断罪の処決 2



「ランドルフ家の姉弟に、済覇を預けたのは私です」


 簡潔に伝えると、サユは驚きを見せた。


「やはり彼らからは、詳細を聞いていないのですね」

「……はい」


 声を沈ませ頷いたサユだが、俯きはしなかった。真実を望むサユの双眸をまえにして、それに応えるためにもサハヤは話を続ける。


「当時、精霊使の素質なしと叔父から判断されていたあなたを護るためには、どうしても必要だったのです。済覇の使い手であった父が後継に選んだのは、あなただという証が——」


 でなければトウゴからいいように利用されるのは目に見えていた。トウゴはすでに、センリの血を引く者としての価値をサユに見いだしていたから。


 ただ、済覇という証に効力を持たせると同時に、魄魔である姉弟の存在を隠すためには、トウゴが真相に気づくまえに、虚偽の報告を公にし周知の事実とする必要があった。


 すべてをつまびらかにするという選択肢も考えたが、信用できる相手が誰なのか、そもそもそのような者がいるのかどうかさえ、当時のサハヤには見えなかった。ゆえに真実を偽り、当主代行であったトウゴではなく、まだ感情のままに動く可能性が望めた祖父の許へと吹麗を送ったのだ。


 サハヤがもっとも危惧していたのが、トウゴの意に沿わぬ行動を取ることで、父母と同じく裏切り者と見なされ、処分の対象となり終わってしまう結末でもあったから。


 自分までいなくなってしまったら、残されたサユはどうなる。そう考えたからこそ、罪を重ねる羽目に陥ると判っていながらも、サハヤはトウゴに迎合する道を選んだ。サユが実力を伴う名声を手にし、トウゴでも簡単に処遇を決めることのできない地位に立つまではと——。


 そしてようやく、そのときが来たのだ。


「あなたが真実に辿り着く手助けをしてくれるよう、彼——ファイス・ランドルフに頼みもしました」

「……いつ、ですか?」

「依頼受理の報せとともに。けれど彼は初め、協力を拒む返答をしてきました。それは予想していたのですが。ゆえに驚きましたよ。彼が正体を明かしてまで、協力してくれたことには」


 サハヤの目的は、サユの潔白を証明するため、サユ自身の手で聖家の不正を暴かせるところにあった。そこにファイスはまず、サユに不信感を植えつけてくれた。それを契機に、のちにサユのまえでトウゴの本性を曝け出すのにも成功した。そして古森での待ち伏せ。至天を通し、それを提案してきたのも彼なのだが。


 本音を漏らすとだ。ファイスが協力する気になった理由を考えれば、サハヤは頭痛を覚えもする。心強い味方を得たのか、はたまた厄介な相手のまえに妹を放り出してしまったのか。どちらにせよ、いまのサユなら、自身の進む道は自身で選び取ることができる。


 そう。自分の役目は終わったのだ。


「詳しく知りたければ、あとは彼から直接聞いてください」

「……直接、ですか……」


 何年ぶりだろうか。庇護を求める子供のような、なんとも心許ない表情をサユが見せた。

 だが、本人には自覚がないようだ。普段なら弱い部分を隠そうとするはずなのに、しばらく経っても取り繕う様子がない。だからサハヤは、あえて気づかぬ振りをする。


「それで、当主会はなんと?」


 代わりに、自身への処断について口にした。


「サユ。気遣いは無用です。審判はもう下っているのでしょう?」

「……はい」


 迷いからか、俯いたサユだが。ほどなく居住まいを正し、すっと顔を上げる。サハヤには、まっすぐな緑の双眸が向けられた。


「聖家が操作した事件の全容が明るみに出され、その一連の首謀者がトウゴ叔父さまであるのは明白との結論が出ました。ですが、そのことを当主でありながら黙認していた罪は重い。いかな理由があろうとも、叔父さまの目的を承知のうえで魄魔の真名を読んでいたとなれば、言い逃れは許されません。兄さまは当主解任のうえ、聖家邸よりの外出をいっさい禁ずるとの裁決が。叔父さまに至っては、牢への無期監禁が言い渡されました」


