第三十三話・過ぎし真実




『……それは、私の母が理由です』


「──シュリエラ元妃、か」

 アルフェルトの言葉に反応したのはレセナート。独り言のようにある人物の名を口にした。その眉間に皺が寄る。

 アルフェルトは顔を歪めた。

 ──シュリエラ・ディアス。先王の妃の一人でアルフェルトの実母である。

 男児を産んだため先王妃に次ぐ位にあったが、この女には問題があった。

「母は私を玉座に据えようと画策し、そのために動いていました」

 シュリエラは権力に執着する女だった。

「……シュリエラ様だけが、原因では、ありません」

 つい先程取り乱しかけたミレイアが手巾を握り締めながら言葉を発した。

わたくしの父も……」

 ぐ、と唇を噛む妻の手を握り、アルフェルトが言葉を紡ぐ。

「──母は王母になりたがっていましたが、私は己の器を知っているつもりです。分不相応に玉座に座るつもりなど毛頭なかった。母の望む女性と婚姻を結ぶつもりも。──そんな時、ミレイアと出逢いました」

 その時の事は二十年近く経った今も、鮮明に憶えている。

「私は一目で恋に落ち、彼女を妻に迎えると決めたのです。ですが……」

「反対されましたか」

 レセナートの言葉にアルフェルトは頷く。脳裏に、激昂する当時の母の姿が浮かび上がった。

「はい。自分の意に添わぬ私に業が湧いた母は私を監禁拘束し、言うように動けと──。数カ月に及んだそれの結果、ご覧のような脚に……」

 自身の左脚を示した。

 思うままに動けと『しつけ』という名の暴力を執拗に振るわれ続け、重傷を負った脚は救出された時には切断とまでは至らなかったものの手遅れで。もう二度と自由に動かす事は叶わない。

 この王都内でならばそのような愚行は、早々に明るみになっただろうが、それが長期可能だったのは偏に王都から離れていたらである。

「先王から見放され、王都からも遠ざけられ。……辛うじて妃の身分は残っていたものの、母には焦りがあったのでしょう。連絡のつかない私を案じて下さった兄──当時皇太子であられたコルゼス陛下が人を寄越して捜索して下さり、何とか命は繋ぐ事が出来ましたが、その時には既に監禁されてから三ヶ月が経ち、意識が戻るまで更に半年も掛かってしまって……。──漸くミレイアと再会出来た時、初めて彼女が私の子を産んでくれたと知ったのですが……」

 時既に遅く、手許を離れていた後だった。その時の心情は、喜びから一気に絶望に突き落とされたような感覚。

 先程よりは少し落ち着いた様子のミレイアが、幾分確りとした声音で当時を語る。

「──アルフェルト様と連絡が取れなくなった一ヶ月程後、身籠っている事が知られ、わたくしは実父に監禁されました」

 彼女もか、と聞く者の表情が険しくなる。

わたくしは侯爵家よりアルフェルト様に嫁ぎましたが、本来は男爵家の者。実父は国の中枢で権力を握るという身にそぐわない野望を抱いておりました」

 ミレイアの言葉に、皆黙って耳を傾ける。

「父は私をより高位の方に嫁がせ、その縁を使って中枢に入るつもりでした。アルフェルト様と出逢った夜会もそれを目的として出席させられたもの。それを知っておりましたから、アルフェルト様と想いが通じ合った後も父に隠れて逢瀬を重ねておりました。ですが……、ある時からアルフェルト様と連絡がつかなくなり、不安に感じていたところ体調を崩して……」

 そこで身籠っている事が判明したと。

「私は子の父親が誰なのか口にはしませんでしたが、逢っているところを誰かに見られていたらしくアルフェルト様がそうだと知れてしまい……。逃げ出さないように、と監禁されてしまいました」

 当時を思い出し、苦痛に顔を歪めるミレイア。大丈夫だと言うように、アルフェルトは彼女の手を握った。

 一度顔を見合わせ、微かに頷いたミレイアは再び口を開く。

「──当時、皇子であられたアルフェルト様に私が嫁げば王族と縁続きになれる。既に手が付き、尚且つ子があるのだから容易い事、と。父は私達の子を使って立身を図りました」

