第2話

 マーパールの玄関口、港街メルベナ――ここから伸びる

中央路を北に進むと、島唯一の学校ラ・ホーイック学院が

ある。

 鉱物の採掘から発展したこの島は、鉱山から古代の遺跡

通じる洞穴が発掘されて以降、高名な学者達が集まる場所

となった。島の領主であったトラメス子爵は、


『ただ識者を集めるだけでは、もったいない』


 と考え、この学院を設立に至った。識者等の来訪と定住と

共にそれを支える出資者も居を構え、産業らしい産業が廃坑

寸前の鉱山の開拓しか無かった島全体が活気に溢れてきた。

加えて、遺跡発掘が進むにつれ、坑道の奥から人を襲う怪物

が出てくる事がわかると、傭兵を生業とする人間の溜り場も

でき、取引の為の商人も集まってきたのだ。


「……で、あるからして、鉱山の開拓、マーパールの歴史、

繁栄は子爵とその資本貢献が大であります。皆さんはそれを

旨として、学ばないといけません」


 そのラ・ホーイック学院の学び舎の一室――白髪の老人

教授の声が響きわたる。開いた書を片手に教壇の前を歩く

老人に教室にあつまった学生達は注目して――

 

「うん、ガー!」

「ズィズ……」


 ――一部を除く学生を除いて注目ていた。

 教室の1番後ろの席でうつ伏せに寝ているゾット、椅子

の背もたれに全てを預けて、口を大きくあけているロイに、

教授は視線を向けた。


(誰か起こせよ)

(というか、何で鍛冶屋の倅がここにきてるんだ?)

(それをいうのならもう1人は、薬売りの半巨人族だぞ)

(これで補講とかになったらたまらん)

(でもなぁ……)


 ざわざわと小さな声はあがれど、それ以上に言葉が続か

ない。机に被さるように寝ているゾットを横からつつくも

のはいるが、愛用の戦鎚を抱えたまま、居眠りをしている

ロイに声をかける勇気のあるものはいなかった。

(アレが怖いのはわかるけど)

 怯えるように顔を合わせて射る回りの学生と違い、寝て

いる二人に視線を向けた青年――整えた金髪、それに合わ

せたような豪華な刺繍で彩られた制服が室内でも良く目立

つ。クビにかけている茶色いスカーフの紋から、港街で有

数商会『ランバーハット』の縁のものという事がわかる。

 ロイの少し前に座っていた青年は、ゆっくりと立ち上が

ると、二人に近づこうとした。


 キーン コーン カーン コーン

 

 そうしたところで、終業の鐘が鳴り響く。その音が流れ

た瞬間、机に突っ伏していたゾットと、大きな口を空けて

寝ていたロイは目を見開いて立ち上がった。

 「よーし、今日の必須座学終わりっ」

 「さぁーって、学食いくか」

 凝視する回りの学生を意にも返さず、ゾットは机立てか

けていた剣の収まった鞘のベルトを肩に下げ、ロイは抱え

ていた戦鎚を片手に持ち直すと、どたどたと靴音を大きく

たてながら教壇の方に向かっていく。

 進行方向には睨みつけていた教授が立ち塞がっていた。


 (おいおい)

 (居眠りの上に、なんて事いってるんだ)

 

 「まずい」

 教授に近づくにつれ、学生達の顔が険しくなっていき、

教室内の雰囲気も凍り付いてくる。誰もが動けないと思っ

た中、金髪の青年だけが彼等の後ろを追いかけていた。

 「うんじゃ、教授またな!」

 「お疲れした」

 ゾットとロイが教授の目の前を通り過ぎて、扉をバンッ

っと開いて、教室から出ていく。その行動に、教授からの

一喝が起こるかと思ったのだが、笑顔で手を振るだけで、

咎める事さえしなかった。

 (おいおい)

