第九章・誕辰祭

第二十六話・開催



「──抜かるなよ」

「「は」」




 その日、セイマティネス王国各地で、皇太子レセナートの誕辰たんしんの祝砲が放たれた。




「大変お美しゅうございますわ」

「ありがとう」

 部屋でアシュリーらの手によって美しく着飾られたリウィアスは微笑んだ。それは今から敵と相対するとは思えない程に穏やかで。

 これから起こる事を知るアシュリーらに安心感をもたらせた。

「何かあれば、直ぐに私に」

 告げるリウィアスが身に纏う浅葱あさぎ色のドレスには、やはり至る所に武器が仕込まれている。

 リウィアスの言葉を受けて、アシュリー、ドリュー、エリンは確りと頷いた。

「──リウィアス様、皇太子殿下がお見えです」

 扉を叩いて聞こえたのはルーカスの声。

「お通しして下さい」

 応えるように開いた扉から同じように浅葱色の正装に身を包んだレセナートが現れた。

 レセナートは塔内の別室にて着替えを済ませた。

 リウィアスの姿に目を留めると、愛しげに目を細めた。

「リウィアス」

 愛しい男に呼ばれて、リウィアスはふわりと笑んだ。

「レセナート」

 互いに引き寄せられるように歩み寄り、寄り添い合う。

「準備は?」

「上々」

 レセナートの問い掛けに、リウィアスは目を細める。

 ──数刻前に、ルディがアゼルクからの文を届けてくれた。

 そこにはアゼルクの呼び掛けに応えた『護り人』らが『死の森』の外で配置に着いた事。

 既に幾らか敵を減らしている旨が書かれてあり。

 リウィアスに、コルゼスやレセナートを必ず護るよう記されてあった。

「では、行くぞ」

「はい」

 レセナートの言葉に頷くと、腕を組み、ゆったりとした足取りで会場へと向かった。



 祝賀会が執り行われる会場へと入る前にコルゼスとフィローラと落ち合った。

「いよいよだな」

「はい」

 コルゼスと交わす言葉は、ただそれだけ。

 けれどそれだけで伝わる。

「先に行って待っている」

 言って、フィローラを連れて踵を返したコルゼスの前にあった扉が開かれた。

「──セイマティネス王国国王コルゼス陛下、並びに王妃フィローラ殿下。ご入室」

 その声を合図に腕を絡ませて会場へと消えていった二人を見送り、レセナートとリウィアスは互いに頷き合った。

 兵士の視線を受けて二人は開かれた扉の前に立つ。

「 ──セイマティネス王国皇太子レセナート殿下、並びにシャルダン公爵令嬢リウィアス様、ご入室」

 二人は並んで足を踏み出した。

 その背後にラルトとルーカスが続き。

 二人が姿を現した途端、煌びやかな会場にいる人々の視線が一斉に注がれる。

 コルゼスらの立ち待つ壇上へと共に進み、空いている席の前まで移動する。

 近くにはウェルデンらの姿もあり、彼らからは温かな眼差しが注がれた。

 一歩コルゼスが前に出ると、人々は口を噤んだ。

「我が息子、レセナートの為にお集まり頂き心より感謝する。また、本日はレセナートの二十回目の誕生の日であると同時に、ここにいるシャルダン公爵の息女リウィアス・レイスティア・シャルダンと婚約を結んだ事を発表する」

 言葉を受けて、レセナートの腕に手を掛けたまま共にリウィアスは一歩前に進み出る。

 レセナートは人々に視線を巡らせた。

「本日は、遠路からお集まり頂き感謝します。私事ですが、隣にいるリウィアスと婚約を致しました。愛する彼女と共にこれから先の人生を歩み、より一層セイマティネス王国の為に尽力すると皆様の前で誓わさせて頂きます」