 ですが、と、アルフェルトと繋ぐ手に力が籠る。

「父が交渉を持ち掛けたのは、先王陛下ではなく……──シュリエラ様。──結果、私と子は、命を狙われる事となりました」

 アルザ達は息を呑む。

 表情を崩さなかったのはトゥルフとレセナート、そしてリウィアス。

わたくしは身を隠し、日々を過ごしました。──そして、十月十日とつきとおか。何とか子を護り通し、産み落とす事が出来ました。それは可愛い可愛い、女の子でした」

 当時の感情が蘇ったように、ミレイアは優しく目を細める。

 しかしそれも僅かな時間。

 直ぐに苦痛に満ちた表情に変わる。

「……、けれど……っ、数日後に見つかり、わたくしと子は男達に捕らえられてしまい……。──ですが、直ぐには殺されませんでした。何処かに連れて行く手筈になっていたらしく、私達は馬車に乗せられ。隙を伺い、私は子を抱いて馬車から飛び降りました。……何処かは分からない場所を必死に走り、辿り着いたのは教会で。そこならば子を護ってくれるのではと思い、私は扉の近くに子を寝かせ、扉を叩いてその場を離れました」

 追っ手が掛かっている中で、その場に留まる事は出来なかった。

 身を引き裂かれる想いが蘇り、震える拳を握るミレイアの頬に涙が伝う。

「……教会からいくらか離れたところで男達に見つかり。子をどこにやったのか、と殴られそうになったところをある方に助けて頂きました。その方と従者の方が男達を追いやって下さり、私はその方に保護して頂きました」

「その方、とは?」

「──フィリオン侯爵。のちに私を養女に迎えて下さった養父です」

 レセナートの問いに、ミレイアは確りと答える。

「……ただ、侯爵にも子供の事は言えませんでした。王族の血を引く子。知られれば、どこで利用されるか分かりませんでしたから。唯一、躊躇いながらもご相談出来たのはアルフェルト様の事のみ。すれば、アルフェルト様もまた監禁されていたと。ですが救い出されたと。侯爵が尽力して下さり、アルフェルト様と再会する事が出来、そこで漸く子供の事をお伝えする事が出来ました」

 涙を流しながら夫を見るミレイアの額に、アルフェルトは口付けた。

 それまで必死に言葉を紡いできたミレイアに代わり、アルフェルトが口を開く。

「子がいる事が分かり、手許を離れていると知りましたが、しかし直ぐには行動出来ませんでした。一応拘束されていましたが母は存命、且つどこにその息の掛かった者がいるか分からない状況の中で下手に動けば我が子の命が危うい。実際、ミレイアの父である男爵はそれらの手に掛かって既に世を去っていました。それに私も身体をほとんど動かせず、迎える準備が整っていない状況では、護ろうにも護れない。ですから、私共は時を待っていました」

 迎えに行きたくても行けないあのもどかしさ。ただ動ける時を待つしかなかった。

 しかし、とアルフェルトは顔を歪める。

「……数ヶ月後に母は廃妃となり、先王より毒を賜り世を去りましたが、思うように状況は進展せず……」

 ほろほろ、とアルフェルトの腕の中で涙するミレイアが口を開く。

「父が亡くなった事で、家を継げる兄弟のない私には縁戚に連なる方との縁談が持ち込まれ……。幸い、私とアルフェルト様の関係を知るフィリオン侯爵が色々と手を回して下さり、養女として迎えて下さった事でその話は立ち消えましたが、アルフェルト様のお立場は……」

「私は廃妃の息子。王の血を引いていたため皇子のままでしたが、警戒されるには十分でした。城に呼び戻されはしましたが、王に仕える者らからの信頼は地に落ち」

 城に戻ってからというもの、周囲から注がれる蔑みの目。反乱分子という決め付け。

 冷遇されていた時代を思い出し、アルフェルトは一瞬悲しげに瞳を揺らした。

「そんな状況でミレイアを妻になど迎えられません。無論、子も……。私は信頼を回復させるために、それまで以上に国に仕えました。数年後にはコルゼス陛下が即位なさり、公爵の位を賜った私は、頂いた領地で民と信頼関係を築いて」

 ──家族となる者を護れるように。迎える人達が安心して暮らせるように、必死に環境を整えた。

 けれど、と、アルフェルトは苦しげに顔を歪める。

「漸く……、漸くミレイアを迎えても安全だと、子を迎えに行けると思った時には、六年の月日が流れていて……。ミレイアが子と別れたという教会には、もう……」

 子供はいなかった。

 夫婦揃って迎えに行った時に受けた衝撃。

「……行方をそれとなく訊ねましたが、養女に迎えられ愛されて育っているとしか教えては貰えず。……子を捜すと言っても表立っては、まして人を使うなど出来ません。──人の口に戸は立てられぬもの。何処で漏れるとも知れない。私共は、ずっと二人だけで別れた子を捜していました」

