで」

 髪の毛が少し立ちぎみの珠子ちゃんを心配そうに眺める。

「いや、私は守くんを避けてたんや! だから、謝らないとあかんねん」

 猫娘の珠子ちゃんは、犬神憑きの守くんとは相性は最悪だ。でも、ネズミ男の忠助くんは自分とも仲良くしてくれていると、珠子ちゃんは猛反省したのだ。


 犬飼動物病院の横手に勝手口がある。珠子ちゃんと小雪ちゃんは、ここが家の出入口かな? とインターホンをポチッと押す。

『はい! どちら様ですか?』

 守くんのお母さんの声に、小雪ちゃんはドキドキする。関西弁では無いので、ちょっと驚いたのだ。珠子ちゃんは級長なのだからと、返事をする。

『2組の米蔵です。守くんのプリントを持って来ました』

 綺麗で上品そうなお母さんが勝手口まで出てきた。小雪ちゃんは、珠子ちゃんの後ろに隠れる。

「守くんは……病気で休んでいるのですか?」

 プリントをお母さんに渡して帰っても良いのだが、珠子ちゃんは勇気を振り絞って尋ねた。

「守は、体調を崩して……」

 お母さんは、珠子ちゃんとその後の女の子が犬神憑きだと知っているのではと口ごもる。

「ワン! ワン! ワン!」

 珠子ちゃんは守くんに謝ろうと思って来たが、突然クロが玄関から勝手口に勢いよく走り出たので驚いてしまった。パッと勝手口の門柱に飛び上がる。

「こら! クロ! 珠子ちゃんは犬が苦手なんだよ。小雪ちゃんも、恐がらなくても良いからね」

 守くんはパジャマ姿でクロを捕まえる。

「守くん! 病気だったんやね! 良かった! いや、良くはないけど……早よぉ、元気になってね!」

 お母さんは、目の前のちょっと猫目の女の子が、普通の子どもでは無いのに気づいた。だから、病気で良かった! と言われても、クスクス笑う。

「守も明日は学校に行けるでしょう。珠子ちゃんも小雪ちゃんも上がっていってね」

 珠子ちゃんも普段は病気で休んだクラスメイトの家にあがったりはしない。けど、今回は謝ろうと思っていたので、好都合だと上がらせて貰う。


「あんなぁ、私は守くんの秘密をしってんねん。それで、謝らないとあかんと思うてん。ごめんなぁ、これからはクロを避けんようにするわ」

 守くんは、珠子ちゃんが苦手な犬神憑きの自分と仲良くしようと謝りに来てくれたのに感動した。

「珠子ちゃん! これからも仲良くしてね」

 小雪ちゃんは、邪魔ではと帰ろうとしたが二人に引き止められる。

「小雪ちゃんも仲良くして欲しいよ」

「そや! 小雪ちゃんは、私の親友やもん」

 守くんのお母さんは、部屋から聞こえてくる楽しそうな話し声にホッとする。前の学校を辞めてから、ずっと心配していたのだ。

「だから、月見が丘小学校なら、守も大丈夫だと言っただろ」

 動物病院から、守の同級生が訪ねて来たのを見たお父さんが家の方にやってきて、お母さんが涙ぐんでいるのを笑った。

「ええ、守も落ちついて勉強できそうですわ」

 月見が丘小学校を卒業したお父さんは、落ちついて勉強できるかはわからないが、楽しく通えるだろうと頷いた。お父さんの同級生には、妖怪がいっぱいいたし、その当時は人間社会に慣れていなかったので、毎日が妖怪大戦争みたいだったのだ。


「なぁ? 変な質問やけど……答えたくなかったら答えんでええけど、何で犬神が人間の守くんに憑いたん?」

 珠子ちゃんは、聞きたかったと尋ねる。

「クロが犬神だとは知らなかったんだ。小学校にあがる春休みに、山にキャンプへ行った時、死にかけていた子犬を拾ったら、犬神だったんだ」

 珠子ちゃんは、我慢してクロに尋ねてみる。

「クロ? あんたは学校に通いたくない? あんたは妖怪じゃ無いけど、未だ若いなら勉強せんとあかんよ! ずっと守くんの身体に憑いたままじゃ困るやろ?」

 クロは真剣に珠子ちゃんの顔を眺めていたが、どうやら人間の形にはなれないみたいだ。悲しそうにキュウンと鳴く。

「お母ちゃんに犬系の妖怪を探して貰おうか? 普通は犬神は犬系の妖怪に憑くんや」

 守くんは、クロが居たので前の学校を辞めることになったのだ。でも、別れるのが辛いと、首を横に振る。

「珠子ちゃん、あの時、僕がクロを見つけたのは何かの縁だと思うんだ。だから、僕はクロと離れないよ。でも、犬系の妖怪にクロが人間に変身できる遣り方は教えて貰いたいな。一緒に学校に通いたいから!」

 珠子ちゃんは、お母ちゃんに聞いとくと笑う。

「病気なのに長居してしまいました」

 守くんのお母さんは、ペコリと頭を下げる珠子ちゃんと小雪ちゃんに、これからも遊びに来て下さいと見送った。

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