第37話 一月は行く? 二月は逃げる?

「本当に三学期は忙しないですわねぇ。校長先生の訓辞ではないですが、あっという間に終わっちゃいそうやわ」

「この前、お正月やったのに、もう二月! 鈴子先生、ちゃっちゃと授業を進めないと二月はあっという間に逃げちゃいますよ。それに、学芸会の準備もしなくてはね!」

 ベテラン先生に発破をかけられた鈴子先生は、二学期の二の舞にならないようにと気を引き締める。11月の後半から12月の始めにかけて、テストばかりになったのだ。

「わかっています」と言うが、やはり2組や3組より進度が遅れがちだ。

「学芸会の出し物は決まりましたか?」

「はい、もちろん! 『北風と太陽』にしました」

 もう、鈴子先生も新米ではないのだ。三学期のメイン行事の学芸会の出し物も決めているし、配役もばっちりだ。2組と3組のベテラン先生は、これなら安心だと自分のクラスの準備に取りかかる。


 職員室では高学年の担任などは、卒業式の準備に取りかかっているし、年度末の慌ただしさが満ちている。

「2年生のクラス編成も考えなくてはねぇ。余裕を持って春休みになりたいですわねぇ」

 当たり前のことだが、1年1組の皆とは3月でお別れなのだ。涙が溢れそうになった鈴子先生だが、2年生になるまでに教えなくてはいけないことが残っている。泣いているわけにはいかないと、ハンカチで目を押さえる。

「鈴子先生もしっかりしてきましたなぁ」

 ぽんぽこ狸の田畑校長は、機嫌良さそうに腹鼓を打った。


「なぁ、2年生になったら、普通の人間の子ども達と一緒のクラスになるんやでなぁ? そしたら、皆とはバラバラになるってことか!」

 今ごろになって、河童の九助くんが騒ぎだす。

「もう二月になるから、あと2ヶ月だけや!」

 ゴンギツネの銀次郎くんは、悲しさのあまり出していた耳も垂れてしまう。

「ほら、銀次郎くん! しっかりせな、あかんで! 2年生になって、尻尾や耳を出してたら、他のクラスメイトがびっくりするで」

 珠子ちゃんは、級長として注意をするのも後少しだと気合いを入れる。

「普通の子どもと仲良くできるかなぁ?」

 女の子は、少し不安に感じている。人とは違う子は虐められたり、無視されたりすると、テレビで聞いていたからだ。人と違うどころか、妖怪だったり、妖怪の血を引いているのだから、虐められるのではないかと考えてしまう。

「もし、虐められたら俺に言うんだぞぉ」

 だいだらぼっちの大介くんに、そう言って貰えると安心だ。


 鈴子先生は、学芸会の練習をさせながら、1年1組の子ども達は才能が豊かだと感嘆する。のびのびと劇や合奏の練習をしている子ども達が2年生になっても、良い面を伸ばしていってくれるようにと願う。

『その為には厳しく指導しなくてはいけないわね!』

 演奏に夢中になった銀次郎くんが耳を出しているのに苦笑する。1年1組は、勉強だけでなく、人間の社会に溶け込む訓練もする特別学級なのだ。

「銀次郎くん、耳が出てますよ」

 前は注意をされると、慌てて尻尾をだしたりしていた銀次郎も、少し成長してスッと耳を引っ込める。


「二月は、本当にあっという間に終わってしまいますね」

 鈴子先生は、達雄先生に体育の成績の付け方を教えながら溜め息をつく。山田先生は、新しい学校に挨拶に行ったり、週末は実家で親の介護をしたりで、忙しくて一度しか説明する時間が取れなかったのだ。

「鈴子先生は、学芸会の指導でお忙しいのに、お手数をお掛けして申し訳ないでござる」

 高学年の体育を評価するのだが、1クラスを見るのではなく、数クラス分になるので、早くから用意しておかないといけないのだ。

「月見が丘小学校には、特殊な能力を持つ生徒も多いですから、評価するのも大変ですね」

 体育の専任教師を置くのも、その特殊な能力を持つ生徒を、普通の小学校の教師では指導できないからだ。低学年のうちは、先生に素直に従うが、高学年になると人間には太刀打ちできない運動神経を持つ子もいる。

「体育の各項目で、よくできる、できる、努力がいるをつけるのだと、山田先生に指導して貰ったのではござるが……評価の基準が曖昧な物もあるので、困っているのでござる」

 鈴子先生も学習面よりも生活面の評価の方がつけにくいので、達雄先生が悩むのは理解できた。やる気や、努力など、目に見えない物を評価するのは困難なのだ。

「まだ一月、二月しか指導してないのですもの、子ども達の性格も把握できてないでしょうし……」

 二人で仲良く評価の仕方を話しているのを、他の先生達は微笑ましく眺めていた。

 

 

 


 

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