 レセナートが言葉を発する横で、リウィアスはドレスの裾を軽く持ち上げ、恭しく頭を垂れた。

 ──わっ、と歓声が上がる。

「おめでとうございます、殿下!」

「おめでとうございます!!」

 人々が口々に祝辞を述べる中、コルゼスが、すっと片手を軽く持ち上げた。

 一瞬で人々は口を閉じる。

「本日はゆっくりと楽しまれよ」

 コルゼスの声を合図に、日を跨いで行われる祝賀会が開始された。

 ──音楽隊が楽器を奏で始める。

「──おめでとうございます、殿下。本日、この場に同席出来た事、大変光栄に思います」

「ありがとうございます、ラービア大使。そう言って頂けるととても嬉しく思います。こちらは婚約者のリウィアスです」

「お初にお目にかかります。リウィアスと申します。ラービア大使、本日は殿下のためにお出で下さり心より感謝致します」

 会が始まってから、引切りなしに客が祝辞を述べに二人の前に訪れ。

 それを笑顔で対応する。

「ツウィドラン国にはディエルトという織物がありましたね?それがとても美しいと伺いました」

 リウィアスはこうして、祝辞を述べに訪れる人々の祖国の、それも未だ広くは知られていない特産物を話題に載せ、相手を喜ばせた。

 事実、ラービアと呼ばれた男は一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと、次いで頬を緩ませる。

「っ、はい。左様で。ディエルトは民の間で緩やかに受け継がれて来たもの。国外にはほとんど流出していない物ですので、ご存知ではないかと思っておりましたが、知って下さっていたとは、とても光栄でございます。実は、本日お持ちした品の中にディエルトが含まれておりまして、宜しければ後ほどご覧下さい」

「嬉しい。ではありがたく、そうさせて頂きますね。ふふ、楽しみが出来ました」

 そんな遣り取りを行う最中さなかも、会場へと足を踏み入れた瞬間から変わらずリウィアスに注がれる視線。

 それはウェルデンらよりも更に距離が離れた場所で座るガイルの傍らに立つギセドからのもの。

 それに気付きながらも、自然体で言葉を発する。

「ラービア大使。作って下さった職人の方に、『殿下のためにありがとうございます』とお伝え下さいますか?」

 それを受けて、レセナートも口を開いた。

「私からも『ありがとう』と伝えて下さい」

「殿下、妃殿下……、はい。必ず」

 ラービアは破顔して二人の前から退去した。


 その後も幾人もの祝辞を受け、漸く一区切りが付くと、それを見計らったかのように奏でられる曲調が変わる。

 するとレセナートが手を差し出した。

「行こうか」

「はい」

 その手を取り、リウィアスは微笑み頷くと、一歩後ろに引いた位置に控える男を呼んだ。

「ルーカス」

「は」

 直ぐに傍に寄ったルーカスにリウィアスは笑みを湛えたまま口を開く。

「──ランタナ、シラー・ペルビアナの辺りに二人」

 ルーカスにだけ届くように発せられたそれは扉を開けば広がる庭園に咲く花の名前。

「!……承知致しました」

「では、行って参りますね」

 言葉の意味を即座に理解してルーカスが頭を下げると、リウィアスはレセナートと連れ立って会場の中心部へと降りた。

 そこでは既に幾人かが手を取り合って優雅に踊りを踊っていたが、二人に気付くと直様足を止めて場所を開けた。

 彼らに礼を言うようにリウィアスは笑み、レセナートと向かい合い、立つ。その腰にはレセナートの手が添えられ、右手は掌を合わせるように軽く繋がれた。

 左手はレセナートの肩に指先が軽く掛かる程度に置いて。

 ──すっ、と曲調に合わせてレセナートが足を運んだ。

 それに合わせてリウィアスも滑らかに、且つ軽やかに動き。

「……綺麗……」

「お美しい……」

「──お似合いだな」

 人々は二人──いや、リウィアスに目も心も奪われた。

 それは、ギセドも同じく。

「──」

 ギセドはレセナートと仲睦まじく踊るリウィアスを欲望に満ちた瞳で追っていた。




「……いた」

 丁度その頃、リウィアスの言葉を受けて動いた第七師団員の二人。

 彼らはルーカスから言葉を伝え聞き、庭園に向かった。

 そしてその言葉通り、見つけた。

 リウィアスの言った花の近く、樹などの陰に潜むロバリアの息の掛かった者を。

 互いに頷き合い、それぞれ一気に距離を縮める。

 こういう時は一瞬で片を付けるのが鉄則だ。

「っぐ……」

「……っ……」

 ほとんど言葉もなく倒れた潜伏者を団員は静かに見下ろした。

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