第三十四話・家族




「……──俺が悪かった!だから二人して説教は止めてくれっ」

 床に直接正座して、トゥルフとリウィアスから小言を受けていたアゼルクは、とうとう叫んだ。

 その様子に、トゥルフは片眉を上げる。

 ──あの後、トゥルフの雷がアゼルクに落ち、アゼルクは反射的に正座をした。

 そこから怒涛の説教が始まった。

 何故窓から入って来るのかというところから始まり、普段の生活態度にまで小言が及ぶ。

 時々助けを求めるようにリウィアスを見遣るアゼルクだが、当のリウィアスはトゥルフの援護。

 双方からの説教を喰らい、アゼルクは見る見るうちに落ち込んだ。

 それを目の前で繰り広げられたレセナートらに口を挟む隙はなく、彼らはまたかと苦笑しながら見守った。

 ただアルフェルトらは頭に疑問符を浮かべているようだったが。

「仕方がないですね。殿下の御前ですし」

 漸く説教が終わり、アゼルクはほっと息を吐いた。

「……ったく、折角人が見舞いに来たっていうのにこの歓迎って……」

「何か?」

 小さな呟きにトゥルフが目を鋭く光らせる。

 それに、びくっとしてアゼルクは慌ててかぶりを振った。

「!な、何でもないです」

「お師匠様、反省は?」

「してますしてます。物凄くしています!」

 これでは、どちらが師か分からない。

「……殿下、ご機嫌麗しく」

 傷心気味に頭を下げられ、レセナートは苦笑する。

「ええ。昨日はご苦労様でした」

「勿体なきお言葉、痛み入ります」

 ところで、とアゼルクの目がアルフェルトらを捉えた。

「何故ここに公爵がいらっしゃるので?」



「……ほう。お二人がリウィアスを産んだ親、ね」

 リウィアスが彼らが来た目的と自分との血の関係、そして自分の考えとそれを了承して貰った事を告げると、アゼルクの瞳が鋭く光った。

 ──彼もまた、リウィアスを大切に想う一人。

 そんな彼がリウィアスを棄てた親を目の前にして何も思わないはずがない。

 けれども、次いで出した言葉は胸に抱いた感情とは異なり。

「リウィアスがそれで良いなら良いんじゃないか?」

 リウィアスが決めたのならばそれを支持する、と。

 アゼルクの言葉を受けて、リウィアスは嬉しそうに頬を緩めた。

「仕事の事は言ったのか?」

「ええ。先程」

「そうか」

 一つ頷くと、アゼルクはそれまで被っていたフードに手を掛けた。

 途端、アルザの手がライラの目を塞ぐ。

「わっ」

 小さく驚きの声を上げたライラをちらりと見遣り、その背後に立つアルザににやりと笑うと、アゼルクはフードを取り払った。

 ──アルザがライラの目を塞いだのは、彼女が未だアゼルクの顔を知らされていないため。

 リウィアスが『代理者』である事は知っているが、『死の護人』であるアゼルクの顔を見る事は、未だ許されていなかった。

「「!」」

 初めて目にする『死の護人』の素顔。公爵夫妻とシモンは息を呑んだ。

「──私は当代『死の護人』を務めさせて頂いている者。私と『代理者』であるリウィアスの事は他言無用でお願い申し上げる」

 万が一他言するような事があればその命で償ってもらう。

 言葉に含まれたそれに、アルフェルトらは頷いた。

「──勿論。決して口外しないと誓わせて頂く」

 リウィアスの迷惑になる事は、もうしない。

 確りと頷いた彼らにアゼルクは満足そうに口角を上げた。


 ──それからアルフェルトらは王都内にある別邸を良く使用するようになり、リウィアスとの交流も増加した。

 ついでに弟達の交流も増加し──。


「……わぁ、可愛いー!!」

「……ちょっと、あんた声を落せよ」

「うん、煩いよね」

 シモンがある物を見て感嘆の声を上げると、近くに腰を下ろしていたアルザとルイスが顔を顰める。

 ──あの日初めて顔を合わせて以来、シモンは王都にいる間、毎日のように教会に顔を出すようになった。

 遠慮のない物言いの二人と遊ぶ事は、邪な思惑が蔓延る事が当然の世界で生きるシモンにとっては面白い事らしい。貴族の世界では他人と関わる時には相手の言葉・行動の裏を読まなければ足許を掬われるのが当たり前なのだから。