 唖然と見送っていた室内の学生達であったが、金髪の青

年は、教授の目の前までくると、扉向こうに去っていく二

人の後姿を指差した。

 「教授、何で注意しないんですか?真面目に授業を聞い

ている人にはいい迷惑ですよ」

 熱はおびているが、あくまで丁寧な口調で訴える金髪の

青年言葉に短く頷くと、教授は視線をこちらに向けた。

 「お、ホン……座学はとても貴重なものです。ですが、

それ以外で得るものも大きいのですよ」

 「何を仰ってるか理解ができないのですが」

 抽象的な表現で逃げられた?と思った金髪の青年は、白

髪の教授に言葉を投げかける。

 「ふむ」

 首から揺れる、『ランバーハット』商会の紋が入った

スカーフが目に入ると教壇にあった本をまとめながら、

教授はほほっと笑った。

 「今年から飛び級できた英才と名高い、噂の商会の次

男坊さんか」

 「ソロ・ランバーハットです」

 ソロはそういうなり、スカーフに手をあてる。

 「自分でいうのは何ですが、この学校での成績は自分

で修めたもので、商会は関係ありません」

 「そうですね。商会は関係はないでしょうし、あなた

のように才能のある人間にとっては、彼等は存在事態が

理解できないかもしれませんね」

 すでに後姿さえ見えなくなった扉の向こうをみる。

 「ここを学びの場としたならば、いずれ彼等の力を借

りる事もあるかもしれません。外面だけで、判断しては

いけませんよ」

 教授はそういうなり、室内にいる学生に会釈をすると

扉の向こう側に足をすすめた。

 「わからん」

 ぼそっとソロが呟くと、左肩に手をおくものがいた。

 「あの二人が、『噂』の『卒業させ屋』らしいよ?」

 「『卒業させ屋』?」

 声のする方向を見ると、長く伸びた髪の毛で、顔半分

がうまっている。その半分の顔から見える釣り上がった

瞳には強い意思を感じさせるが、口元の緩み具合がそれ

に釣り合わない。

 「オール成績『A』のソロ君には、縁の無いやつらか

もしれないけどさ」

 と前置きをした上で、身に付けていたマントをひるが

 えす。

 「あいつ等がいないとこの学校は、成り立たないらし

いぜ?まぁ、このシドにも関係ない奴等なんだが。それ

より話があるんだけど――」

 「成り立たないって」

 シドと名乗った青年?の言葉を無視して、ソロは考え

込んだ。

 (確か)

 教授も変な事をいっていた。それが彼等の授業の態度

と何の関係があるのだろうか?ソロは首を傾げる。

 「この学校の卒業試験知ってるだろ?怪物が出るよう

になった坑道での実践調査――好成績で免除な俺達には

関係ないけどさ、それに関わってるって噂なんだよ。あ

いつ等。まぁ、俺達には関係話なんだけどさ」

 繰り返し言うシドに、ソロは視線をはじめて向ける。

 「――でな、ソロ君。俺と組まないか?俺も実践調査

免除候補に入ってるはずなんだけど、苦手科目で微妙な

ラインなんだよね。飛び級エリートのソロ君と、『卒業

させ屋』がいるとずいぶん卒業試験が楽になるらしい」

 長々と何か喋っているようだったが、ソロにシドの言

葉は届いていなかった。ただ、教授の態度とシドが言っ

た『卒業させ屋』という言葉だけが、耳に残っている。

 「うん――『卒業させ屋』か」

 「おお、力貸し手くれるのか!あと、坑道の事で聞き

た事がある……」

 頷いたかと思ったシドは、ソロの方に詰め寄る。

 「――あんた、誰?」

 「!?」

 まるで興味がなさそうにソロが答えると、シドは

再度マントをひるがえして胸をはった。

 「……最高の成績で卒業予定!!永遠の『宿敵』

シド・ケリオを忘れたのか!?」

 「知らない」

 「俺は、知ってる……知ってるぞ!!!このシド・

ケリオに知らない事はないぃぃ!!」

 大声で叫ぶシドという青年をソロは、訝しげな表情

を向ける。シドは、まったくそれに気がつかないよう

に言葉を続けた。

「……ソロ・ランバーハット。歳17才。父親の名前

は、ヘメイル――ランバーハット商会の店主だ。兄の

ヴェイは『大陸』に留学中、姉カーリア、妹エステラ

の四人兄妹。入学時の判定師の判定は全て『A』……」

 などなど、ソロの好物、通学までの時間、講義の時

どの席に座るかなど延々と言葉を続ける。半分以上聞

き流していたが、最後に、

 「どうだ!?、我がライバル!!」

 と、ビシッと指先を向けるが、ソロは彼が言い終わ

るのを見ると、

 「あんたシドって……言うのか」

 言葉短く答えた。

 

 キーン コーン カーン コーン

 

 始業の鐘の音が流れた。それを聞いたソロは、自分の

席に足を向ける。

 「そういえば、午後は……」

 「聞き流すな!つったく!お前よりも良い成績収めて

る『魔法力学』の講義だぜ!それよりだな、坑道の奥の

遺跡の事なんだが……」

 「あいつ等は、この講義受けないのかな」

 「……だから、!あんな貧相なやつ等に、魔法判定士

の知り合いがいるとでも思ってるのか?」

 魔法力学とは、その名の通り魔法を使う為にの学問で

ある。魔法の素質をもったものなら誰でも受けられるの

だが、『魔法判定士』より、正式な判定が必要であった。

講義事態も高額だが、『魔法判定士』の判定基準も厳し

く、『C』以上の判定をもらわないと講義を受ける資格

が無い上に、授業料も特別高額な上なので、一般の人間

には縁の無い学問といえた。

 「この学校で『A+』の判定を受けたのは俺だけだか

らな!」

 シドが鼻息荒く答えるが、ソロはそれに気をかける事

もなく、右手の中指と、親指をすり合わせて音を鳴らす。

 「どうしました?おぼっ……ソロ様」

 いつの間にかシドとソロの間に、礼服を身にまとった

老人が立っている。片眼鏡から覗く眼光は鋭く光ってい

たが、ソロの顔が写ると満面の笑顔となった。

 「サイタンすまながいが、あの『卒業させ屋』につい

て、調べてくれないか?」

 「おぼ……ソロ様が、関わるような人物とは思えませ

んが?」

 切り揃えられた顎鬚に手を指をあてながら、サイタン

と呼ばれた老人は言葉を返すが、ソロはそれ以上言葉を

発しないところ察すると、深々と頭を下げると、教室か

ら足早に去っていった。

 「お前の執事?何んだ!?って、俺の言ってる事聞い

てる!?」

 いつの間にか現れて、去っていったサイタンに驚きを

隠せないシドであったが、ソロはまったく意を返してい

ない。

 (これから、面白くなりそうだ)

 何か高揚するものを抑えながら、心の中で短く呟いた。

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Rune World ~ターニングポイント~ あきたしょうじ @Shoji_Akita

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