「それが……、それが、こんなにも近くにいたなんて……。教会には幾度か足を運びましたが、リウィアスを目にした事はなかった……」

 ランス教会には、幾度も訪れた。トゥルフとも何度も言葉を交わした。けれども子供の姿を見る事はなかった。

「リウィアスの胸に下がる紅玉の首飾りは、まだ監禁される前、私がミレイアに贈った物。我が家紋とミレイアの家紋を組み合わせた物を彫り込んで。必ず妻に迎えるという誓いと共に」

「……それをわたくしは、別れた子に持たせたのです。ですから、リウィアスと初めて顔を合わせた時にそれを目にして、もしかして、と。もし別れた娘ならば、なんという偶然なのか……。やっと、やっと手許に帰って来たのだと、」

「ふざけるな……っ!!」

 ──歓喜に震えるミレイアの言葉を遮って叫んだのは、アルザだった。


 怒りに満ちた顔を夫妻に向ける。

 隣に腰を下ろすルイスも同じような表情を浮かべ。

 ライラが驚き、微かな怯えを見せた。トゥルフが安心させるように、その小さな身体を抱き寄せる。

「……ふざけるなよ!どんな事情があろうとも、あんた達が子供を棄てた事に変わりはないんだっ。それを、……それを自分勝手な想いで親子として過ごしたいとか、手許に戻ったとか──……っっ」

「アルザ」

 ふわり、とリウィアスは怒りに震えるアルザをその身で包み込んだ。

「ルイスもいらっしゃい」

 伸ばされたリウィアスの手を取ったルイスは、その細い肢体に抱き着く。

 二人共に両親に恵まれず、孤独に幼少期を過ごし、一人で必死に生きて来た。

 リウィアスに見つけて貰えなければ、確実に幼くしてその命を終えていた二人。

 彼らは自分勝手な『親』を何よりも嫌う。それが大好きなリウィアスを『棄てた』者ならば、尚更憎しみが増す。

 リウィアスは愛しげに目を細め、優しく二人を抱き締めた。

「──ありがとう、アルザ。ルイス」

 自分を想って怒ってくれて。

 感謝を込めて、それぞれの額に口付けを落とす。

 そして傷付いた表情を浮かべるアルフェルトとミレイアに顔を向けた。

 その視線を受け、びくっと肩を跳ねさせる夫妻に、リウィアスは口を開いた。

「──私は、棄てられ──……」

「っ、棄ててなんて!!」

 リウィアスの言葉を遮り、ミレイアは叫ぶ。

「棄ててなんていないわ!ただ託しただけ……!」

「どんな理由を述べられようとも、こちら側としては棄てられたのと然程変わりはありません」

「「!!」」

 淡々としたリウィアスの言葉に、アルフェルトとミレイアは息を詰める。

 けれど、続いた言葉に困惑する。

「──その事を恨んだ事はありませんし、寧ろ感謝していますが」

「……感謝……?」

 復唱するミレイアに、リウィアスは頷いた。その表情は柔らかくなり。

「ええ。──教会に棄て置かれた事で、トゥルフ様という掛け替えのない父を得ましたから。……それに、トゥルフ様との縁がなければ、アルザやルイスとも出逢えなかった事でしょう」

 トゥルフを通じてアゼルクと出逢い、アゼルクと行動を共にしてアルザとルイスを見つけた。

 仮に公爵夫妻と親子として過ごしていたとして、国王からの信の厚い二人とは出逢えたかも知れないが、しかし裏街で暮らしていたアルザやルイスと出逢う事はほぼないに等しかったはず。

 二人はリウィアスにとって、大切な家族。

 その二人と出逢えた事実だけでも、実の両親から離されて良かったと言える。

 リウィアスの言葉を受けて、その身体にしがみ付くアルザとルイスの腕に力が籠った。

 ──彼らとて同じ。

 リウィアスと出逢えた事実に感謝していた。

 出逢うまでは辛く、苦しく、孤独で。幼いながらに幾度となく己の人生を恨んだ。

 自らが生まれ落ちた世界を憎んだ。

 けれどリウィアスと出逢った事で、これは彼女と出逢うために必要な事だったのだと考える事が出来た。

 もし豊かな生活を送っていたなら、リウィアスに見つけては貰えなかっただろう。出逢えても、その心に留めては貰えなかっただろう。

 リウィアスと出逢えた事で、初めて裏街に生まれた事を感謝した。

 この世界に生まれた事を感謝したのだ。

 リウィアスは二人の背を優しく撫で、ですが、と言葉を続けた。

「あの時、あの場所に棄て置かれた事には感謝していますが、それと貴方方を親と思う事とはまた別。縁組を結ぶ際、あらかじめ申し上げましたが、私が父と慕うはトゥルフ様のみ。養父ちちと、養母ははと、呼びはしますが、貴方方を両親とは思えません。──その事は、了承を頂いていた筈ですが?」

