第51話

「ねぇねぇ、これなんてどーかな? ピースちゃんにとっても似合いそう……あ、これも着てみて!」




 なんとも楽しそうにアレコレ水着を選んでは、わたくしへと渡すリズムさん。


 最後に渡された青い水着を見て、わたくし思わず赤面しちゃいましたの。


 なんですのこれ……もはやただの紐じゃありませんのっ!




「きゃはっ! 真っ赤になっちゃってかわいいーなー。いいじゃん、いいじゃん。超いいじゃん! ウブなところもキュンキュンするけどぉ~……。でもさ、せっかくそんな良いカラダしてるんだから、マイクロビキニの一つや二つ着ないともったいないよぉ? 似合う人なんて限られてるんだからさぁー」


「……あ、貴女ねぇ。セクハラもいい加減にしてくださいましっ! わたくしを無理やりこんなところに連れ込んで、一体なにが目的なんですのっ!?」




 渡された水着を在庫入れのダンボールに戻して睨むわたくしに、




「やーん! ちょべり怖~いっ。そんなおっかない顔で見られたら……リズムン、泣いちゃうかもぉ。え~ん、シクシク」


「…………」




 そう。


 今わたくし達が居るこの場所はショッピングモールの地下1階の狭い倉庫……薄暗い密室の中でわたくし達は二人っきりですの。


 モールの中へと強引に引っ張られたと思いましたら、いきなり視界が一転。気付けばこの息苦しい倉庫の中に立っていましたの。扉もガッチリ閉じられていて開きませんし……。


 おそらくリズムさんの『瞬間移動』がわたくしにも作用したのでしょうが――




「考えてる顔も可愛いねっ、ピースちゃん。モテるでしょ、学校の男の子たちとか先生とかにさ」




 気付けば、リズムさんがわたくしの前に座っていましたわ。


 両手を頬に添えて笑顔で見上げている彼女に、ふかーいため息をついちゃいましたの。




「はぁ……。なんなんですの、もうっ」




 さっきからずっとこんな調子ですわ。 


 訊ねても怒っても、どこ吹く風。飄々とした態度ですぐに話を変えちゃいますの。一体何を考えてるのかさっぱりですわ。


 疲れたので、わたくしも一緒に座りますの。




「おあいにく様ですが、わたくしの学校には殿方は誰一人もいませんの。先生もみんな女性ですわ」


「えっ、それ本当!? ちょべり素敵じゃん! あれか、えーっと……お嬢様学校ってやつ?」


「そんなところですわね」


「いいな、いいなーっ! なーんちて、リズムちゃんのところも実はお嬢様学校だったのでしたーっ!」




 テヘペロッ! とか言いながら舌を出してウィンクするリズムさんに、




「知っていますの。その派手な制服、いおさんと同じ大宮女学院中学校の生徒でしょう。ていうか、貴女普段からそのノリなんですの? プリティさんも大変ですわねぇ……」




 と。呆れて肩をすくめたときですわ。




「シッ、ちょっと待って……何か聞こえない?」


「……へ? き、聞こえるって何がですの?」




 突然真面目な顔になって扉に耳を寄せるリズムさん。




「なんで? どうして気付かれてるの……? やっぱりプリティちゃんの言った通り、他にもセブンスが――」


「さっきからぶつぶつ何を言っていますの!? ちょっとはわたくしにも説明してくださいましっ」


「来るっ……! ごめん、ちょっと乱暴にしちゃうかもっ!」




 彼女はわたくしのケープをぐいっと掴むと、




「リズムン、のりのりエスケ~プ。イッちゃお、飛んじゃお、テレポッポっ!」




 リズムさんの妙に可愛らしい掛け声と共に、視界が暗転。そしてすぐさま開けましたの。


 こ、ここは……駐車場、ですの?


 赤く照らされただだっ広い駐車場――と言っても、車が一つもありませんわ。


 それに、なんだかとっても血なまぐさい匂いがしますの。




「な、なんですの? なんだか怖いですわ……」




 ぎゅっとリズムさんの腰にしがみついていますと、




「きゃあっ!?」




 いきなり足を引っ張られましたの。


 冷たくてねっとりとした感触におそるおそる振り返ってみますと――




「ぞ、ぞぞ、ゾンビさんですのーっ!?」




 そこには顔はただれ、体は腐った青白い死体……まごうことなきゾンビさんですわ!


 「あ~、あ~」と言いながら這いずってわたくしの足を掴むそれに、わたくし涙目で足をぶんぶん振りましたの!




「大丈夫、低レベルだから力は弱いよ。STR20も無いし。HPも軒並み50ポイント以下。それよりも、数が問題かもねぇ~」


「ど、どうしてそんなに詳しいステータスが分かるんですの? もしかしてアイランドにはリズムさんたちが潜ったときと同じ敵が出るんですの?」


「あ~……。まったく同じ敵、同じ迷宮は無いかな。アイランドやテーマパークみたいなある程度のステージ傾向は決まってるみたいだけどね。この迷宮は選ばれた人次第でクリアの仕方が変わっちゃうみたいなんだよねぇ~。脳筋ごり押しで攻略出来れば楽なんだけどぉ。ましてや……『ピースちゃんの迷宮』だから、第一層とは言っても単純じゃないからきっついんだよなぁ」


「は、はぁ……よく分かりませんの」




 ぺろっと舌なめずりをしてぼやくリズムさんですが、いくらか緊張しているようですの。


 第三層をクリアした方だから一層なんて余裕そうなものですが……。




「じゃあ、どうして敵のステータスが?」


「……なぁんでそこでとぼけるのかなぁ。ピースちゃんも『この眼』を使ったハズだよねぇ~?」




 訝しそうにわたくしへと視線を向けるリズムさん。


 黄緑色に輝く瞳――セブンス・アイ。 




「もしかしてそれでステータスを見ることが……ひぇっ!?」




 突如としてあちこちに魔法陣が浮かび上がってきましたわ!


 そこからゾンビさんが召喚されてきますの……何十、いえ、何百体も出てきましたのっ。


 手を前方に向けてわたくし達へとゆっくり歩いてくるゾンビさん集団。


 ひえーん、勘弁してくださいまし~っ!




「ちょべりばーっ、数が多すぎるって、マジで! ピースちゃんも戦って欲しいなって!」




 魔法使いさんなのでしょう、手の平から炎の球を投げてばったばったとゾンビさんをなぎ払うリズムさんに、




「せ、僭越ながらわたくし、ゾンビさんがちっちゃい頃からとても苦手で……み、見るのもダメなんですの」


「苦手――ああそっか、そういうことか。だから、低レベルのゾンビちゃんがギルティメイズなのにこんなに出てくるわけね」


「こ、こ、来ないでくださいまし……」




 斧を構えつつもブルブル震えているわたくしの肩に手をぽんっと置くリズムさん。




「いやはやー。ゾンビちゃんが苦手なんて、可愛らしいお嬢様だねー。本当かどうかは置いといて……ま、時間もだいぶ稼げたし、いいや。よ~しっ、一階に飛んでみんなと合流しちゃお、そうしちゃお! リズム~ン、テレポッポっ」




 リズムさんがヘンテコなポーズをとった次の瞬間、またまた視界が暗転しちゃいましたの。

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