第28話

「あれですわね……。すごい人だかりですわ」


 最初の街――リバランカを出て、北へ真っ直ぐ行ったところですぐに集落は見つかりましたわ。

 序盤クエストだからかミノタウロスを狩っている方たちでいっぱいですの。


「こりゃ倒さなくてもどさくさに紛れてアンチコンフュをゲット出来そうですわね」


 でも、念のため。

 視界の下部にあるアイテムスロットへポーションなどをセットしときますわ。


「のんのん。フィールドだけじゃねーですよ。奥は小さなダンジョンになってるですぅ」

「ダンジョンということは、一人ソロ他の人と遊ぶかマルチ選べるんですっけ……。っと、そろそろミノさんの策敵範囲内ですわね」


 淡く橙色に光る巨大な鉄斧。美しいフォルムのビートアックスを装備しますの。

 やあんっ! やっぱり斧はしっくり来ますわねぇ。

 たしか、この斧はユニーク固有スキルが二つあるんですわよね……。

 ミラコンでスキルの詳細を見つつ片手でブンブン振り回していますと、


「ですぅ。あ、大事な武器はロックしておいたほうがいいですよぅ?」

「ロック? ああ、武器の横にチェックボタンがありましたの。これですわね」

 

 タッチしたのですが、あまり変わっていませんわよ?


「ロックされると持ち主の手から放れても、手を伸ばして念じるだけでその手へ舞い戻ってくるんですぅ」

「まあまあ。それはとても便利ですわね。……あら? ミノさんに見つかったみたいですわ」


 集落から離れた一匹がわたくしを見つけたみたいです。赤い筋肉質の肌に、巨大な両刃斧を手に持っていますの。

 ミノタウロス――牛が立ち上がったような厳つい姿で、攻撃力の高さや致命率の高さが突出しているモンスターですわ。


「ロック機能ですかぁ……。では、さっそく試してみますのっ」


 鼻息荒くしてわたくしへと猪突猛進してくるミノさんの足に向かって、


「うおぉおおりゃあああ!」


 体全体をバネにして投擲とうてきしてやりますの。

 ザンッ! と小気味良い音を立ててミノさんの左足が宙に舞いましたわ。


「ブフッ!?」

「まだまだ、ですのよ!」


 突然ももから下を失い、バランスの崩れたミノタウロスの前へと駆け寄りますの。

 片足でもひるまずに斧を両手で持ち上げてわたくしを睨み付けるその雄雄しきお姿、とってもゾクゾクしますわ――ですが。


「うふっ……来なさいまし、ビートアックス」


 もう片方の足に向かって手を伸ばしたとき。


「グォオオオッ!!」


 ブーメランよろしく舞い戻ってきた斧によって無残にも両足無くなってしまいましたわ。

 足を失ったら倒れるしかありませんが……相手が脳筋な凶暴モンスターだったとしても、わたくしとっても慈悲深いんですの。

 ビートをキャッチせずに、


「ほぉら、斧さんこちら。手の鳴るほうへ……ですわぁ!」


 牛さんが地に落ちるより前に即座に大跳躍。

 空中で怯えるミノさんと目が合いましたの。

 そんな目をしないでくださいまし……すぐに楽にしてさしあげますわ。


「……ごきげんよう、ミノタウロスさん」

 

 ムーンサルトの軌道を描きながら手を差し出した次の瞬間、斧がわたくしの手に戻ると同時にミノさんの首が空を舞いましたの。


 ……あらあら。レベルアップの音が聞こえてきましたが、浮かれている場合じゃありませんわね。


「マ、ママ! そんなにヘイト敵視を稼ぐ動きをしちゃったら危ねーですよぅ!」


 シャノンが青ざめた顔で前を指しますの。

 気付いておりますわよ……地面を揺らしながら大量のミノタウロスがわたくしへと向かって走ってくるんですもの。


「くくっ、やっぱ低レベルんときはおもしれェですわぁ……」


 数は二十匹程度。

 首をコキコキ鳴らして、もう一度――今度はもっと力強くビートアックスを投げてやりますの。

 

「ひゃっ!? な、なあに今の斧?」

「こわ~……。PKエリアだったらやられてたわよ」

「ねえねえ、私の首繋がってる? だ、大丈夫だよね?」


 心配しなくとも、フィールドでは他のプレイヤーに攻撃は当たらないですわ。

 だから、思い切ってやれますの……!

