第38話 学芸会!

 1年1組の学芸会は、芸才豊かな子ども達の活躍の場になった。三学期のメインイベントでもあるし、1年生の成長を保護者にも披露する場でもある。


「今日は、お母ちゃんとお父ちゃんの二人とも来るんや!」

 珍しく素直に喜びを口にした天の邪鬼の孫の良くんだったが、周りの子ども達は天の邪鬼の娘が学芸会に来るのかとビクビクする。

 三羽烏の孫の旭くんは、同じ町内に住んでいるので、どれほど天の邪鬼か親から聞かされていた。

「良くんが主役やないの、ちゃんと親に言うたんやろなぁ」

『北風と太陽』の旅人役をする旭くんは、数名でする北風役の良くんに確認する。文句をつけらるのは御免だからだ。

「言うてるよ! 多分、お母ちゃんは、僕が主役なら見に来へんわ」

 孫の良くんも天の邪鬼だが、娘のお母ちゃんの方がより酷いのだ。旭くんは、ちゃんと納得しているなら良いけどと胸を撫で下ろす。

 昼からの学芸会の為に、午前中も子ども達は集中力にかけていたが、その分大人しかったので授業は進んだ。鈴子先生は、活気の無い授業の方がスムーズなのに複雑な気持ちになる。

『活気ある授業で、進度もキープしなくてはいけないのよ。これは来年の目標だわ』

 後1ヶ月で可愛い子ども達とお別れなのだと思うと、泣きたくなる鈴子先生だが、給食をさっさと食べさせて学芸会の準備をしなくてはいけないのだ。小学校の先生はとても忙がしくて、泣き女の本性のままに泣いているわけにはいかない。


「あっ、うちのお母ちゃんや!」

 掃除を済ませ、机を廊下に運び出し、椅子を教室の後ろに並べる。両親とも来る家庭もあるので、子どもの椅子だけでは足らないので折り畳み椅子も用意する。それで足りない場合は、立ち見しかないと鈴子先生は諦める。

 前の黒板には鈴子先生がプログラムを書き、子ども達が花やロケットなどの絵を書いた。図工の時間につくった花飾りや色紙の鎖が、学芸会の楽しそうな雰囲気を盛り上げている。劇の『北風と太陽』の頭に付けるお面も、子ども達が自分で作ったのだ。

 廊下では、子ども達が劇の衣装に着替えている。

「わぁ! 旭くん、そのマント格好良いなぁ!」

 三羽烏のお祖父ちゃんの黒いマントを借りて、旭くんは旅人になりきる。仲の良い黒羽根の孫の隼人くんと、青火の孫の克己くんもそれぞれ親やお祖父さんのコートやマントを借りてきている。

 北風役の男の子達は、青いビニール袋の穴に頭を通すと、頭に風の絵を書いたお面を被る。女の子達は北風に飛ばされる色とりどりの落ち葉役だ。オレンジやキイロのビニール袋を着て、頭には綺麗な葉っぱの仮面を被る。太陽役はだいだらぼっちの大介くんだと塗り壁の孫の堅固くんだ。二人は、何枚かのオレンジ色のビニール袋を繋いだ衣装を着て、存在感は抜群だ。


「さぁ、学芸会を始めますよ。もし台詞を忘れても、慌てないでね。先生が教えてあげますから」

 廊下の窓から、教室の半分にいっぱいの親達が見えて、子ども達は緊張した顔をしている。鈴子先生は、少しでもリラックスしてくれるようにと言ったのだが「台詞を忘れたらどうしよう?」とパニックに陥る子ども達も出てきた。

「皆、あれだけ練習したんやから大丈夫や! それに、何人かでやる役ばかりやから、失敗しても平気や!」

 級長の珠子ちゃんの言葉で、皆が落ち着くのを見て、ホッとすると同時に、鈴子先生は自分ももっと子ども達に信頼されるようにならなくてはと反省する。


 1年1組の学芸会での劇『北風と太陽』は、天の邪鬼のお母ちゃんも拍手するできだった。三羽烏達の旅人は演技も達者だったし、大介くんと堅固くんの二人の太陽はどっしりしていた。北風役の男の子達は、詰まらずに次々と台詞を言った。枯れ葉役の女の子達の躍りはとてもチャーミングだったので、写真がバチバチ取られた。

「あんた、ちゃんと撮ってね!」

 ロッキー山脈から帰ってきた雪男も、雪女の指示に従ってクラス全員の写真を撮る。1年1組の記念に、冊子を作って配る予定なのだ。


「すごく上手でしたよ! では、早く着替えて、合奏の準備をしましょう」

 着替えると言っても、頭のお面を取り、ポリ袋を脱ぐだけだ。その間、保護者達は自分の子どもや、相手の子どもを褒めて過ごしていた。

「鈴子先生は、とても良い演出家になれるなぁ」

 ニューヨークで舞台演出をしたことがある猫男は、そう褒める。猫おばさんは、冬の間、家にいるのは、コタツがあるからでは? と疑惑の目を向けている。

「また、何処かへ行くつもりでっか?」

 まさか! と笑うが、髪の毛が一本立っているので、嘘だとわかる。しかし、猫おばさんは『亭主、元気で留守が良い』と呟いた。ずっと家に居られるのも、窮屈に感じる。猫系の女も気儘なのだ。


 子ども達の合奏と、合唱も上出来だったので、鈴子先生はホッと胸を撫で下ろす。親達と帰っていく子ども達を見送ると、やっと我慢していた涙を存分に流した。

「とても上手にできたわ……シクシク……運動会のダンスはあれほど苦労したのに……とても成長して……シクシク……もうすぐお別れなのね……シクシク……」

 泣き女の泣き声に、首斬り男の達雄先生は呼び寄せられる。

「そんなに泣いてはいけないでござるよ。これからも、子ども達の先生なのでござるから」

 手ぬぐいを受けとると、鈴子先生は涙を拭いて、微笑んだ。その笑顔がとても美しくて、達雄先生は胸を撃ち抜かれてしまう。

 1年1組の教室には少し早めの春が訪れた。鈴子先生と達雄先生の間に、ピンクのハートが飛ぶ。

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