 しかし、シモンの元気の良さにアルザとルイスは辟易気味で。

 けれども拒絶をしないという事は、別に嫌っているわけではないのだろう。シモンと共に訪れる公爵夫妻にはあまり良い顔はしないが。

「──楽しそうね」

 ふふっ、と楽しげな笑い声と共に声が掛かり、三人はぱっと顔を上げた。

「!リウィアス」

「お帰り、リウィアス!」

「あっ、姉上!!」

 三人の嬉しそうな声に、リウィアスの後ろから不満そうな声が上がる。

「──誰かを忘れてはいないか?」

 呆れたような表情で顔を覗かせたのはレセナート。

 少し奥で立ち上がったトゥルフやアルフェルト、ミレイアに会釈をすると、リウィアスは三人に近寄った。

 今この場にライラがいないのは、リウィアスの幼馴染であるフィーネの母親に菓子作りを教わるため、彼女の家に行っているからで。

 教会に向かう途中で、元気一杯のライラに遭遇していた二人はその事に触れる事なく、アルザ達の手許を覗き込む。

「何を見ていたの?」

「姉上がお小さい頃の姿絵です!」

 言って、シモンが一枚手に取る。

 そこに描かれているのは、まだ若いトゥルフとその腕に抱かれた赤児。

 他の紙にも少し成長した幼子の姿が描かれていた。

 それは幼い頃のリウィアスの姿。

 ほら、とシモンは絵を掲げる。

(──そう言えば、お父様が絵師に頼んでいらしらわね)

 小さい頃の記憶に残るそれに、リウィアスは笑みを浮かべた。

 自分の目に映らなくとも、確かな思い出。

「気に入ったの?」

「はい!すっごく可愛いです!!」

「ありがとう」

 目をキラキラとさせて感想を述べるシモンに微笑んだ。

「飾ってある物の他にもある、と申し上げたら見たいと仰せになられてね」

 トゥルフが笑みを浮かべながら二人に歩み寄った。

「司教殿に請うて見せて頂いていたのですよ」

 アルフェルトが続ける。

「──懐かしいね」

「ええ。本当に」

 トゥルフとリウィアスは笑みを交わした。

「欲しいな……」

 ぽつり、と、食い入るように姿絵を見つめていたレセナートが呟く。

「ふふ、殿下も気に入られましたか」

 トゥルフが何処か嬉しそうに笑う。

「はい。勿論」

 リウィアスを写しているのならば何でも手に入れたい。

 恥ずかしげもなく告げられた言葉に、軽く眉を上げたリウィアスがレセナートの袖を引く。

「ん?」

 振り向いたレセナートの首に腕を廻し、間近で首を傾げた。

「──『今の私』と『未来の私』だけじゃ、足りない?」

 わざと悲しげな表情で問われたそれ。けれども瞳は笑っている。

 レセナートは笑みを浮かべ、リウィアスの腰に腕を廻して引き寄せた。

「──足りないな。リウィアスだけは幾らあっても、足りるという事はない」

 囁くように吐かれた言葉に、赤面したのはシモン。

「っっ、で、で、で……」

 どもってはっきり『殿下』と言えないシモンに、周囲にいた人々はふっと笑みを漏らす。

 リウィアスとレセナートも少し声を上げて笑った。


「──それじゃあ、そろそろ行きますね」

 二人は森へ向かう前に教会に寄ったのであって、森で過ごす時間を考えるともう出立しなければならない。

 それに皆は頷いた。

「気を付けて行っておいで」

「気を付けろよ」

「気を付けて」

 トゥルフ、アルザ、ルイスからの見送りの言葉に二人は笑んで頷く。

「また、城へ会いに伺います」

「また、ね」

「姉上、殿下。また遊んで下さいね!」

 アルフェルトらにも頷きを返し、リウィアスとレセナートは揃って部屋を出る。

「「それじゃあ、また」」

 リウィアスの愛馬に二人で跨り、手綱を操って教会を後にした。



「──ね、レセナート」

「うん?」

「笑い合える事は幸せね」

「ああ、そうだな」

「……私、みんなの笑顔を護るから。何者にも、それを壊させはしないわ」

「ああ。共に護って行こう」

「──うん。一緒に、ね」

 嬉しそうに微笑んだリウィアスは瞼を下ろし、背後から手綱を握るレセナートに身体を預けた。



 ──彼らが作り上げる未来を告げるように、今の季節には珍しい優しく穏やかな風が二人の身体を撫でた。


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