 一回の投擲で六匹を狩ったビートアックス。さすがに七匹目の頭に刺さったところで止まってしまいましたわね。


「ブフフッ!!」

「ママ、後ろですぅ!」


 あら。いつの間にかわたくしの後ろにいたんですのね。ニヤリと笑って斧を振り上げるミノタウロス。

 斧が無いから好機とでも思ったのでしょうか。でも、残念ながらユニークスキルの一つは斧が無くても使えるんですのよ。


「SP全部使っちゃいますが……ちっち、『草陣そうじん』!」


 スキル使用した直後、ミノさんの足元に緑の魔法陣が現れました。ふふっ、驚いてる暇なんてないですわよ……?


「召喚するのはそうですわねぇ。シンプルに人食い花ラフレシアあたりでしょうか? あなたも一応人型ですわよね」


 言い終えるよりも前に、足元から飛び出した巨大な植物によって捕食されてしまいましたの。

 大きな口を開けてミノの全身を喰らったラフレシアは、その人型データを吸収して四足で歩き出すと、見る見るうちにわたくしを狙うモンスターを全て喰らい尽くしていきましたわ。


「あらあらまあ、わたくしの出番がありませんわね。相変わらず暴れん坊な子ですの」


 最後の一匹を喰らい、真っ赤でとても美しい花を咲かせるラフレシアを撫でていますと、


「……きゃあああ!!」

「ひえぇええっ。怖いよぉお」


 周りの方々が悲鳴を上げて逃げ去っていきましたの。

 やっぱりBEO2のときと同じですの。そりゃ見た目は怖そうですが、とても人懐っこくてご主人様には忠実な可愛い子なんですのよ。

 ふてくされながら斧を引き寄せて落ちたドロップの数々を拾ったのですが――うーん、肝心のアンチコンフュがありませんわね。


「ひゃああ。ママがそんなに強いなんてビックリですぅ……。レベル差すげーあったですよぅ?」

「植物召喚の『草陣』と投げても自在に返ってくるロック機能があれば別に驚くこともないですわ」


 ……まあ、これでもウェザーキングだったときの感覚はまだ戻っていませんが。

 しょうがないですわね、ウェザーのカードもありませんし。草陣の召喚植物データが引継がれていただけでも良しとしましょう。

 生きる植物、食べる植物、敵として現れた植物。その他、あらゆる植物全て。

 それらをSPの7割(SP50以下の場合は全SP消費)で召喚するのが草陣。


 全ての植物データを持っているこのわたくしにとって、これほど使い勝手のいいスキルはありませんの。

 よく手に馴染むこの感じ……しばらくはビートアックスで良さそうですわね。


「あ、そういえばわたくし達って『適応属性』とかあるんですの? BEO2のときはありましたが……」


 と。振り向いたのですが、そこには白髪のショートカット――れいらさんが立っていました。

 って言いますか、なんだか様子がおかしいですわ。

 レモン色の瞳が激しく光り、明滅しているような……。


「どうしたんですの? まだ約束の時間まで四十分くらいありますわよ」

「…………」


 手に装備されているラーニンググローリー。その鋭い黒爪には新鮮な赤い血がベッタリとついており、彼女の後ろには全身を切り刻まれたミノタウロスの屍骸がたくさんありましたの。

 ……あれはわたくしのつけた傷ではありませんわ!


「ママ、『眼』が暴走しちゃってるですぅ! プレイヤーキラースタンスへ変わってるですよぅ!?」

「ど、どういうことですの!」

「えっと、えっと。多分れらさんがやられそうになって、それで身を守るためにセブンス・アイ七眼が発動して、でもまだギルティメイズ罪迷宮をクリアしてないからコントロール出来なくて、ビーストオート暴走獣に切り替わって……それでそれで!」


 ち、ちんぷんかんぷんですの……。

 横文字的な専門用語を一気にたくさんまくし立てるのはこの手のゲームにおいてご法度ですわよ!

 もっとユーザーに優しくして頂かないと――


「えーんっ、だってですぅ~! ママがこのままだとやられちゃうから、情報いっぱい言うしかねーんですぅ!!」


 やられちゃう?

 そういえばPKスタンスとか言ってましたわね。それって、フィールドでも人に危害を加えることが出来るという……。


「ま、まさか!?」


 前傾姿勢をとって左手を持ち上げるれいらさん。

 五つの指についた黒い爪が血を吸っているように見たのですが、気のせいでしょうか?


「……あうっ!」


 鼻先にチクっとした痛みが走りましたの。

 なんて素早い動きなんですの!? れいらさんが引っかいたみたいですが……ま、まったく見えませんでしたわ。

 あまり悠長なことを考えている暇はありませんわね。とりあえず、なんとかして正気に戻さないと!

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