「「……っ、」」

 アルフェルトは奥歯を噛み締め、ミレイアは唇を噛む。

 確かにリウィアスは予め告げていた。そしてそれを二人は了承していたのだ。

 ──親子の名乗りを上げるなど、本当に今更だ。

 リウィアスは、二人が実の両親ではないかと感じた時に線を引いた。

 父はトゥルフだけだと。二人を親とは思わないと。だから、実の親子と判明しても決して名乗ってくれるなと、そう暗に告げていたのだ。

 それも無駄に終わったが。

 常にないリウィアスの冷たい態度に、しかしレセナートもトゥルフもそれを咎める事はしない。

 それは、リウィアスの想いを無視した、気持ちの押し付けであるが故に。

 既にシャルダン公爵令嬢として公に出たために皇太子の婚約者という立場上縁組を解消する事は出来ないが、最悪私的な交流は途絶える事になるだろう。

「……あの」

 次々と明かされる事実に愕然とした様子でそれまで一言も発さなかったシモンが、おずおずと口を開いた。

 呼び掛けに応じてリウィアスを含む人々の視線を受けたシモンはリウィアスを見遣る。

「……姉上は、僕の本当の姉上なのですよね……?」

 シモンが確認した事は、普段の彼ならば諸手を挙げて喜ぶであろう事柄。

 しかし、当のシモンは何処か悲しそうに眉尻を下げている。

「そうなるわね」

 頷き、肯定したリウィアスは、不安げに続けられたシモンの言葉にまばたいた。

「姉上は、僕の事がお嫌いですか……?」

 ──それは、どんな理由があろうとも己を棄てた両親から産まれ、何も知らずに不自由なく暮らして来た自分の事も両親同様に憎まれているのではないかという怖れから来る不安。

 リウィアスを慕うが故に、感じる怖れは強く。

 けれど、シモンの不安を他所に、リウィアスはふわりと微笑んだ。

 身を離したアルザとルイスは、何故か呆れたようにシモンに視線を送り。

「シモンの事は、大好きよ」

 愚問だとばかりにはっきりと告げられ、シモンは息を詰める。

「……本当、ですか……?」

 リウィアスの言葉に喜びながらも未だ不安が見え隠れするシモンに、リウィアスは頷いた。

「ええ。それに何か勘違いしているようだけれど、私は別にお二人を嫌ってはいないわ」

「……え?」

 それに反応を示したのは、シモンと示された二人。

 リウィアスから拒絶され、俯かせていた顔を上げて微笑を浮かべるリウィアスを見つめた。

 戸惑う視線を受け、二人に顔を向けたリウィアスは続ける。

「先程、申し上げました通り、お二人には感謝しています。こうしてトゥルフ様と出逢えて、アルザやルイス、ライラと家族になれたのですから。それに恨むも何も、生憎と実父実母の記憶は持っていませんので何の感情も持ち合わせていないのが本音。私にはトゥルフ様がいますから、成長する過程で実の両親がない事を悲しいと、寂しいと思った事もありません」

 恨まれていないと知って喜ぶべきところだが、何の感情もないと言われ、複雑な表情を浮かべるアルフェルトとミレイア。けれども、口を挟む事なくリウィアスの心に耳を傾ける。