 そこまで聞き終えたサハヤは、戸惑いから目を伏せる。


 当主会へは、聖家が犯した罪を事前に残らず告白していた。弁明はいっさいせず、罪の償いかたも自身で決めていた。そこにきて、この処断。


「当主会は、ずいぶん甘い結論を出したものですね」


 死をもって償う覚悟もしていたというのに。だが、それはけして正解ではなかったと、サハヤはサユの言葉で思い知る。


「実質、幽閉ですし、いままでどおりとはいきませんが——。できることはあるはずです。そのためにも兄さま。まずは体調回復を優先してください」


 力強く言葉にして笑顔を見せたサユに、サハヤも表情を緩める。


「そうですね。緑王家が甘くなければ月守家は存在せず、私もあなたも生まれていなかったでしょうし。今後一生をかけ、罪を償っていく方法を考えましょう」


 前向きな言葉を口にすると、サユが安堵したのが見て取れた。


 本当に、妹にしてやれることはもうないのだろうか。サユを見ていると、サハヤはそんな気にさせられた。


 そこでひとつ思いつく。


「彼に礼を伝えなければ」

「彼——。ファイス・ランドルフに……ですか?」

「そうです、サユ。私の代わりに、あなたが行ってくれませんか?」


 途端に困惑し、喜憂が混在する複雑な表情を見せたサユに、サハヤはつきかけた溜息を呑み込む。サユが頷きやすいよう、なんとか笑みをつくった。


「あいにく私は幽閉の身のようなので。それに、この用事を頼めるのはあなたしかいないでしょう?」







 どうにも落ち着かない様子のサユを、寝台から見送ったサハヤだが。部屋の扉を閉じていくのも忘れてしまったサユに、こればかりは早計だったかと、すでに後悔を感じ始めていた。


「こうなっては、まだまだ目が離せませんね」


 生きる道が開かれた途端、欲が出るとは。自分の現金な考えに、サハヤが苦笑していたところ。


「なにをひとりで笑っているの? 頭を打っていたなんて初耳だわ」


 呆れ返った声が不意に届き、サハヤは瞬時に表情を引き締める。

 視線を向けたさきには開かれたままの扉。そこから遠慮も見せず寝室へと入ってきたのは若い女だった。


 彼女が気を許せる数少ない相手のひとりだと気づき、サハヤは溜息をつく。


「……トウネ」


 力なく名を呼ぶと、寝台の横まで来たトウネは不機嫌な顔を見せた。


「サユが報せてくれたのよ。あなたが目を覚ましたって」

「怒って……いますよね」

「訊かなくとも、見れば判るでしょう?」

「……あなたには、嫌な役回りを押しつけてしまいましたね」

「勘違いしないで。私は自分から進んで引き受けたのよ。なのに、私を置いて命を捨てるような真似をするなんて。知っていれば協力などしなかったわ」


 責めるトウネに、サハヤはあえて冷静に応じる。


「あなたのその優しさを、これからもと望むには、私はあなたに相応しくない……。そうでなくとも、今日までさんざん、私はあなたの自由を奪ってきたのです。それにもう、私のそばにいる理由もないでしょう。ですから、好きにしていいのですよ」

「あなたがそう言うのなら、好きにさせてもらうわ」


 冷めた目で見下ろされていたため、てっきりそのまま出ていくものとサハヤは思っていたのだが。どういう考えからか、まもなくトウネは、さきほどまでサユが座っていた椅子に腰を落ち着けていた。


 背筋を伸ばし姿勢よく座ったトウネは、けれど憮然とした表情で、サハヤから視線を逸らしてしまう。そこでふたたび口を開いた。


「私の父、トウゴに自由を奪われていたのは、あなたも同じでしょう。けれどようやく、ふたり揃って解放されたのよ。それがなにを意味するのか、あなたは考えてみたの?」


 そこで言葉を切ったトウネの瞳がサハヤを見据える。


「今度こそ私たち、本当の夫婦になれるのよ」


 とうに諦めていた想いを、トウネは掬い上げてくれるというのか。

 予期せず投げかけられた内容に、サハヤは稀に見る呆然とした顔を晒してしまう。


「月守の血を引く私を……、あなたは受け入れられるのですか?」


 是とするには重く、迷いを抱えたまま問うたサハヤに、トウネが力強く微笑む。


「あなたを愛しているからこそ、私はずっと、あなたとともに生きてきたというのに。いまさら放り出されても困るだけよ」


 罪さえもともに背負う覚悟でトウネは隣にいてくれた。それを知るサハヤにはもう、トウネを拒むための理由はひとつも用意できなかった。


「私にはまだ、失わずに済んだものがあったのですね……」


 そう口にしたサハヤの顔には、憂いのない微笑みが浮かんでいた。





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