「私を養女として迎えて下さった事も感謝しています」

 ただ、とリウィアスは瞳の色を強くした。

「私の気持ちも考えも無視した想いを押し付けられるのは不快です」

「っ」

 ──何も、リウィアスの気持ちを考えなかったわけではない。

 彼女の勘気に触れる可能性がある事も、十分に分かっていた。

 ただ、それよりも自分達の『生き別れた娘』を求める想いが強すぎただけで。──どうしてもそうだと確かめずにはいられなかった。どうしても『親子』に戻りたかった。

 事情を説明すれば許して貰えるのではという、甘い考えがなかったとは言えないが。

「……申し訳ありませんでした」

 確かに、親にはそんなつもりはなくとも子供からすれば『棄てられた』という事実には変わらないだろう。

 それが突然現れて、『実の親』だとか『これから共に過ごしたい』だとか、そんな事を告げられても困るに決まっている。

 不快に感じるのは当然だ。

 けれども自分達はリウィアスを困らせたかったわけでも、怒らせたかったわけでもない。

 ただ、たくさんの言葉を交わしたかっただけ。共に過ごす機会が欲しかっただけ。

 リウィアスが産まれてからもう直ぐ十八年。

 その間、共に過ごしたのはミレイアは産れてから数日。アルフェルトに至っては零日。

 離れている間に積もりに積もった娘への想いは極大。

 それ故に、リウィアスの気持ちを無視した言動を取ってしまった。

 自分達の身勝手さと、リウィアスに不快な想いをさせた事にアルフェルトは頭を下げた。

 隣に座るミレイアもまた、涙を堪えながら頭を下げる。

 ふ、と小さく息を吐き出したリウィアスは口を開いた。

「お二人の事は、人としては好いています。それではご不満ですか?」

「「!?」」

 予想していなかった優しい声音。

 二人ははっとして顔を上げた。

 そこにいるのは声と同様に優しい表情を浮かべたリウィアス。

 恨みも憎しみもない、穏やかな瞳。

 ──それを向けてくれる事は、奇跡に近い。

「……いいえ……っ、十分です」

 感極まった様に声を詰まらせながら、アルフェルトはその瞳に涙を浮かべた。

 ミレイアはぽろぽろと眼から雫を零しながら何度も何度も頷く。

 ──それまでの重い空気が少し和らいだようだった。

 微笑んだリウィアスは口を開く。

「今までは事情があり然程時間が取れずに申し訳ありませんでしたが、一段落が付きましたのでこれまでよりはお会い出来る回数も増えると思います」

 その言葉に、アルフェルトはまばたく。

「……お会い下さるのですか……?」

「ええ。親とは思えませんが『家族』にはなりましたから。会うのは普通でしょう?それとも、私的に会うのはお嫌ですか?」

「!いえっ、とんでもない!」

 ふわりと笑むリウィアスに慌ててかぶりを振る。──まさかここまで歩み寄ってくれるとは思わなかった。

 アルフェルトは零れ落ちそうな涙を湛える目頭を押さえた。

「──事情って何ですか?」

 ふとしたように、シモンが疑問を呈した。

 首を傾げるシモンに答えたのはレセナート。リウィアスの肩を抱き寄せ、口を開く。

「仕事だ。リウィアスは『死の護人』代理者なんだ」

 レセナートの説明に、アルフェルトとミレイア、シモンは瞠目した。

「……『代理者』……?」

 愕然とした様子で呟かれたそれに、リウィアスは微笑んだまま頷く。

 レセナートは続けた。

「今回の祝賀会では私や王の警護も担当していた。だから私的な時間は無かったに等しいんだ。だが、その祝賀会も終わったからな。まだ客人は残ってはいるが、後は師団の務め。これからはリウィアスの私的な時間も増える」

 だからリウィアスが望むならば会う時間も増えるだろう、と。ロバリアの事だけ伏せて真実を告げた。

 驚きのあまり涙も止まり、固まる彼らに今度はリウィアスが首を傾げる。

「そんなに驚く事?」

 それに漸く三人は動き出す。

 夫妻は同じように困惑と憂えを帯びた表情でリウィアスを見つめた。

「危険、では……」

 当然な事を言うアルフェルトに、リウィアスは目を細める。

「勿論。ですが、『代理者』である事に誇りを持っていますから」

 辞めるつもりはない、と。

 そう言われてしまえば何も言えない。

 危険な事はしないで欲しいと、求める事は出来ない。

 ──これ以上、彼女の意志を無視する事は出来ない。

「姉上はお強いのですか?」

 シモンの疑問に、くすりと笑ったレセナートが自慢げに告げる。

「私や師団の者らが一斉に掛かっても勝てないだろうな」

 そんな事態になる事は決してないけれど。

 レセナートの言葉にシモンの顔が輝いた。

「え!殿下も勝てないのですか!?凄い!!」

 喜ぶシモンに、リウィアスとレセナートは苦笑した。

 と、リウィアスが窓の外へと顔を向けた。

 そして一拍後に額に手を当て、何故か呆れたような表情になる。

「──リウィアス?」

 皆が不思議そうに彼女を見つめた時、──コンコンッ、と窓が叩かれた。

「「……!?」」

 ここは城の二階にあり、窓の外に人はいないはず。

 リウィアスを除く人々が一斉に振り向いた先で見たものは──、少し空いた窓の外、外套に身を包み手を振るフードを被った男──アゼルクの姿だった。

「……よっ!」

 にかっ、と笑い、部屋に入るために窓に手を掛けるアゼルクに、トゥルフとリウィアスが静かに席から立ち上がる。

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